レナード・ペルティエに恩赦
#1月20日、ピンクフロイドのロジャーウォーターズがSNSに投稿している:
「バイデンの恐怖を覚えさせる最後の日、そしてトランプの恐怖を覚えさせる最初の日、2025年1月20日に喜ばしいことがひとつある。レナード・ペルティエが自由になった。Love R.」
#レイジ アゲインスト ザ マシーンが活動の最初から望んでいたその日がやってきた…
ジョー・バイデンはドナルド・トランプに政権を移譲する直前に収監中の先住民活動家レナード・ペルティエの終身刑を減刑。これにより半世紀を連邦刑務所で過ごしてきたペルティエは自宅軟禁で残りの刑期を務められるようになる。
レナード・ペルティエは1975年にサウスダコタ州でFBI捜査官2人を殺害した罪で終身刑を宣告された。ペルティエは長年にわたり無実を主張してきている。
レイジ アゲインスト ザ マシーンは、デビューアルバムに収録されている「Freedom」のミュージックビデオでペルティエの事件に焦点を当てている。
ビデオの中で彼らは、FBIがアメリカインディアン運動(AIM)に対して抱く懸念が次第に高まっていたこと、そして1975年に2人の捜査官が逮捕状を執行しようとして銃撃戦となり、そのFBI捜査官と1人の先住民男性が死亡したという重要な瞬間について詳しく説明した。その後、大規模な捜索が行われ、AIMのメンバー3人が逮捕された。3人のうち2人は無罪となったがペルティエは事件への関与の容疑で有罪判決を受けた。ビデオによると、目撃者たちはFBIに証言を強要されたと主張、FBIの事件には複数の矛盾点があることが明らかになるが、ペルティエの無実を示す証拠と見られるものは国家安全保障を理由に無視または隠蔽されたと主張している。
半世紀を連邦刑務所で過ごしてきたペルティエは健康状態がよくないと言われており、ホワイトハウスは声明で、バイデンはペルティエの終身刑を減刑し、自宅軟禁で残りの刑期を務められるようにしたと述べる。
メンバーのブラッド・ウィルクは自身のInstagramで以下のコメントを発表:
「不当な投獄から約50年を経て、ついにレナード・ペルティエに恩赦が与えられた! 彼の物語とオグララでの事件を示す最初のRATMビデオから、クリントン政権の終わりにニューヨークで街頭デモしたとき、そしてそれ以降もボクたちはこの恩赦の日とペルティエに正義が訪れることをずっと待ち望んできた。スライド (7枚目) のネックレスは刑務所でレナードがボクのために作ってくれたもの。“Freedom”のビデオを公開した後、彼はボクたち4人のために作ってくれた。信じられない…複雑な気持ちだが、レナード・ペルティエについに恩赦が与えられる」
⌘レナード・ペルティエを自由に!
レナード・ペルティエはアメリカの先住民だ。2人のFBI捜査官を射殺したというアメリカ政府のでっち上げた罪により終身刑を言い渡される。彼はラコタ=チペア族でAIM(アメリカインディアンムーブメント)のリーダーの一人だった。彼が有罪判決を受けた本当の理由は、殺人犯としてではなく、政治犯としてであり、母なる大地と共存していく精神的生活やアメリカ先住民の文化を未来の子どもたちに伝え、守るという彼のポリシー、AIMの運動に対してのものだった。
AIMは1960年代、政府による種族的、文化的な先住民族絶滅政策が進められるなかで生まれた。彼らは伝統派の人々の精神的、霊的な教えのもと、居留区での差別、貧困、アル中、絶望の中に埋もれる同胞の状況を訴え、様々な抗議行動を通して改善を求めた。
当時、ラコタ族のパインリッジ居留区でのウランをはじめとする鉱物採掘の計画が企業や政府の間で進められていた。伝統的なラコタ族は大地を切り開き、自然生態系を崩し、原発や核兵器の原料となるウランを採掘、母なる大地を売買することに反対していた。鉱物発掘で利益を得る部族会議(反伝統派)議長ディック・ウイルソンはアメリカ政府の資金を使い、“グーンズ・スクアッズ”と呼ばれる暴力集団を雇っていた。グーンズ・スクアッズはFBIから支給された高性能の武器で発砲、暴力行為による伝統派の人々への脅迫を行っていた。この伝統派ラコタ族と、アメリカ社会に適合し自らの伝統的民族を管理する政府の操り人形である部族会議との対立は1世紀の年月を遡る。
1868年ラコタ族酋長レッド・クラウドとアメリカ政府との間にフォート・ララミー条約がかわされた。だが、金鉱の発見と共にこの和平条約は破られる。
AIMを壊滅させるために、メディアはAIMを暴力的なテロリスト集団として取り上げた。撲滅キャンペーンの標的となったAIMのメンバーたちは投獄され、殺された。73年から75年の間に342人のAIMメンバー、その支援者と伝統派の人々が殺害された。だがその殺人事件はまったく正当な捜査が行われてこなかった。パインリッジの居留区でグーンズ・スクアッズによる発砲、殺人事件が頻繁に行われるなか、1975年6月26日、2人のFBI捜査官と1人のアメリカインディアンが射殺される事件が起こる。この同じ日に反伝統派の議長ディック・ウィルソンは、ワシントンDCでウランをはじめとする鉱物資源の埋まっている居留区の土地の8分の1を譲り渡す段取りを行なっていた。
射殺されたアメリカインディアン、ジョー・スタンツの捜査取り調べは行なわれなかったが、2人のFBI捜査官ジャック・コラーとロナルド・ウィリアムスの死はFBI始まって以来の総動員数200人を超える人間狩りを引き起こすことになる。
FBIの記録書類によれば、レナード・ペルティエはこの事件以前からAIM活動家としてその標的になっていた。ペルティエはアメリカ先住民に対してまったく正当な法的処置がとられないアメリカを離れ、カナダに亡命するが、ペルティエのガールフレンドを名乗る女性の偽りの証言によってアメリカに連れ戻された。(ふたりは面識すらなく、脅迫による偽証であったことを後に彼女自身が告白している)アメリカにおける裁判でポール・ベンソン判事は居留区における政府側の暴力、殺人の証言、証拠は一切受け入れず、ペルティエは殺人の有罪判決を受ける。その後、情報公開の訴訟を通してペルティエの弁護団はFBIの1万2千ページにおよぶドキュメントを入手する。残りの6千ページは「国家安全保障」という理由のもとに公開を保留された。だが、入手した資料から、レナード・ペルティエに対する殺人容疑は反証された。
さらにまた、FBIによる偽証、証人の強要、殺人に使われた凶器および他の証拠捏造という捜査手続きの乱用、違法行為が明らかとなり、政府の検察官は「誰がFBI捜査官を殺害したかは証明できない」と認めざるをえなくなる。だが、裁判所は事件の主犯格としてペルティエを連邦刑務所に拘置し、正当な再審への上訴を却下し続けている。
この間、レナード・ペルティエはアメリカ先住民族運動のシンボルとして、ネルソン・マンデラやリゴベルタ・メンチューを始めとする2千万人を超える世界中の人々や団体から注目と支持を得ている。上訴が受け入れられたなら、彼が釈放される可能性は高いはずだ。
ピーター・マシェッセン著のペルティエについて書かれた物語『イン ザ スピリット オブ クレージーホース』は8年間発禁となっていたが最近再刊され、ベスト・セラーとなっている。ロバート・レッドフォード制作の「インシデント・アット・オグララ」というオグララ事件とペルティエ裁判を追ったドキュメンタリー映画、70年代のAIM運動を元に制作されたフィクション映画「サンダー・ハート」が公開されるなど、ペルティエの裁判が続いていることを証明している。
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