見つけた 犬としあわせ

こころがどきどきするもの、見つけたとき、 それを作品にしたり、思わずなにかの形にして、人に 伝えたくなります。 見つけたとき感じた、しあわせ感覚が、ひとしずくでも 誰かに伝わったら、ダブルでハッピーです。

January 10, 2017

ソースパンから飛び出る時

人をしらふにさせるが楽観的な投稿でブライアン・イーノが2016年は新たなダークエイジの始まりではなくて緩慢な非文明化のプロセスの終焉だったと提案する。

◇ブライアン・イーノの“2016年の要約/2017年の行動の呼びかけ”に、「2016年、私たちは大量の幻滅を経験し、ようやくソースパンから飛び出る時であるのを実感したと思う」と書いてある

http://www.rollingstone.com/music/news/read-brian-enos-sobering-2016-recap-2017-call-to-action-w458691

◇ブライアン・イーノのフェイスブックより

2016/2017

大多数のわたしの友人の間でのコンセンサスは、2016年はひどい1年だった、そしてなにか想像もしたくないことの方へ長い下り坂の始まりだったということのようだ。

2016年はまったくかなりつらい年だった、だがそれは長い下り坂の終わりでしょうか、始まりではなく。というか、少なくとも終わりの始まり… わたしが思うには、わたしたちは約40年のあいだ衰退してきた、そして緩慢な非文明化のプロセスに耐えるが、今まで実際にまったくそれに気づいていない。ゆっくりと熱せられる水の鍋の中に置かれるカエルのことを思い起こす…

この衰退には、確実な雇用から不安定な雇用への移行、組合の破壊と労働者の権利の縮小、ゼロアワー契約、地方自治の解体、失敗に終わる公共医療、無意味な試験結果と成績一覧表によって判断される不十分にしか財源を与えられない教育制度、ますます受け入れられる移民に汚名をきせること、紋切り型の反応を示すナショナリズム、ソーシャルメディアとインターネットによって容易にされる偏見の集中、が入る。

この非文明化のプロセスは、社会の寛容さをあざ笑い、いかにも白人社会的な一種の自分本位を擁護するイデオロギーに起因した。(サッチャー:「貧困は人格の欠点」、エイン・ランド:エゴイズムに対抗する利他主義は害悪)。遠慮のない個人主義に重きをおくことには2つの効果があった:巨額の富の創造とそれをほんの少数の手中一点に集めること。たった今、世界の62人の大富豪が世界の人口の下位半分(36億人)を合わせたのと同じ資産を持つ。このすべての富は“トリクルダウン”して(徐々に中小企業と消費者に影響が及び景気を刺激する)他のだれでも皆をただもう豊かにするというサッチャー・レーガンのとりとめもない空想は起こらなかった。それどころか、この逆が起こった:大部分の人の実質賃金は少なくとも20年のあいだずっと下り坂だった、おまけに彼らの見込みとその子どもたちの見込みがどんどん薄れて見える。人が怒って、例によって解決のための政府の務めから顔をそむけるのも少しも不思議ではない。だれにせよ大量の金を持っている人に政府が最も留意するとき、現在わたしたちが知る巨大な富の不平等が民主主義の考え方をあざわらう。「ペンは剣より強大な力かもしれないが、財布はペンより強大な力である」とGeorge Monbiot が言ったように。

昨年、人々はこのことに気づき始めた。大いに怒って、たくさんの人が最も手近のトランプのようないやな人にとびついて理解力を超えて体制に打撃を加えた。だがそれは最も顕著なメディアが興味をそそるめざめだった。それに対し、もっと静かではあるが等しく強力な心の動揺があった:人々は、民主主義が意味するもの、社会が意味するもの、そしてそれらをうまくはたらかせるためにわたしたちがなにをする必要があるか、考え直している。人々は懸命に考えている、そして最も重要なのは、はっきりと声に出して一緒に考え抜いている。わたしたちは2016年に大量の幻滅を経験し、ようやくソースパンから飛び出る時であるのを実感したんだと思う。

これはなにか重要なことの始まりだ。それには関与が必要だ:ただツイートや好きなもの( likes)や辛辣なことばだけでない、思慮深くて創造的な社会的・政治的行動も必要。それには、なにかわたしたちが慣れっこになってちゃんと評価しないこと、たとえば、報道のなかで真実の風をしていることが、もはやタダでくるものと期待できないことを十分に理解することが必要だ。もしもりっぱな報道やりっぱな分析を手に入れたいなら、わたしたちはそれに代金を払わなければならない。それが金の意味だ:非法人、非主流派の側の記事を伝えることに一生懸命になる出版物やウェブサイトに対して直接の財政援助。同様に、もしもハッピーで創造的な子どもたちが欲しいなら、特定のイデオロギーに凝り固まった者や損得勘定だけの現実主義者にそれを任せておくのでなく、わたしたちは教育の責任を引き受ける必要がある。もしも社会的寛大さが欲しいなら、わたしたちは税金を払わなければならないし、タックスヘイブン(租税回避地)を厄介払いしなければならない。そしてもしも思慮深い政治家が欲しいなら、わたしたちは単にカリスマ的に過ぎない人物を支えるのをやめなければならない。

不平等は社会の急所をむしばみ、侮蔑の態度や憤り、ねたみ、疑い、いじめや傲慢、冷淡無情の発生源となる。もしもどんなものでもまずまずの公平な将来が欲しいなら、不平等が生んだそれらを押しのけなければならないし、わたしたちは一歩を踏み出していると思う。

やるべきことがとてもたくさんあり、とても多くの可能性がある。2017年は驚くべき1年になって当然だ。

−ブライアン

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