見つけた 犬としあわせ

ニュースのファンジン、世界のニュースのサンプリング。 一枚のCDを聴くように一枚のコラージュを眺めるようにこれを体験して欲しい。

2007/06/07

浜に打ち上げられたアオウミガメの子ども


6月4日、キューバにあるグアンタナモ米海軍基地で、テロに関与したとの容疑で収容されている外国人2人の罪状認否が行われ、軍事裁判判事が罪状を取り下げました。米国がグアンタナモ基地で外国人容疑者を裁くことへの疑問が新たに浮上しています。
以下、CNN、AP、ロイター通信より
罪状が取り下げられたのは、アルカイダのオサマ・ビンラディン容疑者の運転手兼護衛とみられていたイエメン出身のサリム・アフメド・ハムダン容疑者と、アフガニスタンで手投げ弾で米兵を死亡させたとの疑いが持たれていたカナダ国籍のオマル・カディル容疑者。理由は、米議会が昨年可決し、ブッシュ米大統領が承認した軍事裁判新法に基き、裁判権を確立できなかったためとされる。
新法は「不法な敵性戦闘員」のみを軍事裁判で裁くと規定している。しかしカディル容疑者とハムダン容疑者の場合、敵性戦闘員と断定されたものの、起訴に必要不可欠な「不法」認定はなかった。
同基地に収容されている約380人についても「不法」認定はなく、仮に2人と同様に罪状が取り下げられた場合、新法に基く軍事裁判手続き全体を揺るがしかねない。ブッシュ政権側は状況解明に乗り出している。

だからといって2人が解放されて自分の人生に戻れるわけではないのです。カディル容疑者とハムダン容疑者の釈放は今のところ予定されていないとのことですから。容疑者とはいえ、まだ380人もの人々がグアンタナモのああいうコンディションのなかにいるかと思うとゾッとします。こういうことが許されるアメリカから、限りなく遠く距離を置きたいものです。
昨日、ズドンと肚(ガッツ)に響く映画を作るので一目置いているアントワン・フークアの新作「シューター」を見てきました。「共和党も民主党も関係ない、金持ちか貧者かなのだよ」と言ったセネターの言葉、最近実際にアフリカがらみの賄賂(汚職)で逮捕された黒人議員がいましたが、企業への配慮、お先棒を担ぐことで、アフリカではなにをやっているかわかったものじゃないという監督の考えがよく反映されていて、興味深い映画でした。
もうひとつ、ニューヨークのジョン・F・ケネディ国際空港の燃料タンクとガスパイプラインの爆破テロを企てたとされる4人の容疑者のうちの1人は、航空写真を得る手段として「Google Earth」を利用して、より詳細なJFKの画像を得るように指示したということなんですが。
確かに詳細な航空画像を提供する情報源としてGoogle Earthは飛び抜けています。でも、これの恩恵を受けるのはなにもテロリストと呼ばれる人たちばかりではありません。それに、商業用の高解像度人工衛星や世界中のあらゆる国の航空画像がさまざまな情報源から広く提供されているのが現実です。画像を収集して配布する企業や政府機関のセキュリティ問題に対する意識の低さにも問題があります。
写真はジョン・F・ケネディ国際空港(The Smoking Gunより)

おまけ:今朝散歩に行った海で50センチほどのウミガメらしきカメが上がっているのを発見しました。うちのサンバは周囲をくんくんやって臭いで観察です。
平塚博物館で市民研究員をしている隣人に携帯で教えると、彼女、すっ飛んできました。
館長にすぐ電話して、カメの解剖に目のない不思議な研究家にも連絡を済ませます。館長は飛んできたそうだったとのことです。たったいまその研究家から威勢のいい連絡が入りました。「いま解剖を終えました。アオウミガメのオスの子どもでした。海藻をたくさん食べていて栄養状態はよかったですよ。レポートを博物館のほうに提出しておきます。ありがとうございました。」
こういうのってなんだか元気が出るね。

2007/06/06

自転車ドロボー




4日にも、ドイツ北東部ロストクでG8(主要国首脳会議)ハイリゲンダム・サミットに反対するデモ隊と警官隊が激しく衝突して取材中のジャーナリスト1人が負傷したほか、デモ隊の数人が拘束されたそうです。警官隊と衝突したのは、2日と同様、黒いフーディに顔マスクの「ブラックブロック」の面々およそ400人。
先進国の移民政策に反対するおよそ800人のデモ隊が当初、ロストクの移民局前で平和的に抗議集会を行っていたのが、過激な黒ずくめの反乱分子が警官隊に向かって投石などを始めたため、警官隊が反撃し、現場は一時、騒然となりました。
2日のときにもかなりの数の外国人について触れられていましたが、独政府は外国人過激派の国内流入を防ぐため、国境の監視も強化。これまでに85人が入国を拒否されたと言います。
以下は、G8 絡みで自転車ドロボーについての報告です。

5月29日、トラック15台と数台のクルマから成る「Wendlandkarawane」がキャンプ地に向かう途中、警察によって止められた。キャラヴァンは優勢な警官隊によって封鎖され、捜索された。警察は盗難自転車を捜索するふりをしてキャンプ地に行くはずだった9台の自転車を押収した。数時間ものあいだ人々は警察が「仕事」を終えるのを待たねばならなかった。他に結束して通りの近くで待っている約50人ほどが歌を歌ったり必要物を補充する。夕刻遅く、キャラヴァンは警察のコンボイに護衛されてキャンプ地まで行くのを許された。キャンプ地でも深刻な問題があるとみなされた。警察は許可を取り損なっていると言い、人々がキャンプを組み立てるのを禁じた。それにもかかわらず、集中センターから約30人ほどが救出しにやってきて、キャンプする人たちに食べ物を持ってきた。
その日は他にも乗り物が特別長く捜索されるためにそのエリアで止められている。多くの駐車スペースがたくさんの警察のクルマによって占拠された。私が話をした地元の人たちは、明白な理由なしに警察が道路をふさいで人々をコントロールするのに怒り心頭だった。

写真は、長時間捜索のために止められたキャラヴァンと、キャンプ地に行くはずの自転車を捜索し、押収する、腕っぷしの強い警官隊、そして結束を示すためキャラヴァンの近くに集まる支援者たち。

2007/06/05

ブラック・ブロックって何者?


週刊紙ビルト日曜版が見出しに「G8の恥」と掲げた騒乱状態を引き起こしたのは、デモ主催者の声も届かない、「ブラック・ブロック」と呼ばれる人たちだった。前回書いた、黒づくめでエミネムのラップで行進していた人たちのことだ。
ブラック・ブロックなるグループが気になって検索しまくってみると、もっとネガティヴな意味でこころが動かされる記事やエッセイにぶちあたった。
以下、感性が選ぶにまかせて列挙してみます。

■2001年のジェノバサミット(2001年7月21日)
私たちは、ブラック・ブロックの一員として、はっきり言おう!
私たちは強者の政治に決して無力のまま屈したくないのだと。私たちは「レッドゾーン」へ戦闘的に侵入し、G8会議を止めようとした。
そして昨日、警察は抗議者に対して残忍にふるまった。抗議者はさんざんなぐりつけられた。催涙ガスにまみれ、銃弾を受け、拘束され、拷問された。警察の残忍さは、1人の抗議者を殺害することで頂点に達したのだ。
公にされた意見によれば、その責任はすべてブラック・ブロックの暴力にあることになっている。
日々、資本主義者の世界秩序は、多様な暴力を生み出しているというのに。貧困、飢え、債務、排除、何百万人もの死、そして、人びとの生活維持に必要な空間の破壊が、彼らの政策なのだ!
これこそ、私たちが拒絶するものじゃないか。
銀行と多国籍企業の窓をこなごなに潰すことは、私たちの象徴的な行動だ。だが、私たちは小さな商店とクルマの破壊と略奪には決して同意していない。これは、私たちの方針ではないのだ。
しかしながら、私たちもまたその動きを排除することはできない。抵抗を排除することは行動力を弱めるもっともありふれた方法だ。連帯感に裏付けられた批評を望む。そしてそれを期待したい。
家の窓がガタガタいえば、あなたは叫び声をあげる。だが、人びとが死ぬとき、あなたは黙りこくったままだ。
歴史は決して終わらない。(ブラック・ブロック参加者の声明)

■反サミット行動に全世界から20万人が結集
7月20日からのイタリア・ジェノバサミットでの反対闘争には、NGO、労働組合、農民など様々な社会運動を構成する人々たち、実に20万人以上が結集した。イタリア当局の暴力的弾圧や事前規制、それに「ブラック・ブロック」などの破壊分子の跳梁がなければ、デモ参加者はさらに増えて空前の数字になったと思われる。明らかに、99年のシアトル以降の反グローバリゼーションのうねりは1つの転換点に差しかかったと言える(エリック・トゥーサン「ジョノバG8反対行動を終えて—これからの運動の発展に向けたメモ」参照)。
■要塞に閉じこもるサミット
「8人対60億人」ーこれが全世界から1000の団体を結集した反サミット連絡センター「ジョノバ社会フォーラム」(JSF)の主要スローガンだった。このスローガンを裏付けるようにイタリア当局はジョノバ市内を戒厳令の状態におき、G7・G8首脳らはあたかも要塞に閉じこもった状態でこそこそと会議を行った。EU(欧州連合)のプロディ欧州委員長は「治安部隊に守られ、市民から隔離されて開催せざるを得ないような会議のあり方を考え直そう」と呼びかけた(朝日新聞)。
イタリア当局の「暴徒対策やテロ対策」に名を借りた暴力的弾圧は欧州ではしばらく見られなかったほど酷いものであった。まず、サミット会場周辺が封鎖され、レッドゾーンが設けられた。その上で、当局は住民に恐怖を煽り、町から離れるよう求めたのだ(実際、50%以上の住民が町を離れた)。次ぎに、EU内での国境の往来の自由を保障するシェンゲン協定を停止し、活動家などの入国を阻止した。その上で、治安警察2万人、陸海空軍から3千人を動員し、市街戦に対応する特殊部隊や空からの攻撃に備えた地対空ミサイルまで配備するというものものしさだった。
ジェノバ警察長官は、スウェーデンの警察がEU加盟15カ国の首脳が集まった際にイエーテボリで行ったような実弾の使用は行わないと確約した。だが20日には治安警察はデモ隊の先頭にいた青年を射殺した。また、治安警察は「ブラック・ブロック」などの挑発的行動を利用し、平和的デモを行っている人々にも襲いかかった。そのため負傷者が数百人という単位で、20日、21日のデモ参加者に現われた。その上、連絡センターであるJSFを「暴徒を扇動した組織」としてでっち上げるために、21日深夜現地本部などを急襲し、多数の負傷者と逮捕者を出した。
このような民主主義とはほど遠い雰囲気の中で、G8首脳も動揺し、フランスのシラク大統領は「これだけ大きな抗議行動が示している人々の不安を考慮しないわけにはいかない」と述べた(朝日新聞)。
サミット終了後、警察の暴力に抗議してミラノで10万人、イタリア全土で30万人のデモが行われた。
結局、ジェノバでは死者1名、負傷者600人あまり、不当逮捕数100件。そして何よりも、まぎれもない政治的策謀が働いていた。ジェノヴァのいくつかの区域を荒らし回った挑発者グループ「ブラック・ブロック」と警察当局が通じていたことは、おおぜいの人々に目撃されている。
聖職者ドン・ヴィタリアーノ・デッラ・サラは「ブラック・ブロック」が憲兵隊の輸送車から出てくるのを見たと語っている(ラ・レプブリカ2001年7月22日付、ル・モンド2001年7月24日付)。

今回のサミット会場にハイリゲンダムが選ばれたのは、もともと街の周辺がフェンスによって囲まれていることから警備しやすいというのが一番の理由、それにまた経済格差の広がる元東ドイツの街に人の目を集めて経済効果を生ませたいとの首相の思惑もあるようだった。バルト海では哨戒艇が警戒。ハイリゲンダムの周囲12キロを包囲するのは高さ2.5メートルのフェンス、サミット関係者と約300人の住民以外の立ち入りや、フェンス近くでのデモを禁止するなど当局は厳戒態勢で臨んでいる。
上の写真は6月2日のG8に抗議する大規模デモの際に、警官隊とやりあった「ブラック・ブロック」のメンバーの姿です。彼らは黒いフーディと顔をマスクで隠しますが、ほとんどのデモ参加者が顔を見せることに喜びを感じているようでした。

2007/06/04

シャットダウンG8


G8に反対する、いろいろな動機から一カ所に結集した多様な人々からなる大規模なデモについて書かれたニュースを読んだなら、ぜひライヴの映像も見てほしい。
独立系のオルタナティヴメディアでは「G8 TV」というのを立ち上げています。6月2日から連日午後9時より(日本時間は翌日の夕刻5時)ドイツの閑静な街で沸き立つ人々のようすを見ることができます。「百聞は一見にしかず」です。

反サミットデモで125人拘束=500人重軽傷
ドイツ北部のロストクで2日、今週開かれるハイリゲンダム・サミット(主要国首脳会議)に反対する大規模な抗議デモが行われ、警察が3日明らかにしたところによると、125人前後が拘束された。デモの主催者は、少なくとも165人が拘束されたと主張している。
暴徒化したデモ隊は、警察に火炎瓶や石、瓶を投げ付け、警察官140人以上が負傷、このうち30人が重傷を負った。デモ隊は、自動車にも火を放った。
デモの主催者は、警察がデモ隊の拘束に当たり、暴力を振るったと訴え、一部が病院に搬送され、20人が重傷を負ったと説明した。デモ隊の負傷者数は公式には確認されていない。軽傷者も合わせたけが人の数は、全体で500人に達するとみられる。
警察は、デモには約2万人が参加したと発表。これに対して主催者は、反グローバリズムや貧困撲滅を訴える団体のメンバーら約8万人が参加したと語った。警察は、警察官1万6000人を投入し、警備に当たった。 (AFP=時事)
サミット開催に反対し、反グローバル化を訴える団体などがデモや集会を開催。集会は野党幹部や反核団体代表らの演説、反戦歌手の演奏などで当初は平穏に進んだが、ニュース専門テレビN24によると、近くにいた約2千人の過激派が警官隊に投石を始め、催涙弾や放水車で応じた警官隊と衝突した。(日本経済新聞)

他のインディメディアによると、大規模デモを予測した警官隊の事前の道路検問などで自転車を没収された人々がいるなど、当局側の行き過ぎた警戒態勢が目を引きます。
写真は結集したデモ隊のようすです。G8 TVを見ると、デモに向けた人びとのアイディアに目を見張ります。牛の着ぐるみのお乳を搾る「おなか」のできとか、エタノールができるコーンのかぶりものとか、キュートです。メディアが過激派と称しているのはエミネムのラップで行進(ときどきモッシュ)する黒づくめの人たちのことでしょうか。こういうのに当局はめちゃくちゃ刺激されるんだろうね。
g8-TV.org/

パインギャップから目が離せない


これまでも罪なき一般市民を数多く犠牲にしてきたことで実績のある、アメリカの戦闘機B52がイラクで爆弾を投下できないようにするため、違法とはいえ、基地に潜り込み、B52に欠かせない支援車両に細工をしようとした、イラク攻撃に反対する世界の圧倒的多数の市民と気持ちを同じくする英国の市民たち。そして米軍を支援する国オーストラリアの、国民の目から隠されている基地に、やはり違法とはいえ、潜入して市民査察を行い、秘密を暴こうとしたオーストラリアの市民たち。法というものがちゃんと働いて生きてるものならば、どうして彼らに罪をなすりつけて罰することができるというのか。イラクへの攻撃と占領こそが違法なのはいまや誰の目にも明らかなのに。
先日、英国では、陪審員たちが全員一致で無罪にしました。
さて、これまでに適用されたこともないような時代遅れの法律を持ち出してきて裁こうという魂胆のオーストラリアのパインギャップではどうなるか、目が離せません。
被告のひとり、ドナ・マルハーンが、連日ネット上にその日の展開を書いて世界中に知らせてくれています。以下は5月30日の彼女のニュースの一部です。
「オーストラリア放送協会の法律部門が、フィリップ・アダムスがやるラジオ・ナショナルのレイト・ナイト・ライブ・プログラムに対して、私たちとのインタビューも入っている裁判の話を放送しないように勧告したというのを、今日午後になって知らされました。プロデューサーは心から気落ちしている様子で、裁判が終わり次第できるだけ早く放送するつもりだと言っていました。でも、今夜の番組も興味深いものになるはずです。兵器を損傷しようと共謀した容疑の裁判で先週英国の裁判所で無罪判決を勝ち取った<B52の2人>の片方とのインタビューが放送されます。」

写真はパインギャップのサイトのバナーからいただきました。
http://pinegap6.livejournal.com/

2007/06/02

モッシュとダイブはコムニタス


月刊オルタにある「高円寺一揆」というのが気になった。昔、20代の頃に高円寺に住んでいたということもあり、「もう騒ぎはじめるしかない」というかけ声になんだかわくわくして惹かれたからでした。
「今回、選挙という制度を見事にリサイクルして、<高円寺一揆>がやってみせたのは、自分たちが実現したいと思っている社会の姿を単なる公約として語るのではなく、それを、いま・ここでリアルに体感できるものとして差し出すことだった。
..... 文化人類学が教えるように、社会的危機の時代には社会的地位や階級、財産の有無などによって分断された社会が、自由で平等な人間同士の実存的なつながりをとりもどす場が出現し、人類学者たちはそれを「コムニタス」と呼んできたが、駅前で何度も繰り返された激しいモッシュとダイヴは、まさにコムニタスだった。見ず知らずの他人となまみでぶつかり合い、お互いの身体を受けとめあうそれは、一揆後の社会の原型のように思えた。」
ということで、コムニタスにわくわく。コムニタスとは、文化人類学者のヴィクター・ターナーが考えた概念で、通過儀礼(イニシエーション)の中での人間関係のあり方を意味する。コムニタスとは、「身分序列、地位、財産さらには男女の性別や階級組織の次元、すなわち、構造ないし社会構造の次元を超えた、あるいはそれを棄てた反構造の次元における自由で平等な実存的人間の相互関係のあり方である」のだそうだ。つまり非日常的な人間関係のあり方をいい、日常的・固定的な人間関係をあらわす「構造」とは対立するものなのだ。私たちは人生の大部分を構造のなかで過ごすが、そこでは世俗的な身分・役割・職務でもって語られる一面的な存在に過ぎない。そこにとどまり続ける限り、私たちは不安や攻撃性、妬み、恐れといった情緒的反応に取り囲まれてへとへとに消耗せざるをえない。私たちはときに社会的地位や役割から自由な非日常、つまり構造と対立するコムニタスの世界に身を投じて自己の再活性化を果たす必要があるとのことだ。
しかしながら、コムニタスには社会的身分も役割もないから、常になまみがさらされる、きわめて緊張をはらんだ互いに傷つきやすい関係であり、長くそこにとどまるのは苦痛でもある。ターナーは、「コムニタス状況は長期に渡って維持されることはない」と書いている。また、コムニタスはそこを通過してあらたに社会関係へとつながっていく場でもあるんだそうだ。(もとはラテン語の「コミュニティ:共同体」が語源)
ある意味でネット空間はこのコムニタス状況に近い。インターネットはきわめて境界例と親和性が高く、とても居心地のいい空間ということになる。最近周辺に増えているように思えるウツ的人間たち(ウツ系)というのは、実は鬱病とは切り離して考えたほうがいいかもしれない、日常的な構造社会が苦手な「境界例的心性の持ち主」ではないだろうか。

もうひとつ、全国にぼちくらこういう「学びの学校」が登場していることに気づいていましたか。
■大阪コムニタス・フォロ:「ニート」「ひきこもり」など、なにかと若者をバッシングしたがるご時世ですが、バッシングしているオヤジたちも、なんだか希望をもって働いているようには見えません。私たちは、若者をバッシングするのでも、訓練するのでも、支援するのでもなく、いっしょにオルタナティブな生き方を模索していこうと、若者の居場所を設立することにしました。
変だと思う社会に自分を合わせるのではなく、自分の感じているものを大事にしながら生きていくことはできないのか? コムニタス・フォロでは、NPOや、オルタナティブな活動をしている、さまざまな分野の人たちにご協力いただき、若い人たちが生きていく足場をつくっていくことを、いっしょに模索していきます。(ここのサイトより抜粋)
たとえば、学びの例として、目を引くものをあげてみますね。
●フリージャーナリストを招き、その目で実際に見たイラクの現状や、クラスター爆弾の不発弾で吹っ飛んだ一般市民の人々の現状などの話を聞く。
●ゴミの埋立地に行ったり、犬管理事務所(保健所)に行ったり、葬儀の話を聞いたり、コムニタス・フォロでは、ある意味での「死」に関心を抱いている。日常生活から排除されたものは、その後、どうなっているのか? その現場を知りたい! そして、その現場の未踏峰に、下水道がある。日本下水文化研究会なるNPOがあることを知り、そこの支部長に話を聞く。
「下水文化は、じつに深い。世界の下水の歴史に始まり、日本の下水文化について、世界のトイレ事情など、あれこれお話をうかがった。ヨーロッパで歩道が整備されていたのは、車道部分に糞尿を垂れ流していたためだったこと、ヨーロッパでは19世紀まで糞尿のために非常に不衛生だったこと、それに比べ日本は鎌倉以降、糞尿を肥料として活用したため、きわめて衛生的かつ合理的な都市を形成していたこと。また、飛鳥時代から奈良時代にかけて20回も遷都したのは、都が糞尿にまみれて耐えきれなくなったからだという説など、歴史を下水から考えると、いままでにない視点で見えてくることがたくさんあった。話は、どれも興味深く、下水文化の深さを堪能した。
とくに興味深かったのは、人糞を肥料にしていたのは中国、韓国、日本だけで、しかも人糞に経済価値を見いだして、制度的に取引するシステムをつくっていたのは、鎌倉以降の日本だけだという話だった。しかし、この偉大なるシステムも、戦後の日本では廃棄され、高コストで、しかも江戸に比べれば不衛生な、下水システムにとって代わられた。」
●映画の時間もあるんですよ。

上の写真は、京都祇園にあったおせんべい屋さんのショーウインドーです。
量り売りのおせんべい屋さんって減りましたね。変わったおせんべいがあったので、どんな味かしら?ちょっと食べてみたいねー、とくっちゃべっていたら、店番のおじいさん、こぼれたおせんべいを出してきて味見させてくれました。おいしい!たくさん買いました。

2007/06/01

さよならアメリカ シンディの辞任の手紙


「反戦の母」と言われてきたシンディ・シーハンがその活動を停止したことをDaily Kosに書いています。
以下はそのほぼ全訳です。(29 May 2007)
それにしても、すごくいやーなやつになることを楽しむ風潮とかがあるんでしょうか。シンディ母さんの息子が死んだ戦争は、始まる前に世界中が反対した戦争なんです。ブッシュには彼女の息子が死ななくてはならなかった理由を説明する責任があるはずです。

息子のケーシーがイラクで殺されて以降、特に私がアメリカの反戦運動の「顔」とやらになって以降、私はたくさんの中傷と憎悪に耐えてきました。特に民主党の手に帰している縁を切って以降、デモクラティック・アンダーグラウンドといった「リベラルなブログ」で無用の者とさんざんなぐられてきました。「注意の売春婦(アテンションホア)」と呼ばれること、「いい厄介払い」だと言われるのは、寛大な叱責以上のものです。
この戦没者記念日の朝、私はひどくつらい結論に達しました。私の抗議をジョージ・ブッシュと共和党に限定さえすれば私は左派とやらの愛情を一身に集めている人だったというのが最初の結論です。もちろん、私は民主党の「道具」だと右派によって誹謗中傷されました。このレッテルは私と私のメッセージを社会の主流から取り残し社会的に無視するためのものでした。どうやって女性はオリジナルの考えを持てるのでしょう、または私たちの「2大政党」システムの外でどう役に立つことができるのでしょう?
しかしながら、私が共和党を支えたと同じ規範で民主党を支え始めたとき、私の主張(大目的)のための支援が減退し出して、右派が使ったのと同じ侮辱で左派が私にレッテル付けを始めました。平和と、理由もなく人が死ぬことの論点は、「右か左か」の問題でなしに「正しいか間違ってるか」の問題だと私が言ったとき、誰も私に注意を傾けなかったと思います。
等しく民主党と共和党によって支援されたウソに基づく戦争のために何十万という人間が死んでいるとき、党派心の強い政治は路傍に捨てられるべきだと信じるから、私はラディカル(急進派)に重きを置いたのです。論争で活発な人々やレーザービームのようにウソや虚偽の陳述(誤伝)や政治的方便(ご都合主義)に注意を集中できる人々が、党となるとわが党のウソや虚偽の陳述や政治的方便を認めるのを拒絶することに私はびっくり仰天します。どちらの党で生じるにせよ、盲目的な党の忠義は危険です。私たちが政治指導者らにひどく流血をともなう許容範囲を許すせいで、世界の人々は物笑いの種として私たちアメリカ人を見ています。そして、もしこの腐敗した「二大政党」システムに取って代わるものを見つけなければ、議員代表共和政体は死ぬことになり、私たちがどんどん身を落としていっているただのチェック機能もバランス機能もないファシズム的集合体の不毛時代に取って代わられるでしょう。人物を見るときに私は所属の党や国籍を見ないせいで悪霊に取り憑かれます、私はその人の心を見ます。もし着ているものや振る舞いや話や投票が共和党員のように見えるとして、その人が自分自身を民主党員と呼ぶせいで支援に値するというのはなぜなのでしょう?
また、私がこういうことをしているのが「注意の売春婦」だからなら、献身的である必要があるという結論にも達しています。私はすべてを注ぎ込んでいます、なんとかして国に公正に平和をもたらすことに私はのめり込んできました。彼らが息子を殺したとき、「感謝に満ちた」国が私にくれたお金から得た利用できる小銭をことごとく、そして講演や本の印税で受け取ったすべてを費やしてきました。私は29年の結婚生活を犠牲にし、ケーシーの兄弟姉妹から遠く離れて長期間旅してきました。そして私の健康が犠牲になりました、罪のない人間を虐殺するのをこの国になんとか止めさせることに私の全エネルギーを費やしてきたせいで、ほとんど死にそうになった昨年夏から病院の支払いが積もりにつもっています。私は卑劣な人間が考えつく見下げはてた名前ことごとくで呼ばれてきていますし、私の命は何度も脅されてきています。
しかしながら、今朝、私が達したさんざんな結論は、ケーシーがまったく無駄死にしたということでした。私たちが考えることをコントロールさえする戦争マシーンによって動かされ恩義を受ける自分の国によって殺された彼の尊い生命のもとは愛する家族から遠く離れた国で尽きました。以来、私は彼の死になんとか意味を見いだそうとしてきました。民主党と共和党が人命で政治ごっこをするなか、この先数ヶ月でどれだけ多くの人々が死ぬことになるかより次のアメリカの崇拝の的に誰がなるかのほうに関心を持つ国のためにケーシーは死んだのです。何年もこのシステムに巻き込まれたことを知るのは私にはとても苦しいことです。そしてケーシーはその国家の忠誠の義務のために犠牲を払いました。私は最愛の息子をなくしました、そのことが一番つらいです。
しばしば、平和と人命より当人のエゴを優先させる平和運動の範囲内で役立とうとやってもみました。この団体はあの団体とは一緒にやらない、彼女がここにいるつもりなら彼は参加しない、そしてとにかく、なぜシンディ・シーハンが全注意を引くのか?まさしくその運動があまりにもたくさん意見の不一致がある名をとって命名されるとき、平和のために役に立つのは困難です。
女性も男性もイラクにいる勇敢な若者たちは、破壊についてのチェスボード上のポーンのように兵士たちを動かす臆病な指導者らによっていつまでも無期限に見捨てられてきています。そして人よりも選挙について心配する人々によって、イラクの人たちは死にいく運命と死よりも悪い運命を定められているのです。しかしながら、5年、10年あるいは15年、わが国の軍隊は別の見下げはてた失敗で、くたくたに疲れて帰国することでしょう。そしてそれから10年か20年して、私たちの子どもの子どもたちが愛する家族が理由もなく死んだのを理解することになります。なぜなら祖父母らもまた腐敗したシステムに巻き込まれたからです。ジョージ・ブッシュが弾劾されることは決してないでしょう。民主党が深く掘りすぎても彼ら自身の墓に数体の骸骨を発見するのが関の山で、システムは永久に不滅でしょうから。
なんであれ私が残してきたものを引き受けるつもりでいます。自宅に戻り、残された子どもたちの母親になるつもりでいます、そして健康など失ったものを回復するつもりです。旅で見つけたとても前向きな人間関係を維持し、育てていくつもりです。
キャンプ・ケーシーはその目的を満たしています。売り出し中です。テキサス、クロフォードの5エーカーの美しい土地を買いたい人は?妥当な申し出を考慮に入れますよ。ジョージ・ブッシュもまた、まもなく引っ越すつもりだと聞きます。資産価値が上がるのでは。
これはアメリカの反戦運動の「顔」を辞任する私の手紙です。アメリカの帝国によって傷つけられる世界の人々を助けようとすることは絶対にあきらめません。でもこのシステム内、またはシステム外で役立つことは終えます。このシステムは助けられることに激しく抵抗し、なんとか助けようとする人々を食い尽くします。それが私や私が愛する人々や残りの私の資産をすっかり消費し尽くす前に、私は出て行きます。
さよならアメリカ.....アメリカは私が愛する国ではありません、私の犠牲の大きさなど気にしないことにやっと合点がいきました。あなたが望まない限り、私にはどうにもできません。
あなた次第です。

シンディ・シーハンの本は、「Peace Mom: A Mother's Journey through Heartache to Activism 」とシティ・ライツから出ている「Dear President Bush 」の2冊です。