見つけた 犬としあわせ

こころがどきどきするもの、見つけたとき、 それを作品にしたり、思わずなにかの形にして、人に 伝えたくなります。 見つけたとき感じた、しあわせ感覚が、ひとしずくでも 誰かに伝わったら、ダブルでハッピーです。

January 25, 2016

本物の悪人は潰されない

ルー・リードが逝き、今度はデイヴィッド・ボウイ…
バワリーのストリートはこの通り、
ニューヨークの街がいろんな形で哀悼の気持ちを表している
だって永遠に街のヒーローだもん

◇エル・チャポのインタビューのために、政府は彼女を潰したがっているとメキシコ人俳優は述べる

メキシコの検事総長が、ホアキン・グズマンは女優のテキーラビジネスに金を融通したかもしれないと言ったあと、Univisionが女優ケイト・デル・カスティーリョからの声明を公表した
ガーディアン紙 25 January 2016

http://www.theguardian.com/world/2016/jan/25/mexico-kate-del-castillo-el-chapo-interview-sean-penn?CMP=twt_b-gdnnews

◇エル・チャポのつながりで女優ケイト・デル・カスティーリョがマネーロンダリングで取調べに直面するかもしれない

政治そして財政上の関連づけへのより深い捜査についてデル・カスティーリョの追求を批判する人がいながらも、伝えられるところではカルテルの親玉は女優のテキーラ・ブランド品に金をつぎ込んだといわれている

ガーディアン紙 19 January 2016

逮捕の一助になったらしい世界で最も重要な指名手配中の人物と接触する女優、ケイト・デル・カスティーリョが展開するテキーラ銘柄品にホアキン・“エル・チャポ”・グズマンが投資したとの指摘があるとメキシコの検事総長は言っている。

「我々はテキーラ問題の調査に従事します」とArely Gómezは新聞エル・ユニバーサルに伝えた、もっともなんであれ犯罪が犯された法律上の確実性が十分にはないことを彼女は認めたが。デル・カスティーリョがお膳立てした接近でエル・チャポと出会ったハリウッドスター、ショーン・ペンは調査のもとになっていなければ、計画される麻薬の親玉の伝記映画の制作に関係してもいなかったと彼女は付け加えた。

目下の事情では当局はグズマンがドラッグマネーを女優の会社につぎ込んだことを示唆する証拠が現れたあと、起こりうるマネーロンダリングについてデル・キャスティーリョを尋問すべきであるとArely Gómezは言った。

テキーラブランド “Honor”が今月開始されることになっているデル・キャスティーリョは、彼女に対する申し立てやエル・チャポとのどのような関係についても沈黙を守っている、先週ツイッター上の短い意見の表明で結局彼女の側の事情を明らかにするとはいえ。

与党PRI(制度的革命党:中道左派政党)の手厳しい批判で知られるかつての売り出し中の若手女優は、1月8日故郷シナロア州でのエル・チャポの逮捕以降、厳しい監視をうけている。捜査官からのおびただしいリークにより提供されて二人の関係の正確な性質に関して臆測で味付けされる彼女のグズマンとの接触の広く行きわたったメディア報道は、たとえば、横領、マネーロンダリング、贈収賄の容疑で先週逮捕されたPRIの元知事Humberto Moreiraといった他の犯罪や横領の記事はもちろん、たまにカルテルの親分に対する法的手続きからスポットライトをそらした。

先週エル・ユニバーサル紙が披露した監視写真はシナロアの奥地丘陵地帯の潜伏場所でエル・チャポと落ち合うための刺激的な体験を求めてメキシコに到着するデル・カスティーリョとペンを見せた、ところが一方、本文は映画制作とは無関係な理由でエル・チャポが女優に興味を持っていたことを示唆する売り出し中の若手女優とカルテルの親玉の間を伝えた。

だが、一部の解説者らは、TVシリーズLa Reina del Sur(南部の女王)でのカルテルの女親分の描写で有名になったデル・カスティーリョとグズマンとの間のリークされた本文について懐疑の意を表した。

「仮にケイト・デル・カスティーリョが犯罪を犯したなら彼女は罰されるべきだ、しかしこの派手な見せびらかしはTVドラマの悪党を現実の社会の敵に変えるのに十分だ」とコラムニストのマリオ・カンポスは書いた。

取調べから情報がリークされるのは、メキシコの悪い意味で最もよく知られた一部の事件を特色づける。メキシコシティのアパートのフォトジャーナリスト、ルーベン・エスピノーサと活動家ナディア・ヴェラと3人の女性の残忍な殺害のあと、取調べの詳細が定期的に新聞の一面に載った、だがこの殺しはベラクルーズ州の仕事を理由にエスピノーサとヴェラが受け取った死の脅迫に関連なかったとの当局の方針を反映するものだけだった。

グズマンの逮捕は政府にとって大当たりだった、けれどもカルテルの親玉を標的にすることが麻薬の流れをほとんど止めないし、麻薬に煽られる腐敗を全く防止しないことを証拠が示す。それに対しメキシコは、ドラッグマネーを洗浄することやカルテルをビジネスや政治的な後援のネットワークに結びつける違法な財政上のネットワークを解体することができないようだとKawasは言った。

「有名で多くのメキシコ人によって認識される著名人、ケイト・デル・カスティーリョのような人物のあとを追い回して捜査するのは、シナロアカルテルの財政上そして政治上の進行役の複雑なネットワークをもっと深く探るよりずっと簡単だ」とKawasは言った。

http://www.theguardian.com/world/2016/jan/19/kate-del-castillo-tequila-brand-el-chapo-alleged-investment?CMP=twt_b-gdnnews

1月12日 AFP:刑務所を脱獄し逃亡中だったメキシコの麻薬王「エル・チャポ」ことホアキン・グスマン受刑者(58)とメキシコのジャングルで秘密裏に面会し、長時間のインタビューを行った米俳優ショーン・ペンさん──昨年10月の面会を実現させるにあたっては、ハリウッド映画のスパイものに出てきそうな計画が練られていた。インタビューの内容は先週、同受刑者が再び拘束された翌日に公開された。

世界的な指定手配犯とペン氏の面会の記事は、9日に米誌ローリング・ストーンに掲載された。グスマン受刑者はこの前日、メキシコ北西部シナロア州の沿岸都市ロス・モチスで実行された軍隊の急襲作戦により身柄を拘束されている。

ペンさんは、数か月にわたる水面下での交渉の末、同受刑者の信頼を獲得。取調室の外では初めてとなる長時間の直接インタビューが許され、その後も電話やビデオを通じてインタビューを続けた。

「世の中がここまで関心をもった容疑者は、オサマ・ビン・ラディン以来だ」と、ペンさんはローリング・ストーン誌に書いている。

社会活動家で米国の麻薬戦争を声高に批判しているペンさんは、メキシコ人女優のケイト・デル・カスティーリョさんの助けを得てこの面会を実現させた。隣国メキシコをむしばむ麻薬犯罪に米国人として責任を感じ、グスマン受刑者を探さずにはいられなかったという。
「米市民として、わが国政府やメディアが描く公然の敵、つまり麻薬犯罪の姿と矛盾するかもしれない実態を探ることに関心を抱いている」と、ペンさんは述べた。

また密林地帯での面会では、グスマン受刑者はペンさんを温かく迎え入れたとされ、「彼は私を引き寄せ『親友の』ハグをしてくれた。私の目を見て、私には速すぎるスペイン語で長いあいさつをしてくれた」という。

「ドラッグが崩壊させる世の中」

グスマン受刑者はメキシコ中部アルティプラーノにある重警備の刑務所に収容されていたが、昨年7月に脱獄。刑務所に入っていたのはわずか17か月間だった。

ローリング・ストーン誌には、黒いシャツを着たペンさんが同受刑者と握手している10月2日付の写真が掲載された。当時、2人の周りには、麻薬カルテルのメンバーら100人以上が取り囲んでいたという。

グスマン受刑者は、カメラの前で後日インタビューを行うことに同意したが、これ以降、ペンさんと直接会うことはできなくなったため、ビデオでペンさんの質問に答えていた。

同誌がネット上に公開した2分間の動画の中で、ひげをそり青いシャツを着たグスマン受刑者は「ドラッグが崩壊させる世の中だ」とスペイン語で話し始め、「不幸なことに、俺は他の道がない環境で育ったし、今も生きていくには他の選択肢がない」と述べた。

また、麻薬中毒や麻薬の普及に対する責任を否定し、そうした非難を「的外れだ」と一蹴。「私がいなくても、麻薬取引は減っていない」と指摘している。

ペンさんによると、グスマン受刑者は獄中で映画化のオファーをいくつも受けたというが、同受刑者は、自らの手で製作することを選択したとされる。

ペンさんはこの面会の前に、自分の動きがメキシコや米当局に追跡されるだろうと予測していた。事実、メキシコの検事当局者は匿名を条件に、ペンさんの面会がグスマン受刑者の身柄拘束につながったとAFPに語っている。

(c)AFP/Becca MILFELD
http://www.afpbb.com/articles/-/3072820

January 19, 2016

ゴンゾっぽいインタビュー

◇エル・チャポのインタビューについてショーン・ペン:
「すごく残念に思っている」
マスコミによって大いに宣伝される逮捕に至った麻薬王との異論の多いインタビューについて俳優が沈黙を破る

麻薬王ホアキン “El Chapo”グズマンとの悪名高いインタビューについてショーン・ペンが初めてはっきりしゃべり、「しくじった」と公言した。

グズマンとのローリングストーン誌独占インタビューが、麻薬戦争について対話を開始するとのその本当の目的を達しなかったことを俳優は遺憾とした。

ほとんど、グズマンを何千人もの死に対し責任のある世界最強の麻薬取引業者に導いた決意の分別になったのを確実にする会話は、発行される前に世間の注目をひくさまを通じて最終的な承認を受ける。

昨年10月、ローリングストーン誌のインタビューのためにペンは麻薬カルテルの親玉と会った、そして今月初め記事が印刷されたのと同じ日にグズマンが迅速に逮捕された。

「明確にしよう。ボクの記事は役に立たなかった」と彼はアメリカのTVでチャーリー・ローズに告げた。「すごく残念に思っている」とペンはローズに語った。「この記事に関係している全体の議論が、麻薬戦争に対してこの対話の一因となることだったその目的を無視することを残念に思っている。」

彼は以下のように加えた:
「同僚とボクがエル・チャポに対して準備した訪問について、彼の逮捕に“欠かせないもの”と言っているとのメキシコの検事総長の発言が引き合いに出されるように、その訪問が逮捕に“不可欠”だったとの神話がある。ボクらは逮捕より何週間も早い10月2日に、彼が逮捕されたどころでない場所で彼に会っている。

先週末、ペンの1万語の記事がローリングストーン誌に掲載されたとき、ニュース報道は、「ヘロイン、メタンフェタミン、コカイン、マリファナを世界の他の誰よりも多く」供給するとのグズマンのあつかましい告白と、ペンのインタビューの倫理的そして法的問題に集中した。ペンによると、報道は問題の核心を見のがした。

「ボクらは、興味の中心のすべて、エネルギーのすべて、数十億ドルもの大金のすべてをこの“悪党”に加えるつもりだ、それでどうなる?」と彼は言った。「翌日には、同じようにまた死にありつく。」

「さあ、ボクたち皆が何を必要とするか、総括的な見通しをやろう」とペンは言った。「みんなはこの麻薬問題を止めたいと望む。みんなはシカゴの殺人を止めたいと思っている。ボクたちは消費者だ。ショーン・ペンに同意するかどうかにかかわらず、そこに共謀がある。そしてたとえ君が道義をわきまえた右翼であるとしても、極左であるとしても、まさしく君らの子どもの多くがこれらの薬物をやっているとおりだ。」

彼は以下のように付け加えた:
「先週、この記事が出て以降、彼らがどれくらいの時間を費やしてこれについて話しているか?1%?1%は大きいだろうと思うね。」

グズマンがとがめられ、危ない目にさらされるのを見たがったので、メキシコ政府は彼がグズマンの逮捕の助けになったという考えを発表したのだと俳優は考える。だが、ペンは彼の安全度を危ぶまないと述べた。メキシコ政府が見つける前に彼がグズマンを見つけたことに確かに彼らはプライドを傷つけられると彼は思い描く。

脱獄したシナロア・カルテルの親玉を捜し出して捕まえる集中的捜索の最中にインタビューは行われた。刊行される記事には彼の帝国についてグズマンからの多くの自慢を含んだ。伝えられるところでは、「世界の他の誰よりも多くのヘロイン、メタンフェタミン、コカイン、マリファナをオレは供給する」と彼は言った。「オレには、潜水艦、航空機、トラック、船の艦隊がある」と。
彼の弁護士のひとりはその後ずっと記事にはウソが入ると主張した。今週初めにホアン・パブロ・バディロは、「それはペン氏からのウソ、ばかげた臆測だ」と述べた。「彼が言った愚行について返答するためにペン氏は宣誓証言にかけられるべきだ。」

ペンは彼の1万語の記事が変化をもたらす助けとなると期待した。

日曜に放送する番組60ミニッツのインタビューから引用したペンのコメントはローリングストーン誌のインタビューでグズマン自身が行った意見の表明を繰り返す。顧客が苦しむ薬物依存に責任があると感じるかどうかペンに尋ねられたとき、グズマンは大げさに肩をすくめてみせた。「いや、それは間違っている、なぜならオレがいないある日のできごとだからだ、とにかく、それはまったく減少することになっていない」とグズマンは言った。

「麻薬売買は一人の人間だけに左右されるものではない」と彼は後に語った。「多数の人間に左右される… 消費がまったくなかったら、販売はないだろう。消費が来る日も来る日も大きくなるのは事実だ。だから、それは売ってまた売る。」

女優ケイト・デル・カスティージョ(Kate del Castillo)によって手配されるペンのグズマンとの面会が彼らを麻薬王へと導く手助けをしたと、メキシコ当局は述べた。

http://www.theguardian.com/film/2016/jan/15/sean-penn-on-el-chapo-interview-i-have-a-terrible-regret

January 14, 2016

ゴンゾの息子の本

◇ハンター・S・トンプソンの息子:「父のよさはまあ何でもいいけど、彼は全く無力な者だった」

父親の機能不全に陥る人生を物語る新著でホアン・トンプソンは感情に屈服することなく「クレイジーなゴンゾ・ジャーナリスト」に人間性を与えようと試みる

逆上した筆致、銃が大好き、TarGardで知られるプラスチックフィルターでの喫煙と、ハンター・S・トンプソンはたくさんのことで知られた。そしてもちろん、キース・リチャーズの好みによってのみ匹敵しうる速度でアルコールを飲むことやドラッグをやること。それは必ずしも人が父親に望むものではないが、ホアン・トンプソンにはたいした選択の自由はなかった。彼は単にそれを我慢した。

父親が2005年に自殺したあと、ホアン・トンプソンは、躁病的などんちゃん騒ぎする人としてまったくの父の肖像画が重要な何かを見落としていることに気づいた。「メディア報道のほとんどが本当にこのいかれたゴンゾ・ジャーナリストに集中していました」と、著書「Stories I Tell Myself:Growing Up With Hunter S Thompson」発表後、先週の電話インタビューでホアンは言った。「人として、作家として、わたしは彼にはこの他の面があったと指摘したい抑えがたい欲望を感じました。」

子どもとしてなんとか仲裁しようとする、深夜になってからの長い言い争いがあった。たいてい、母サンディに味方することになったと彼は本に書く。「母が言おうとしていたことに父は関心を持ちませんでした、父が気にかけたのは母をくじくこと」と彼は言った。ホアンは本の中で、父親の「最大限の苦痛を負わせるじっくりと考え抜かれた歪曲と慎重に選ばれた言葉」を呼び戻す。

また息子に対する相当のつらく当たる言葉もあった。ハンター・トンプソンは、「知恵おくれのくそったれ(waterhead bastard)」と呼んでしばしばホアンをののしった。実のところは決してむち打つことにはならなかったとはいえ、彼はたびたびむち打ちの罰で息子をおどした。そして彼が大人になるやいなや、大学からのトンプソンの手紙の一通による息子はゲイだと思うというメモの憶測ですら、彼を理解するのに父が苦労したことをトンプソンは明らかにする。「くそ、まったく、サンディがつくったにもほどがある」とそのメモは続いた。

徐々にホアンは、自分自身を遠ざけることで唯一父親の激情とカオスに耐えられることがわかった。彼の変質のキーは、「作家、戦士、知恵ある者として、わたしの父の大功徳はまあなんでもいいけど、日常生活で彼は全く無能な者、または当時の語彙で機能不全(dysfunctional)だった」との実状を知ることだった。徐々に、いくぶん父と息子は和解してどうにか関係を築き上げる、父がそうでない誰かさんであると期待するのを止めたからとホアン・トンプソンは想起する。

二人の関係は小さなやさしさの行為で各々がもう一方の不意を突くちょっとしたことに発展した:ホアンは1996年に愛していると父に伝えて彼の業績を「マジック」と呼ぶスピーチをした、友人にいばってそのスピーチを上映する癖があるハンターは、ぶっきらぼうに息子に「マジックについて自己を偽るな」と言う。

父親のとはまったく異なったシンプルな散文でホアン・トンプソンはすべてこの激動を記録した。「ハンターの執筆の模倣は常におもしろくありません」と彼は言った。「いかなる時にでもうまくいきません。」(ショーン・ペン、メモを取ってください。)

現在51歳のホアン・トンプソンは、妻と息子と共にコロラド州デンバーで暮らす。彼はITプロジェクトマネージャーとして健康保険会社で働く。人生について「非常にノーマルに見えます」と彼は述べた。「多くの点で非常にノーマルです。父さんは生まれつき生きる能力のなかった寿命。ただ彼にはできなかっただけ。」

ホアン・トンプソンが本を書くのに9年かかった、感情に屈服することなく正確に父を描写するのに骨折った。初めは父をもてはやした本を引き抜くくらいのことだった。「これが絶対に堕落した父さんや彼がしたひどいことについての話ではないと人々が理解することがわたしには本当に重要でした」とホアンは言った。「その側面において実際になんであれ特別なことがあるとは思いません。お父さんが有名じゃないだけで、おそらく多くの父と息子が同じ類の過程を経験します。」

とはいっても、彼が本に入れた詳細の中にはそれによってトンプソンがどぎまぎしたかもしれないと彼が思うものがある。トンプソンの人生の終焉に向かって、さまざまな病気を患う父を記録する、そのひとつは彼を失禁状態にする。父の一部の友人がこれに狼狽したと彼は私に話し、理由を理解した。「でも、本の中でそれについて話すことが本当に重要だと感じました、なぜなら、実際… からだがバラバラにこわれていたこと、それが自殺するという彼の決断の要因のひとつだったと思っているので。」

本の最後の章は自殺とトンプソンのその後の記念の催し、大砲によって彼の遺骨が空に発射された時の顛末を語る。この珍妙な仕掛けに数千ドルもかかり、これをジョニー・デップが支払った、そしてふさわしく、長く騒がしいパーティがあとに続いた。

まさにその通り、彼のライフスタイルを社会的因習から解放されることだとわかったから多くの人々が彼の父を敬慕したのを、もちろん、ホアン・トンプソンは十分承知している。

「人々は、終局の人生を送り、社会規範を無視する彼の勇気について話します」とホアンは言った。「それが人々が本当に反応を示す重要なもの、彼がそのように象徴として見られる束縛のない自由な状態なのだと思います。」もちろん、彼にとってハンター・S・トンプソンはまったくほかの驚くべき人だった。

http://www.theguardian.com/books/2016/jan/12/juan-thompson-book-hunter-s-thompson-stories-i-tell-myself?CMP=twt_gu

January 11, 2016

★さよならヒーロー

デイヴィッド・ボウイが死去したことで19時間前にドイツ外務省がツイート

「さよならデイビッド・ボウイ。いまあなたはヒーローの中に加わっている。ベルリンの壁を倒すことに力を貸してくれてありがとう。」
Good-bye, David Bowie. You are now among #Heroes. Thank you for helping to bring down the #wall. https://youtu.be/YYjBQKIOb-w  #RIPDavidBowie
プレスリリース:

◇デイヴィッド・ボウイの死に関するシュタインマイヤー外務大臣による声明
11.01.2016
本日(1月11日)、フランク・ウォルター・シュタインマイヤー外務相がデイヴィッド・ボウイの死について下記の声明を発表した。

Zusatzinformationen
デイヴィッド・ボウイの死を知って私は非常に悲しみに沈んだ。世界は、数代にわたって音楽の歴史に残るほどのことをした唯一無二に才能のある革新的なアーティストを失った。2014年にベルリンのMartin‑Gropius‑Bauでデイヴィッド・ボウイ展が開催された。デイヴィッド・ボウイのアートの政治的一面について私はそこで話した。この一面は1970年代の間にデイヴィッド・ボウイがベルリンで過ごした時代によって典型的に示される。この時、彼は伝説的なハンザスタジオで冷戦がたけなわのベルリンへのオマージュで、二分された都市のサウンドトラック、「Heroes」を録音した。

デイヴィッド・ボウイは外交にとって欠くことのできないものでもある驚くべきものをもっていた、すなわち、他者の目を通して世界を発見することへの好奇心、時代遅れの決まり文句や偏見から自分自身を解放することへの意欲、そしてたとえば1970年代の間に二分されたベルリン市の場合だった、たとえこれがすぐに明らかでないとしても境界は乗り越えられるとの確信。私たちはデイヴィッド・ボウイを失ったけれど、彼の音楽は生き続けてこのメッセージを世界に伝え続ける。

http://www.auswaertiges-amt.de/EN/Infoservice/Presse/Meldungen/2016/160111_Bowie.html

January 08, 2016

海のゴミを吸い取る



◇マリーナをきれいにするためオーストラリアのサーファーたちがデザインした「Seabin(海のゴミ集積容器)」が海洋汚染を引き下げる
ABC 21 December 2015 by Laura Gartry

オーストラリアのサーファー2人が開発したユニークな海洋掃除テクノロジーが世界中の投資家の注意を引いている。

いちばんの相棒のアンドリュー・タートンとピート・セグリンスキーは幼少期の多くを海で過ごした、そしてあちこちに漂うゴミの量で欲求不満に陥ったあと、持続可能な解決を考え出すために仕事を辞めた。

海洋汚染を引き下げる助けになると多数の人が期待する「Seabin」と呼ばれるマリーナの埠頭のためのオートメーション化したゴミ集積容器をふたりは考え出した。ヨーロッパのマリーナの中心地、スペインのマジョルカの市場に持って行く前に、コンビはパースで容器のプロトタイプを設計した。

タートン氏とセグリンスキー氏は、現在、プロトタイプを現実に変えるためになんとか十分な資本を集めようと努力している。

クラウドファンディングで商品化用の5万ドルを工面するにあたり、申し出は急速にはずみがついている、そしてまたSeabinのヴィデオがオンラインで1000万以上のヒットを惹きつけている、大部分はヨーロッパ諸国から。

「ボクらは3日で3万4000ドルを集めた、それが今は雪だるま式に増大する」とセグリンスキー氏は言った。

リサイクルされた用具からつくられるSeabinは岸の動力で走る水中ポンプで埠頭に固定される。

ポンプは水をくみ上げて戻す前に、漂うあらゆるゴミや残骸を天然繊維の袋に吸い込む水の流れを引き起こす。それはプラスチックのボトルから紙、油、燃料、洗剤まで、浮かんでいるすべてのものを捕まえる。

コンセプトは単純だが効果的だと、Seabinのスポークスマン、リチャード・タルメージは言っている。

マリーナから広々とした海洋まで

ハイレベルな人間の営みに油や燃料汚染を結合させたという理由で、マリーナ、港、ヨットクラブは海洋の浄化に取りかかるのに理想的な場所だったとセグリンスキーは言った。

「Seabinはすくい取る網を持って歩き回る海の働き手よりずっと効率的だ」とセグリンスキー氏は言った。

発明は、分解することができて海洋生物によって食べられる広々とした海洋に有毒物質が漂いだすのを防ぐものと期待される。

構想は、プラスチックの化学物質が海の食物連鎖の一部になるのを防ぐ助けになりうるとタルメージは言った。

「汚染の側面のみならず、またより広い環境のためでもある、そのうえマリーナを通して地元のコミュニティの教育に達する、そのため、将来のある日ボクらは水を使っているだれもにとってもっときれいな環境に向かってせっせと働くことができる」と彼は言った。

タートン氏とセグリンスキー氏は、生産技術を開発するためにマジョルカに研究開発センターを設立した。

「ボクらは世界最大のマリーン業界のショー、METSTRADEにも行った。製造でボクらを手伝いたいと思う数人をそこから見つけたし、世界中のたくさんの船員や政府とも接触した」とセグリンスキーは言った。
コンセプトは、網でゴミをすくうために港をずっと疾走してまわるゴミボートや船を使うというもっと費用のかかる選択を補って完全にすることにねらいを定める。

その冒険的事業がうまくいけば、Seabinsは2016年の半ばには市場に達している。

http://www.abc.net.au/news/2015-12-20/seabin-designed-by-australian-surfers-to-start-cleaning-up-ocean/7044174

January 04, 2016

盗んで得た土地で暴利を貪る


2016年、
ヴァーモス抜きですが、今年もよろしくお願いします

◇盗んで得た土地でオープンハウスお断り!

イスラエルの入植地拡大からRE/MAXが暴利をむさぼることに抗議して1月と2月にコードピンクとその支持者が全米で動員をかけるのを援助してください。

動員は全米のRE/MAX営業所を目標とします、そしてRE/MAXの代理店や顧客そして通行人に知らせ、RE/MAXが違法なイスラエルの入植地で家を販売することで国際法に違反することから利益を得るのを止めるよう要求してくださいと頼みます。3月1日火曜、東部時間午前11時〜午後3時半、行動の召集はあらしのような世界的ツイッター抗議#RemodelREMAXで最高潮に達します。

デンバーに拠点を置くRE/MAXインターナショナルは、フランチャイズを与えられたRE/MAXイスラエルがヨルダン川西岸の違法なイスラエル入植地で得ている売上から利益を得ています。新たな入植地に道を譲るため、パレスチナ人の家屋やオリーブ畑がブルドーザーで片づけられる間、RE/MAXイスラエルの代理店は国際法を踏みにじるヨルダン川西岸の大きな入植地や占領される東エルサレムのすべてで商売をしています。

RE/MAXイスラエルの平素の行いやRe/Max LLCの暴利のむさぼりは、世界中の人権活動家から非難を引きつけています。それには占領された自治領に対する国連報告者、リチャード・フォークによる報告を含みます。
http://www.remodelremax.org/remodel_re_max_statement?utm_campaign=remax_1&utm_medium=email&utm_source=codepink
Twitter storm action on Tuesday, March 1, from 11:00 AM - 3:30 PM Eastern Time

January 02, 2016

レスボス島にいるウェイウェイ

気がつくことが最初のステップ。きっぱりとアイ・ウェイウェイは群衆から突き出る。

◇中国人アーティスト、アイ・ウェイウェイが、昨年12月27日から難民がたどり着くギリシャのレスボス島に滞在してスタジオを創る。いま彼は、インスタグラムを使って難民たちの姿を写真に撮り、アップする。
彼はガーディアン紙に、「アーティストとして、私はこの人間性回復の闘いに関わらざるをえない。レスボス島の難民たちが置かれた状況を私のアートと切り離すことはできない」と語り、世界の人々に難民の置かれた窮地をもっと知ってもらいたいという思いでスタジオ開設を計画していることを明かした。そして「レスボス島に国境はない。私たちの精神、そして私たちの心にこそ国境はあるのです」と語った。
http://www.webdice.jp/topics/detail/4979/

アイ・ウェイウェイの作品