正しい歴史に至る道
◇世界の日本研究者ら187名による「日本の歴史家を支持する声明」の背景と狙い(※1)と(※2)については、後日、投稿する予定です。
SYNODOS by 小山エミ 2015年05月11日
米国をはじめとする海外の日本研究者ら187名が、連名で「日本の歴史家を支持する声明」を発表した。
内容よりもまず注目すべきは、『ジャパン・アズ・ナンバーワン』のエズラ・ヴォーゲル氏、『敗北を抱きしめて』のジョン・ダワー氏、『歴史としての戦後日本』のアンドリュー・ゴードン氏、『歴史で考える』のキャロル・グラック氏、『国民の天皇』のケネス・ルオフ氏、『天皇の逝く国で』のノーマ・フィールド氏ら、学問的にトップクラスであるばかりか米国のアジア政策にまで影響を与えるような名を知られた大物が、ほぼ全員名を連ねていること。 …権威主義的だと言われるかも知れないが、これだけ有名人が揃うと壮観。そして、この声明が発表されたことが、尋常ならぬ事態だということが分かる。
声明は、安倍首相が日本の総理としては史上初となる米国議会の両議院総会での演説を行った一週間後に発表された。その中で表明されているのは、首相がこれまで日本軍「慰安婦」問題の解決を求める声を無視してきたばかりか、その史実を覆そうとする歴史修正主義的な動きを明白に後押しするような一連の行動への失望だ。
なかでも、日本政府が米国の世界史教科書の出版社や著者に「慰安婦」問題についての記述を書き換えるよう迫った件は、政治的立場を超えて米国の学界から反発を受けている。2月には20人の歴史学者が日本政府による歴史学への介入を非難する共同声明(※1)を発表したが、その後も政府が海外の報道機関に歴史修正主義に親和的な特定の識者を起用するよう要請している(※2)ことが発覚するなど、事態は改善されていない。
安倍首相の米国議会演説では、「慰安婦」問題を取り上げ被害者への謝罪と歴史修正主義との決別を表明すべきだという一部の議員や識者などの声もむなしく、期待された発言はなかった。それを受けて、欧米で活動する多数の日本研究者が発表したのが、今回の声明だ。直接安倍首相を非難する言葉が入っていないから日本批判・安倍批判ではないと言う人もいるかもしれないが、文脈やタイミングから、明らかに安倍首相と日本政府の姿勢を批判するものだ。
そもそも、なぜ「日本の歴史家を支持する声明」というタイトルが付けられているのか考えてみれば、署名した研究者たちが日本における歴史研究が政治的な攻撃に晒されていることを危惧し、日本政府や歴史修正主義者たちによるまっとうな歴史学への攻撃に対抗しようとしていることが分かるはずだ。
もちろん、政治による歴史の改竄や利用は日本だけに限った話ではない。また、負の歴史に向き合うことが困難なのはどの国も同じだ。だからこそ声明では、日本だけでなく韓国や中国でも「慰安婦」問題がナショナリズムの資源として利用されていることや、米国が第二次世界大戦中の日系人収容政策や奴隷制度に向き合うために長い時間を必要とし、いまだ解決されていない問題も残されていることにも触れられている。にもかかわらずこれだけ多くの研究者たちが、とくに日本の「慰安婦」問題をめぐる歴史修正主義を問題視する声明を発表したのは、今の日本における歴史修正主義の跋扈や歴史的事実を主張する者の社会的排除が、他国の状況と比べても度を越して危機的状況にあると見られているからだ。
わたしは、3月にシカゴで開かれたアジア研究学会において、この声明のもととなる議論が行われた会合に参加した。その中心メンバーは、2月の声明にも参加した歴史学者たちだ。かれらは、自分たちが学会の会報に出した声明が大きな国際ニュースとなったことに驚きつつも、それ以降も日本政府によるメディアへの(特定の識者を起用するように、などの)干渉が続いているなど、歴史修正主義を事実上政府が後押ししていることを踏まえ、歴史学以外の日本研究者にも呼びかけ、より大きな声明を発表することを決めた。そうした声明を発表する一番の目的は、歴史修正主義的な政府と世論の圧力に晒され、自由な研究や報道を脅かされている日本の歴史学者やジャーナリストらを支援することだ。
(中略)
今回の声明について、ほとんどのメディアは「安倍晋三、『慰安婦』問題での日本の立場を叱責される」(英フィナンシャル・タイムズ)、「歴史学者ら、日本に戦争の歴史を直視するよう要求」(米ウォール・ストリート・ジャーナル)「187人の研究者が安倍に日本の戦時中の歴史に向き合うよう要求」(ジャパン・タイムズ)のように、研究者らによる安倍政権への批判として報道した。
(中略)
声明が発表されて以降、日本の一部の人からは、外国の学者たちは「慰安婦」問題について無知だからこんな声明を出すのだろう、という声が聞かれる。もちろん、それぞれ専門は違うのだから、すべての署名者がみな十分な知識を持っているとは限らないだろう。しかし、日本の右派が自説の根拠としてよく持ち出すような歴史資料、たとえば1944年に作成された米軍による朝鮮人慰安婦と日本人経営者の尋問報告書や、1943年に朝鮮の新聞に掲載された慰安婦募集の広告などは、少なくとも声明の中心となった人たちには知られている。
3月のアジア研究学会で行われた会合でのことだ。「慰安婦」問題の現在の 状況について話をしていて分かったのは、どうやら日本の保守系団体がアジア研究学会の日本研究者の(やや古い)名簿を入手したらしく、定期的に会員全員に 「慰安婦」やその他の歴史問題についての英文メールが届いている、ということだ。そのメールでは、右派がよく持ち出すさまざまな歴史資料が添付され、それぞれに解説がつけられている。
しかしかれらが興味を持ってその資料を読んだところ、送り手の解説はことごとく一部だけを引用して都合よく解釈したものであり、全体を読めば日本軍の犯罪がよりいっそう根拠づけられる内容だった。一部のとくに好奇心旺盛な研究者らが、研究対象が向こうからやってきてくれることを歓迎する一方、それ以外の多くの研究者はただ単純に迷惑していたが、いずれにせよ笑い話のネタにはなっているようだった。
今回声明に参加した研究者たちは、反日でもなければ無知でもない。その多くは、日本に住んでいる誰にも負けないほど生涯を通して日本を見つめつづけ、その行く末を心から心配する人たちであり、海外における日本の最大の理解者たちだ。そういった人たちが、安倍首相の訪米 ・米議会演説の1週間後、そして戦後70年の節目を前にしたこのタイミングでこういう声明を発表した意味は、明らかだろう。
もとはと言えば、日本政府が米国の教科書の内容に口を出してきたことへの反発がきっかけだったが、いまではそれが突発的な出来事ではなく、日本における歴史研究や報道への圧迫の延長であったことが知られてしまっている。世界の知日派たちによる声明に、安倍首相やその周辺がどのように応えるのか、今度こそ日本軍「慰安婦」制度の被害を受けた人たちとの和解に向け一歩踏み出せるのか、戦後70年を記念して8月に発表されると思われる首相談話に注目が集まっている。
△小山エミ:米国シアトル在住。ドメスティックバイオレンス(DV)シェルター勤務、女性学講師などを経て、非営利団体インターセックス・イニシアティヴ代表。「脱植民地化を目指す日米フェミニストネットワーク(FeND)」共同呼びかけ人。
(2015年5月9日「SYNODOS」より転載)
http://synodos.jp/international/13990
△OPEN LETTER IN SUPPORT OF HISTORIANS IN JAPAN
末尾に署名した日本研究の学者は、正確な、まさしくアジアにおける第2次世界大戦の史実を探し求める日本の多くの勇気ある歴史家との団結を表します。私たちの多くにとって日本は研究領域であるのはもちろん、第二の故国ですから、日本と東アジアの歴史が学ばれて記念とされるある方向へのはかどりを共に心配して私たちは書いています。この重要な記念の年に、私たちはまた、日本と近隣諸国との間の70年の平和を記念するために書きます。そのうえ、科学への貢献や他国への寛大な援助と共に、民主主義、軍事上の文民統制、警察抑止力、政治上の寛容からなる日本の戦後史はあらゆる点で記念すべきことです。
しかし、これらの功績を記念するにつき、歴史解釈の問題が障害を提起します。 最も不和を生じる歴史問題のひとつは、いわゆる「慰安婦」制度です。韓国や中国はもちろん、日本のナショナリスト(右翼)の侮辱的罵倒によってこの問題がひどくゆがめられるようになったため、ジャーナリストや政治家に加えて多くの学者が人間らしい境遇の重要性をわかり、それを改善する抱負を持つのが当然の歴史調査の根本的目的を見失っています。被害者の国のナショナリストの端くれの元「慰安婦」の苦しみのニュース性の利用が、国際的な解決をより困難にさせて女性自身の尊厳をいっそう侮辱します。しかしそれでも、彼女たちに起こったことを否定することや卑小化することは同時に容認できません。二十世紀の多くの戦時の性暴力や軍用売春の例の中で、「慰安婦」制度は、軍部の支配の下にその大規模かつ組織的な管理によって、また日本によって植民地化されるかまたは占領される領域における若くて、貧しい、無防備な女性の活用によって区別されます。
「正しい歴史」に至る道は楽ではありません。大日本帝国軍の保管文書の多くが破壊されました。軍部に女性を提供した地元売春斡旋業者の行状は、いかなる時にでも記録されなかったと言っても差し支えありません。しかし、歴史家は、女性の移送や売春宿の監督での軍部の関与を立証する多数の文書を発掘してきました。重要な証拠は犠牲者の証言からも出てきます。彼女たちの話がさまざまで記憶の不一致に影響を及ぼされるとはいえ、彼女たちが提供する一つに集められた記録は人を動かさずにはおきません、しかも兵士やその他の記述に加えて当局の文書によって裏づけされています。「慰安婦」の正確な数について歴史家は意見が異なります、おそらく決してはっきりとはわからないでしょう。犠牲者の信頼できる見積もりを不動のものとすることは重要です。しかし、結局、その数が数万人と判断されようと数十万人と判断されようといずれにせよ、大日本帝国とその交戦地帯くまなく遂行された搾取の事実を改めません。
歴史家のなかにはまた、日本の軍部がどのように直接関与したのか、そして女性たちが強制されて「慰安婦」になったのかどうか、疑いをさしはさみます。けれども、かなりの数の女性が意志に反して拘束され、身の毛もよだつような残忍な行為を受けたのを証拠が明らかにします。お役所的形式主義を用いる論拠は、犠牲者の証言に異議を申し立てるために残忍な仕打ちの根本的問題を見逃すのみならず、また彼女たちを食い物にした非人道的な制度のより広い文脈を無視して、特定の言い方またはその場限りの文書に集中させます。
日本の同僚と同じく、過去のすべての痕跡の慎重な考察と前後関係上の評価だけが公正な歴史を示すことができると私たちは考えます。このような務めは民族や性差の偏見に屈するわけにはいきません、また政府の操作や検閲、民間の脅迫を免れねばなりません。歴史上の審問(調査)の自由を私たちは擁護します。そしてすべての政府に同じことを行うように要請します。
まだ多くの国が過去の不正を認めることに苦心しています。アメリカ政府が第2次世界大戦中の抑留を日系人に賠償するのに40年以上かかりました。アフリカ系アメリカ人にとって平等の裏付けは奴隷制度廃止後一世紀までアメリカの法律で実現化されませんでした、そして人種差別の現実はアメリカ社会に染みついたままです。アメリカ、ヨーロッパ諸国、そして日本を含め、19世紀と20世紀の帝国の支配力は、いやというほど人種差別や植民地主義や戦争の歴史、あるいは世界中の無数の一般市民に負わせた苦しみに対して、少しも精算していないと公言できます。
最も攻撃されやすい人たちを含め、日本は今日、すべての人の生命と権利を尊重します。日本政府は今、海外か国内かいずれでも、軍の「慰安所」のような制度での女性の搾取を大目に見ません。当時でさえ、幾人かの当局者は道徳的理由で抗議しました。だが、戦時体制は国家に仕える個人の絶対的な犠牲を強要し、他のアジア人に加えて日本の国民に対しても大きな苦しみをもたらしました。二度と再び、だれもこのような境遇をこうむってはなりません。
今年は、言葉と行動の両方で日本の植民地支配と戦時の侵略の歴史に取り組むことによって、リーダーシップを発揮する機会を日本の政府に提供します。4月アメリカ議会での演説で、安倍首相は、人権の普遍的価値について、人の安全確保の重要性について、そして日本が他国にもたらした苦しみを直視することを話しかけました。私たちはこれらの所感を称賛し、そのすべてについて大胆に行動するよう首相を激励します。
過去の過ちを事実と認めるプロセスは、民主主義社会を強化し、国家間の協力を促進します。女性の平等の権利と尊厳が「慰安婦」問題の中心にあるうえは、その解決が日本や東アジア、そして世界の男女の平等に向けた歴史的な一歩になります。
私たちの教室では、日本、韓国、中国、その他の国からの学生が共通の尊重と誠実でもってこの難しい問題を議論します。彼らの世代は、私たちが後世に伝えた過去の記録(説明)といっしょに暮らします。性暴力や人身売買のない世界を築く手助けをするために、そしてアジアの平和と友好を促進するために、私たちはできる限り最大限の、そして先入観のない、過去の過ちの清算をする必要があります。
http://synodos.jp/wp/wp-content/uploads/2015/05/japan-scholars-statement-2015.5.4-eng_0.pdf
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