見つけた 犬としあわせ

こころがどきどきするもの、見つけたとき、 それを作品にしたり、思わずなにかの形にして、人に 伝えたくなります。 見つけたとき感じた、しあわせ感覚が、ひとしずくでも 誰かに伝わったら、ダブルでハッピーです。

6月 27, 2018

ジュリアン・アサンジを帰国させよう

◇ジュリアン・アサンジを故国へ連れてくること
ICH June 17, 2018 by John Pilger
これはロンドンにあるエクアドル大使館でのジュリアン・アサンジの監禁が6年であると示すため、シドニー(オーストラリア)の集会でジョン・ピルジャーが演説した短縮版である。


ジュリアン・アサンジ迫害は終わりとならねばならない。さもないとそれは悲劇になる。
オーストラリア政府とマルコム・ターンバル首相にはどちらになるか決める歴史に残る機会がある。

過去のことは許さないとして黙殺のままであることはできる。いや、彼らは正義と人間性の促進のために行動することができ、この驚くべきオーストラリア国民を故国に連れてくることができる。

アサンジは特別な待遇を求めない。オーストラリア国民を海外で著しい不正から保護する、ジュリアンの場合は司法の著しい誤りと彼を待ち受ける極端な危険から保護する、全くの外交上の道義をわきまえた責務が政府にはある。彼は保護のないロンドンのエクアドル大使館を出て当然である。

アメリカの国際間における逃亡犯罪人引渡し令状が成功するとすればチェルシー・マニング事件から彼にはなにが来るものと思えるかわたしたちはわかる。国連特別報告者(United Nations Special Rapporteur)はそれを拷問と呼ぶ。

わたしはジュリアン・アサンジをよく知っている;わたしは彼を親友と認め並外れた回復力と勇気の人物と明確に理解する。ウソと中傷の津波が果てしなく、悪意に満ちて、不実に、彼をのみ込むのをわたしは見守った。そして彼らがなぜ彼を中傷するかわたしにはわかる。

2008年にウィキリークスとアサンジを共に破壊する計画が2008年3月8日付の最高機密文書で詳しく説明された。作者はアメリカ防衛省のサイバー対敵諜報活動アセスメント部門だった。彼らはウィキリークスの“脅威の源泉”である“信頼という感じ”を破壊することがいかに重要かを詳細にことばで述べた。

“悪事の発覚と刑事告発”の脅威と評判に対する容赦ない攻撃でこれは達成されると彼らは書いた。ねらいはウィキリークスとその編集者、発表者を黙らせて犯罪者扱いにすることだった。それはまるでひとりの人間との戦争、そしてまさに言論の自由の原則との戦争をもくろんでいるかのようだった。

彼らの主となる武器は個人の中傷だろう。彼らの突撃専用部隊は地道に記録してわたしたちに真実を伝えることになっているメディアに積極的に参加する。

皮肉なことに、だれひとりこれらのジャーナリストになにをなすべきかについて教えなかった。戦時のフランスのドイツ占領に仕えて可能にしたヴィシー政権にかんがみて、わたしは彼らをヴィシー・ジャーナリストと呼ぶ。


昨年10月、オーストラリア放送協会のジャーナリスト、サラ・ファーガソンが、“あなたの世代の象徴となるもの”とへつらったものに関してヒラリー・クリントンにインタビューした。

これはイランを“完全に消し去る”と脅したのと同じクリントンだった、そして2011年にアメリカ国務長官として近代国家ながらも4万人を死なせるリビア侵攻と破壊を煽動する者たちのひとりだったクリントンだ。イラク侵攻のようにそれはウソに基づかれたものだった。

リビアの大統領カダフィ大佐が公然と陰惨にナイフで殺害されたとき、クリントンは大声を上げて喝采するのを撮影された。十分に彼女のおかげでリビアはISISと他のジハード戦士を育てる好適な場所となった。十分に彼女のおかげで何万もの難民が危険にさらされて地中海を渡って逃げた、そして多くが溺死した。

ウィキリークスによって発表されるリークされたEメールは、夫と共有するヒラリー・クリントンの財団がISISや中東全域のテロリズムの主たる後援者であるサウジアラビアとカタールから数百万ドルを受け取ったことを明らかにした。

国務長官としてクリントンは、彼女の財団の主要な後援者のひとつ、サウジアラビアに800億ドルに値する過去最大の武器販売を承認した。現在、サウジアラビアはイエメンに対する大量虐殺的な攻撃で飢えに苦しめられ傷ついた人々を壊滅させるためにこれらの武器を使っている。

高給のリポーター、サラ・ファーガソンは彼女の前に座るヒラリー・クリントンに対してこれに関する談話を持ち出さなかった。

それよりも、ジュリアン・アサンジが、“個人にあてつけてあなたに与えた損害”をことばで述べるようにクリントンを促した。クリントンはこれに応じてオーストラリア国民のアサンジを、“全く確かにロシア諜報機関の手先”で“独裁者の命令に従う無政府主義的な日和見主義者”と中傷した。

彼女のゆゆしき申し立てを裏書きする証拠を彼女はなにも提供しなかった、そしてまたどんな証拠も尋ねられなかった。

アサンジはこの衝撃的なインタビューに応戦する権利を決して提供されなかった。オーストラリア政府によって資金供給される国営放送局には彼に応戦する機会を与える義務があった。

まるでそれでは十分でなかったかのようにファーガソンのエグゼクティブ・プロデューサー、サリー・ネイガーは、「アサンジはプーチンのメス犬。わたしたちはみんなそれを知っている!」と悪意のあるリツイートでインタビューに追随した。

他の多くのヴィシー・ジャーナリズムの例がある。評判では一度は偏見のないすばらしい新聞だったガーディアン紙がジュリアン・アサンジに対して復讐を行った。足蹴りにされた恋人のようにガーディアン紙はかつて彼のなすべき仕事を公表しそれで利益を得た男につまらない冷酷で卑怯な人身攻撃を向けた。

ガーディアン紙の元編集者アラン・ラスブリッジャーは彼の新聞が2010年に公表したウィキリークスの暴露を「この30年で最大の新聞雑誌記者流のスクープのひとつ」と呼んだ。まるでジュリアン・アサンジが存在しないかのように賞が気前よく与えられ、祝典が催された。

ウィキリークスのすっぱ抜きは新聞の表示価格を上げるガーディアン紙の販売計画の一部になった。ウィキリークスとアサンジが生き残るためにもがき苦しむ間、彼らは金持ちになった、しばしば大きな利益を得た。

1ペニーもウィキリークスにいかないまま大げさに宣伝されたガーディアンの本は富をもたらすハリウッド映画待遇に至る。本の著者、ルーク・ハーディングとデビッド・レイは、「傷ついた人格」だの「無感覚」とアサンジをいわれなく罵倒した。

2人はまた、ジュリアンが内緒でガーディアン紙に与えた、アメリカ大使館ケーブルを内に含むデジタルファイルを保護することを予定した秘密のパスワードを明かした。

現在アサンジがエクアドル大使館に閉じ込められ困難な立場に追い込まれるせいでジュリアン・アサンジとエドワード・スノーデン両者に寄りかかって自分自身の価値を高めたハーディングは、大使館の外の警官の中へまじって立ち、「最終的にはスコットランドヤードが正しいとわかるかもしれない」と彼のブログでさも満足そうにほくそえむ。

問題はなぜかの説明である。

ジュリアン・アサンジは犯罪を犯していない。彼はいまだかつて犯罪の嫌疑を受けていない。スウェーデンの一連のできごとはいんちきで茶番めいており、彼は嫌疑を晴らされた。

Women Against Rape(レイプに反対する女性)の2人の女性(Katrin AxelssonとLisa Longstaff)が申し立てを概説した。「アサンジに対する申し立ては、付随のレイプ、殺人、破壊と共に戦争と占領の秘密の計画を不敵に世間に明らかにしたために幾つかの政府がウィキリークスを取り締まろうとやってみる裏の煙幕です…… 彼らがレイプ申し立てを意のままに操作する女性に対する暴力行為について当局はほとんど気にかけません。」

この真実はもうだめだったか、あるいは不面目にもアサンジといえばレイプと強度女性嫌悪を連想させるメディアの魔女狩りに葬り去られた。魔女狩りには自分自身を左派やフェミニストと評した意見が入る。彼らはアサンジがおそらくアメリカに引き渡される極度の危険の証拠物件を故意に無視した。

エドワード・スノーデンによって公表される文書によると、アサンジは“犯人追跡捜査目標リスト”にある。あるリークされた公式メモにはこうある:“アサンジはもうじき刑務所でけっこうな花嫁になる。テロリストをねじ込め。彼はずっとキャットフードを食べているだろう。”

ヴァージニア州アレクサンドラでアメリカの戦争を仕掛けるエリート(秘密の大陪審、中年の先祖帰り)の郊外の本元は7年を費やしてアサンジが起訴されてよい犯罪をなんとかでっち上げようとする。

これは簡単ではない;アメリカの憲法は出版社、ジャーナリスト、告発者を保護する。アサンジの犯罪は沈黙を破ることになった。

強欲な権力に説明を求めることでウィキリークスが果たしたことの重要性にわたしの生涯の不正を徹底的に調査し追求する報道が匹敵するはずはない。それはまるで一方向だけからの道徳上の目隠しが自由で偏見のない民主主義の国の帝国主義を暴露するほどに押し戻されたかのようだ。終わりのない戦争と分裂と“価値のない”生命の格下げへの肩入れ:(火事で79人が死亡したロンドン西部の公営高層住宅棟、移民が多く住む)グレンフェルタワーからガザまで。

2005年にハロルド・ピンターがノーベル文学賞を受け取ったとき彼は“わたしたちが聞かされることの上に立ち上がる巨大なウソのタペストリー”に言及した。彼は、アメリカの尊大な犯罪は「いかなる時にでも起きなかった…それが起きているうちでさえ、決して起きなかった」のに、なぜソ連の「組織的な残忍性、広く行き渡った残虐行為、独立した思考の容赦ない弾圧」は西側で有名だったのか尋ねた。

その詐欺的(不正)な戦争(アフガニスタン、イラク)や政府のしらじらしいウソ(中東への出撃基地として米軍が占領するインド洋のチャゴス諸島、島民は40年以上前に島外へ強制移住させられたままである)の暴露の中でウィキリークスは帝国の尊大なゲームが21世紀にどのように行われたか、わたしたちがちらっと見るのを可能ならしめた。わかったかい、アサンジが死の危険にあるのはそういうわけだ。

7年前、わたしはシドニーで連邦議会の著名な自由党議員マルコム・ターンバルに会う手配をした。

アサンジの弁護士Gareth Peirceからの手紙を政府に届けてくれるよう彼に頼みたかった。若い法廷弁護士として、言論の自由を弾圧して「Spycatcher」の出版を妨げるイギリス政府の試みと争った1980年代の彼の有名な勝利についてわたしたちは話した。当時のウィキリークス「Spycatcher」はそれ相当に国家権力の犯罪を明らかにした。

オーストラリアの首相はその時はジュリア・ギラードだった、ウィキリークスを“違法”と宣言して、アサンジは犯罪を犯していなかったので取り消すことはできないと言われるまでアサンジのパスポートを取り消したいと思った労働党の政治家だ。ウィキリークスはオーストラリアが最初の署名国だった世界人権宣言の第19条のもとにその仕事が保護された出版社だった。

オーストラリア国民のアサンジを見捨てて彼の迫害で共謀するギラード首相の法外なふるまいは国際法の下に生命が危険にさらされた政治亡命者として彼を認める決定を強いた。エクアドルは1951年の国際協定を引き合いに出してロンドンの大使館においてアサンジに保護を認めた。

ギラードは最近、ヒラリー・クリントンとのギグで出演していた;ふたりは先駆的なフェミニストとして番組に組まれる。

マルコム・ターンバルは現在オーストラリアの首相である。ジュリアン・アサンジの父親がターンバルに手紙を書いた。それは感動的な手紙で、首相に息子を故国に連れてくるよう懇願している。彼は悲劇の現実の可能性に言及する。

アサンジの健康が太陽の光にあたらない長年の監禁で悪化するのをわたしはじっと注視した。彼は執拗な咳を病んでいたが、X線のために病院へ行って帰ってくる安全な通行さえも許されていない。

マルコム・ターンバルはジュリアン・アサンジを故国に連れてくることができる。

http://www.informationclearinghouse.info/49663.htm