見つけた 犬としあわせ

こころがどきどきするもの、見つけたとき、 それを作品にしたり、思わずなにかの形にして、人に 伝えたくなります。 見つけたとき感じた、しあわせ感覚が、ひとしずくでも 誰かに伝わったら、ダブルでハッピーです。

April 29, 2015

海外メディアから批判される理由

◇特派員「外務省が記事を攻撃」 独紙記者の告白、話題に
朝日新聞 2015年4月28日

ドイツ有力紙の元東京特派員が今月、離任に際して書いた「告白」記事が話題になっている。昨年来、「日本の外務官僚たちが、批判的な記事を大っぴらに攻撃しているようだ」と指摘している。米主要紙の東京特派員は、記事中の識者の選定を巡り、日本政府から細かい注文をつけられた。日本の姿を世界に伝える在京特派員と日本政府がぎくしゃくしているのはなぜか。関係者に直接、話を聞いた。

注目されているのは、独紙フランクフルター・アルゲマイネ(FAZ)のカルステン・ゲルミス記者(56)が書いた英文の寄稿「外国人特派員の告白」だ。日本外国特派員協会の機関誌「NUMBER 1 SHIMBUN」4月号に掲載された。これを、思想家の内田樹(たつる)さんがブログに全文邦訳して載せ、ネット上で一気に広がった。

ゲルミス記者は寄稿で、日中韓の対立について書いた自分の記事に対する、日本政府からの「侮辱」的な抗議について記した。

ゲルミス氏が発端となる記事をFAZ紙に掲載したのは昨年8月14日のこと。「漁夫の利」と題し「安倍政権が歴史の修正を試み、韓国との関係を悪化させているうちに、中韓が接近して日本は孤立化する」という内容の記事だった。

これに対し、中根猛・駐ベルリン大使による反論記事が9月1日付のFAZ紙に掲載された。

ここまではよくある話だが、寄稿が明かしたのは、外務省の抗議が独本社の編集者にまで及んでいた点だった。記事が出た直後に、在フランクフルト日本総領事がFAZ本社を訪れ、海外担当の編集者に1時間半にわたり抗議したという。

寄稿によると、総領事は、中国が、ゲルミス氏の記事を反日プロパガンダに利用していると強調。さらに、総領事は「金が絡んでいると疑い始めざるを 得ない」と指摘した。また、総領事は、ゲルミス記者が中国寄りの記事を書いているのは、中国に渡航するビザを認めてもらうために必要だからなのでしょう、 とも発言したという。

ゲルミス氏は寄稿で、「金が絡んでいる」との総領事の指摘は、「私と編集者、FAZ紙全体に対する侮辱だ」と指摘。ゲルミス氏は「私は中国に行ったことも、ビザを申請したこともない」とも記している。
(略:全文はウェブサイトよりお読みください)

現在勤務する独北部ハンブルクで取材に応じたゲルミス氏は、「海外メディアへの外務省の攻撃は昨年あたりから、完全に異質なものになった。大好きな日本をけなしたと思われたくなかったので躊躇(ちゅうちょ)したが、安倍政権への最後のメッセージと思って筆をとった」と話した。

ゲルミス氏が、機関誌に寄稿したのは「日本政府の圧力に耐えた体験を書いてほしい」と、特派員協会の他国の記者に頼まれたからだ。その後、記事への反応を見ると、好意的なものが多かったが、「身の危険」をほのめかす匿名の中傷も少なからずあったという。「日本は民主主義国家なのに歴史について自由に議論できない空気があるのだろうか」と語る。

シュトゥルム氏(総領事から直接抗議を受けた上司)もこう話した。「我々は決して反日ではない。友好国の政府がおそらく良いとは思えない方向に進みつつあるのを懸念しているから批判するのだ。安倍政権がなぜ、ドイツや外国メディアから批判されるのか、この議論をきっかけに少しでも自分自身を考えてもらいたい」

http://www.asahi.com/articles/ASH4P6GZ3H4PUHBI02T.html?ref=nmail


△「ある海外特派員の告白 5年間東京にいた記者からドイツの読者へ」

カルステン・ゲルミス(Carsten Germis)

私が今離れてゆこうとしている国は、2010年1月に私が到着したときに見た国とはもう別の国になってしまった。表面的には同じように見える。けれども社会の空気は緩慢に、だが、あらわに変化しつつある。その変化は過去1年間の私の書いた記事にしだいに色濃く反映するようになった。

日本の指導層が考えていることと海外メディアが伝えることの間のギャップは日々深まっている。それによって日本で働く海外ジャーナリストたちの仕事が困難になっていることを私は憂慮している。もちろん、日本は報道の自由が保障された民主国家であり、日本語スキルが貧しい特派員でも情報収集は可能である。それでもギャップは存在する。それは安倍晋三首相のリーダーシップの下で起きている歴史修正の動きによってもたらされた。

この問題で日本の新しいエリートたちは対立する意見や批判をきびしく排除してきた。この点で、日本政府と海外メディアの対立は今後も続くだろう。 
私自身の立場を明らかにしておきたい。5年を過ごした日本に対する私の愛着と好意は依然として揺るぎないものである。出会った多くのすばらしい人々のおかげで、私の日本に対する思いはかつてより強いものになった。ドイツ在住の日本人の友人たち、日本人の読者たちは、私の書いた記事に、とりわけ2011年3 月11日の出来事からあとの記事のうちに、私の日本に対する愛を感じると言ってくれた。

しかし、残念ながら、東京の外務省はそういう見方をしていないし、日本メディアの中にも彼らと同じように私をみなしている人たちがいる。

彼らにとって私は、他のドイツメディアの同僚たち同様、日本に対して嫌がらせ的な記事を書くことしかできない厄介者らしい。日経のベルリン特派員の言葉を借りて言えば、日独両国の関係が「フレンドリーなものでなくなった」責任は私たちの側にあるようだ。

本紙は政治的には保守派であり、経済的にはリベラルで市場志向的なメディアである。しかしそれでも本紙は安倍の歴史修正主義はすでに危険なレベルに達しているとする立場に与する。これがドイツであれば、自由民主主義者が侵略戦争に対する責任を拒否するというようなことはありえない。もしドイツ国内にいる日本人が不快な思いをしているとしたら、それはメディアが煽っているからではなく、ドイツが歴史修正主義につよい抵抗を覚えているからである。

私の日本での仕事が始まった頃、事情は今とはまったく違っていた。2010年、私の赴任時点で政権党は民主党だった。私は鳩山、菅、野田の三代の内閣をカバーし、彼らの政策を海外メディアに伝えようした。私たちはしばしば政治家たちがこう言うのを聴いた。「まだまだなすべきことは多く、もっとうまく国政運営ができるようにならなければならない。」

例えば、海外ジャーナリストは頻繁に意見交換のために岡田克也副総理に招待された。首相官邸では毎週ミーティングが開かれ、当局者は程度の差はあれ直面する問題について私たちと議論することを歓迎していた。問題によっては私たちは政府の立場をきびしく批判することをためらわなかった。しかし、当局者たちは彼らの立場をなんとか理解させようと努力を続けた。

反動は2012年12月の選挙直後から始まった。新しい首相はフェイスブックのような新しいメディアにはご執心だったが、行政府はいかなるかたちでも公開性に対する好尚を示さなかった。財務大臣麻生太郎は海外ジャーナリストとはついに一度も話し合おうとしなかったし、巨大な財政赤字についての質問にも答えようとしなかった。

海外特派員たちが官僚から聴きたいと思っていた論点はいくつもあった。エネルギー政策、アベノミクスのリスク、改憲、若者への機会提供、地方の過疎化などなど。しかし、これらの問いについて海外メディアの取材を快く受けてくれた政府代表者はほとんど一人もいなかった。そして誰であれ首相の提唱する新しい構想を批判するものは「反日(Japan basher)」と呼ばれた。5年前には想像もできなかったことは外務省からの攻撃だった。それは私自身への直接的な攻撃だけでなく、ドイツの編集部にまで及んだ。

安倍政権の歴史修正主義について私が書いた批判的な記事が掲載された直後に、本紙の海外政策のシニア・エディターのもとをフランクフルトの総領事が訪れ、「東京」からの抗議を手渡した。彼は中国がこの記事を反日プロパガンダに利用していると苦情を申し立てたのである。
冷ややかな90分にわたる会見ののちに、エディターは総領事にその記事のどの部分が間違っているのか教えて欲しいと求めた。返事はなかった。「金が絡んでいるというふうに疑わざるを得ない」と外交官は言った。これは私とエディターと本紙全体に対する侮辱である。

彼は私の書いた記事の切り抜きを取り出し、私が親中国プロパガンダ記事を書くのは、中国へのビザ申請を承認してもらうためではないかという解釈を述べた。

私が? 北京のために金で雇われたスパイ? 私は中国へは行ったこともないし、ビザ申請をしたこともない。もしこれが日本の新しい目標を世界に理解してもらうための新政府のアプローチであるとしたら、彼らの前途はかなり多難なものだと言わざるを得ない。当然ながら、親中国として私が告発されたことをエディターは意に介さず、私は今後も引続きレポートを送り続けるようにと指示された。そしてそれ以後、どちらかといえば私のレポートは前より紙面で目立つように扱われるようになった。

この2年、安倍政権の偏りはますます増大してきている。
=====

2014年に事態は一変した。外務省の役人たちは海外メディアによる政権批判記事を公然と攻撃し始めたのである。首相のナショナリズムが中国との 貿易に及ぼす影響についての記事を書いたあとに、私は召喚された。私は彼らにいくつかの政府統計を引用しただけだと言ったが、彼らはその数値は間違っていると反論した。

総領事と本紙エディターの歴史的会見の2週間前、私は外務省の役人たちとランチをしていた。その中で私が用いた「歴史をごまかす(whitewash the history)」という言葉と安倍のナショナリスト的政策は東アジアだけでなく国際社会においても日本を孤立させるだろうとう考えに対してクレームがつけられた。口調はきわめて冷淡なもので、説明し説得するというよりは譴責するという態度だった。ドイツのメディアがなぜ歴史修正主義に対して特別にセンシティブであるかについての私の説明には誰も耳を貸さなかった。

政府当局者から海外特派員へのランチ招待数が増えていること、第二次世界大戦についての日本の見解を広めるための予算が増額されていること、そして海外特派員のボスたちがしばしば招待されていること(もちろん飛行機はビジネスクラス)は私の耳に届いていた。たぶん彼らへの提案は慎重に行われたのだと思う。 このエディターたちは最高レベルの政治的PRにさらされてきており、そういうものに慣れ切っているから、うかつなことをすると逆効果になるからである。

私が中国から資金を受け取っているという総領事のコメントについて、私が公式に抗議したとき、私が告げられたのは、それは「誤解」だということであった。

以下は離日に際しての私のメッセージである。
日本の政治的エリートたちの内向き姿勢と、海外メディアとオープンなディスカッションを避ける政府高官たちの無能はいまのところ報道の自由に影響を与えるほどには至っていない。それでも民主制においては、政策を国民と国際社会に対して説明することがどれほど重要であるのかを安倍政権がよく理解していないということはあきらかである。

海外特派員の同僚たちから、自民党は広報セクションに英語を話せる職員を配置していないとか、外国人ジャーナリストには資料を提供しないとかいう話を聞いても、私はもう驚かなくなった。海外旅行が多いことを自慢している現首相が、海外特派員協会で私たちを相手にスピーチするための短い旅についてはこれを固辞していると聞いても、もう驚かなくなった。ただ、私の気持ちが沈むのは、この政府が海外メディアに対して秘密主義的であるだけでなく、自国民に対しても秘密主義的であるからである。

過去5年間、私は日本列島を東奔西走してきた。北海道から九州まで東京以外の土地では私が日本に対して敵対的な記事を書いているという非難を受けたことは一度もない。反対に、さまざまな興味深い話題を提供され、全国で気分のよい人々に出会ってきた。

日本は今もまだ世界で最も豊かで、最も開放的な国の一つである。日本に暮らし、日本についてのレポートを送ることは海外特派員にとって誠に楽しい経験である。

私の望みは、外国人ジャーナリストが、そしてそれ以上に日本国民が自分の思いを語り続けることができることである。社会的調和が抑圧や無知から由来することはないということ、そして、真に開かれた健全な民主制こそが過去5年間私が住まっていたこの国にふさわしい目標であると私は信じている。

(全文は内田樹氏のブログ↓をお読みください。)
http://blog.tatsuru.com/2015/04/10_1343.php

インターネット政党

◇インターネット政党「新党憲法9条」

選挙に時間や労力や費用をかけない!
日本のメディアを変える!

"憲法9条は最強の安全保障政策!"と言って
天木直人元駐レバノン大使がインターネット上に
仮想政党「新党憲法9条」をたちあげたよ!

党名は、政党として成り立ったとき、
みんなの意見を聴いて決めてもよいとのことです!

http://new-party-9.net/archives/322

April 27, 2015

核廃棄物で埋まる中間貯蔵施設

◇日本:多量の核廃棄物が福島で蓄積されているのを無人機がとらえる
映像は2015年4月に無人機が記録した福島の中間貯蔵施設
(RuptlyTV)




4月16日、海外メディアが無人機によって撮影された中間貯蔵施設の映像を公開した。
今年3月から福島県の中間貯蔵施設に津波による福島第一原発大災害で生じた汚染土壌を格納した袋が運び込まれていることは知っていた。でも、ここまでの量に膨れあがっているとは想像もつかなかった。もちろん、日本のメディアは国民にこの事実を知らせてくれない。これほどすさまじい事態になっているとはね!言わずもがなだが、この袋は今後ずっと増え続けるわけだ。石棺でもなんでもいいから、とにかく漏れ出ないように蓋をしてくれ!と思わずにはいられない。こんなことを体験しても、再稼働するとは、世界が驚愕するわけだ。

この記録は、人間の誤った選択から生じた悲惨さを語る上で人類の歴史に永遠に刻まれるのだろう。
でもこれは福島だけのことではない。不幸にも、受け入れた先の他県、茨城、栃木、千葉でも同じなのだ。


April 25, 2015

ウクライナの冷血な殺人

◇暗殺されたウクライナ人作家オレシ・ブジナ(Oles Buzina)によって語られるウクライナの歴史
これが、欧米が見たいウクライナの民主主義か?
RUSSIA INSIDER 16 April 2015

もしもロシアで反対勢力の3人の人物、有名な作家と二人の政治家が二日の範囲に殺害されたならば、どうなっていたか想像できますか?ネムツォフをめぐって欧米のヒステリーの後、私たちはどのようになりそうか漠然とした印象を抱く。
4月13日Sergey Sukhobok、4月15日オレフ・カラシニコフ(Oleg Kalashnikov)、4月16日オレシ・ブジナと、オレシの暗殺はこの4日間で続けて3人目の政治的殺害だった。
この政治的な暗殺について、なぜ欧米メディアは沈黙してるのか?このすべてが、この2カ月のウクライナの9件の怪しげな自殺の後に起こった。
人に読めるのは、犠牲者に「親ロシア派」や「反マイダン(Maidan:政権転覆の独立広場)」と名称をつける欧米のジャーナリストを基にしたロシアやウクライナからの幾つかのツイートだけだ。この点では、彼らは暗黙の内に正当化してこの冷血な殺人の重要性を見くびりたいと思っている。「この暗殺はクールだ、次に進もう」と言っているのが聞こえるともいえるところである。
オレシは自分のことを真のウクライナ人愛国者とみなしたので、間違いなく親ロシア派ではなかった。しかしながら、学識による歴史家として、ウクライナ人とロシア人との間の深くて破ることのできない歴史的、宗教的、文化的つながりについて多くを知って以来、反ロシアでもなかった。
キエフでの最近の2件の親ロシアの公人の暗殺は「挑発」でウクライナを「不安定にする」企てであるとの、ポロシェンコ(ウクライナ大統領)の声明は皮肉それ以上のものだった。キエフ警察の現トップはネオナチのアゾフ大隊元副司令官。透明でわかりやすい調査を本当に期待できるのか?
国家保安機関のウクライナ人顧問アントン・ゲラシェンコはすでにオレフ・カラシニコフとブジナ両人の殺害に関して、二人をプーチンの神聖な犠牲者と呼んでプーチンを非難した。
http://russia-insider.com/en/listen-very-interesting-short-history-ukraine-assasinated-oles-buzina/5751
△写真は、内戦、マイダン(Maidan:政権転覆の独立広場)、ポロシェンコ、ヤツェニュク(Yastsenyuk:ウクライナ首相)に反対した有名なウクライナ人作家でジャーナリストのオレフ・カラシニコフ。
◇ウクライナの怪しげな自殺
ロシア・インサイダー 05 April 2015
主流メディアは、反マイダンの政治家の一連の怪しげな死を含め、どんな否定の行為も無視されるマイダン後のウクライナ政府のためにひどく不在状態だ。
2月27日ロシアの野党指導者で元副首相のボリス・ネムツォフのモスクワでの殺害に次いで、欧米には待望の好機があった。強烈なあてこすりからクレムリン指導の政治的殺人のあからさまな非難までに及び、欧米のメディアと政治家はロシアのウラジミル・プーチン大統領をフットボールの練習用標的人形として扱う機会を見逃さなかった。

欧州議会はネムツォフの死への国際的調査をせきたてる決議を採択して、欧州安全保障協力機構、欧州理事会、そして国連が、徹底的調査で役割を果たせることを示唆した。

アメリカの上院議員ジョン・マケインとリンジー・グラハムはネムツォフ殺害を非難する上院決議を提出した。決議はまた、殺害に独立した調査を遂行することや、言論の自由、人権、法の原則をロシアで前進させるための努力を強めることを、バラク・オバマ大統領と国際社会に求めもした。
加えて、ロシア連邦での人権侵害に制裁規定を引き続き設けたまま、ロシアの人権活動家に対してアメリカの支援を増すようにオバマをせっついた。
もちろん、それは欧米中に伝わった。
そうこうするうちに、ウクライナ南東部の親ロシア領域の外側で同じ時期に以下が報告された:
*1月29日:ハリコフ(ウクライナ北東部の市)管区の地元自治体の前議長(委員長)、Alexey Kolesnikが、首をつった。
*2月24日:野党(Partia Regionov)議員、Stanislav Melnikが、銃で自殺した。
*2月25日:メリトーポリの市長、Sergey Valterが、彼の裁判の数時間前に首をつった。
*2月26日:メリトーポリ警察の副長官、Alexander Bordiugaが、彼のガレージで死体で発見された。
*2月26日:ウクライナ議会の元議員でZaporizhiの元市長、Alexander Peklushenkoが、射殺死体で発見された。
*2月28日:元国会議員の野党(Partia Regionov)党員、Mikhail Chechetovが、キエフの自分の17階のマンションの窓から”落下”した。
*3月14日:オデッサで32歳の検事、Sergey Melnichukが、9階から”落下”して死んだ。
Partia Regionovは党員の死にあからさまにウクライナ政府を非難して、この重大事の発生に反応を示すよう欧米に訴えた。「直ちにウクライナの状況に反応を示し、ウクライナ政府の犯罪行為に対し法的査定を言い渡すように、私たちは欧州連合、PACE(欧州評議会議員議会)、欧州および国際的な人権団体に訴えます、ウクライナ政府は対抗馬を冷笑的に傷つけている。」
これらの死のすべて、またはなんであれ、ウクライナ政府に責任があったと、私たちは上に述べたことから推断することはできない。だが、アメリカのメディアや政治家にもかかわらず、ボリス・ネムツォフの死の責任がロシア政府にあったこともまた私たちには推断できない。
巨大なネクサス・ニュース・データベースの検索は、上記の最後のSergey Melnichukを除いて、ウクライナ人故人のどのような言及も見つけられなかった、しかし、これは明らかに同一人物ではない。そういうわけで、上記のリストにある死亡者のいずれも、欧米側のウクライナ政府のせいにされなかったと思われる。
死者のいずれかの国際的調査の要求はどこか?アメリカ、またはヨーロッパのどこに?マケイン上院議員はどこですか?
http://russia-insider.com/en/ukraines-mysterious-suicides/5320 

April 24, 2015

中身のない握手

△写真は43年ぶりに2度噴火した南米チリのカルブコ火山

CNN: 南米チリの地質調査当局などは23日未明、同国南部にあるカルブコ火山が22日夜などに噴火したと発表した。噴火は24時間内に2度起き、2回目はより強力だった可能性があるとしている。
カルブコ火山の最後の大規模噴火は1962年だったが、72年にも小規模の噴火があった。96年には火山活動が強まり、ガスや蒸気の発生が確認されていた。

◇アメリカ・キューバ 戦争挑発屋との写真撮影の割当て時間
アメリカ大統領がきさくにキューバの国家評議会議長と握手するというほんの事実には、大いに興奮する点はまったくなにもない。

Sputnik 13 April 2015 by Finian Cunningham

キューバの指揮官ラウル・カストロには失礼ながら、アメリカのバラク・オバマ大統領が”正直な人”であるとの報じられた彼の評価は的はずれである。週末パナマで開幕した米州サミット(南北アメリカとカリブ海諸国首脳が集まる第7回米州サミット)で、フィデルの弟、カストロ議長はそのおだてる言葉を使った。


オバマとカストロは、伝えられるところでは、二人がカメラのフラッシュを浴びながら”歴史に残る握手”をする間にパナマでの会議のサイドラインとして1時間会った。 
短い握手は、実は、ネルソン・マンデラの葬儀の間に南アフリカで二人の首脳がしばし行き会った1年以上も前に発生していた。

だが、パナマの週末に、ラウルの統治下かまたはずっと長期の先のフィデルの統治下かいずれでも、アメリカの大統領がキューバの革命指導部と本人が話したのは、50年以上ではじめてのことだった。

ラウル・カストロはなんだって対のアメリカの片割れに対してあんなに高ぶってほめる気になれたのかと人は思う。オバマが正直?取引する男が?

貿易(通商)と外交上の制裁どっさりをキューバから解除しようかと考えるアメリカのホワイトハウスの”話”もまたそうである。話は金がかからない。そして誰も、戦争挑発屋、無人機暗殺をするノーベル平和賞受賞者のオバマほど安価に話さない。


いつもの誇張的言辞で、オバマは、ラウル・カストロとの会談を”アメリカ・キューバ関係の歴史に残る方向転換”と認めた。オバマは、明白な国家間の和解は”冷戦が終わった”前兆となり、それは”ラテンアメリカでのワシントンの干渉の終焉”のしるしであると続けた。アメリカの最高司令官は「あの頃は過ぎた」と付け加えた。


まず手始めに、キューバとの関係”正常化”に取り組む、ある種の善を行おうとするアメリカの首脳として行動するオバマのイメージは、叩きつぶされる必要がある。ホワイトハウスにいる人がキューバの国家評議会議長と握手する気になったという事実は、陽気に浮かれ騒いだり祝辞を述べたりする重要事ではない。

アメリカが支援する横暴な独裁者フルヘンシオ・バチスタ(Fulgencio Batista)を追い出したカリブの島の社会主義革命の当然の結果として、ワシントンは1960年以降ずっとキューバに対して正当な理由のない侵略、けしからぬ経済戦争を遂行してきた。フロリダ沿岸からわずか90マイルの力を失った島に対して、正当な理由のない侵略を行ったのはアメリカだった。その敵意は包括的な貿易や経済の封鎖を超えていく;それにはカストロ兄弟や指導部の他の人物に対する暗殺計画や経済の維持に絶対に必要な農作物を汚染する(ダメにする)こと、民間定期旅客機の撃墜を含める、キューバ国民への内密の恐怖キャンペーンも伴われた。

最も悪名高いけしからぬ介入は、1961年のCIA後援ピッグス湾侵略だった。ジョン・F・ケネディ大統領が承認したけれども、キューバの革命家がその攻勢を総崩れにしたとき、それは大失敗に終わった。

結果として起こるキューバのソ連との政治軍事同盟は、かくして、アメリカの国家テロや国を爆撃して侵略する絶えず続く脅威に対する返答だった。企業の暴利を容易にし、アメリカ人ビジネスマンや犯罪シンジケートのための売春麻薬行楽地として島を以前の状態に戻すアメリカの傀儡政権を再インストールすること、オーウェルに属する言葉では「秩序を回復する」ことへの対応だった。

数十年間、違法なアメリカの封鎖のためにキューバ経済と1100万の国民は数十億ドルに値する収益を奪われてきた。たとえば、最近、アレクシス・チプラスのギリシャ政府は、ナチ占領の5年間にこうむった賠償金としてドイツに3000億ドルの請求書を送った。50年間の容赦しないアメリカの正当な理由のない攻撃の賠償金の代わりにキューバがどんな権利を与えられるか、まあちょっと想像してみなさい。

オバマは、“歴史に残る重大な転機”について、いつもの誇張的言辞で話す。だが、事実は、キューバに対してアメリカがその経済の締め付けを依然として維持することだ。このキューバの首を締めるアメリカの蹴りは、ラテンアメリカ諸国のあいだや国連総会のフォーラムで世界中から非難された。それでもなお、アメリカの蹴りは堅く定位置にとどまる。オバマはホワイトハウスの範囲外でなかなか時間がかかり、がむしゃらなアメリカ議会はキューバの発展の阻止(絞殺)は継続させると保証する。

また、ホワイトハウス当局者は週末に、アメリカの当局から出た国家テロのリストからキューバを除こうと思っていると言うだけである。

と言っても、前述の問題についてそう待ちかまえないで。リストにはイラン、北スーダン、シリア、キューバが入る。アメリカの帝国主義者の攻撃をものともせずに、ラテンアメリカやアフリカの他の革命運動とのキューバの過去のあっぱれな連帯の実績を考慮すると、これは別のワシントンによる根拠のない無礼なふるまいで、好戦的な性質の行いである。キューバをブラックリストに載せるのも、昨年の西アフリカでのエボラ出血熱疾患または2010年の終わりにハイチを圧倒した地震のような自然災害によって打撃を受けた国々へのキューバの顕著な人道的医療援助に対するあざけりでもある。

もちろん、結論は、たとえばハバナに大使館を開設することや国外在住者からの現金送金や旅行の制限を緩和するなどの”正常化”のほんの一端を除いては、ワシントンが確かにキューバになにも中身を与えていないことだ。アメリカの支配のもと、島が相変わらずの間、そして当面、キューバは写真撮影の割当て時間を提供されている。

誇大な物言いにもかかわらず、どのような原理原則の事項でも、オバマはアメリカの方針を変えていない。アメリカはキューバに対し、依然としてテロリスト国家として恥知らずにふるまっている。オバマが求めているのは、単に”歴史に残る大統領職”という虚栄心の強い遺産を彼に贈与するうわべだけの変化であるらしい。

「もう、ラテンアメリカにちょっかいを出さない」ことをめぐって、彼は大げさに言うかもしれない。だが、オバマのホワイトハウスがこの数週間にベネズエラに対して一方的に制裁をぴしゃりと打ったというのが現実だ。そして、”カラー革命”を装ってベネズエラ政府の存続を危うくする密かな不安定化キャンペーンを後援したのはワシントンであるのに、この国は「国家安全保障上の脅威」だと宣言した。メルコスール(関税同盟)貿易圏や米州ボリバル同盟(Bolivarian Alliance of Latin American Peoples :ALBA)に他のラテンアメリカ諸国を属する状態にするからと、1000万人のベネズエラ市民が署名した請願はワシントンの正当な理由のない政府転覆の攻撃を非難した。


昨年、”民主主義の陰謀を企ててボリビア内に分裂の種をまく”として、ボリビア政府の再選されたエボ・モラレス大統領は迫られてアメリカ大使フィリップ・ゴールドバーグを追い払った。激しい抗議と公共所有物の破棄行為でゴールドバーグは訴えられた。お決まりの手順は、キューバ、シリア、ベネズエラ、そしてウクライナの2014年の間のキエフの広場Maidan抗議と、他の場合に経験したと同様、政権交代を煽動するCIAの作戦・戦術をファイルした極秘資料ブック、その通りだ。


冷笑に値し、うそつきのオバマは、腰は低いが人を下に見たような写真撮影の割当て時間が最高位のテロリストから承諾されたからといって、「冷戦は終わった」とキューバを安心させる。

それに対し、オバマ政権のもとにアメリカはロシアに対するNATO軍事挑発の最大の段階的拡大をしきりに催促している。

その無謀な段階的拡大は冷戦のスピードを上げた再現それ以上のことだ。それは全世界を大変動の戦争に不意に至らせるおそれがある。


オバマが何を言うにせよ、的を外さない政治は敵対を終わることになっている。


この人は正直、清廉、または平和の人間ではない。彼はアメリカの戦争挑発の軍務に就いて病的なうそつきだ。

http://sputniknews.com/columnists/20150413/1020823296.html

April 12, 2015

#KefayaWar

11 April 2015
親愛なるヴァーモス、
イエメンの最新予測:サウジ爆撃の可能性のせいで不確か。私たちがこれを書いているとき、イエメンの一般市民は、危険に隣接し、無事が危ぶまれる状態です。ほぼ10万人が自宅から退避して難民になっており、1700人以上の一般市民が負傷し、子ども74人を含める一般市民250人が戦闘で死んでいます。
今すぐ国連にメッセージを送りましょう:イエメンの即時停戦のために今すぐ断固とした態度を取りましょう!
イエメンのハディ大統領がフーシー派(イスラム教シーア派系武装組織)反乱軍によって追い出されたあと、彼はフーシー派反乱軍と彼の首脳部との間の暴力のすさまじさを鎮圧するため、「短い、猛烈な」空爆作戦行動を実施するように国際社会に懇願しました。サウジアラビアがこの任務の音頭を取って、他のアラブ数カ国が側面を固めました。
でも、アラブ諸国の最貧国のひとつに対する完全な航空輸送と海上の封鎖を含めるイエメンの軍事介入は、国内の政治問題をよほど大きな人類の危機に変えました。すさまじい暴力は、国際赤十字にも、十分な人道支援を届けることを不可能にさせています。食糧の90%を輸入に頼る国で、これが大規模な食糧不足の結果になりました。
ハッシュタグ#KefayaWar (“もう戦争は十分”の意味)を用いることで、苦しんでいるイエメンの人々との連帯を示せます。
軍事解決より政治的解決を求めて、
Alli, Jamila, Janet, Jodie, Katie, Katy, Medea, Michelle, Nalini, Nancy, Sergei, and Tighe
https://codepink.salsalabs.com/o/424/p/dia/action3/common/public/?action_KEY=7257

April 11, 2015

白人 ポリ公

◇ウォルター・スコット銃撃についてムミア・アブ・ジャマルが新たなプリズンラジオ実況放送を発表する 
獄中のジャーナリストで元ブラックパンサーのムミア・アブ・ジャマルがサウスカロライナで起きた警官によるウォルター・スコット殺害について刑務所の養護室から遠慮なく話しています。マハノイ矯正施設で重病(危篤)のアブ・ジャマルは、銃撃報道を見られるようにと仲間の囚人がTVを押して入ったあと、実況放送を録音するために養護室のベッドから起き上がりました。番組デモクラシーナウ!では独占的に、交通停止の間にスコットを撃った現在解雇された警察官マイケル・スラガーに関するアブ・ジャマルのプリズンラジオ実況放送から抜粋して放送します。「彼はごろつきか?略奪者か?またはヒューイ・P・ニュートンが”ブタ(白人ポリ公)”と呼んだものか?」とアブ・ジャマルは問います。糖尿病性の卒中で最近入院したあと、彼は重病のままであるとアブ・ジャマルの支援者たちは言います。今日は、彼が糖尿病の専門医に見てもらえるよう要求する10都市での抗議による全米行動の日と、支援者たちは呼びました。アブ・ジャマルは、1981年フィラデルフィアの警察官ダニエル・フォルクナー殺害のために刑務所に入っていますが、常に無実と主張してきました。アムネスティ・インターナショナルは、彼が公正な裁判を取り上げられてきたと下しています。 
ムミア・アブ・ジャマル(MUMIA ABU-JAMAL):伝えられるところでは、数週間前にファーガソンで警官2人によって(殺害されたのではなく)撃たれた若者を憶えているか?アメリカのすべての政治家が、その子をごろつき(パンク)、凶悪犯と呼ぶ、またとない好機に飛びついた。それならば、あなた方はスラガー(警官)をなんと呼ぶか?あなた方に何がわかったというのか?たとえ解雇されていても、今の今、彼は”巡査”または”スラガーさん”と呼ばれる。彼は交通召喚状(出廷通告)のために人を殺し、それについてウソをついた。彼はごろつきか、略奪者か、またはヒューイ・P・ニュートンが”ブタ(白人ポリ公)”と呼んだものか?閉じ込められた国から、こちらはムミア・アブ・ジャマル。 
エイミー・グッドマン:この実況放送の録音について、プリズンラジオ・プロジェクトのNoelle Hanrahanに格別の謝意を表します。 
http://www.democracynow.org/2015/4/10/exclusive_mumia_abu_jamal_releases_new
長かった!
敵対関係が半世紀以上も続いたキューバとアメリカの国交正常化交渉
キューバがテロ支援国家って?なんなの?! 遅すぎるよ 指定解除

◇高い識字率、無償の医療制度
ゲバラがキューバにいる間に行われた、教育費や医療費の無料化は現在でも評価が高い。先に紹介したワシントンポスト紙などによる調査では、現在、教育制度に満足している人は72%、医療制度に満足している人は68%だった。
キューバでは中学までが義務教育。その後の大学や専門学校も無償となっている。キューバ革命以前は児童の60%が未就学だったが、今ではキューバの識字率は98%を誇る。
また、医療ではがん治療から心臓移植まで無料。予防医療を徹底しており、平均寿命は先進国並み。ニッポンニュースネットワークの3月28日の報道によると、人口1000人あたりの医師の数は6.7人で、日本の2.3人の約3倍を誇るという。
海外への医療輸出にも積極的で、発展途上国を中心に医療外交を展開。外国で働く医療関係者がキューバにもたらす外貨は、2014年の推定で82億ドル(約9900億円)だという。
しかし、アメリカの経済封鎖は医療関係にも及んでおり、ラテックス製手袋やマスク、医療器具の部品が不足している状況もある。1990年代にアメリカが封鎖を強化し、機器や補充交換部品の輸入の道が閉ざされたのだ。「アメリカは、私たちと取引をしようという企業に対し、制裁措置を振りかざして脅した」と、キューバの医師は2012年に述べていた。
http://www.huffingtonpost.jp/2015/04/11/che-guevara-cuba-us_n_7047700.html?ncid=tweetlnkjphpmg00000001

April 10, 2015

悪意に満ちた報復の拘留

10 April 2015 
親愛なるヴァーモス、 
2015年4月2日午前1時半、イスラエル占領軍はラマッラーの自宅から52歳のパレスチナ人フェミニスト議員法学者、Khalida Jarrarを拘束しました。彼女は、ヨルダン川西岸のOfer強制収容所で4時間におよび尋問されたあと、イスラエルのHaSharon刑務所に移送されました。 
長い間イスラエル占領についてずばずばものを言う批評家であり、パレスチナ人の人権を求める闘争の指導者であったKhalida Jarrarは、6カ月の”行政上の拘留”を言い渡されました。これは起訴や裁判なしに拘束されるということで、彼女の拘留が無制限に長期化されかねないことを意味します。この宣告の明らかに不当な処置と違法性に加えて、健康状態の難局のために彼女の拘留には広く行きわたった懸念があります。彼女は一連の発作と高血圧を患っていて、両方の健康状態から医薬品とモニタリングを必要とします。 
Khalida Jarrarは、すでにイスラエルの嫌がらせの対象でした、そして今月の彼女の逮捕は、パレスチナの最近の国際刑事裁判所(ICC)加盟に照らして、パレスチナ人の人権に対する彼女の事実上の弁護によるものと広く考えられています。彼女はパレスチナの人権組織Addameer(パレスチナ人囚人の権利を弁護する)の役員会の副会長で2006年にパレスチナの上院(立法府)に選ばれました。最近のハーアレツ紙の論説は、「悪意に満ちた報復の行政上の拘留」でJarrarは刑を持って処されたと主張しました。 
また、彼女の事情は、アムネスティ・インターナショナルや他の人権団体によっても取り上げられています。 
下記の一つまたは複数を行動することで、どうかKhalida Jarrarを支えてください。 
ACTIONS:
1)2分あるなら、Samidounのウェブサイトに行って、ネタニヤフ首相とEfroni准将に手紙を送付できます。
2)5分あるなら、Khalida Jarrarに手紙やポストカードが書けます。イスラエル当局はたいていパレスチナ人の囚人にメールへのアクセスを与えないとはいえ、あなたの手紙はKhalidaの看守どもに世界が見ていることを知らせます。(アメリカからイスラエルへの国際郵便の料金は1ドル15セント)
3)長期関与の一部として、パレスチナ人の権利を支持してBDS(ボイコット、剥奪、制裁運動)に加わってください。また、コードピンクのわくわくする効果的なボイコットキャンペーンも、どうかじっくり見てください。 
あなたの支援に感謝します。
CODEPINKのパレスチナ連帯チーム 
http://www.codepink.org/justice_for_palestine
http://samidoun.net/khalidajarrar/

April 09, 2015

無抵抗を畏れた

◇47年前の今日、マーチン・ルーサー・キングJr.はアメリカ政府によって暗殺された、結果的にアメリカの陪審をはなはだしく無視することに

http://www.ratical.org/ratville/JFK/Unspeakable/MLKconExp.html

◇メンフィスで暴かれるマーチン・ルーサー・キング陰謀
Probe Magazine  Spring 2000  by Jim Douglass

キングの家族一同対Loyd Jowersと”他の無名の陰謀共犯者”の不当な人殺し訴訟に関して、1999年12月8日メンフィス陪審の評決によると、マーチン・ルーサー・キングJr.博士は自国の政府の手先が含まれた陰謀によって暗殺された。1968年4月4日、メンフィスのロレインモーテルでのキング殺害からほぼ32年、法廷は暗殺に対する責任の範囲を、前のスケープゴート、ジェームズ・アール・レイを超えてアメリカ合衆国政府にまで広げた。

法廷関係者は別としてこの歴史に残る3週間半の裁判の初めから終わりまで傍聴したのがメンフィスTVの記者Wendell Stacyと私だけという事実を私はほとんど信じられない。新聞雑誌的な無視のせいで、この私たちの国の他のほとんど誰も、事態がどう進んだか知りもしない。裁判2週目、ほとんど空の傍聴人の前で決定的な証言があった後、幾日か裁判を傍聴していたリスボンの日刊紙Publicoのアメリカ特派員Barbara Reisが私に向かってこう言った。「アメリカのなにもかもことごとくが世紀の裁判。O.J.シンプソンの裁判は世紀の裁判だった。クリントンの裁判は世紀の裁判だった。でも、これは世紀の裁判なのに、いったい誰がここにいるの?」

法廷で私が経験して知ったのは、キングの家族とその弁護士調査員William F. Pepperや証人の勇気からの示唆から、政府の慎重に織り込まれたキング博士殺害シナリオの驚愕までにおよぶ。アメリカの情報機関がマーチン・ルーサー・キングJr.の殺害を計画した重大さが、1968年春に起こる権力に対する抗議で脅威を与えるもの、キングに属する非暴力について雄弁に語る。

キングの家族一同によって申し立てられる告訴では、”キング対Jowersと他の無名の陰謀共犯者(Loyd Jowersが唯一名指しで呼ばれる被告人)”は、彼らの主たる関心ではなかった。むしろ法廷で明らかになった本当の被告人は、メンフィスのバー&グリルの元オーナー、Jowersの陰に隠れて立つ圧倒的な影響、匿名の陰謀共犯者だった。結果において、キングの家族一同と弁護士Pepperは、計画すること、下請けに出すこと、そして暗殺を隠蔽することで、アメリカの情報機関、特にFBIと軍情報部を告発していた。米国内の法廷でそれが立証されることに対して、そのような告発はほとんど克服できない妨害を約束する。司法上、それはたまらなくいやなものだ。

キング訴訟事件では多くの資格を得た人たちが評決に帰されていた。それは刑事法廷ではなく、証言の規範が刑事法廷よりずっと低い民事法廷が役割を担った。(たとえば、原告は録音テープやヴィデオテープで用意された宣誓証言でない証言を使った。)さらに、原告キングの家族と被告Jowersが、定刻より早く、証拠の多くについて認めた。

だが、これらの観測報告(判断)は全然、的を得ていない。政府の”絶対的な免責特権”のためにアメリカの刑事法廷の被告席にアメリカの情報機関を着かせる見込みはない。そのような処置は連邦政府による認可を必要とし、まさか連邦政府が自らを告発はしまい。民事法廷の同時発生、歴史観念のある独立裁判官、そして勇敢な家族と弁護士のおかげで、言語に絶する真実にとって気高い飛躍的な進歩がメンフィスで生じた。少なくとも数人(そして願わくばその数人を通じてもっと多くの人)が、キングの殉死の陰に隠れる勢力について知るのを可能にし、私たち皆が私たちの政府を通じてそれについて話す責任を感じるのを可能にした。結局は、黒人6名、白人6名の12人の陪審員が、誰もが聞くのをいとわない、有罪と述べた。

私たちはまた、その真実に手段を提供するとして、いかがわしい人物、Loyd Jowersに謝意を表することもできる。
Loyd Jowers:
審理3日後、73歳の虚弱なJowersが病気になったとき、Swearengen判事は彼に退出を許し彼なしで済ませた。Jowersが証言しなかったので、弁護士Lewis Garrisonを介して、もしも召喚されたなら憲法修正第5条を申し立てると言った。彼の分別は遅すぎた。1993年、彼は弁護士の助言に抗してTVに出演し、秘密をおおっぴらに出した。暗殺におけるJowersの役割を打ち明けることについて、ジェームズ・アール・レイの弁護士ながらもWilliam Pepperのはかどりがきっかけで、JowersはTV番組プライムタイムの生出演でサム・ドナルドソンに彼の顛末を話した。キングの殺害を手伝うよう頼まれ、策略にはおびき寄せるためのおとり(レイ)がいると教えられたと彼は言った。彼はまた、警察が「その夜そこにいない」と教えられた。

△1999年、妻のコレッタを含めるキング博士の家族が起こしていた裁判の評決でコレッタはこう語っている。
法廷の判決書:マーチン・ルーサー・キングの暗殺でアメリカ政府機関が罪を認められる
コレッタ・スコット・キング:「真実を明らかにするために私たちにできることをしました。さて私たちは、最も広域の考えうる聴衆に、この訴訟事件の思いがけない新事実を伝えることをメディアの一員としてあなた方に迫ります、また選ばれし当局者、そして他の有力者に、彼らにできることをするように要求します。」1999年12月9日、キング家族一同の記者会見
(マーチンの暗殺でアメリカ政府が罪を認めた家族一同の民事裁判についてキングセンターより:)

△上の画像は映画「セルマ」から

April 04, 2015

祝賀ムードのテヘラン

「イランの大統領、ハッサン・ロウハニには、オバマよりもっと多くのアメリカの大学の博士号を持つ閣僚がいる」(The Atlanticの記事)
http://www.theatlantic.com/international/archive/2013/12/the-case-for-giving-irans-scholar-diplomats-a-chance/282010/

◇イラン核協議:テヘランとオンラインで祝う
BBC  3 April 2015

世界の強国とイランが、何年もの力を失わせる制裁を終える包括的核協定のための政治的枠組みに同意したと発表した後、イラン人がお祝いしている。

ニューヨークタイムズ紙のThomas Erdbrinkによると、木曜夜、行き詰まった交渉の進展の詳細がわかってきはじめたとき、首都はめったにないほど静かだった。

1979年のイラン革命以降はじめてと思われることとして、アメリカの大統領による演説を生放送する国営テレビに多くのイラン人が釘付けにされたためと彼は考えた。

ジャーナリストのPedram Alvandiは、”(TVの)オバマとの自撮り”を選んだ。

真夜中過ぎ、人々がお祝いするために大通りに外出し始めた。

人々が繰り返し賛美し、歌って踊って拍手し、国旗を振り、クルマのクラクションを鳴らすのを、ヴィデオが見せる。

ソーシャルメディア・ネットワーク禁止は、オンラインの数百の投稿を抑制しなかった。

金曜の朝、イランのザリフ外相と連れの交渉者らは、最終ラウンドの核協議が行われたローザンヌからテヘランに急いで戻ったあと、群衆によって歓迎された。

ソーシャルメディアの合意に対する反応は見たところ主として肯定的とはいえ、イランはもっと上手を行ってもよかったとあるユーザーは主張した。@RezaKhonsaは、「制裁の解除はけっこうだが、結局、合意は我々の利益の不利に終わった」と書いた。

「イラン人だけが失敗を勝利として祝う」とブロガーのReza Parchizadehは(ペルシャ語で)書いた。

その間、イランの保守派は、おおっぴらに反対を表明した。

政治的枠組みを、ロシアに対してイランが多くの北方領土を失うのを容認したTurkmenchay1828条約になぞらえるハッシュタグ"#Lausanne_chay" を使った人もあった。

Google+のユーザー、SeyedMahdiは(ペルシャ語で)「核現場Fordoの遠心分離機が強化ウラニウムに代わりポップコーンを生産することで合意した」と書き、政治的枠組みをばかにした。

これまでのところ、ツイッターにイランの最高指導者、アヤトラ・アリ・ハメネイによる反応はまったくなかった。ハメネイ師は国のあらゆる問題で最終的な決定権限を持つ。

http://www.bbc.com/news/world-middle-east-32174201

△イランの核開発を抑制する基本合意は成立したものの、米政府高官らは交渉期限の6月30日までに最終合意が成立するかどうかは不透明だとしている。イランと主要国の主な隔たりは実務面と実施の日程的な面の双方に残っている上、米議会がオバマ政権の合意した内容を拒否する法案を成立させる可能性もある。
基本合意成立後、オバマ大統領はイランと何らかの合意に達することが中東で再び戦争が起こることを回避する最良の道と考えていると述べた。しかし、大統領はこの外交交渉が失敗した場合は軍事的選択肢が残っているとの認識を示した。

(参考:ウォールストリートジャーナル)

△イランのロウハニ大統領は3日、主要6カ国との「枠組み合意」を「歴史に残る日」と前向きに評価し、ウラン濃縮継続の「権利」などを欧米側に認めさせた成果を強調した。国民に協議の前進をアピールすると共に、欧米との過度な接近を警戒し、交渉での安易な妥協を許さない強硬派に理解を促したものとみられる。

「戦うのか、降参するのか、という考えもあるが、協力という道もある」。大統領はこうも述べた。米国を敵とみなす強硬派に対し、勝ち負けではなく、対話で解決を見いだす姿勢を伝えた形だ。

しかし、ウラン濃縮などの核開発に厳しい制限を受けることになる合意について、早くも国内から反発の声が出ている。強硬派有力紙ケイハンのホセイン・ シャリアトマダリ編集長は「くらをつけた馬を明け渡し、代わりに壊れた手綱を手にした」と皮肉り、交渉結果を批判。代表的保守派のアフマド・タバコリ弁護士は2日、最終合意には保守派が大勢を占める国会の承認が必要だと記した手紙を大統領に送り、安易な妥協は認められないとクギを刺した。

ザリフ外相は合意後の記者会見で「(最高指導者)ハメネイ師に交渉への支援を感謝する」と述べた。合意内容に懐疑的な国内世論をハメネイ師の威を借りて抑える狙いがあったとみられるが、ハメネイ師自身は枠組み合意について沈黙を守っている。

(毎日新聞 2015年4月4日)

April 03, 2015

誰にでも開かれた企業

◇アップルのティム・クックが自分の金をすべて人にやる
ロイター 27 March 2015

豊富な財を人に与える非常にリッチな人たちの名簿に、アップルの最高経営責任者トム・クックが仲間入りした。

10歳になる甥の大学教育の代金を払ったあと、概算7億8500万ドルの大金を慈善事業に寄付するつもりであるとして、フォーチュン誌が世界最大のテクノロジー企業のトップの名を特記した。

「人は変化を得るためにさざ波を立てる池の小石になりたいと思う」とクックはフォーチュン誌に話した。

フォーチュン誌は、アップル株の所有権に基づき、クックの純資産を約1億2000万ドルと見積もった。また完全に確定されたとすれば6億6500万ドルに値する部外秘の株を彼は所有した。

フォーチュン誌の長い人物紹介における54歳のCEOの意外な事実は、世界の最も富裕な人々のますます誰もが知っている慈善行為の一例だ。

億万長者の融資家ウォーレン・バフェットは、「The Giving Pledge(ギビング・プレッジ)」の活動を通じて、まさしくその富裕階級が少なくとも生涯の資産の半分を人に与えることを激励している。ギビング・プレッジのウェブサイトは、マイクロソフト社(MSFT.O)のビル・ゲイツ、フェイスブックInc(FB.O)のマーク・ザッカーバーグ、オラクル社(ORCL.N)のラリー・エリソンのような有名人を列挙する。

クックの惜しげなく人に与える気前のよさが、どちらも億万長者のゲイツまたはザッカーバーグの度合いにとても近づけそうにないとはいえ、アップルのCEOはフォーチュン誌に重要でありたいものだと語った。

ウェブサイトに列挙されないクックは、慈善行為への世間の注目を遠ざける熱心に秘密を守る人物として知られている。

しかしながら、近年は、環境から公民権におよぶ問題について、もっと公然と遠慮なく話し始めていた。最近、ゲイであることを明らかにしたクックは、昨年、Alabama Academy of Honorへの前置きの間にレズビアン、ゲイ、バイセクシャル、そして性転換願望者社会の差別反対論をぶった。 
彼は、特記されていない運動に地味にお金を寄付し始めており、小切手を書くことを超える慈善行為へのもっと”宇宙的(体系的)なアプローチ”を創り出そうとしているとフォーチュン誌に語った。 
http://www.amny.com/news/tim-cook-will-give-away-all-his-money-1.10139753
△AFP=時事の記事によると、クック氏は、自身にとってはアップルで多額の報酬を得ることよりも、世界を変えることの方が優先順位が高いと語った。これまで寄付は慎重に行ってきたが、より体系的な方法で行うことにしたという。
検討している寄付先については言及していないが、同氏はこれまでに公民権やAIDS(エイズ、後天性免疫不全症候群)、移民制度改革、環境保護などの問題に関する自らの見解を明らかにしている。また、同氏は昨年、フォーチュン誌が選ぶ世界のトップ企業500のCEOとして初めて同性愛であることを公表している。
・活動にはシリコンバレーの大物多数が賛同
著名投資家ウォーレン・バフェット氏とマイクロソフトの創業者ビル・ゲイツ氏が立ち上げた「The Giving Pledge」は、世界有数の富豪に対して、保有する富の半分以上を慈善活動に寄付するよう呼び掛けている。
(AFPBB News)

◇アップルのティム・クックCEOは、先日アメリカのインディアナ州で成立した「宗教の自由回復法」に対し、LGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダー)への差別につながる恐れがあるとして、深い懸念を表明しました。ティム・クック氏は自らがゲイであることを表明しており、これまでにもセクシャル・マイノリティの地位向上を訴えて続けてきました。

アメリカのインディアナ州で可決された「宗教の自由回復法」は、人や会社が第三者機関に訴えられた時に、「宗教上の自由」を理由として挙げることができるようにするものです。

これによって、昨年に同性婚が合法となったインディアナ州でも、同性愛者向けのサービスを「宗教上の理由」で拒否できる可能性が浮上しました。

ティム・クック氏は、同法に対して、「非常に失望している」としたうえで、「アップルはみなに開かれている。世界中のどこでも、我々は全ての顧客を同じように扱う。どこから来たのだとか、何を崇拝しているのだとか、何を愛しているかといったことに関わらず、だ」とコメントにしました。

一方で支持者たちは、すでに同様の法律が昨年ミシシッピ州で通されたことを引き合いに出し、「セクシャル・マイノリティにサービス提供を行わない理由として、宗教上の理由が用いられるような事例は同法施行後も目立って起きていない」と反論しています。

同性愛者の人権保護イベントに協力するなど、これまでもセクシャル・マイノリティの地位向上に対して積極的な取り組みを行っているティム・クック氏ですが、アップルのwebサイト上でも従業員の多様性への取り組みが公開されるなど、前CEOであったスティーブ・ジョブズ氏の時以上に、企業として政治へのコミットメントが積極的にみられるのは興味深いですね。

http://iphone-mania.jp/news-67346/

△同性愛差別の法律は「危険」 アップルのクックCEOが寄稿
CNN 30 March 2015

米インディアナ州などで同性愛者差別につながると指摘される法律が制定されていることに対し、自身の同性愛を公表している米アップルのティム・クック最高経営責任者(CEO)が米紙ワシントンポストに寄せた論説で、こうした法律は米建国の理念に反しており「非常に危険」と批判した。

クック氏は論説の中でインディアナ州などの法律について、信教の自由の名の下に不正を正当化しようとするものであり、差別的だと批判。「アップルを代表して、私はこの新たな法制化の波に反対する」と述べ、こうした法律によって雇用や成長、経済活力が阻害されると危機感を示した。

インディアナ州の法律はペンス知事の署名で先週成立した。宗教上の理由で同性愛に反対する経営者などが、同性愛者やトランスジェンダー(心と体の性が一致しない人)を採用しない権利を認める内容。アーカンソー州でも同様の法案が27日に議会を通過し、知事が署名すれば成立する。

クック氏はツイッターへの投稿でもこうした法案に対する批判を展開し、アップルは「誰にでも開かれた」企業であり、すべての顧客を平等に扱うと強調していた。

インディアナ州に拠点を置くセールスフォース・ドットコムやイーライリリーといった企業や団体も、従業員や顧客を集めるのが難しくなるとして反対を表明。アンジーズリスト社は同法の制定を受け、予定していたインディアナポリス本社の拡張計画を保留にすると発表した。

http://www.cnn.co.jp/usa/35062469.html