見つけた 犬としあわせ

こころがどきどきするもの、見つけたとき、 それを作品にしたり、思わずなにかの形にして、人に 伝えたくなります。 見つけたとき感じた、しあわせ感覚が、ひとしずくでも 誰かに伝わったら、ダブルでハッピーです。

December 18, 2013

南アとキューバ 知られざる歴史

南アフリカのアパルトヘイトの終焉にキューバが不可欠だったこと、知っていましたか! 
◇南アフリカのアパルトヘイトの終焉をいかにキューバが助けたか、公表されてない歴史 
 デモクラシーナウ!より

12月10日火曜日のオバマ大統領とキューバのラウル・カストロ国家評議会議長との歴史的な握手に世界の目が集中するとき、アパルトヘイトを終わらせることでキューバが果たした重要な役割と、カストロがネルソン・マンデラ追悼式で演説するために唯一招かれた世界の5人の指導者のひとりだった理由について私たちは振り返ります。マンデラは、キューバ人は"白人圧政者の無敵神話を破壊した… そして南アフリカの大衆に闘うきっかけをもたらした"と言います。 
歴史家のPiero Gleijesesは、南ア政府にナミビアを自由にするのを余儀なくさせて南アのアパルトヘイトの後ろ盾を乱すのを助けたのは、アンゴラ人民解放運動を支援したキューバが1988年アンゴラで勝利したことだったと主張します。

NERMEEN SHAIKH:バラク・オバマ大統領がキューバのラウル・カストロ議長と握手した火曜の歴史的瞬間に注意を向けます。どちらも南アの反アパルトヘイト指導者ネルソン・マンデラの追悼式に参加しました。握手は予定外だったとホワイトハウスは言いました。アメリカの大統領がキューバの指導者と握手したことでは、2000年以来はじめてと記録されます。ワシントンでは共和党議員らがこのやりとりについて非道と表現しました。

エイミー・グッドマン(番組司会者):オバマ大統領とラウル・カストロ議長の握手に関する騒動が南アの反アパルトヘイト運動とキューバとの緊密な関係に人の注意を引きました。1991年にネルソン・マンデラは当時フィデル・カストロが議長のキューバを訪れました。これは二人がはじめて会ったときのクリップです。

ネルソン・マンデラ:私たちがなにか言う前に、あなたがいつ南アフリカに来るのか、私に教えなければなりません。ほら、ダメです、ちょっと待って、ちょっと待って。

フィデル・カストロ議長:なるべく早く。

ネルソン・マンデラ:私たちの友人、キューバ、我らの民を鍛えることで私たちを助けてくれた、時の流れが私たちの苦闘に賛同する算段を私たちに与えてくれた、医師やSWAPO(ナミビアの独立をめざした黒人の解放組織)として我らの民を訓練してくれた、あなたは私たちの国に来ていません。いつ来るんですか?

フィデル・カストロ議長:私はまだ祖国南アを訪問していない。訪問したい、あなたと南アフリカの人々を愛するようにホームランドとして私は南アを愛している。

エイミー・グッドマン:さて、南アのアパルトヘイトを終わらせるための苦闘でのキューバの欠かせない役割についてさらに詳細を知るためにジョーンズホプキンス大学先進国際研究学校アメリカ外交政策教授のPiero Gleijeses に加わっていただきます。
Piero Gleijeses教授、ようこそデモクラシーナウ!に

この欠かせない関係について、なぜキューバが反アパルトヘイト運動にとってそれほど根本だったのか、話してください。

Piero Gleijeses:キューバは、アパルトヘイトの軍隊に立ち向かわせてアパルトヘイトの軍隊、南アフリカ軍をくじくために、1975年、1976年、そして1988年と二度にわたり自国兵士を送った世界で唯一の国です。そして1991年6月、訪問先のハバナでネルソン・マンデラは、1988年のアンゴラでの南アに対するキューバの勝利について言及しています。アンゴラでのキューバ人の勝利、Cuito Cuanavaleが、私たちの大陸とわが国民のアパルトヘイトの災いからの解放のターニングポイントであると言いました。

エイミー・グッドマン:ごくわずかしか知られていない国のために、キューバの経験、アンゴラでの軍事介入について説明してもらえますか?

PIERO GLEIJESES:はい。アンゴラの植民地脱却があります、ポルトガルの植民地は1975年11月に独立国になるはずでした。キューバが支援する運動組織(キューバ人はポルトガル人との闘いにおいて何年にもおよび支援しました)と南アフリカとアメリカが支援する他の2つの運動組織とのあいだに内戦があります。そしてキューバが支援する運動組織、自由な選挙で勝利して今日アンゴラで政権を握るMPLAは、内戦に勝利する寸前でした。当時アンゴラのCIA局長が私に話したことをわかりやすく言い換えると、最高の指導者と最高の計画を有する最も明確な政治意識を持った運動組織だったので、内戦に勝つ寸前でした。そしてMPLAの勝利を妨げるために1975年10月、ワシントンに駆り立てられて南アフリカが侵略しました。そして南ア軍はルアンダに向かって進軍しました、もしもフィデル・カストロが介入を決めなかったなら、彼らはルアンダを占領してMPLAを壊滅させていたことでしょう。1975年11月から76年4月の間に3万6000人のキューバ兵がアンゴラに殺到して当時南アフリカが支配したナミビアに彼らを押し戻したのです。
そして、これには南アについて話す南アの白人と黒人の双方に計り知れない精神的インパクトがありました。そして主要な南アの黒人の新聞 The Worldが、まだ南アの軍隊がアンゴラにいた1976年2月の社説にキューバ人が彼らを後退させている、南ア軍が中心のアンゴラを撤退したと書きました。彼らはアンゴラ南部にいました。書かれた記事は壁に貼られました。そしてこの新聞 The Worldは、「ブラックアフリカはアンゴラでのキューバの勝利によって生じる波に乗っている。ブラックアフリカは完全な解放を成し遂げる可能性という酔わせるワインを味わっている」と書きました。そしてアンゴラにキューバの軍隊が到着したのを知った1975年に彼は刑務所にいたとマンデラは書きました、そして何かを取り上げるのためではなくてアフリカ人がその自由を成し遂げるのを助けるために国が他の大陸からやってきたのはそのときが初めてだと書きました。
これは南アの解放へのキューバの最初の本当の貢献でした。白人の巨人、アパルトヘイト軍隊が撤退を余儀なくされたのは今でも人の記憶に残るはじめてのことでした。そして白人ではない軍のために彼らは撤退したのです。国内の植民地主義という情況においてこれはきわめて重要です。そしてそのあとキューバ人らは南ア軍からアンゴラを守るためにアンゴラに残りました。キューバ人たちがアンゴラの独立の引受人だったのをCIAでさえ認めました。そしてアンゴラで彼らはマンデラのANC(アフリカ民族会議)を訓練しました。両者のあいだに非常に緊密な関係が創り出されました。このまま続けますか、それともなにか質問で中断したいですか。
(ゲバラの役割について中略)
(ヘンリー・キッシンジャー元国務長官のクリップ中略、NewsFanzineの記事にあります)
PIERO GLEIJESES:オーケー、2つのポイント。ひとつは、南アの侵略に答えてキューバ人らが介入したことや、アメリカが南アと共謀して南アに侵略するようせきたてたことにキッシンジャーは言及しなかった。つまりここではむしろ重要な年代順配列の問題があります。
二つ目のポイントは、日常的に非常に尊大な人物のキッシンジャーが間違いをしたと認めます。彼の間違いはキューバ人がソ連の代理として介入したと言っていることです。そして実はそれはキューバの決定でキューバ人が介入してソ連の眼前に既成事実を突きつけたと、彼は回想録に書きます。そうして回想録のなかで彼は質問をします、なぜカストロはこの決定をしたのか?と。そして、フィデル・カストロはたぶん「当時、権限のある最も誠実な革命の指導者だった」というのがキッシンジャーの答えです。実際に真実であることを少しは言っている回想録のキッシンジャーと二人のキッシンジャーがいます。
エイミー・グッドマン:フロリダ選出の下院議員がジョン・ケリーを攻撃しているのは耳に入ってますね。ソウェトスタジアムでのオバマ大統領とラウル・カストロ議長の握手の重要性。
PIERO GLEIJESES:それはどうしようもない、アメリカの倫理とアメリカの政策を反映すると思います。オバマ大統領は南アで話をするときなど喝采して迎えられます、彼がアメリカの初の黒人大統領だからです。しかし南アの解放に苦闘する、国として政府としてのアメリカの役割、過去の政府は恥ずべき役割です。日常的に私たちはアパルトヘイト政府の側にいました。そしてキューバの役割は解放に賛成するみごとな役割です。この特定の問題より先に出る握手はとっくに行われてよいものです。通商停止は不合理で不道徳です。そして私たちの大統領はサウジアラビアの王にお辞儀する大統領です、サウジがまったく民主主義でないのは確かです。私が言っているのは、オバマはまったくこれをわかるべきだということです。ですから不合理な状況です。オバマに関する問題は彼のスピーチはよいということ、彼のジェスチャーはよいがフォローアップがまったくありません。なので残念ながら握手はただのジェスチャーです、恥ずべきアメリカの政策を変えない待望のジェスチャーです。
NERMEEN SHAIKH:1分だけあります。この歴史について、キューバのアーカイブにおけるリサーチであなたを最も驚かせたことは何だったか話していただけますか?
PIERO GLEIJESES:さて、多くのことがあります。ひとつはソ連に相対しているキューバの独立政策です。フィデル・カストロとゴルバチョフのあいだに衝突があります。アンゴラでのキューバの軍事的任務の指導者とソ連の指導者とのあいだに衝突があります。私の本の中で実際に引き合いに出していることで、読んで本当にひどく魅了されます。
ですがもうひとつのこと、私にとても感銘を与えたのはキューバ人がアンゴラ政府を遇する尊敬です。これは非常に重要です、なぜならアンゴラ政府の生き残りは本当にキューバ次第だったからです。絶え間ない脅威だった南アの侵略に対抗するシールドとしてキューバの軍隊が存在し、またキューバは非常に大規模で寛大な技術的協力をアンゴラに提供していました。そして特異な才は、このように依存する政府をある種の優越でもてなそうとしました。これは私が国際関係で決して発見したことがない驚くべきものです。特にアメリカを研究する誰かさんやアメリカに住んでいる誰かさんに一撃を食らわせます、なぜなら、まじめな話ですがアメリカ政府はワシントンに依存する政府をほとんど尊敬をもって扱いませんから。
エイミー・グッドマン:ジョーンズホプキンス大学、SAIS(先進国際研究学校)のアメリカ外交政策の教授。私たちはあなたの本のプロローグを番組のウェブサイトに掲示します。『Visions of Freedom: Havana, Washington, Pretoria, and the Struggle for Southern Africa, 1976-1991』という本がノースカロライナ大学プレスから出版されたばかりです。
http://www.democracynow.org/2013/12/11/the_secret_history_of_how_cuba

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