見つけた 犬としあわせ

こころがどきどきするもの、見つけたとき、 それを作品にしたり、思わずなにかの形にして、人に 伝えたくなります。 見つけたとき感じた、しあわせ感覚が、ひとしずくでも 誰かに伝わったら、ダブルでハッピーです。

August 16, 2010

教えて なぜ戦争したの?



昨日の夕刊 ちょっとよかった!
シンディ・シーハンと、海兵隊員からアルジャジーラの記者になったジョシュ・ラッシングのこと書いてあった...

◇イラク深き淵より(12)教えて なぜ戦争したの?

2005年8月、米テキサス州クロフォード。
シンディ・シーハン(53)は、ブッシュ大統領(64)が夏休みをとっている牧場のそばの道ばたで、面会を求めて座り込みを続けていた。
最愛の息子、ケーシー・シーハン陸軍軍曹は前年の4月、イラクのバグダッドで武装勢力に殺された。24歳だった。
シーハンは、ブッシュに会って、直接聞きたかった。
「なぜ、私の息子は死ななければならなかつたの?」
「あなたは一体、何のためにこの戦争をしたの?」
シーハンは思った。
「大統領の地位は、人々の意思を超えるものではない。だから人々が声を上げたら、それを聞くのは、大統領の責任だ」
座り込みをするのは、「それこそがアメリカに対する私の責務」と考えたからだ。
シーハンの行動がきっかけとなって、全米で「イラク戦争反対」の世論が起こり、人はいつしか、シーハンを「反戦の母」と呼ぶようになった。
一方、集会などの場では、保守派から「息子の死を政治的に利用した」「テロリストの味方」「嫌な女だ」などの中傷も相次いだ。
シーハンは2007年、平和活動からの引退を表明したが、その後、活動を再開した。
「多くの心ない批判を受けてきて、気持ちが萎えたことはなかったですか?」
米フィラデルフィアで会ったシーハンにたずねた。
彼女の答えはこうだった。
「子どもを埋葬する悲しみに比べたら、そんなこと、何でもありませんでした」

アメリカを愛するがゆえに、米国を批判し、大義のない戦争に反対する。その責務を別の形で果たす米国人もいる。
イラク戦争の時、米海兵隊に所属していたジョシュ・ラッシング(38)は、中東カタールにある米中央軍司令部で、世界から集まってきた記者に、報道官として対応した。
当時は「イラク戦争は正しい戦争だ」と心底信じていた。
だが、多くの米国の記者と接しているうちに、心の中に疑問が芽生えてきた。
「米国の記者は、国民から『愛国的ではない』とみられることを恐れていた。だから、『軍がいいたいこと』を事前に私から聞いて、その通りの質問をした。つまりは、ブッシュ政権のメッセージをたれ流していただけだった」
一方、ラッシングは「反米メディア」と批判された中東の衛星テレビ局、アルジャジーラの記者ともつきあった。
ラッシング自身、最初はアルジャジーラに偏見をもっていた。だが、爆弾が落ちた地点に駆けつけて人々の悲しみを伝えようとする彼らの報道姿勢をみて、次第に考えが変わった。

1本の映画が、ラッシングの人生に影響を与えた。
アルジャジーラの内幕を描いたドキュメンタリー映画に、報道官としてアルジャジーラ側と議論をする自分の映像が使われていたのだ。ラッシングはそのことを知らなかった。
映画は米国などで上映され、ラッシングのもとには「アルジャジーラの話をしてほしい」という講演の依頼が殺到した。
だが、米国防総省は「余計なことはいうな」と口封じをしようとした。
ラッシングは、反発した。
「自分は、米軍やアルジャジーラの実態などを体験的に知った。その体験を米国民に知らせる責任があるはずだ」
悩んだ末に海兵隊をやめた。
やめた理由は、入隊した理由と同じ。「市民としての義務」を果たすため、だった。
その後、英BBCを辞めてアルジャジーラに転職する人から声をかけられ、アルジャジーラ英語放送の記者に転身した。
「売国奴」「裏切り者」
全米から猛烈な批判を浴びた。だが、ラッシングは「後悔は少しもしていない」と胸を張る。彼は、「使命 アルジャジーラ」という題の本を書いて、自らの思いをつづった。
そのサブタイトルはこうだ。
「橋を架け、真実を探し、世界を変える」 

(朝日新聞 2010年8月16日 by 松本一弥 人脈記)

2006年3月14日、ワシントンDC在住フリーランスTVディレクター(ブログ名Teddy)は高いハードルをクリアーしてジョシュ・ラッシングとの日本のTV向け単独インタビューにこぎ着ける。以下は彼女のブログにアップされたジョシュとのやりとり。

質問:米中央軍司令部の広報官をしていたときに、疑問を感じたことがあったか?

ジョシュ:中東で影響力の大きいアルジャジーラにどこまで取材許可を与えるかについて、上官からいつもネガティブな答えをもらっていた。自分の中では、アルジャジーラには最大限アメリカ軍を取材させるべきと思っていたのに。

質問:その中央軍司令部時代に広報官としてアルジャジーラに接し、彼らの報道姿勢をどのように感じた?

ジョシュ:アメリカ人の大半は、その放送内容を見たこともないのにアルジャジーラにネガティブなイメージを持っていた。私も全く同じ偏見を持っていた。記者たちに実際に会ったとき、だが、もっと彼らの放送内容について知りたいと思った。

質問:アメリカのメディアがプロパガンダだと感じたことはあるか?


ジョシュ:もちろん。正しい質問をしていないといつも思っていた。軍の取材をするアメリカメディアの中には、生中継の前に「きょうは何か伝えたいメッセージはありますか」と聞く記者がいる。それで、私が「こういうことを伝えたい」というと、そういうメディアの記者は「わかりました。じゃあこういう質問をしますから、言いたいように答えてください」などと言う。つまりインタビューのやらせだね。そして中継が終わったら、そういう記者は私の肩をポンと叩いて、「サンキュー・フォー・ユア・サービス(国のために尽くしてくれてありがとう)」などと言うんだ。というのも、軍の制服を着た若者をTVで見たときに視聴者が批判的になるはずがないと思っているからね。

質問:アルジャジーラに転身しようと決めた直接のきっかけは?


ジョシュ:2003年7月にカタールから帰ってきた。2004年2月、海兵隊のロスの事務所でハリウッド向けの撮影窓口の広報をしてたときに、ある日留守電にこんなメッセージが入っていた。
「 I just want to say thanks for the movie, I saw it at Sundance, the film festival. 」(映画のことでお礼が言いたい、サンダンスの映画祭でそれを見ました。)
一体何のことだか、全くわからなかった。けれども、カタールに駐留していた時に私とアルジャジーラを題材にしたドキュメンタリー映画がいつの間にか作られていたことがわかった。アメリカン大学の大学院の学生が、課題を撮りに来たと言っていたが、それがいつの間にかドキュメンタリー映画になっていたんだ。
これが、海兵隊を辞めるきっかけになった。映画に出たことで、「アルジャジーラについて講演をしてくれ」という依頼がたくさん舞い込むようになったのに、軍側が「軍に在籍しながら、アルジャジーラについて講演をしてはならない」と伝えてきたからだ。

質問:メディアへの転職、でもなぜ、アルジャジーラでなければならなかったの?

ジョシュ:チャンスが転がってきたから。アルジャジーラから連絡があって「英語チャンネルを開局するからやってみないか」と言われて、パーフェクト・フィットだと思った。 なぜなら、自分がこれまで説いてきた、「もっとアルジャジーラにアメリカ人が出演しなければならない」 というのを、実践できるんだからね。

質問:イラク戦争でアメリカの政府高官は、アルジャジーラは偏向しており、暴力をあおっていると批判した。そうした政府高官の批判をどう受け止める?


ジョシュ:アメリカでは、たくさんの人がアルジャジーラについて強い意見を持っているけれど、実際の放送を見たことのある人は、ほんの一握りしかいない。こういうのを「教科書しか読んでいない無知」というんだね。
アメリカメディアは戦争を間違って伝えている。従軍記者の伝える、アメリカ軍の目線をそのまま垂れ流すんだ。それ以外の目線での報道をすると、アメリカ人たちをびっくりさせてしまうんだよ。
こんなたとえがある。「CNNはミサイル発射を報道し、アルジャジーラはミサイル投下を報道する。」全く正反対の、ものの見方だよね。
でも、多くのアルジャジーラ批判報道は根も葉もないウソ。たとえばラムズフェルド国防長官(当時)は、「アルジャジーラは米兵の斬首を報道している」と批判したけれど、本当のところは、アルジャジーラは一度も斬首を放映したことはないんだ。これからもする予定はないよ。

質問:アルジャジーラ英語放送で、どんな番組を作りたいか?


ジョシュ:アメリカ人に、アメリカ以外の国の文化を理解させるような番組を作りたい。それに多分、アメリカ人の価値観を世界に広めることもできる。アメリカとアメリカ以外の国の文化の架け橋になりたいんだ。アルジャジーラの編成部長は、「the America isn’t good understanding the rest of the world, the rest of the world isn’t good at understanding America.」(アメリカはその他の世界をよくわかっていない、その他の世界はアメリカを理解するのがうまくない)と言っている。

質問:アメリカの軍人、海兵隊員が今度はアルジャジーラの一員となった。これからのあなたの使命は?


ジョシュ:アメリカ市民の私と海兵隊員だった過去と現在の仕事には何ら対立するものはないよ。私がこうしてアルジャジーラに就職したことも誇りに思っている。英語の国際放送で最も信頼されるニュースソースになること、これが私たちの使命だと思っている。

質問:記者としてインタビューしてみたい人を3人挙げると、誰?


ジョシュ:キューバのフィデル・カストロ、オサマ・ビン・ラディン、ドナルド・ラムズフェルド国防長官(当時)かな。

http://teddylog.way-nifty.com/teddy_1999/2006/03/post_28ef.html

写真は、2007年デモクラシーナウ!の番組に出演したときのジョシュ

2 Comments:

At 8:00 AM, Anonymous mitama said...

「ルポ 貧困大国アメリカ」岩波新書(著 堤 未果 )を読みました。正直言って、アメリカがここまでひどいとは思いませんでした。メディアの責任は大きいです。

 
At 12:38 PM, Blogger vamos said...

Dear mitama、

書き込みどうもありがとう
わかってないのは他の国のだれより、アメリカ人本人なんだと思います
メディアに公平性やことの実態を伝えるとやらの使命を求めるのはとっくに無理...
いつの時代も道具なんだろうけど、いまはなにかすごく邪悪な力の使い方に偏ってきていて
もっと邪悪な勢力に踊らされ
国民の大部分がウソの鵜呑みに元気を得ている
ような、戦争同様、泥沼の狂気にはまっているように見えます
「ルポ 貧困大国アメリカ」読んでみます
サンキュー
vamos

 

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