見つけた 犬としあわせ

こころがどきどきするもの、見つけたとき、 それを作品にしたり、思わずなにかの形にして、人に 伝えたくなります。 見つけたとき感じた、しあわせ感覚が、ひとしずくでも 誰かに伝わったら、ダブルでハッピーです。

3月 06, 2016

ラブラドールはお調子もの

今朝のツイッターより
わたしの従姉妹はセリアック病(小児脂肪便症)に罹っていて、
毎日学校に非常待機の犬を連れて行く。
そしたら犬が卒業記念アルバムの一員になった!!!
@hanhulse

 
わあ、うちのサンバによく似たラブラドール犬だっ!
グッ ジョブ!!! 
うちの犬たちの警察犬訓練所の校長先生はラブラドール犬のことを「お調子者」と表現した。
確かに、屈託なく人間になつき、遊びたがるところなんかは、そんな感じかも。
でも、しっかりお仕事する犬なんだよ。
介助犬だったり、嗅覚も利くから麻薬犬や、災害時の救助犬として人の命を救ったり。
わたしも、うんと、うんと、助けられているな、犬には。
 


3月 03, 2016

ふたりはソールメイト

◇実際のモデルにイギー・ポップを使う絵画教室

アメリカのロックの伝説的人物イギー・ポップを実際のゲストモデルに使う特別デッサン教室のために、2016年2月21日(日曜)、あらゆる分野から21人のアーティストがニューヨーク・アカデミー・オブ・アーツに集まった。教室の計画を思いついたのはアーティストのジェレミー・デラーでブルックリン美術館によってオーガナイズされる。後に発表される巡回に加えて、教室で創造されたデッサンは2016年秋にブルックリン美術館の展示の一部になる。

活動的なステージの人物と全然対照的にイギー・ポップが異なる種類のステージで入念にヌードでポーズをとった。「実際のモデルを使う絵画教室は人体をつくづく眺める特別な場所。アート教育とアート史の基盤として今でも肉体を理解することが最高の方法」とデラーは言う。「ロックミュージックとアメリカ文化内のその位置を理解することで彼の肉体は中心にある、イギー・ポップが実際のモデルを使う絵画教室の画題なのは私には全くなるほどと思える。彼の肉体は大いに注目されていたし、細部描写を多用し詳細に再現する手法で製作されるべきだ。」

参加しているアーティストはニューヨークの多様なコミュニティを代表する、まちまちの背景を有する年齢19歳から80歳におよび、大学生や大学院生、活動しているアーティスト、そして退職者が含まれる。実際のモデルを使う絵画教室はアーティストでデッサン教授のマイケル・グリマルディによって率いられる。

ロンドンに拠点を置くコンセプチュアル・アーティスト、ジェレミー・デラー(English, born 1966)は大規模なコラボプロジェクトをうまく組み合わせて演出することで知られている。2001年にデラーはイギリスで1年間続く鉱山労働者のストライキの最中、1984年に起こった警察とストライキ中の鉱山労働者との間の激しい対立を再現するために元鉱山労働者や再現社会のメンバーと仕事をした。2009年、スリーMプロジェクトとクリエイティヴ・タイムに製作を頼まれてデラーは2007年バグダッドの爆弾攻撃で破壊されたクルマで合衆国を旅行し、彼らの経験を共有するためにジャーナリスト、イラク人難民、兵士、学者を招待した。彼はアシッドハウスミュージックのブラスバンド演奏、Acid Brass(1997)を含め、幾つかの音楽プロジェクトを創り出している。2004年ターナー賞を受賞したデラーは、2013年の第55回ベネチアビエンナーレでイギリスの代表者となった。

ロックミュージックのパイオニア、イギー・ポップ(American, born James Newell Osterberg, Jr., 1947)は、シンガーソングライター、ミュージシャン、そして俳優。ミシガンで生まれ育ったイギー・ポップは1960年代に演奏を始めた。

fatima.kafele@brooklynmuseum.org
http://www.e-flux.com/announcements/iggy-pop-life-class/
△デヴィッド・ボウイのことをイギー・ポップは「オレの人生の光」と表現している。

イギー・ポップは、70年代中頃に薬物を乱用していた時期にデヴィッド・ボウイが自分をいかに「崩壊」から救ってくれたかについてニューヨークタイムズ紙に話している。「オレたちみんなひどいありさまだったけど、少なくとも、彼はしっかりしていたよ。」

そして、以下のように続ける。「オレに好奇の目を向けてる人はたくさんいたけど、彼だけはオレと完全に同じ目線を持っていてオレがやっていた活動を本当に気に入ってくれて一緒に取り組んでくれた、そしてオレを助け出すというしっかりした心づもりのある人間だった。素晴らしいことをしてくれた。」

「あの頃学んだことは、今でも忘れていない。ビートルズやストーンズや他にもいろいろ、女優や俳優なんか、実力のある人たちにはみんなデヴィッド を通して出会った。オレは彼らを観察した。そしてたまに、少なくとも今も、彼らのような人たちに会うと自分も洗練されていく。」

デヴィッド・ボウイとイギー・ポップは仕事仲間としても有意義な関係を築いており、1976年の「ステーション・トゥ・ステーション」のツアーを一緒にまわっている。1977年にはベルリンで共同生活をしており、ザ・ストゥージズでの活動後にイギー・ポップがソロとして発表した1枚目と2枚目のアルバム、「イディオット」や「ラスト・フォー・ライフ」の制作でもデヴィッド・ボウイの協力を得ている。

また、その頃デヴィッド・ボウイはイギー・ポップのライヴ演奏の際にもキーボードを担当し、イギー・ポップはデヴィッド・ボウイの「ロウ」でバックヴォーカルを務めている。

http://nme-jp.com/news/12416/ 

3月 01, 2016

ボクの父親はKKK

◇1927年にクイーンズで1000人のクークラックスクラン(KKK)の会員が通りを練り歩き、そのあと暴動を起こした。7人が逮捕された。そのひとりがフレッド・トランプだった。

wikipediaによると、ドナルド・トランプの父親フレッド・トランプは、ニューヨーククイーンズ地区で1927年に起きたKKKメンバー約1000人が警察署を襲撃し警察官約100人と衝突した事件でのKKKメンバーの逮捕者7人のうちの1人なのではないかと言われている。当時のニューヨークタイムズ紙の記事に、事件当時逮捕された父親と同名の「フレッド・トランプ」の名前が載っており、その逮捕者の住所にはクイーンズ地区ジャマイカ・エステート175-24デヴォンシャーロードと記載があった。ジャマイカ・エステートは父親の邸宅がある場所でもあった。息子のドナルド・トランプは、「父に逮捕歴はないし、その事件とも無関係だ。そんなことはまったくなかった。ばかげている」と否定している。

◇2016年米大統領選の共和党の最有力候補であるドナルド・トランプの父親が、フォーク・シンガーのウディ・ガスリーに家を貸していたことがあり、息子同様に人種差別主義者だったことが明らかになっている。

政治的なアーティストとして知られるウディ・ガスリーだが、1950年代初頭に2年間、ドラルド・トランプの父親であるフレッド・トランプの借家人だったことが今回明らかになった。

最近になって発見された記述によると、フレッド・トランプが所有する「ビーチ・ヘイヴン」に住んでから1年後、ウディ・ガスリーはこの住宅を「ビッチ・ヘイヴン」と呼ぶようになったという。また、フレッド・トランプの人種差別的なふるまいを批判する詩も書いている。

ウディ・ガスリーが書いた詩は以下の通り。

「 きっと
トランプの親父は知っている

彼がこの公営住宅
エイティーン・ハンドレッドに
人種差別の線を引いた時
どれほど
人々の心の奥底に
人種的憎悪を引き起こしたのかを 」

ウディ・ガスリーの死後、この問題について米司法省の公民権課は「トランプ氏のエージェントがおこなった人種差別的な行動は人々が有する平等の権利を侵害した」としてトランプ一族を訴えている。

賃貸エージェントによると、フレッド・トランプは黒人に家を貸さないよう指示を出し、空きがないと主張したり、家賃をあげるなどして、彼らが物件を探し求めるのを妨げていたという。

アメリカ大統領に立候補しているドナルド・トランプは昨年、「僕の栄光の根本には父の栄光がある」と発言している。

元ブラック・フラッグのフロントマンであるヘンリー・ロリンズは、ドナルド・トランプを批判しており、この議論を呼んでいる候補者について「単に退屈な金持ちのオッサンが下品なだけ」と論じている。

スリップノットのフロントマン、コリィ・テイラーもドナルド・トランプについて、「デヴィッド・デュークが大統領選挙に出馬した時のことを覚えている よ。みんな彼をあざ笑ってたよね」と語っている。「あれはジョークもいいところさ。『よく出馬しようと思ったな』っていう感じだった。それが今度はトランプだ。テレビでクソ喋りまくるっていうだけで、みんな真剣に捉えてる。」

http://nme-jp.com/news/13352/