見つけた 犬としあわせ

こころがどきどきするもの、見つけたとき、 それを作品にしたり、思わずなにかの形にして、人に 伝えたくなります。 見つけたとき感じた、しあわせ感覚が、ひとしずくでも 誰かに伝わったら、ダブルでハッピーです。

December 29, 2007

クラシックはベネズエラがおもしろい


ベネズエラからとっておきのクラシック音楽が!グスターボ・ドゥダメルって知ってますか。かっこいいし、まるでフットボールプレイヤーみたいですが、彼はクラシックプレイヤー、それもすごい指揮者です。ロスのフィルハーモニーの来期の音楽監督に就任が決まっており、先日ニューヨークフィルで指揮者デビューを飾った際の彼のすばらしさに、ニューヨークのクラシックファンからロスに取られた!と悔しそうな声があがったとか。以下、彼のニュースからーー。

◇いま中南米がクラシック音楽の新たな震源地として熱い視線を集めている。
それを象徴するのがベネズエラで活躍するシモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラと、今年26歳の指揮者グスターボ・ドゥダメルだ。ドゥダメルは1981年にバルキシメントというベネズエラ北西部ララ州の州都で生まれ、父はトロンボーン奏者。12歳から地元ユース・オーケストラの指揮を始め、シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラの音楽監督になったのは弱冠17歳。彼は今シーズンからスウェーデンのイェーテボリ交響楽団の首席指揮者に就任、2009年から翌年のシーズンには名門ロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督就任がすでに決まっている。これは経験と年齢が重視される指揮者の世界としては驚異的に早い出世だ。この事実ひとつをとっても、この若きベネズエラ人指揮者の存在が欧米のクラシック音楽界でいかにセンセーショナルに受け止められているかわかるというものだ。
・麻薬や犯罪防止のための国家プロジェクトの成果
先ごろドイツグラモフォンから彼らの演奏によるベートーヴェンの「交響曲第5番&第7番」のCDが発売され、その高い音楽性、熱気、そして真実味あふれる演奏が世界的な話題になったのは記憶に新しい。続く新譜のマーラー「交響曲第5番」はさらにすばらしく、エリート的な演奏からは及びもつかない、まるで未熟で多感な若者が震えおののいているかのようなのが、すべてマーラーの音楽にプラスに働いているような名演だった。
彼らの音楽は、ラトル、アバド、バレンボイムといったヨーロッパの指揮者の巨匠たちからも絶賛を浴びているが、それには背景がある。
現在人口2600万人のベネズエラには全国30カ所に約130のユース・オーケストラと約60の子供オーケストラがあり、25万人の子どもたちがクラシック音楽に参加している。これらのオーケストラとそのトレーニングシステムは、実は国家ぐるみのプロジェクトによるものだった。クラシック音楽を演奏させることによって貧しい子どもたちを善良な市民に育成し、麻薬や犯罪から守り、社会の発展に寄与させることができるーー元文化大臣ホセ・アントニオ・アブレウ博士が提唱したこの国家的運動は、「ベネズエラ青少年・児童オーケストラ全国制度財団」によって推進されている。そのオーケストラの頂点がシモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラなのだ。
「ベネズエラではベートーヴェンはシンボルだ。若者にとってベートーヴェンの音楽は非常に重要なものになっている。すべての人にとってそうではあるが、若い人たちには特にだ」とドゥダメルは言う。
混迷する経済と治安の悪化に苦しむベネズエラにとって子どもたちを銃や麻薬、非行から守り、また罪を犯した子どもたちを更生させる上で、いまではクラシック音楽教育が欠かせないものとなっている。それはプロの音楽家育成や富裕層の趣味とは本質的に異なっている。そしてそのベネズエラの若者たちが演奏するベートーヴェンが、本場ヨーロッパの音楽シーンを席巻し始めている。いま識者の間では、近い将来ベネズエラ人演奏家によってクラシック界は大きく変わっていく可能性があると真実味を持って語られている。
・演奏家も作曲家も、中南米には隠れた才能が眠っている
そもそもベネスエラばかりか中南米はクラシック音楽の演奏家という点では以前から隠れた「供給源」であり、特にピアノでは優れた人材を多く輩出してきた。アルゼンチン出身のダニエル・バレンボイム、マルタ・アルゲリッチ、ブルーノ・レオナルド・ゲルバー。チリ出身のクラウディオ・アラウ。ブラジル出身のネルソン・フレイレといったところが有名だろう。
だが最近はオペラ界での中南米系の歌手の活躍が目立っている。アルゼンチン出身のホセ・クーラ、マルセロ・アルバレス、ペルー出身のファン・ディエゴ・フローレス、メキシコ出身のロランド・ヴィラゾン、ラモン・ヴァルガス、チリ出身のクリスティーナ・ガイヤルド=ドマスなど。いずれ劣らぬ絶好調の一流歌手ばかりであり、彼らの存在を抜きにはザルツブルク音楽祭やミラノ・スカラ座やメトロポリタン・オペラの現在を語ることは不可能といっても過言ではない。
これだけ中南米系の新しい世代のスター歌手がいるということは、彼らが突然変異的に出現したというよりはむしろこうした新たな才能を続々と生み出すだけの基盤がすでに中南米各国の音楽的環境には備わっていると見るべきだろう。
さらに近年最も熱く注目されているのが中南米のクラシック音楽の作曲家である。長いことこのジャンルではブラジルのエイトル・ヴィラ=ロボス(1887ー1959)のみが知られていただけで、あとはほとんど無視されてきたというのが実情ではないだろうか。アルゼンチンのタンゴの革命児アストル・ピアソラ(1921—1992)、ブラジルのボサノバの創始者アントニオ・カルロス・ジョビン(1927ー1994)を、クラシック音楽家が演奏対象とする作曲家として評価するようになってきたのはここ10年くらいのことである。
だが最近では、中南米の作曲家を積極的に取り上げようという動きが目立つ。iTunes storeでは「新世界クラシック〜ラテンアメリカ編」と名づけた編集企画盤をリリースした。こうした中南米の作曲家たちに共通するのは身体感覚に近い親しみやすさ、ボサノバやタンゴ、ショーロと共通の風や土の匂いのする抒情的な旋律美である。今後、中南米の作曲家たちの中から、第2、第3のピアソラが誕生する可能性は十分にある。
(日経ビジネス 2007年9月10日)

◇ベネズエラのチャベス大統領に関して言えば、ブッシュが軍事介入するのではないかと言われたり、右派の宗教家パット・ロバートソン師が「暗殺せよ」と発言して物議を醸したり、アメリカとの関係はかなり悪化している。
そのベネズエラから11月末から12月にかけて「音楽大使」がニューヨークにやってきた。オーケストラの名はシモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラで、それを率いてきたのが音楽監督のグスターボ・ドゥダメルだ。このオーケストラは、ベネズエラからコロンビア、エクアドルにかけての地域をスペインから独立させた英雄、シモン・ボリバルの名を冠した国営で、全国組織の青少年音楽教育プログラムの頂点に立つ存在だ。といっても普通の音楽エリート教育とは違っている。犯罪者の子どもや、非行に走りそうな貧困層の少年などの更生プログラムと連動している。
この青少年オーケストラとドゥダメルの公演はカーネギーホールで行われて盛況だった。また指揮者としてドゥダメルがニューヨークフィルへのデビューを飾った公演のほうは歴史に残るほどのできで、若い才能が成功への階段を駆け上ってゆくときに見せる、なんとも言えぬ輝きに満ちたコンサートであった。
弱冠26才の、テンポとリズムの感性が特徴的なドゥダメルは、実はニューヨーク滞在中にロサンゼルス・フィルハーモニーの音楽監督に就任が決まっている。ニューヨークのメディアからは「ロスに取られた」というような反応もあり、ニューヨークフィルの音楽監督に決まっているアラン・ギルバートはこれからは常にドゥダメルと比較されるプレッシャーを感じていることだろうと記事は書いた。
それにまたニューヨークフィルはこのデビュー公演で金庫にしまってあった故バーンスタインの3本のタクトのうちの1本をこの若者に託したそうなのだ。
興味深いのは、ちょうど彼らがニューヨークで公演をしている最中に本国ベネズエラでは憲法改正の国民投票が行われていたことだ。大統領の再選の無期限化やメディアの統制など、チャベス大統領は独裁強化を可能にする修正案を投票にかけたのだが、結果は否決される。その際にチャベス大統領は政治的な敗北を認める声明を出している。国の指導者としてチャベスを支持しながらも国民は独裁的な大権を与えなかった、そして指導者はそれを受け入れる。これには政治的な成熟が見られるといってよく、これによってアメリカとの無用な軋轢も減ることだろう。音楽大使としてドゥダメルにそうした政治的なメッセージがあったかどうかはともかく、ドゥダメルがニューヨークの街に受け入れられた、いや大喝采を浴びたというのは、ベネズエラとの緊張緩和の象徴だと言えるのではないだろうか。
(ニュージャージ在住の作家 冷泉彰彦氏の<from911USA レポート>より一部抜粋)

写真は26歳のグスターボ・ドゥダメル!

December 28, 2007

ニューオリンズの真昼



ハリケーンカトリーナによって近くの河が氾濫して家を失い出ていった人たちは、街に戻りたくても戻れないでいる。その多くがいまだにホームレス状態だ。ブラッド・ピットが、そうした家族が戻れるようにとエコ住宅建設に金をつぎ込むばかりか俳優業を一時棚上げして全力で取り組んでいることは前に書いた。街には低所得者が住める住宅が不足している。そんな中で連邦と市当局は、4500世帯が入る低所得者向け団地をすべて解体してしまい、所得がまちまちの人が入るぐーんと世帯数の少ない集合住宅の建設を新たに計画している。これに反対する人たちは、新しいニューオリンズは貧乏人を排除する国の政策の実験場だというのだ。

ニューオリンズで大規模な4つの低所得者向け団地が取り壊される問題で、全米からこれに反対する市民活動家たちが街に結集していたのはご存じでしたか。解体されるもののなかには建築学的に見て、品質、デザインともにすぐれた建物もあるとかで、建築の専門家もこれにはショックを隠せないでいる。

12月20日ニューオリンズ市議会が取り壊し案の採決を行ったところ、全会一致でこれが決まった。ニューヨークタイムズ紙に寄稿する建築評論家はこの取り壊しを「アメリカの都市計画における最大の犯罪だ」とまで言っている。

採決が行われた20日、市議会に集まった解体に反対する団地居住者と全米から結集した活動家数百人は、催涙ガスとスタンガンで待ち受ける警官隊によってさんざんな目に遭った。少なくとも2人が病院に搬送され、議場を乱したとかで市議会から力づくで排除された15人が逮捕された。

翌21日のニューヨークタイムズ紙には、「ハリケーンで傷ついたこの街で、低所得者向け団地の将来について熱く議論がされてきた。それには、人種、金、歴史、ハリケーンによって街を離れた人たちの帰郷の権利、そして意思決定は誰がすべきかなどの問題が含まれている。」とある。

以下、取り壊し案が採決される前のニューオリンズの記事からーー。

◇ニューオリンズの真昼、ブルドーザーの用意ができた
ニューヨークタイムズ(アート欄)by Nicolai Ouroussoff
19 December 2007

10年以上も前にニューオリンズの公共住宅建設計画(低所得者向け団地)を引き継いで以降、住宅都市開発省はそれらを取り壊したくてうずうずしていた。

何年にもおよぶ訴訟と延期の末に、いまついにこの省庁はまるでクリスマスの願いが聞き入れられたかのようだった。ニューオリンズ市参事会は3つのプロジェクトの取り壊しを承認するかどうかで木曜に投票する予定である。住宅都市開発省はすでにブルドーザーを適所に配置して、翌朝にはいつでも作動できるように雰囲気を高めている。

ハリケーンカトリーナによって洪水に襲われる前にその住宅建設はほとんど住むに適してないと主張する連邦当局は、彼らの決定にけっこうな社会政策の役を振り当てている。彼らはそのプロジェクトを1960年代の大いにけなされたスラム化した大都市中心部のプロジェクトといっしょくたに扱おうと努めている。

▲長文になるため、続きはメールマガジン「NewsFanzine」No.183からお読みください。

写真は、すでに一部取り壊しが始まっている低所得者向け住宅の様子と、取り壊し案の採決が行われた日に集まった反対者たちを排除する警官

December 27, 2007

ラコタ国


◇ラコタ・インディアンが米国から独立を宣言
ラコタ・スー・インディアンが合衆国と部族間で結ばれたすべての協定を撤回して独立を宣言している。先週、部族の代表団が国務省にこのニュースを伝えた。長いことインディアンの人権活動家をしてきたラッセル・ミーンズは次のように言った:「われわれはもはやアメリカ合衆国の市民ではないし、われわれの国を取り巻く5州のエリアに住むすべての人々がわれわれの仲間に加わるのは自由だ。」
ラコタ国はネバダ州、サウスダコタ州、ノースダコタ州、モンタナ州、ワイオミング州の一部からなる。植民地のアパルトヘイト規定として説明されるものに向かい合ってこの決定は避けられないものだったとラコタ族は述べた。ラコタ族の男性の寿命は44歳に満たない;ラコタ族の97%が貧困であるか否かを区分する最低収入を下回る生活をする。またラコタ族は、19世紀半ばに結ばれた多くの協定を合衆国は一度として礼遇したことがないとも述べた。
(デモクラシーナウ12月26日ヘッドライン)

◇1851年と1858年にワイオミングのララミー砦で締結された協定に述べられているラコタ・スー・インディアン国と合衆国政府のあいだのすべての合意事項はここに完全に破棄された。
「シッティングブル(Sitting Bull)」や「クレージーホース(Crazy Horse)」などの伝説的戦士を生んだ北米先住民族ラコタ族の代表団が、米国からの「独立」を宣言した。
ラコタ族の代表らは19日、ワシントンDC郊外の荒れた地区にある教会で記者会見を行い、「米国政府と締結したすべての条約から離脱する」と発表。北米先住民族の人権活動で知られるラッセル・ミーンズが、「われわれはもはや米国市民ではない。該当する5州に住む者はみな、われわれに加わるのは自由だ」と述べた。会見場には少数の報道陣のほか、ボリビア大使館の代表も集まった。
・「ラコタ国」、先住民の多い国に外交活動
ラコタ族の代表団は17日、アメリカ国務省に声明を届け、祖先が米国政府と締結した条約から一方的に離脱すると宣言。条約の中には150年以上前にさかのぼるものもある。
さらに代表団はボリビア、チリ、南アフリカ、ベネズエラの各大使館を訪問。記者会見では今後も「外交活動」を継続し、数週間から数カ月のうちに海外訪問も行うと発表した。
ミーンズによると、新しく発足する「ラコタ国」は独自のパスポートや自動車免許証を発行し、住民が米国の市民権を放棄すれば住民税は徴収しないとしている。
ラコタ族の自由を求める活動家たちはウェブサイト上で、米国政府と締結した条約は単に「意味のない紙に書かれた意味のない文言」である上、「文化や土地、われわれの生存維持能力を奪うために繰り返し破られてきた」と主張している。
ミーンズによれば、条約離脱は完全に合法だとのこと。「米国法、特に<憲法に従って締結された条約は国の最高法規>と定めた合衆国憲法第6条にのっとっている。また1980年に発効したウィーン条約が国際条約について定める範囲内でもある。自由、独立はわれわれの合法的権利だ。」
・先住民の権利に関する世界の動きに先んじて
ラコタ族の独立運動は1974年の宣言草案によって再開された。同宣言はアメリカ合衆国が英国からの独立を宣言した「独立宣言」になぞらえ、「独立継続宣言」として起草された。以降、今回の宣言までに33年の歳月を要した理由についてミーンズは、「植民地主義と戦うためには運動が臨界点に達する必要があった。しっかりと準備の整った状態にしたかった」と語る。
今年9月、国連が「先住民族の権利に関する国連宣言」(先住民族宣言)を採択したことがひとつのきっかけになった。この宣言には拘束力はないが、米国は採択の際、自国の法と衝突するとして反対している。
1977年にジュネーブで開かれた世界初の先住民族の権利に関する国際会議を支援したフィリス・ヤングは19日の記者会見で、ラコタ族が米国と交わした条約は全部で33あるが米国は従っていないと非難。「彼らはわれわれの土地や水、子どもたちを奪い続けている」と述べた。
米国政府による先住民族の土地の「併合」により、誇り高かった部族が単なる「白人の模倣」になってしまったと嘆くミーンズは、米国政府による抑圧下でラコタ族の多くの命が犠牲になったとも述べる。
・子孫のために戦いを続行
現在、ラコタ族の男性の平均寿命は世界で最も短く、10代の自殺率は米国平均の1.5倍、乳幼児死亡率は米国平均の5倍となっており、失業率も高かった。ヤングは、自分の生きている間に問題は解決しないだろうとしながらも、「わが部族は、単にはいつくばって生き延びたりマスコットになるのではなく、<生きる>ことを求めている。米国を当惑させるつもりはなく、われわれの子どもや孫のための戦いを続けるためにここにいる」と決意を述べた。
(AFP 12月20日)

写真は誇り高き戦士、シッティングブルです

December 26, 2007

コービーが史上最年少通算2万得点達成


◇マラドーナ、「イラン大統領と知り合いたい」
サッカーの元アルゼンチン代表ディエゴ・マラドーナが、イランのアフマディネジャド大統領と知り合いになりたいと語ったことが明らかになった。アルゼンチン紙ラ・ナシオンなどが伝えた。
マラドーナは反米路線を敷くキューバのフィデル・カストロ国家評議会議長やベネズエラのウーゴ・チャベス大統領らと親交がある。
今月22日に行われた「ショウボル」の対ブラジル戦後に語った。「ショウボル」は42メートル×22メートルで行うサッカーとフットサルの中間的な競技。
マラドーナはこの日観戦に訪れていたアルゼンチン駐在のイラン外交官にサイン入りのユニフォームを贈呈した。(「イランのすべての人々に愛を」と彼は書いた)
マラドーナ氏はこの外交官に、「私はフィデル(カストロ)や(ウーゴ)チャベスとも知り合いだ。残るはあなたの国の大統領だけ」と語り、アフマディネジャド大統領と会いたいとの気持ちを伝えた。(CNN12月26日)

◇マラドーナは、キューバのカストロ議長を支持しており、今月に入ってからは、ベネズエラのチャベス大統領のイメージの入れ墨を入れたいとも話していた。
(ロイター通信12月24日)

写真は、23日ニューヨークで行われた対ニックス戦で史上最年少で通算2万得点を達成したLAレイカーズのコービー・ブライアントです。
以下、ニューヨークAP通信より:
NBA(米プロバスケットボール協会)ロサンゼルス・レイカーズのコービー・ブライアントは23日、当地で行われたニューヨーク・ニックス戦で39得点をマークし、29歳122日の史上最年少で通算2万得点を達成した。
約2年ぶりにマディソン・スクエア・ガーデンでプレーしたブライアントは、第3クオーター序盤の3ポイントシュートで、2万得点をマークした史上31人目の選手となった。
これまでの最年少記録はウィルト・チェンバレンの29歳134日。マイケル・ジョーダンの29歳326日が後に続いている。
試合は95─90でレイカーズが勝った。

December 25, 2007

おっかないのはバルデムかデップか



ローリングストーン誌の映画論評を担当するピーター・トラヴィス氏の
<2007年ベスト&ワーストムーヴィズ>から抜粋ーー。(19 Dec.2007)

No.1 ジョエル&イーサン・コーエンの「No Country for Old Men」
中身がない、華々しさがない。今年のベスト映画で私が最高位を与えるのは並の映画だ。私は形式ばった完ぺきなど期待していない、危ない橋を渡り思い切ってひどい目に遭おうとする一個人の映画作りのパッションと爽快な気分を期待している。私にとって、脚本・監督のジョエル&イーサン・コーエンにコーマック・マッカーシーの小説で殺人コネクションを創り出す手段を与えた、たちすくませる善悪の熟慮、「No Country for Old Men」以上に有意義な創作活力の映画体験はなかった。悪党としてハヴィエル・バルデムは生涯の演技を見せた、そしてトミー・リー・ジョーンズは保安官役で、ジョシュ・ブローリンは泥棒役で。流血の争い、殺しに関する泣きごと(大人らしくふるまえ、私たちの国は暴力の国なんだ)につけいる、対処する人は誰も除外しない結末。同志諸君、私はもっと痛烈な今年の映画を挙げてくれと君たちを刺激しているのだよ。

No.2 ジョー・ライトの「Atonement(えん罪)」
この愛と戦争の物語の名作劇場のうわべの装飾の内側でむきだしの感情があばれる。クリストファー・ハンプトンはイアン・マキューアンの2002年の小説をそのすさまじい挑戦そっくりそのまま完全にスクリーンにもたらす。監督ジョー・ライト(前作は「プライドと偏見」)はキーラ・ナイトレイとジェームズ・マカヴォイに包囲される愛人の申し分のないカップルを発見する。そして秘密とウソの番人として13歳のセルシャ・ローナンから驚いて大口をあける仕打ちを引き出す。

No.3 ショーン・ペンの「Into the Wild」
エミール・ハーシュは実在した人物クリス・マッキャンドレスの役柄にすっかりなりきる。クリスは1992年に自分の限界を試すため地図を持たずにアラスカの原野に入ったエモリー大学院生だ。まるで自分のDNAの一部かのようにこの非凡な実話を語るジョン・クラカワーの本を脚色するのが監督ショーン・ペンなのだ。これはベストに達する一個人の映画製作だ。ペンは彼の主題と限界までがんばる勇気をまっとうする。

No.4 デイヴィッド・クローネンバーグの「Eastern Promises」
前作「ヒストリー・オブ・バイオレンス」の勝利に引き続き、クローネンバーグは再びロンドンのロシア人マフィアのこの容赦なく抗しがたい物語から人間の本来の姿というアイデンティティを調査する。ヴィゴ・モーテンセンは道徳のワナに陥ったタトゥーを入れたスパイとして驚くばかりだ。

No.5 ティム・バートンの「Sweeney Todd」
公式に、スティーブン・ソーンダイムのフリート街の悪魔の理髪師についての殺人オペラのティム・バートンの書き替えは、あらゆる点ですばらしい功績だ。特に主役のはらぐろさを演じ彼流に歌うジョニー・デップの離れわざのゆえに。

No.6 リドリー・スコットの「アメリカンギャングスター」
いわゆる「ブラック・スカーフェイス」は、分からず屋の警官(分からず屋で知られるラッセル・クロウが演じる)が彼を警察署に連れて行くまでマフィアのブローカーどもをだしぬいて自分のヘロインを売り歩く70年代の麻薬王、フランク・ルーカス役でデンゼル・ワシントンのキャリアハイとなるものだ。リドリー・スコットはこの元気な物語に大作スタイルとユーモアを埋め込む。今年の100ベストミュージックの上位に登場するJay-Zが、この映画のラップで自信を得るのも無理はない。

No.7 ポール・トーマス・アンダーソンの「There Will Be Blood」
「ガルガンチュアのよう(にとてつもない)」とはひどい苦しみを説くのに相当するこの映画のダニエル・デイ・ルイスの演技を描写する言葉だ。さあ、「ぎょっとさせる」とか火山のように「激しい」とか、近づきすぎるとなんだか危険そうというのを他に試してくれ。脚本家で監督のポール・トーマス・アンダーソンはダニエル・プレインヴュー(ダニエル・ルイス)の物語を語るのにアプトン・シンクレアの「オイル」から少しばかり拝借する。石油で思わぬもうけものをして無知による食い意地の大群とインチキ宗教がアメリカでいかに衝突するか苦しんでやっと学ぶ世紀の変わりめの試掘者だ。プレインヴューの心を強くとらえる若き説教師としてポール・ダノもまたうまくノックアウトを手に入れる。「ブギーナイト」「マグノリア」の監督アンダーソンは、シネマの苛酷なパワーで信頼を回復させる一種の巧みな反逆者だ。彼の映画作りは露骨でリスキー、傷を残すために誇張される。この映画はむごたらしくてあでやかな彼の市民ケーンである。見逃すなんてとても考えられない。

No.8 シドニー・ルメットの「Before the Devil Knows You're Dead」
「怒れる12人の男たち」「未知への飛行」から、「狼たちの午後」そして「評決」と、名作の半世紀間シドニー・ルメット83歳を巧みに避けてきたアカデミーの割り当ては、家族の機能不全へのこの長い旅を正しく見抜くことで彼に向けられるべきだ。フィリップ・シーモア・ホフマンとイーサン・ホークによってとびきり上等に演じられる兄弟が親の宝石店の犠牲者なき強盗を計画するとき、事態は爆発的に悪くなる。ルメットはケリー・マスターソンによる一流の脚本をわがモノとし、それをまくしたて続ける。

No.9 トッド・ヘインズの「I'm Not There」
実験映画は死んだと思うかい?あらゆる伝記映画のルールを打ち砕くこの伝記映画で、疲れ知らずに革新的なトッド・ヘインズがボブ・ディランの人生と時代の変換でやることを見るとき、また考えることになるだろう。今のところ、まったくもってまぶしいケイト・ブランシエットなど、6人のまぶしい俳優がディランを演じるのはよく承知している。でも、2回あるいは3回「I'm Not There」を見ることで、もっと意味深長な非常におもしろいことが見えてくるのを期待せよ。

No.10 「Knocked Up and Juno」「Knocked Up」の監督はジャド・アパトウ「Juno」の監督はジェイソン・ライトマン

◇最悪の反戦映画:「レンディション」
◇最悪のつまらんバカな下っぱ映画に与えられるマイケル・ベイ賞:マイケル・ベイは「トランスフォーマーズ」のせいでそれを得たも同然だった。彼が激しくゆさぶったようには誰もばかげた仕事をしていない。だが、たんまり儲かる精算のせいでいかに能力が低減するものか明らかにする例証として私は「パイレーツオブカリビアン:ワールドエンド」に同調するつもりだよ。

◇全米映画俳優組合賞 「Into the Wild」が最多ノミネート(CNN 2007年12月23日)
今年で14回目を迎える全米映画俳優組合(SAG)賞のノミネートが20日発表され、悲劇的結末を迎える青年の彷徨を描いた「Into the Wild」(ショーン・ペン監督)が、主演男優賞(エミール・ハーシュ)と助演男優賞(ハル・ホルブルック)、助演女優賞(キャサリン・キーナー)、キャスト賞の最多4部門にノミネートされた。
主演男優賞候補はハーシュのほか、ジョージ・クルーニー(Michael Clayton)とダニエル・デイ・ルイス(There Will Be Blood)、ライアン・ゴズリング(Lars And The Real Girl)、ヴィゴ・モーテンセン(Eastern Promises)。
主演女優賞には、ケイト・ブランシェット(エリザベス:ゴールデン・エイジ)、ジュリー・クリスティ(Away From Her)、マリオン・コティヤール(エディット・ピアフ 愛の讃歌)、アンジェリーナ・ジョリー(マイティ・ハート 愛と絆)、エレン・ペイジ(Juno)の5人がノミネート。ブランシェットは、ボブ・ディランの生まれ変わりを演じた「I’m Not There」で助演女優賞のノミネートも獲得した。
助演男優賞にはホルブルックのほか、ケイシー・アフレック(ジェシー・ジェームズの暗殺)とハビエル・バルデム(ノーカントリー)、トミー・リー・ジョーンズ(ノーカントリー)、トム・ウィルキンソン(Michael Clayton)が候補に挙げられた。
助演女優賞はキーナーやブランシェットと併せて、ルビー・ディー(アメリカン・ギャングスター)、エイミー・ライアン(Gone Baby Gone)、ティルダ・スウィントン(Michael Clayton)がノミネートされた。
授賞式は来年1月27日に開催され、TNTなどでライブ中継される。

写真は「Sweeney Todd」のジョニー・デップと「I'm Not There」のケイト・ブランシエット

December 22, 2007

アメリカ司法省はつらよごし


デモクラシーナウの2007年12月11日のヘッドラインよりーー。

◇イラクでハリバートンの社員らによって集団レイプされたと女性が報告
テキサス、ヒューストンの女性がバグダッドで会社の従業員らによって集団レイプされたと言った後、ハリバートン社とその元子会社KBRを訴えている。
当時KBRに雇われていたジェイミー・レイ・ジョーンズは、バグダッドのグリーンゾーンにあるKBRのキャンプで複数の男たちによってレイプされたと述べる。ジョーンズはこの事件を包み隠す会社と米国政府を非難する。レイプされた後、会社は少なくとも24時間、食事と水なしに、彼女を船積みコンテナの中に入れたとジョーンズはABCニュースに語った。もし治療のためにイラクを離れでもしたら解雇すると彼女は脅されもした。誰もレイプの罪で訴追されてきていない。イラクにおける請負人が現に合衆国の法律の範囲外におかれている抜け穴のせいで、暴行を犯したと言われる人たちが判事や陪審に直面することはありそうもないとABCニュースは報じた。

デモクラシーナウの2007年12月20日のヘッドラインよりーー。

◇司法省、請負人のレイプ公聴会をすっぽかす
首都ワシントンでは、イラクでの女性請負人に対するレイプと性的暴行の申し立てによる審問への出席を拒否するせいで司法省当局者らが非難を受けている。犠牲者と申し立てられるジェイミー・レイ・ジョーンズは犯罪をかばって隠す会社と米国政府を非難する。水曜日(12月19日)、この告発を審問する下院司法委員会の聴聞会を政府当局者らはすっぽかした。委員会のジョン・コンヤーズ議長はこの欠席を「つらよごし」と呼んだ。

写真は、水曜日議会小委員会の前に姿を現す二十歳の被害者ジェイミー・レイ・ジョーンズ

December 19, 2007

キースとデップ BloodBrothers


◇ジョニー・デップとキース・リチャーズ
「パイレーツオブカリビアン」の血を分けた兄弟
ローリングストーン誌 16 May 2007 by David Wild

「入れよ、向こうにいやなやつが」、そう言ってジョニー・デップが威勢よくエアコンがきいたこぎれいなトレーラーのドアを開け、容赦のないカリフォルニアの熱波からありがたい解放を申し出る。進行中の映画「パイレーツオブカリビアン・ワールドエンド」(シリーズ第3弾完結編)のプロダクション、バーバンクのディズニーの敷地にある、現在レゲエとアフリカミュージックがガンガンに鳴り響いているデップのトレイラーは、ボックスオフィスの宝庫(現在までのところ17億ドル)における完結編と言われる映画の3年連続の海賊王ジャック・スパロウ役でアカデミー賞にノミネートされる彼の転機の難儀から逃れるデップのオアシスだ。ここ数日間、デップは申し分のないもうひとりのクールの源と一時的住まいを優雅に共有している。そいつは映画でジャックの実の父という小さな役どころだが軸となるキャプテン・ティーグ・スパロウを演じるキース・リチャーズだろう。デップがドレッドロックにマスカラをつけたジャックのモデルとしてキースを使ったと認めて以来、すんでのところで固定的イメージができてしまうところだ。「アイライナーと、浜に気取って小股に歩くのと、無頓着に早口で不明瞭にしゃべるので、デップはどうも酔っぱらいのホモの道を開いているようだ」とロジャー・エバートは書いた。

興奮はあっても不明瞭なしゃべりは今日はない。監督ゴア・ ヴァービンスキーがキースのシーンを映画化すると同時にキースのむこうずねをしっかり押さえていなければならなかったセットでキースがそれは酔っぱらってよろよろしていたのを、後にパイレーツ出演者仲間ビル・ナイ(深海の悪霊と呼ばれ恐れられているフライングダッチマン号の船長)によって流布された話なんかどうでもいい。この瞬間、デップもキースもすっかりこの日の撮影用の海賊のきらびやかな服装を着ていつでも準備オーケーだ。実際にずっと起きていて翌朝も働いているバンダナと細かい三つ編みブレイドと、傷、パッチ、だぶだぶシャツのキースはひどくずたずたでぼろぼろに見えた。彼がローリングストーンズのリードギタリストとしてステージにいるのと大して違わなく見えるというのはジョークだ。

デップのトレイラーは映画スターの余裕があってカウチと壁のタペストリーと共によくモップがかけられいる、さらにその場所にはヴードゥーラウンジのおっかないヴァイブもある。結局、保証されたワイルドカードのキースは、最近イギリスの雑誌に前のオヤジ、バートと親しかったのでオヤジの灰をちょっとひと吹き鼻で吸ったと話した。もちろん彼はからかったと言ったが、キースを相手にあんたらはわかったためしがない。前に別のリポーターがキースの有名なドクロのリングをイギー・ポップのコピーと間違えたためキースの激怒を買った。バカな間違いがロックのイコンにバナナによるソドミー(同性間の性行為)でジャーナリストを脅させた。

キース・リチャーズ63歳とジョニー・デップ43歳は偶然10年間親しくしてきている。デップはまぎれもなく映画の父のことを心配する。今日その父は彼のことを「オレの息子ジョニー」と呼ぶようになっている。デップはタバコを取ってこようかと申し出たりもして、自分をハリウッドで一番の高給取りの使い走りにする。「ああ、タバコが得られたらいいな」とキースは言う。「兄弟、ありがとよ。」

長いことミュージシャンでギターおたくのデップが、ディズニーの敷地にキースが単独で泊まる間中ずっと、一生の思い出になるようなおもしろい経験をしているのは明らかだ。どこだろうとキースがもたらすロックのエッジすべてのせいでデップに対する影響は彼がデップを「アスホール」と呼ぶときでさえ明らかだ。

最初の質問はキースあなたにです。海賊を演じる準備となるメソッドがロックスターとしてのあなたのキャリアにあったのですか?

長文になるので肝心のインタヴュー記事の内容はメールマガジン「NewsFanzine」よりお読みください。

December 18, 2007

ストップ ザ マッドネス



12月17日のデモクラシーナウのヘッドラインからーー。
◇米下院司法委員会の委員3人 チェイニー副大統領の弾劾公聴会を要求
ワシントンからのニュースでは、副大統領ディック・チェイニーの弾劾を求める声が高まっている。アメリカ下院司法委員会の3人の民主党委員が弾劾公聴会を始めるよう委員会のジョン・コンヤーズ議長に要求している。そのひとりフロリダ選出のロバート・ウェクスラー下院議員は、副大統領に対する告発は無視するにはあまりにも重大すぎると述べた。先週以降、弾劾公聴会を支持するロバート・ウェクスラーのウエブサイト上の嘆願に7万人が署名している。
◇原子力産業への250億ドルの債務保証を含む予算案を採決
米下院は12月18日、5000億ドルにおよぶ2008年度包括的予算案を採決する予定だ。同予算案には原子力産業への政府の資金供給を引き上げるエネルギー法案も含まれる。これは新たな原子炉に最大250億ドルまでの債務保証を提供するものである。

「(核爆弾の発明から)70年:核の危険の新たな実現」を出版したベテラン・ジャーナリストのジョナサン・シェルは、世界のあちこちに核兵器拡散を奨励しているのはアメリカだと言う。イランに核爆弾がないことが公式に認められた。ではそれを持っているのは?米国、イスラエル、パキスタン、インド、そして他に5カ国。核廃絶の第一人者であるジョナサン・シェルはブッシュ政権が新たな核の時代を招いたと訴える。シェルが心配する米国内の核兵器増強について、予算がこれを裏付ける。
1982年、ニューヨーカー誌の記者だったジョナサン・シェルは核兵器の脅威を描いた連載をまとめた著書「地球の運命」を出版した。1981年〜82年にかけて全米で反核運動が高まった。シェルの著書はこのうねりを起こすのに貢献したと評価されている。

December 17, 2007

地球は鬱の時代



かなり前から地球は「鬱(うつ)の時代」に突入しています。
だからいま鬱なのは当たり前というか、むしろ健全!です。
これ、わたしが言ってることではありません。五木寛之という作家が言ってることです。鬱は悪いことではない。ネガティブにとらえるな。むしろエネルギーをため込んでいるんだから、すばらしい。
わたしもずーっと前から鬱に入っています。どよーんと全身「うつ」って感じ。地球の引力には逆らえないし、悪あがきするエネルギーがあるんだったら蓄えたい。
いまは「うつ」「うつ」とエネルギーをため込むんでいいじゃないか。むしろ健全でいよう。すべては考え方次第です。
それはさておき、すっごく元気が出るものお見せします。
うちのボクサー犬の写真、うちに来る前の生まれて1カ月ほどの兄弟いっしょの写真です。でも、いまの彼(ヴァーモス)がよーくわかるんです。
一枚目の写真、どれがうちのヴァーモスか?左の2匹は「チャンプの子ども」だい!って感じで生まれながらにして目立つことを知っています。一番右のフォーン(茶色はフォーンといい、黒っぽいのがブリンドル)君は最初うちに来るはずだった子、そしてそいつに乗っかられているのがうちのヴァーモス!
そして次の写真を見てください。右から2番目がうちのヴァーモス、一番右でなんとしても割り込もうと頭突きをしてるのがうちに来る予定だったフォーン君。この子もそうとうおかしそう、でもちょっとした時間差で他の人のところに行きました。とっても貴重な写真です。
どう?元気出た?

写真はクリックすると拡大版で見ることができます。

December 16, 2007

Smart ForTwo


リドリー・スコットの映画「プロヴァンスの贈りもの」でラッセル・クロウが悪態をつきながらプロヴァンスの空港から相続したシャトーまで乗っていたのがこれだった。
イギリスが舞台の映画「タロットカード殺人事件」で右ハンドルを呪っていたマジシャンのウッディ・アレンがこれに乗って天国に旅だった。
アメリカ人が死んでも絶対に乗りたがらないクルマがこのちっこいクルマ「スマート」だと思ったのだが。以下、WiredNews Auto Weekからーー。

◇アメリカ人の60年におよぶ小型車嫌いがついに終わりを迎えるかもしれない。
メルセデスの「Smart ForTwo」の米国発売まであとひと月あるが、すでに3万人を超えるアメリカ人が、価格1万1590ドルからというこのちっこいクルマに喜んで手付金を支払っているというのだ。そのため、まだ誰もクルマのキーを受け取っていないにもかかわらず「Smart ForTwo」はすでに完売状態同然になっている。
米国の交通問題を解決する手段としてみれば、サンフランシスコ、ニューヨーク、ボストン、フィラデルフィア、ワシントン、ポートランドといった過密都市にはうってつけだろう。
だが、フェニックス、ヒューストン、アトランタなど、無秩序に広がった市街地が州間ハイウェイとおびただしい数のパーキングで結ばれているような地域では現実的に役立つものかどうか? その答えは時間が経ってみなければわからない。
確実に言えるのは、1リッターエンジンを搭載し、燃費が最大でリッターあたり約19キロというこのクルマは、ガソリン価格が1ガロン(約3.8リットル)あたり3ドルと高騰しているなかで幅広い支持を集めているということだ。
それにまた、住宅市場の低迷と経済の悪化が進むなか、4万ドルもするフル装備のピックアップトラックは不必要でバカげているとさえ考えるアメリカ人が増えている。
ドイツMercedes-Benz社の親会社ダイムラー社は現在ロンドン市と共同で電気走行モデルの「Smart ForTwo」の実地テストを行なう予定で、フランスや米国の都市でも同様のテストを計画している。
はたしてこの人気が米国でいつまで続くかだが、記者のサイフに尋ねれば答えは「イエス」だった。

December 14, 2007

宇宙に行ったクマムシ


クマムシって知ってますか。写真を見て興味がわきました。でもこのクマムシを宇宙に放り出すそうなんです。宇宙に存在するたったひとつの種にすぎない人間という生き物の自然界に対する傲慢な操作が気に入りません。以下、WiredScienceからーー。

◇クマムシは体長50マイクロメートルから1.7ミリメートルの8本脚のモグラのような姿をした微小な無脊椎動物。彼らはありとあらゆる状況を生き延びることができる。飢餓や乾燥もノープロブレム。真空や深海の圧力もオーケー(7万5000気圧まで耐えられる)。
151度の高温、極限の低温もノープロブレム。放射線の照射にも耐えるられる(ちなみにヒトの致死量は500だが、クマムシは57万まで耐えられる)。
必要とあれば、新陳代謝の速度を1万分の1まで落として水分消費量を通常の1%に抑えることだってできる。
クマムシに比べれば、ゴキブリも脆弱なものに思えてくる。
血気盛んな科学者ならこのクマムシを宇宙に打ち上げてみたくもなるだろう。
ESA欧州宇宙機関が「Tardigrades In Space(TARDIS:クマムシを宇宙へ)」プログラムでこの試みを実践した。
ちなみに、「TARDIS」はイギリスのTVドラマ「ドクターフー」に出てくる時空転移マシンの名前でもある。すごい出世だ。
さてこのクマムシ、生きて還ってくるものか、それとも死んでるものか?
「スペースシャトルにサルモネラ菌を搭載した実験」によると、宇宙で培養されたサルモネラ菌は通常のものに比べその毒性が4倍に増えたことが判明している。はたしてクマムシはなんとか生還して、彼らをこんな苦しい目に遭わせた弱虫の巨人どもに復讐しようとしているだろうか?
答えはまもなくわかる。クマムシを乗せた宇宙船は9月26日に帰還した。データは数ヵ月かけて分析されることになっている。

December 13, 2007

ドバイのThe World



ブラッド・ピットがCNNラリーキングライヴに出演していて、復興が遅れているニューオーリンズに家を建てて近くの河の氾濫で家を失った家族を連れ戻す彼のプロジェクトについてスマートに語った。彼はもともとニューオーリンズという独特のカルチャーを持つ街が気に入っており、彼の養子のひとりの子どもがそこの出身なんだそうだ。それにまたブラッド・ピット自身が前から建築に興味があったこと、肉体労働なんかが好きなこと、いまは映画の仕事よりこれに力を注ぐのが自分の仕事などとも語った。以下ニュースからーー。

◇俳優のブラッド・ピットが3日、米NBC TVに出演し、2005年のハリケーンカトリーナが直撃したニューオーリンズ市の被災地第9区にエコ住宅を150棟建設する計画だと語った。完成予定は来年夏。
「ピット メイク イット ライト」と名づけられたこの計画。被災者向け建設予定の住宅は太陽光や風力発電を最大限に活用する地球に優しいエコ住宅設計で、通常の家屋に比べて光熱費の65%低減が可能。
ブラピは9月に500万ドル(約5億5200万円)を寄付し、計画をスタートさせた。TVで計画内容などを話したブラピは、「一般からも寄付などが集まれば建設数を増やす予定」と語った。(ヒラリー・クリントンがこのプロジェクトへの支持をいち早く表明)
ブラピは今年に入ってパートナーのアンジェリーナ・ジョリーとニューオーリンズ市内のフレンチクオーターに邸宅を購入。市当局や非営利団体とも連携しながら、遅れが目立つ同市の復興を積極的に支援している。
2人はまた、ドバイ沖に浮かぶ世界地図の形をした人工島群「The World」のエチオピア部分を11月に購入したばかり。高級リゾート開発プロジェクトの一環として作られた300の島々からなるこの人工島群。島の購入価格は600ー3600万ドル(約6億7000万ー40億円)といわれており、UKヴァージン社のブランソン会長やロッド・スチュアートなどのスターも購入済み。ブラピとアンジーの2人はこの場所を環境問題の提唱やエコライフの啓発に利用する予定。
◇ブラット・ピットが環境団体「Global Green」と協力し、ニューオリンズに建てるエコな集合住宅の案を募集。多くの応募の中から選ばれた、すでに建設中のエコ住宅プランを8月に発表している。
「2年前に起こったことは人災だった。この建物が人災から立ち直る解決手段を提供する。手ごろで上質の生活を提供することも保証する。」とブラピは言う。
このエコハウス群はある意味でコミュニティ機能の備わった場所だ。太陽光発電や風雨を計算したデザイン、光熱費を大幅にカットして被災者のくらしを圧迫しないように設計されている。また環境破壊にならない管理された森から切り出された安全な木材が使われ、大豆が材料の断熱材に、小麦から作ったボードが使われる。
◇現場で使われているシートが鮮やかなピンクであることについてブラッド・ピットは、「人々の生活が戻ってくることを最大限に主張するため」と説明した。
被災者1世帯を呼び戻すための基本費用は15万ドル。ブラピは各基金や教会、企業、社会的地位の高い人々に寄付を呼びかけた。
ロウワー9番区ではこのほか、ジャズミュージシャンのブランフォード・マルサリスとハリー・コニック・ジュニアが人道支援団体ハビタット・フォー・ヒューマニティと連携して「ミュージシャンズビレッジ」を建設した。工事は昨年3月に始まり、現在40世帯余りが生活している。
(CNN12月4日)

ブラッド・ピット夫妻も購入したドバイに人工的に作られた島の群れ、実はこれに興味があった。サッカーの中田が「スマートビジネス」を模索するためいま世界のあちこちに旅を続けているけれど、彼がチョイスした、旅行地として知られていないけどすごいところ!(主にアジア圏内)に確かドバイの人口島群「The World」が出てきていたと思うのだ。さてこんなニュースがーー。

◇アラブ首長国連邦(UAE)のドバイに本社を置く衛星TV局「アジアビジネスTV」は2007年10月12日付のニュースで、10月9日、中国企業がUAEのドバイにある有名なリゾート地「The World」にある「上海島」の購入契約に調印したと報じた。
「The World」は、ドバイの沖合い4キロメートルの海上に長径9キロメートル、短径6キロメートルの楕円形の防波堤を造り、その中に世界地図を模して 300個以上の人工島を造成するもので、個々の島の面積は2万3000〜8万4000平方メートル、島と島の間は50〜100メートルの水路で隔てられ、船でないと行き来ができない。この巨大プロジェクトはドバイのデベロッパーであるナキール(Nakheel)が総工費18億ドル(約2000億円)をかけて推進しているもので2008年完成予定である。なお「The World」の正式名称はアラビア語で「OQYANA(Australasia:南洋州)と呼ぶらしい。
今回「上海島」を購入したのは上海に本拠を置く「中州国際控股集団」という民間企業。上海島の面積は7万4000平方メートル、建築可能面積は約4万平方メートルだから東京ドームの1.5倍強の広さと考えればよい。購入価格は2800万ドル(約32億2000万円)、1平方メートル当たりの価格が378ドル(約4万3500円)となり、それほど高い買い物ではないようだ。

昔々、一度だけドバイ経由でフランクフルトに行く便に乗ったことがある。トランジットで見たドバイは見渡す限りサンドベージュの砂漠だった。
ドバイは英国保護下で中継貿易の基地として栄えた都市で、古い文化と新しい文化が混在する魅力的な都市と聞く。都市の中央部をクリーク(運河)が流れ、クリークが東側の新しい町「デイラ」と西側の古い町「バール・ドバイ」をわけていた。バール・ドバイから眺めるデイラの夜景はまるで香港の夜景を眺めているみたいで砂漠の国にいることを忘れると誰かが書いていた。「クリークにはアブラという渡し舟がバール・ドバイとデイラの間を激しく行き来し、停泊中の木造の帆船ダウではクルド人の人夫たちが色々な貨物の上げ下ろしを行っていた。」
そのドバイが未来都市の映画にでも出てきそうな風景へと驚異的に変化している。海岸から380メートル離れた人工島に建設された世界最高級の高層ホテル「ブルジュ・アル・アラブ」(高さ321メートル)、前述の「The World」のデベロッパー、ナキールが建設したヤシの木の形をした人工島群「パーム・アイランド」、160階建て700メートル超の世界一の高層ビル「バージ・ドバイ」(ドバイタワー)など、どれもドバイの名を世界にとどろかす壮大なスケールのものばかりだ。

写真はピンクのシートに覆われた建設中のエコハウスとブラッド・ピット、そしてすでに彼も島のひとつを購入しているドバイの「The World」、ここのサイトでその人工的なゴージャスさを知ることができます。

December 12, 2007

ピースニクス


昨日、ジョンの映画「PEACE BED アメリカvs ジョン・レノン」を見てきた。それとわかる尾行や雑音の入る盗聴ばかりではない。あわや強制送還の当局の脅し&米国から出て行け!の政府の法をねじ曲げた脅しの前にも、ほんとに怖い、二人の身になにか起こるという予感があったことがわかり、つくづくこの映画のタイトルにあるとおり、当時の「アメリカ合衆国対ジョン・レノン」の構図がジョンの死を招いたんだとリアルに感じ取ることができた。
ビートルズの一員のときもそうだったが、ヨーコ・オノという同志と出会い成長したジョンの記者会見どきのコメントがずばぬけてスマートだったことに改めて感動!アイディアのスケールのでかさではヨーコもすごさを認めていた。ジョンは彼の存在を(ビートニクスにかけて)ピースニクスと言っている。平和のアーティストとして彼は一番かもしれない。ジョンの歌とメッセージは今も反戦の現場で生きているという意味で「ジョンは殺せなかった」と最後にヨーコは言ったが、ジョンが生きていたら私たちはこんなふぬけでいられたろうか。逆に言えば、平和を願わない人々にとってそれほど消したかった存在だったということだ。
元ニューヨーク州知事マリオ・コモだったか作家ゴア・ヴィダルだったか忘れたが、「平和にチャンスを!と言われて誰がノーと言える?」と言っていたが、見てくれよ、米国はふてぶてしくも一度ならず何度も「ノー」と言ってきている。

ホリデイスナップ




ロンドンのストリートばかりか、大英博物館やニューヨークのMOMA、メトロポリタン美術館などに勝手にパロディグラフィティ作品を展示してしまう「わざ」でも知られている「アートテロリスト」Banksy(バンクシー)についてちょっとーー。
大英博物館に展示して数日間だれにも気づかれなかった作品はラスコー洞窟絵画のパロディでそこにはショッピングカートを押している人が描かれている。
2005年3月ニューヨークではMOMAとメトロポリタンとアメリカ自然史博物館とブルックリン美術館の計4カ所でゲリラ的展示を行い、アンディ・ウォーホールのスープ缶をパロった作品を展示したMOMAでは3日間だれにも気づかれなかった。メトロポリタン美術館ではガスマスクをした女性の肖像 、アメリカ自然史博物館では戦闘機のような形をしてミサイルを抱えたカブトムシの標本、ブルックリン美術館では スプレー缶を手にして背後に「No War」と描かれた植民地時代の提督の肖像を展示している。
バンクシーは他にもロンドンのテートギャラリー、パリのルーブル美術館でゲリラ的に展示することに成功している。
バンクシーが、イスラエルが不法にパレスチナに建設している隔離壁(分離壁)で「ホリデイスナップ」と題して9つの作品を公開していることはご存じだろうか。
「グラフィティ作家にとってこの壁は究極の休暇をとる目的地になっている」と作家は自分の活動について説明する。
「イスラエル政府は占領地パレスチナを取り囲む壁を建設中だ。この壁は高さがベルリンの壁の3倍もあり、最終的には全長が、実にロンドンからチューリッヒまでの距離、700キロメートルになる。この壁は国際法上違法なもので、本質的にはパレスチナを世界最大の野外監獄にしかねない」(バンクシーのサイトより)
BBC Newsによると、イスラエル軍から威嚇発砲されて何度も銃を向けられたりしたそうだが、それでも彼は9作品をパレスチナ側の壁に描きあげた。
1分もかからないので、以下のサイトから彼の作品をぜひとも見てもらいたい。
http://www.banksy.co.uk/outdoors/horizontal_1.htm

バンクシーの絵は壁がパレスチナ人の人生をまるごと「遮断していること」を感じさせるものになっている。
以下、12月9日のCNNのニュース よりーー。

◇政治的なストリートアートなどで知られる英芸術家、バンクシー氏がこのほど、パレスチナ自治区ヨルダン川西岸にあるキリスト教の聖地ベツレヘムで、クリスマスに合わせた展示イベントを開始した。パレスチナの現状に対する批判や皮肉をこめた壁画などが登場し、話題を呼んでいる。
イスラエルは「テロリストの侵入を防ぐため」として、西岸との境界線付近に「分離壁」を建設中。バンクシー氏はこの壁にグラフィティ(落書き)アートとして、「防弾ベストを着たハト」「身分証明書をチェックされるロバ」などを描いた。「西岸地区の住民の苦難にもっと目を向けてもらい、ベツレヘムに観光客を呼び戻すのが目的」と、同氏は語る。
壁によって農地などを分断された西岸の住民は、その影響で苦しい生活を強いられている。ベツレヘムはイエス・キリストの生誕地として有名だが、イスラエル軍による厳しい検問を嫌ってか、クリスマス間近になっても訪れる人はまばら。観光業界は大きな打撃を受け、失業率も上昇している。バンクシー氏が風刺のつもりで書いたロバの絵のような光景も、実は日常茶飯事だという。
バンクシー氏の本名や年齢は不詳。米グアンタナモ海軍基地の収容者をかたどった人形をディズニーランドに無許可で設置したり、「ショッピングカートを押す古代人」を描いた壁画を製作して大英博物館に勝手に展示したりと、ユニークな活動で知られる。毎年12月には芸術家仲間とともに、ロンドン中心街の小さな店舗内に設けたギャラリーで「Santa's Ghetto(サンタのスラム街)」と題したイベントを開催してきたが、今年はその会場をベツレヘムに移した形だ。
ベツレヘムの治安を懸念する声に対しては「弱虫の芸術家たちにとっても安全なほどだから大丈夫」と述べ、「より多くの人がここを訪れ、現状を自分の目で確かめてくれるよう願っている」と強調した。

写真は最初の2枚がパレスチナ人を隔離する壁に書かれたグラフィティ、3枚目がロンドンのストリートのグラフィティアート。写真はクリックすると拡大版で見ることができます。

December 10, 2007

ピアノマンとMr.Nobody



しつこくピアノマンの話題です。
なぜかって?たとえばあなたが記憶喪失にでもなってどこかの海岸でずぶぬれ状態・放心状態で見つかり、補導され、精神病院送りになったとしよう。一言もしゃべらずに身元がわかるなにか、あなたを他人と区別できるなにかが見つけられたとして、はたしてこの世界で何人くらいがこれが「あなた」だと情報提供してくれるものだろうか?に興味があったからだ。
他人が見てあなたによく似た人物がこの世の中には何人くらいいると思う?
昔々、アクセサリーを買い付けによくタイに行っていた友人からポストカードが届いた。ポストカードには「おおーここに君がいた!」という感動の言葉が書かれている。ポストカードの女性はタイの山岳地帯に住む少数民族のひとつで、長い首にじゃらじゃらとシルバーやら宝石やらの首輪をいくつもして、メガネをダブルでかけて縫いものしてるしわくちゃのおばあちゃんだった。カードには「もちろん何十年も先の君」とのコメントが付いていた。わー「わたし」だ!
ピアノマンについて英BBCは以下のように報じていました。

◇ピアノマン 沈黙する謎の天才ピアニスト
先月はじめ、英国の海岸で正体不明の天才ピアニストが保護されたとして話題になっているとのこと。ことの発端は先月7日、びしょ濡れのスーツにネクタイという姿で英国の海岸を彷徨い歩いていた20〜30代の男性が保護されたことに始まる。保護した社会福祉士のマイケル・キャンプは男性から名前や身元などを聞き出そうとしたが、男は一言も喋ろうとしなかった。そこでキャンプはとりあえず男を病院に連れていき、筆談しようと紙とペンを渡したところ、男は何も言わずにただ黙ってピアノの絵を描いたという。
そして病院のスタッフらが男を病院のチャペルに連れて行くと、それまで挙動不審だった男が、あたかも「息を吹き返すかのように」ものすごい勢いでピアノを弾き始めたのである。
「チャペルにあるピアノのところへ連れて行ったんですが、まさに驚異でした。本当に素晴らしい演奏で、それから数時間におよびただもうピアノを弾き続けたんです。彼はこれまでのひと月、一言も喋っていませんが、今ではこちらの問いかけに小さくうなづいてくれるのでなんとかコミュニケーションをとれています。」
その後、この男のニュースは地元メディアなどで「ピアノマン」として報じられて話題を呼んだ。またキャンプ氏がヨーロッパ中のオーケストラ楽団に連絡し、英国行方不明者ヘルプラインなどにも男性の情報を掲示したところ、ものすごい反響を呼び、これまでにいくつかの有力な手がかりを得たということだ。
ピアノマンを診察した医師カレン・ドリーレスはこう語っている。
「彼の音楽を理解できるほどの人間は私たちのなかにいませんでした。ただクラシックの一種だということ、そして彼が非常にテクニック的に優れていることだけはわかりました。」
この事件は1996年のアカデミー賞受賞映画「シャイン」を彷彿とさせるものである。映画では、実在する神経衰弱を患う天才ピアニスト、デヴィッド・ヘルフゴットの人生が描かれている。

◇フランスのストリートミュージシャン説が浮上
有力な手がかりとしてイタリア在住のポーランド人から、ピアノマンがフランスのニースでストリートミュージシャンとして働いていたスティーヴン・ヴィラ・マソンであるとの情報が寄せられた。
情報の確認を行ったローマ市警のマリオ・ロッソによれば、情報提供者のダリウス・ディディムスキはポーランド出身の不法移民で、新聞でピアノマンの姿を確認し、警察に目撃情報を打ち明けた。
「ローマでパントマイムをやってるポーランド人の男に話しかけられたんです。彼の話では、ピアノマンは間違いなく一昔前彼といっしょにニースで働いていたストリートミュージシャン、スティーヴン・ヴィラ・マソンだそうです。当時マソンとは英語とフランス語で会話をしていたそうなんです。また彼の記憶が正しければ家族もフランスに住んでいるらしいとのことです。われわれはインターポールを通じて英国とフランスの警察に連絡を取りました。今のところ、この話の信憑性はわかりません。でも調べてみる価値はあると思います。」
◇フランス人説は否定
昨日報じられたイタリア在住のポーランド人からの情報はほぼ否定された形となったようだ。
タイムス紙のパリ支局員によれば、実際にマソンの妹と話した結果、彼女は先週、マソンと会ったばかりで、まだ彼がニースでピアニストとして働いていることなどが確認されたという。また数日前のサセックス地方のピアニストという情報も調査の結果、除外されている。
(タイムズオンライン2005年5月19日)

◇1999年カナダのMR.NOBODY事件に関連か
数年前、カナダのトロントに現れた正体不明の男とピアノマンに顕著な類似点があるという情報が提供された。この男は当時、正体不明で記憶喪失の男「Mr.Nobody」と呼ばれて話題を呼んだが、昨年8月以降、その足跡が途絶えている。
情報を提供したトロント市警の話によれば、年齢、ブリーチしたブロンドの髪、衣服からすべてのラベルが取り除かれていたこと、記憶喪失であることなど、「Mr.Nobody」にはピアノマンとの著しい類似点があった。Mr.Nobodyとの鼻の形の違いは、男がその後、整形手術を受けていたことが確認されている。以下は、Mr.Nobody事件の経緯ーー。
1999年、スケイドことMr.Nobodyはカナダのトロントにある病院に血まみれの顔でこつぜんと現れた。鼻を骨折し、明らかに何者かに殴られたようだった、財布もなく、ヨークシャーなまりの英語をしゃべったものの、自分が誰なのかわからないと語っていた。
医師は記憶喪失と診断し、スケイドは数ヶ月入院した。その後、彼には身分証明書がなかったため、英国とカナダにそれぞれパスポートを申請したものの、どちらからも拒否され、カナダ国内を転々とした。この間にポルトガル人女性と結婚、特別に一時滞在のビザを得ている。強制送還にならなかったのは彼の本国が明らかにならなかったことによる。また彼はカナダ政府に出生証明書の発行、永住許可証を求めたが拒否された。一方、世間ではスケイドの身元をめぐり様々な憶測が流れたが、ついにその身元は明らかにならず、スケイドは最後まで記憶喪失を主張し続けた。
そうして2001年のことである。あるロンドンの編集者が、スケイドがフランスのゲイポルノモデル、Georges Lechitと顔が酷似していることを指摘、彼がかつてロンドンでGeorges Lechitと名乗って活動していたゲイポルノ男優なのではないかと推測した。これは2つの事実に基づいている。ひとつは98年、99年頃にロンドンのゲイ雑誌に「Georges Lechit」という人物がモデルとして出ていた。そして98年8月にフランスでゲイの男優「Georges Lechit」からパスポートの盗難が申請されている。(以下時系列でーー。)
・1998年7月:英国でGeorges Lechitの名のパスポートを使った人物がいた
・1998年8月: フランスでGeorges Lechitのパスポート盗難が報告される
・1999年2月: 英国でGeorges Lechitのパスポートを使う男性がポルノヴィデオに出演
・1999年11月:トロントの病院にスケイドが現れる
・2001年7月: 英国の編集者がスケイドとGeorges Lechitの顔が似ていることを指摘
なお、フランスのGeorges Lechitは98年頃から消息がつかめておらず、結局フランスとロンドンに足跡を残したGeroges Lechitがフランス人であったのかイギリス人であったのか、あるいは同姓同名(同じ職種)の2人の人物であったのか、明らかにされていない。スケイド本人はいずれの説も否定しており、真相は謎のままである。
昨年スケイドは滞在期限が切れて不法移民として逮捕されたが、数日間の拘留を終えて釈放されている。その後はカナダ西部ブリティッシュコロンビアのヴィクトリアで再び不法滞在で暮らしていたと伝えられているが、その後の足取りは定かではない。
かつてスケイド事件を調査したステファン・ボーンは、当時、男は記憶喪失になりすましてウソをついていた可能性があるとしてこのように語っている。「1999年、あの男はわれわれをだまそうとしていたと思います。そしてそれは今でも続いている可能性があります。」
(トロントCBC2002年の記事より)

写真は一枚目の上がトロントの病院に現れたスケイド(Sywald Skeid)と下がピアノマン、二枚目はゲイのポルノ男優 Georges Lechit。この人物とスケイドは記者が指摘するとおり、まるで同一人物に見える。

December 09, 2007

カヌーマンとピアノマン


数日前にCNNで盛んに流れていたニュースがあり、2002年にカヌーで溺死したとされ行方不明のまま死亡が確定した夫の保険金を受け取った妻がパナマで不動産を買っており、そのアパルトマンで死亡したとされる夫の姿を目撃した住人から話を聞いていた。これはイギリスで連日報じられ一躍有名になった「カヌーマン」の話である。この57歳の男性が詐欺容疑などで逮捕されることになったのは、5年半ぶりに警察署に姿を現して、自分は行方不明の男のようなのだと名乗りを上げたためだった。妻いわく、事情を知らない息子たちにどうしても会いたくなったんでしょう、彼は自分には「2000年から記憶がなく、どこでどうしていたかまるでわからない」と警察に事情を説明した。以下ニュースを追ってみるーー。

◇英国でカヌーで北海沖に出たまま姿をくらまし、死亡保険金を騙し取った疑惑が持たれているジョン・ダーウィン容疑者の妻が9日、渡航先から英国に帰国したところを逮捕された。警察関係者がCNNに語った。
ジョン容疑者は8日夜、旅券不正申請罪と送金詐取罪で起訴された。10日にハートルプール治安判事裁判所に出廷する。
(CNN 2007年12月10日)
◇5年前に行方不明になり、死亡宣告を受けた英国の元刑務官が記憶喪失のまま今月1日警察に出頭した奇跡のような話は、実は全部ウソだった。しかも、死亡保険を受け取った妻とパナマに移住するなど計画的だった。地元警察が詐欺とパスポート偽造の疑いで逮捕、厳しく調べている。ドラマのような筋書きに英メディアは「カヌーマン」と呼び、連日大きく報道している。
「カヌーマン」ことジョン・ダーウィン被告は1日、ロンドンの警察署に「過去の記憶がないんだ」と出頭した。人相や背格好が、02年3月21日に英北東部ハートルプールでのカヌー海難事故で死亡したと思われた人物と一致した。だがダーウィン被告の地元クリーブランド署は9月から内偵捜査を進めており、事故を装った詐欺事件として立件した。
調べで、ダーウィン被告はあっさりと事故の偽装を白状。15万5000ポンド(約3565万円)の死亡保険を妻に受け取らせていたことを認めた。また、刑務官だったため英政府から死亡退職手当、遺族年金も支給されていたことも明らかになった。
供述では1万ポンド(約230万円)の借金があり、その穴埋めで事故を偽装したとしている。失踪から1年後に英中部の自宅に戻り、壁続きとなる隣家に昨年まで潜伏。妻の部屋のチェストをずらすと隠れ家につながる忍者屋敷さながらの細工をしていた。
逮捕が決定的となったのは1枚の写真。ダーウィン被告は「ジョン・ジョンソン」の名前でパスポートを偽造、昨年7月以降にパナマに夫婦で渡り、購入した家の前で記念写真をパシャリ。出頭時には「5年ぶりの生還」として父親らの喜びのコメントが掲載されたが、問題の記念写真を大衆紙ミラーが特ダネ掲載して事態が一変した。また、今年4月に妻が帰国し、10月に自宅を売却した29万5000ポンド(約6785万円)のフランスの銀行への不審な送金も捜査対象となった。
イブニングスタンダード紙では、警察関係者の話で「これは妻がすべての金を巻き上げたことに腹を立てたジョンの仕返しという可能性もある」としている。
(日刊スポーツ2007年12月10日)

2005年にやはりメディアをにぎわせた「記憶喪失」にまつわるもっとおもしろい話。「ピアノマン」って憶えていますか。以下、当時のデイリーミラー紙からカットアップでお伝えします。

◇ピアノマンの正体がついに判明か
これまで4ヶ月におよび沈黙を続けたピアノマンがついに自白、ニセ物であることが明らかになった。最新の報告では「実際にはピアノマンはピアノがまったく弾けなかった」という情報も伝えられている。そして今、ピアノマンは彼を保護していた精神病院のスタッフに自分の正体を明らかにした。彼はドイツ出身のゲイだった。
ピアノマンの告白
父親はドイツで農場を経営しており彼には2人の姉妹がいる。今回イギリスで保護される前はパリで働いていたが、職を失い、ユーロスターでイギリスに向かった。そして4月、イギリスの海岸で自殺しようとしていたところを警察に保護された。
先週、やっとピアノマンはドイツに帰国した。彼を世話するために大金をかけてきたイギリスの病院は今後彼を起訴するつもりである。また医師によれば、ピアノマンはかつて精神病院で働いていた経験があり、そこでおぼえた患者の症状の特徴をまねながら彼独自の症状を作り上げることで医師らをうまくだまし続けてきたものと推測している。
ピアノマンは発見されてまもなく病院のスタッフから渡された紙にピアノの絵を描き、病院のチャペルで「驚くべき才能」でピアノを演奏したと伝えられた。だが今回の情報によれば、実際にはピアノマンはたった一つの鍵盤を繰り返し叩き続けていただけだった。そしてまた彼の自供によれば、彼がピアノを描いたのは「単にそれが最初に頭に浮かんだから」というのである。
病院関係者はこのように語っている。「彼の話によれば、警察に保護されたとき彼は自殺しようとしていた。そのとき彼は確かに心神喪失の状態にあり、警察になにも喋らなかった。そしてそこからすべてが始まったわけです。」
「これまでの多くの報道とは裏腹に、彼はピアノを上手に弾いたことなど一度もなかった。ただ単にひとつの鍵盤を叩き続けていただけなんです。それに彼はまったくピアノは弾けないと認めています。」
メディアとピアノマン
2005年4月8日、その日海岸を彷徨してたその男は、年齢20代から30代、身長180cmほどで心神喪失の状態にあり、警察に対し一言も発することはなかった。男はいったんケントのジリンガムに運ばれた後、ダートフォードの精神病院へ護送された。その後ピアノマンの話題は世界中を席巻し、ドイツから日本までの報道関係者が病院を訪れ、行方不明者連絡会のもとには数千件にのぼる電話や手紙が寄せられることになった。
有力な情報としてフランスのミュージシャン説からチェコのピアニスト説などに基づき、ピアノマンの正体を突き止めるべく情報収集が行われたが、彼の身元はおろか名前さえ明らかにならなかった。
後にこの男性は何らかの心的外傷後ストレス障害(PTSD)を患っていると診断され、さらに自閉症の症状だと推測された。自閉症者の中にはピアノマンのように外部とのコミュニケーションを閉ざす一方で、数学や絵画などに驚くべき才能を発揮する人々がいることで知られている。また保護された当初、ピアノマンの衣服からはラベルがすべてはぎ取られており、靴のブランドラベルもこすって消されていたが、これもまた彼が自閉症者であるとの推測に結びつくことだった。
ピアノマンが手渡された地図のオスロを指さしてノルウェー語の通訳から話しかけられた際にかすかな反応を示したことから、アイルランドからノルウェーに渡ったドミニクという留学生ではないかとの推測もあった(これはドミニク本人によって否定された)。またチェコのピアニスト、トマス・ストルナドではないかとの推測もあったが、これも本人がチェコのTVに登場し、否定した。
いよいよピアノマンは詐欺師ではあるまいかとのウワサに対し、先月ケント西部の当局者が明確に否定してこう語った。
「彼は今でも非常に弱っており、神経質な状態が続いております。彼がウソつきに思える要因はまったくありません。」
さらに英国自閉者協会の医師ジュディス・グールドはこのように語っている。
「彼の姿はわれわれが知る自閉症患者の姿とほぼ一致しています。絵画やピアノを延々と続けることや、衣服のラベルを切り取る行為も、彼が自閉症患者であることを連想させるものです。また彼は人のことをじっと見つめる傾向がありますが、それもわれわれがよく知る自閉症患者の症状です。」
英エジンバラ大学臨床心理学者のステファン・ローリーはこのように語っている。
「この種の緊張型症状を見せる患者は統合失調症か自閉症の可能性が高いでしょう。彼の場合には、自閉症の症状である可能性が非常に高いと思われます。あるいは慢性的な鬱症状である可能性も考えられます。」
社会福祉士のマイケル・キャンプは「彼は非常に緊張しているので、そばに近寄ることもできない。」と語っている。
◇ピアノマンの父親、騒動を全く知らず
どうやらピアノマンはアンドレアス・グラッスルという名の人物であるらしい。また、ようやく再会した父親のジョセフ・グラッスル46歳はこれまでの4カ月間、農業が忙しくてTVを見る暇がなかったため、息子が世界中の話題になっていたことをまったく知らなかったというのだ。だが、息子が精神病であったことは明らかであり、現在、世界で報じられているように彼が詐欺師だとはとうてい考えられないと述べている。
「25年間、ただもう一生懸命に農業を営んできただけです。TVや新聞を見ている暇はありませんでした。私たちはこれまで月に一度はケイタイ電話でしゃべっていたんですが、いつからか連絡が取れなくなったので、今年の5月、行方不明として警察に届けを出しました。」
父親の弁護士クリスチャン・バウマンによれば、父ジョセフは先週末、はじめて今の息子(ピアノマン)の写真を見せられたが、それでもまだピアノマンが息子であると認識することができなかったという。
「写真では彼の髪はブロンドではなく白髪でした。そして彼がいつもかけていたメガネをかけていなかったからでしょう。また彼がゲイであったという事実については特にコメントしていません。でも私自身は彼がゲイだとはとても思えません。」
さらに、身元発覚後報じられたようにアンドレアスがピアノを弾けないという事実はおそらく間違いであると指摘している。
「彼は家にいたとき独学でキーボードを練習して何曲か弾けるようになっていました。なのでピアノは弾けると思いますが、プロ級とは思いません。」
優秀な少年時代
かつての友人たちによれば、彼は学校では非常に優秀な生徒であったようだ。特にフランス語と生物学にすぐれていた。
「でも彼は卒業証書も受け取らず、なんにも言わずに、社会奉仕活動を行うためザールブリュッケンに行ってしまったんです。」
また友人らによれば、アンドレアスは熱烈なネットユーザーでチャットルームでは「スキャットマン」のハンドルネームで知られていたという。
彼はザールブリュッケンの病院での奉仕活動(徴兵制を免除するための奉仕活動)を終えた後、フランスに渡り、そこで幾つかの仕事を転々とした。父親と弁護士によれば、その頃アンドレアスに精神障害の兆候が見られ始めたらしい。そしてまもなく彼はフェリーと列車を乗り継いでイギリスに渡り、今年4月シェピーの海岸を歩いていたところを発見され「ピアノマン」として世界中を騒がす存在となった。
(英テレグラフ紙)

写真は楽譜を持ったピアノマン

December 08, 2007

イーノのビジュアルミュージック




常になにをしているかが気になるアーティスト、ブライアン・イーノが、今年6月29日から7月1日にかけて米サンフランシスコでデジタルアート展「77 Million Paintings」を行った。北米では初めての開催。
常に変わり続ける作品のイメージ自体は「77 Million Paintings」のサイトで見ることができる。それにはコンセプトの説明を語るイーノ自身の音声も含まれる。
この映像と音楽はスクリーンの後ろにずらりと並んだ膨大な数のデスクトップ型マッキントッシュによって制御されている。
このようなデジタルアートを生み出すためにイーノは様々な色のデジタルスライドを多数作成し、そのスライドをランダムに重ね合わせながら色や光のパターンを常に変化させ表示するための特別なソフトウェアを開発した。
また同様のアプリケーションでイーノ自身が作ったり収集した様々な環境音をBGMとしてランダムに演奏されるようにした。スライドのビジュアルは壁に投影されるか、一列に並んだフラットなスクリーン型モニターに映し出される。
「77 Million Paintings」とは、ランダムに選ばれた各要素が同時に再生されることによって相乗効果が生まれその結果として生み出される無限にも思えるイメージと音との設定の組み合わせ数を表している。イーノはこれらの作品を「ビジュアルミュージック」と呼んでいる。
彼はユーザーのデスクトップ上でこの作品を再現するソフトのDVD販売も行っている。

写真は、2006年イタリアのベネチアで披露されたインスタレーションの様子。ウェブサイトから作品集も購入できる。
http://www.77millionpaintings.com/

December 07, 2007

ハーシーのミント「Pacs」


チョコレートの米ハーシー社はクラックコカインによく似せて作ったキャンディの販売の見直しをすべきかもしれない。こいつは麻薬捜査官によって本物と間違われている。フィラデルフィアのフォックス系列の新聞にはこうある。

◇その砂糖キャンディはあまりにも本物に似すぎてると警官らは言う
「フィラデルフィア警察のウイリアム・ブラックバーン警部は彼の経歴の大部分を麻薬専門でやってきており、この袋は本物だと思ったと言う。」

袋入りの繊細な白い粉末として提供されるアイスブリーカーズ「Pacs」ミントは、あっぱれなほど愚かなRedux Beverages の飲み物「コカインエネルギードリンク」へのハーシー社の応酬だ。2007年5月「コカイン」という名のコカインエネルギードリンクがアメリカのFDA食品医薬品局から警告を受けた。ストリートドラッグの代用との宣伝が違法だとの判断からだ。Redux Beverages 社は「コカインエネルギードリンク」を回収し、商品名を「No Name」に変えて販売を再開した。EUでは「コカインエネルギードリンク」のまま、売られているらしい。生来のこの種のマーケティングにある論争をおびき寄せる無節操な動機に基づく行為はすぐに色あせてあきられるものだ。若者ども、せいぜい楽しめるうちに楽しむことだ!

もうひとつ笑える話。
アフガニスタンで反汚職活動に取り組む政府機関の局長 Izzatullah Wasifi は、かつてラスベガスでドラッグの売人をやっていた。以下、イギリスのガーディアン紙から抜粋ーー。

◇今から20年前、米国の警察がラスベガスのホテル「Caesars Palace」の一室で、アフガニスタンから出稼ぎに来ていた若者を逮捕した。
自称「ミスターE」と名乗るこのアフガニスタン人は、おとり捜査官にヘロイン一袋を売りつけようとして逮捕された。裁判で検察側はヘロインが200万ドル相当の量だったと説明している。
このアフガニスタン人は仮釈放されるまでの期間3年8カ月をネバダ州の刑務所で過ごした。ホテルの廊下で見張り役をした彼の妻も、執行猶予付きの実刑判決を受けている。
さて、この「ミスターE」こと Izzatullah Wasifi は現在、アフガニスタン政府で汚職対策に取り組む主要機関の局長を務めている。
若気の過ちだったと大して悪びれもせずに、「あの頃は私には蜜月期間だった。若者というのはいろいろなことをするものだ」と、Wasifi 氏はカブールにある質素な事務所で行なわれた取材に対して応えた。
「いろいろなこと、というのはギャンブルやドラッグのことですか」と聞くと、鼻の下に指をあてドラッグを吸い込むようなしぐさをした。「それに女の子。あのころの私はまさにラスベガスボーイだったよ」
アメリカンドリームはすでに過去のものだと言ったのは誰だっけ?
最近発表された国連と世界銀行(ここも腐敗しているが)の報告によると、アフガニスタン政府には麻薬関連の汚職が横行している。アフガニスタンは世界のヘロインの実に93%を生産している。

写真は、ハーシーのキャンディの記事が掲載されていたWiredNewsにあった写真。パウダー状のキャンディは本物そっくりに見えますが、どんな薫りがするんでしょう?歯茎にこすりつけると元気がでるとか?エネルギードリンクのほうを試してみたい。EU ではそのまま売っているってよ!

December 01, 2007

オバマがハーレムにやってきた


11月29日、民主党の大統領候補バラク・オバマがハーレムのアポロ劇場にやってきた。本人は気が進まないだろうが、票と選挙資金は集めねばならない。
半分黒人の血(父親がケニア出身)が混じっているからと言って、ハーレムの地は手強い。圧倒的に民主党支持のハーレムで、なんといっても人気だったのが125丁目にオフィスを構えるクリントン元大統領。そしてヒラリーはといえば、すでにアポロ劇場での演説を終え、支援と選挙資金を獲得済みだ。
オバマがハーレムのアポロ劇場に来るとなると、来年早々の予備選に向けて劣勢が伝えられる支持と資金の挽回に必死なんだろう。
では地元ハーレムの反応はどんなものか。ハーレムの声を拾ってみる。

◇実はこのアポロ劇場でのオバマの演説会、完全にメディア向けのイベント+資金集め。彼の政策に耳を傾けてもらいたかったからか、ちょっと前にワシントンスクエアでやったときには無料だったのが、ハーレムではチケット代金50ドルを取る。キャパ 1500人で75000ドルだ。
◇「ヒラリーの演説は無料だったけど、オバマの演説は聴くだけで50ドルかかるのか?」
◇「おもだったハーレムの著名人や政治家はすでにヒラリーの応援についているようだけど、他に誰がお金を出して応援する?」
◇オバマのチケットは完売。とはいえ当日、アポロには予想通り白人が目立った。そしてハーレムの顔役政治家たちの公式なサポート宣言も得られなかった。

写真の人物はハーレムのピカソと呼ばれるフランコ・ザ・グレイト。1970年代~80年代、ドラッグや犯罪で荒廃したハーレムのストリート、元気を取り戻せ!と重く降ろされた店のシャッターにパワフルな色とタッチの黒人の絵を描き始めたいわばグラフィティアーティスト。彼がいま描いている後ろの看板は、アポロ劇場での演説会用にオバマ側から依頼されたものだそうだ。