見つけた 犬としあわせ

こころがどきどきするもの、見つけたとき、 それを作品にしたり、思わずなにかの形にして、人に 伝えたくなります。 見つけたとき感じた、しあわせ感覚が、ひとしずくでも 誰かに伝わったら、ダブルでハッピーです。

June 13, 2009

石油が見せる悪夢




◇アフガン戦争を主導することでオバマの選択した人物は捕虜の虐待と秘密暗殺部隊につながる

スタンリー・マクリスタル米軍中将は先に、2003年から2008年まで統合特殊作戦司令部の司令官として軍務に就きました。その間、彼は世界中でテロリスト容疑者を見つけ出しては暗殺する秘密主義の計画を監督しました。彼の司令を受けた力による捕虜虐待に関する疑問の余地のため、昨年、議員らはスタンリー・マクリスタルの要職への指名を遅らせました。特殊作戦部隊が尋問と拘留収容所を指揮管理したバグダッドの空港近くの米軍基地、キャンプ・ナマについては、虐待収容所の報告が多数あります。

(デモクラシーナウ!08 June 2009)

◇ナイジェリアの活動家ケン・サロ=ウィワの死にまつわる画期的事件の訴訟示談でシェル社が1550万ドル支払うことに

ニジェール川デルタでの人権侵害に関与したとされる裁判を避けるため石油大手のロイヤルダッチシェルは和解に1550万ドル支払うことで同意してきています。1995年のナイジェリア人の作家で環境活動家ケン・サロ=ウィワと他の8人の処刑に共謀したことでシェルを訴えた10人の原告に代わって訴訟は起こされました。

(デモクラシーナウ!09 June 2009)

◇カナダと英国の医療生命保険会社が、タバコ、葉巻、かみタバコとその関連商品を製造する子会社の会社に少なくとも44億ドルの投資を保有するのを、ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン誌の新たな調査報告が明らかにします。

(デモクラシーナウ!12 June 2009)

◇ナイジェリアは、人口の多さと石油の輸出量ではアフリカで一番だが、政治、社会、企業統治の面ではかなり立ち遅れている。1956年6月の初め、シエル・BP社(当時)がナイジェリアで初めて、事業として成り立つ規模の油田を発見した。ナイジェリアの人々が、この発見を呪うのも無理はない。
 この油田は、ニジェール川デルタにある村の名前をとって、オロイビリと名づけられた。当時、地元の人々は歓喜にわき、石油会社の技術者たちとサッカーの親善試合を行ったほどだという。
 しかし、そんな状態は長くは続かなかった。1960年代後半、ビアフラ戦争が勃発し、ナイジェリアは100万人もの犠牲者を出す。この戦争の原因のひとつが、石油だった。その後の30年間、文官と軍人の政権がめまぐるしく入れ替わり、そのたびに事態は悪化の一途をたどっていくようだった。
 最悪だったのは、サニ・アバチャ率いる軍事政権だ。この独裁者は、1998年に亡くなるまでの5年間大金を横領し、欧米の銀行に預けていた。その額は、 20億ドルともいわれている。ナイジェリアの人々が政府に立ち向かっていったのも当然だ。しかしアバチャは、人権活動家ケン・サロ=ウィワを絞首刑に処して、国民を恐怖に陥れ、独立後のアフリカを象徴する、恐ろしい罪を犯したのだ。
 著名な作家で、企業家でもあったサロ=ウィワは、シエル社と石油産業を相手に闘いを繰り広げた。オゴニ人の彼が愛する、ニジェール川デルタにある故郷の地に環境破壊が及んだことが、彼を駆り立てた。
 ケン・サロ=ウィワの息子ケン=ウィワは、父との話をつづった著書の中で、1995年11月10日、ポート・ハーコート刑務所の絞首台に向かう直前、父が語った最後の言葉を引用している。
 「主は私をお召しになるが、戦いは終わらない」
 彼の言葉は正しかった。それから10年間、デルタではずっと小競り合いが続いている。この地域では、常に石油産業が民族の暴動や誘拐、生産妨害、重窃盗の標的になっている。ナイジェリアには今、ビアフラ戦争以来初めて、公然と国家に「反逆する人々」が存在するのだ。

(by ニック・コッチ ナショナルジオグラフィック)

最初の写真は「宵の空を照らす炎」
写真=エド・カシ
文=カレン・E・ラング
ニジェール川デルタにあるエテレボウ油田近くで、石油掘削で噴出した天然ガスが燃える炎の横を、歩いて家路につく女性。デルタでは、このような炎があちこちで燃えさかり、有毒物質や粒子状物質を大気中に放出している。長年にわたり、健康被害と地球温暖化の原因として国際的な懸念を呼んでいたが、ナイジェリア政府はここにきてようやく、天然ガス燃焼をやめるよう石油会社に要請した。現在、各社は天然ガスを燃やさずにパイプラインに集め、燃料として使い始めている。しかし、当初課せられていた燃焼を停止する期限には全く間にあわず、2008年が新たな期限に設定された。

次の写真は「石油が見せる夢」
写真=パスカル・メートル
文=カレン・E・ラング
チャド南部の町ベベジアにあるバーには、この国の新しいパイプライン建設に最も多くの資金を供出した会社(EXXON、エクソン社)と同じ名前がつけられている。「地元の人たちにとって、石油は目新しくて、まるで魔法。プレゼントを運んでくるサンタクロースみたいなものです。だから、バーにこの名前をつけたんです」。と、写真家のパスカル・メートルは言う。石油が運んでくる富を夢見るたくさんの若者たちが、職を求めて他の地域からベベジアにやって来た。そのため、この町の犯罪率は上昇。このバーのような商売が新たに開業したり、店を拡げたが、いまだにこの町は舗装道路や水道、電気が整備されていない。

(ナショナルジオグラフィック)
http://nng.nikkeibp.co.jp/nng/feature/0509/index4.shtml

◇ナイジェリアで14年前、国際石油資本「ロイヤルダッチシェル」が行っていた原油の採掘に反対し、当時の軍事政権のもとで死刑を執行された活動家の遺族らが、「シェル」に対し、「刑の執行に関与した」として賠償を求めていた裁判で、8日、「シェル」が遺族側に日本円で15億円余りを支払うことで和解が成立しました。

この裁判は、1995年、ナイジェリアで「シェルによる原油の採掘が環境を破壊している」と抗議活動を行っていた地元の人権活動家ら9人に対して当時の軍事政権が死刑を執行したことをめぐり、遺族側が活動家らの逮捕や死刑の執行に「シェル」がかかわったなどとして賠償を求めていたものです。遺族側は国外で起きた不法行為の責任を追及できる法律のあるアメリカの裁判所に訴えを起こしていましたが、8日、「シェル」が遺族側に1550万ドル、日本円で15億円余りを支払うことで和解が成立しました。「シェル」は死刑執行など不法行為に関与したとする原告の主張は一切認めませんでしたが、遺族らが精神的な苦痛を受けたことは事実だとして、和解に応じたとしています。国際石油資本の資源開発をめぐっては、環境破壊を引き起こしたり、抗議活動への妨害を受けているなどとして世界各地で地元住民らが訴えを起こしています。

(NHKニュース 2009年6月9日)

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