見つけた 犬としあわせ

こころがどきどきするもの、見つけたとき、 それを作品にしたり、思わずなにかの形にして、人に 伝えたくなります。 見つけたとき感じた、しあわせ感覚が、ひとしずくでも 誰かに伝わったら、ダブルでハッピーです。

May 02, 2015

窒息死する日本のメディア

◇古賀氏「自民圧力に屈した」

「報道ステーション」で元経済産業省官僚の古賀茂明氏が「官邸からバッシングを受けてきた」などと発言したことについて、テレビ朝日は28日、報道局の担当部長ら3人を戒告処分とし、早河洋会長ら3人が役員報酬を自主返上する、と発表した。

古賀氏は3月27日の放送で、テレ朝の早河会長らの意向で「今日が最後(の出演)」と発言。安倍政権に批判的だとして官邸からバッシングがあったと述べて、古舘伊知郎キャスターと口論になった。

会見した吉田慎一社長は「番組進行上、不適切な事態に至ったことを深く反省している。混乱を防げなかった責任は当社にある」と謝罪。これに対し古賀氏は、本紙の取材に「今回の処分は、自民党に対する単なるアリバイ作り」と述べ、「放送法に言及されて、テレ朝は自民党の圧力に屈した。言論機関として恥ずべきことだ」と話した。

立教大の砂川浩慶准教授(メディア論)は「放送現場が萎縮する恐れがある。古賀さんのように自由に発言するコメンテーターを採用せず、当たりさわりのないコメントをする人を使うようになれば、多様な論点が失われる。生放送は避けて不適切な発言は編集でカットするということにもつながりかねない」と指摘。「せめてコメンテーターの発言の自由は担保すると明言するなど、プラスの姿勢を示すべきだ」と語った。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2015042902000134.html

◇ニュースメディアを窒息死させる日本の努力行動が徐々に進んでいる
NY Times 26 APRIL 2015

それは慎重に運営される日本のメディア界をぎょっとさせた予想外の抗議の行為だった。TVのレギュラー解説者で政権の猛々しい批評家の古賀茂明は、今日が彼の出演する最後の日と知らせるにつき、局の幹部らが彼の解任を求める政治圧力に屈したためとみなして、ニュース番組(テレビ朝日の”報道ステーション”)の生放送中にいきなり原稿による会話からそれた。

「私は首相官邸による激しいバッシングを経験してきた」と先月、古賀氏は明らかに面食らった番組司会者に話した。そして安倍晋三首相について彼が述べた批判的意見表明のために解説者として解任されたと言った。番組のもっとあとで、1月にフランスの諷刺新聞で殺害されたジャーナリストへの連帯のスローガンを利用して、古賀氏は「私は安倍ではありません」と書いてある掲示を掲げた。

このほとばしりは世間の抗議のあらしを引き起こした、そして見たところでは数百万の視聴者の前でテレビ解説者としてのキャリアを捨てる、気むずかしいような顔をした元官僚トップ、古賀氏の見もののためばかりではない。また大胆な反抗的態度という彼の怒りのショーは、ますます力ずくでニュースメディアに批判的な報道を弱めさせる右傾化した政府に国民の関心を集中させもした。

安倍政権は、彼の前任者が試みたいかなるものをもしのぐ、そして多くのジャーナリストに失望感を起こさせた批判を黙らせる戦術を用いて、政権とニュースメディアの間の力のバランスにおいて、根本的なシフトを巧みに実行しようとしていると、多くのジャーナリストや政治の専門家は言う。これには批判的なジャーナリストや古賀氏のような解説者の上司に対するより好戦的な苦情や、あくまでも政権のあらを見つけることに固執する地方放送局(発表の場)に対してのもっと露骨な報復が含まれる。同時に安倍氏は、非公式の寿司ランチで一流メディアの幹部や著名なジャーナリストを首尾よく味方に引き入れようとしていた。

一週間の訪問で日曜日アメリカに到着した首相は、NHKは政府の見解から離れすぎてはならないと言い放った会長を国の公共放送に新任してもいた。TVのニュース報道が意図的に事実を曲げないことを義務づける法律の下で安倍政権のお仲間は過度に批判的な局の放送免許の取り消しを公然と匂わした。

国の戦後の平和合意を取り外し、第2次世界大戦時期の日本のふるまいについてもっとポジティブな記述を発表するために、彼が保守的なアジェンダを推進しているとき、同時に安倍氏の奮闘には報道に対して熱意を冷ます効果があった。報道機関の言論の自由を妨げることは、たとえば平和憲法を改正すること、または国の失速する原子力産業を再び飛びだたせることでも、幅広い庶民の支持を享受しない可能性のある重要な変更を政府にやりやすくさせると専門家は警告している。

「安倍政権はパラノイアの際にあるメディアを用いて強迫観念を与えている」と、ニューズウィーク日本版元編集長で現在一目置かれるフリー・ジャーナリストの竹田圭吾は言っている。「特定の新聞やTV番組を細かい点に至るまで管理するためにここまで強度の努力行動を僕は一度も見たことがない。」

言論の自由を奪おうと奮闘していることを政府当局者が否定する間、多くのジャーナリストや解説者、メディア専門家らは、政府の作戦行動がすでに安倍政権に関する報道を抑えてきていると言う。解説者として古賀氏を使っていたニュース番組、報道ステーションのような、かつて精力的だった発表の場が、今では当局の激しい憤りを買うのを避けるために自分の報道を検閲するかまたは批判的意見を取り除いていると彼らは言っている。

特に、これらの戦術の幾つかがアメリカのような他の民主主義国家では慣例とみなされて以来、かなりの批判が論争なしにごろりと寝返る代わりに発表の場に至る。多くの主要な報道機関は自己検閲で責められていた、そして権力のお目付役(番犬)として役に立つとの日本の報道機関の中のいくじのない伝統と、ここで専門家が言うものに再び目を向けさせる。

与党は「おい、お前が言ったことは気に入らない、だから体育館の裏でオレと対戦だ」と言ういじめっ子のようにふるまっていると、野党議員の枝野幸男は言った。「そしておとなしく従う側もまた、報道機関として自尊心を欠いている。」

これは、確かな野党がないから数年間政権を握ったままにさせられたらしい首相となんとかやっていかざるをえないと言う多くの日本のジャーナリストによって認められる問題点だ。その他のジャーナリストは朝日新聞の悲運を経験したくないと言う。リベラルな朝日新聞は昨年秋に激しい批判を受け、2011年福島原発事故のような要注意の問題のきわどい調査報道を削減することによって、降伏し、抵抗をやめているように見えた。

学者は、1937年南京大虐殺やいわゆる戦時の軍売春宿の慰安婦の慣習のような話題に対し、安倍政権がもっと政府当局の話に忠実に従うことを教科書出版者に迫っている学校教育を含め、ニュースメディアを超えてより広範の社会に広がる畏れのムードを説明する。

「朝日新聞や他のメディアに対するこれらの前例のない攻撃は、社会全体がなにか同じでないことを言うのを恐れるようになっている、偏狭な順応を引き起こしている」と、早稲田大学メディア学科教授の花田達郎は言っている。「安倍は精通して彼自身の政治目的のためにこれを利用している。」

古賀氏の非難は、以前は強力なニュース番組がいかにその報道をトーンダウンしたように見えるかについて、希少な一瞥を提供する。

決して与党自由民主党のお気に入りではないとはいえ、二人の日本人捕虜の死に帰したシリアでの人質の重大局面の安倍の扱いを古賀氏が批判した1月下旬の番組後、報道ステーションは圧力が増すのを感じた。報道ステーションを放送する局、テレビ朝日の従業員(まだそこで働いているので誰であるか明らかにしないよう求めた)と古賀氏は、番組の前と比較して、局の政治記者たちが首相官邸の政治秘書官から怒りの電話やメールを受け取っていたと言った。

異なる制作スタッフがいる報道ステーションに局の記者を背かせることでその戦術は成功したようだったと彼らは述べた。報道ステーションのプロデューサが抵抗したあるもの、番組が”偏りがない”のを確実にするために、番組は彼らにあらかじめその脚本を示すことを記者と番組編集者らが要求した。2月、安倍政権のトップ官僚、菅義偉官房長官が「テレビの解説者」による人質事件についての「完全に間違ったコメント」に関して痛烈に話すのにジャーナリストとのオフレコのブリーフィングを用いたとき、政府は再び番組に対する圧力を強化した。

2月24日のブリーフィングの筆記録によると、局はコメントを放送することで法律を破ったかもしれないと菅氏は警告した。「もしそれが私だったら、放送法に違反したと彼らに教えたい」と、筆記録によると菅氏は笑いながら述べた。
その筆記録がテレビ朝日の会長、早河 洋(ひろし)に進んだと古賀氏と他の人は言っている。「私を厄介払いしろとこれがテレビ朝日に警告した」と古賀氏は述べた。「このメモがあらゆる主要のニュース販路によって見られることになるのを、そして早河会長に示されるのを菅は知っていた。」

これがまさしく起こったことその通りだと古賀氏は言った。報道ステーションの解説者として少なくとも月に一度登場する3年半後の2月、もはや番組には戻らないことが彼にはわかった。ほぼ同時に、別の批判的な解説者で政治圧力に屈するのを拒んでいたプロデューサもまた番組から取り除かれた。

この動きが、解説者として最後の出演となる3月27日の彼の激発につながったと古賀氏は述べた。

局はインタビューの要請を拒んだ。局の早河会長は記者会見で、解説者のラインナップを変更することをお決まりの決定と呼んだことで政治圧力が役割を果たしたことを否定した。菅氏は政治圧力という古賀氏の非難は「根拠がなかった」と記者らに告げた。

それでも、与党は圧力をかけ続け、なぜ古賀氏がテレビの生番組で非難するのを許されたのか説明するために2週間前にテレビ朝日の幹部を議会に召喚する。自民党は、これらの非難それ自体が放送法に違反している可能性があるとの警句によって、議会召喚を説明した。

「人によると彼の手段を好まないが、古賀氏は安倍政権のメディアへの圧力に世間の注意を引いた」と独立したオンラインニュース番組を運営するメディア評論家でニューヨークタイムズ紙のかつての研究員、上杉 隆は述べた。「これは、政府と自己検閲(自粛)するジャーナリストの両方にとって不都合な真実でした。」

http://www.nytimes.com/2015/04/27/world/asia/in-japan-bid-to-stifle-media-is-working.html?smid=tw-share&_r=0

△画像はマイルス・デイヴィスのペインティング
http://www.openculture.com/2014/10/the-paintings-of-miles-davis.html

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