見つけた 犬としあわせ

こころがどきどきするもの、見つけたとき、 それを作品にしたり、思わずなにかの形にして、人に 伝えたくなります。 見つけたとき感じた、しあわせ感覚が、ひとしずくでも 誰かに伝わったら、ダブルでハッピーです。

June 02, 2008

犬も住めない南アの移民キャンプ


デモクラシーナウ!5月29日ヘッドラインからーー。

◇世界クラスター爆弾禁止が米国の異論を制して承認される
100カ国以上がクラスター爆弾禁止に同意している。この条約にはダブリンでの協議をボイコットした米国は含まれない。ロシア、中国、インド、パキスタンもまた加わらなかった。だが、英国政府が米国の圧力を無視したとき、あおりをうけた協定は土壇場の介入で調印された。クラスター弾薬連合のトーマス・ナッシュは協定はたくましいと言った。
トーマス・ナッシュ:「それは途方もなく強い文書です。すべてのクラスター弾薬を永久に禁止するものなので、途方もなく大胆な文書です。どんなクラスター弾薬も二度と使用を許さないとの、非常に強く制限する明確な限定がこれにはあります。」
クラスター爆弾には、広域にばらまかれ、最初の衝撃で頻繁に破裂しない小型爆弾が詰め込まれている。時には町の中心地に何年も置かれるのを、地面から拾い上げた子どもたちには特に致命的だった。地雷アクションのディレクター、サイモン・コンウェイは、協定が何十万人の命に影響を及ぼすことになると言った。
サイモン・コンウェイ:「これはどっしりと重い。これが世界を大きく変えることになる。さもなければ命や手足を失うことになった何十万の人たちのことを私たちは考えている。」
ブッシュ政権は、クラスター爆弾の排除は米兵を危険にさらすと言って米国のボイコットを擁護する。反対にもかかわらず、最終的言い回しに影響を及ぼすため、米国当局者らが舞台裏でこっそり働きかけたのは明らかだ。米国の圧力はどうやら、条約国に非条約国との軍事作戦に従事するのを許すための条項を確保することで決め手となったようだと、反クラスター爆弾活動家は述べる。
(子爆弾の不発率が低い新型の高性能爆弾は禁止対象から外した。例外を設けても現在世界で保有されているほぼすべての爆弾が禁止対象になることから折り合った。条約に加盟する保有国は8年以内に全廃を目指す。一方、条約加盟国は非加盟国との「軍事協力や作戦」ができるとした。米国と同盟関係にある日本や英国の対米軍事関係を妨げないという配慮だ。朝日新聞)

◇外国人嫌いの暴力で南アフリカの移民が追い払われる
外国人嫌いの暴力のうねりで、南アフリカでは何十万という移民が退去させられている。国の全域で暴徒らが移民社会を襲撃した今月初め、暴力が突発した。身元不詳のソマリア人難民が国際的な介入をせきたてた。
身元不詳:「私たちは争いから逃げました。私たちは自分の国から遠くまで逃げました。私たちはここで殺されます。私たちは自分の国で殺されます。私たちがどこに属すのかわかりません。ですから、私たちに必要なのは、国連と政府です。あなたが今どこにいようと、あなたがこれを聞いているなら、私はあなたに言います、タボ・ムベキ、これを支援するのはあなただ、この問題のすべてを行ったのはあなただ、なぜならあなたはこの国のボスだからだ、あなたは大統領、これをただちに止めることができた。あなたには重装備の軍隊、重装備の警察がある。外国人嫌いの攻撃が始まるずっと前にこれを止めることができた。」
南アフリカのウエスタンケープの当局者らは、その州を災害指定地帯だと宣言するよう政府に求めている。別の身元不詳の移民は、間に合わせのキャンプは居住に適さないと言った。
身元不詳:「私たちが来たときは、2000人以上の人がわずか2つのテントを用意されただけだった、なんとも常軌を逸してる。トイレはない、薬局はない、クリニックはない。そうして彼らは政府があの場所を提供していると言う。だからそこに行き着いても、あの場所には犬だっていられないことに気づく。つまりこの事実から、政府と一般的にすべての南アフリカ人が、私たちを好まないことが明かされるというものだ。」

◇ニューヨークが同性婚を事実として受け入れる
そしてここニューヨークでは、デイヴィッド・パターソン州知事が州の機関に同性婚の容認に着手するよう指示している。ニューヨークは、同性婚を禁止すると同時に、よその州で合法的に行われるならこれを受け入れる、最初の州になることになる。

写真は南アフリカのスティーヴ・ビコ解放のデモ。1980年ピーター・ガブリエルの歌「ビコ」で彼の名はよく知られる。ビコの運動、彼の精神を受け継いだその後の運動など、南アフリカは忘れてしまったようだ。ビコの闘いは、人種差別からの黒人意識の解放を目指すもので、アパルトヘイト時代の「非白人」というネガティブな規定や、「カラード」「インド人」「アフリカ人」という分断の強制を拒否。「 黒人とは、南アフリカでは法と伝統で差別されているが、自らの希望を実現する戦いに一体となって関わる人々のこと」だと規定した。ANC(アフリカ民族会議)が非合法だった当時、代わりにビコが精神的支柱のBPC(黒人人民会議)が全国政党の役割をになった。1977年8月18日、テロリズム法第6条で再逮捕拘禁されたプレトリアで、拷問による脳挫傷が原因で彼は死ぬ。南アフリカ現大統領のタボ・ムベキは、国外追放されるも、反アパルトヘイトのANC闘士のひとりだ。

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