見つけた 犬としあわせ

こころがどきどきするもの、見つけたとき、 それを作品にしたり、思わずなにかの形にして、人に 伝えたくなります。 見つけたとき感じた、しあわせ感覚が、ひとしずくでも 誰かに伝わったら、ダブルでハッピーです。

November 25, 2010

サラ・ペイリン、あなたが怖い



◇サラ・ペイリン:"私たちの味方(同盟国)北朝鮮と共に、立ち向かわなければなりません"

北朝鮮(ノースコリア)と韓国(サウスコリア)をごっちゃにするサラ・ペイリンによる言い違いは、彼女が直面する信頼性のハードルを思いださせるものだ。

まさかサラ・ペイリンは彼女の家からロシアが見えたとは主張しなかった、それはティナ・フェイ(ペイリンのそっくりさん)だったが、朝鮮半島での緊張を論じて「私たちの北朝鮮同盟国と一緒に立ち向かわなければなりません」と話すグレン・ベックのラジオ番組で彼女は一枚うわてを行った。

ラジオ番組の写しにはこう書いてある:

聞き手:北朝鮮でまさに生じたああいった局面をあなたはどんなふうにうまくさばくつもりですか?

ペイリン:そうですね、北朝鮮、これはより大きい問題から由来しています、「あらいやだ、私たちは何をするつもりなの」と尋ねてみんながこれといって何もしないでいるとき、そして北朝鮮がするつもりであるすべての制裁に対してホワイトハウスが必要なだけ強力な政策を公表するほど、私たちにたくさんの信頼がないときに。従ってこれは私たちの国家安全保障政策の点から確かに私を怖がらせるというように、より重要な実態に言及します。でも、言うまでもなく、私たちの北朝鮮同盟国と共に私たちは立ち向かわなければなりません、条約によって私たちは義務があります...

聞き手:韓国です。

ペイリン:その通りです、私たちの盟友、韓国と共に立ち向かうにつき、私たちはまた思慮分別によって縛られます、そうなんです。

これが全くただの言い違いだったのは、彼女の先行する科白からすぐ分かったけれども、もしも彼女が2012年の確かな大統領候補になりたいならば、それはまったくペイリンがするわけにはいかないつまずきのようなものだ。

Twitterのおバカが真相を載せるまでに時間はかからなかった:

勇敢なサラ・ペイリンのように、ボクもまたノースダコタのわれらの盟友を支える


2008年大統領選挙戦に関しての著書「Game Change」には、ペイリンの知識の欠如について出所が明らかにされていない主張が、恐らくジョン・マケインの顧問のひとりから来ているとする、かなりの暴露があった。397ページのペーパーバック版は2008年9月から成り行きを記述した:

彼女の移動する一行のメンバーがバージニア州ペンタゴンシティのレーガン空港にほど近いリッツカールトンでペイリンと合流する、そして彼女が暗記と学習で多少の進歩をしていたとは言え、初歩的な事項と概念の把握が最小だったのに気づいた。ペイリンは、北朝鮮と韓国が別々の国だった理由を説明できなかった。 連邦政府機関が何をするか彼女は理解していなかった。9月11日アメリカを攻撃したのは誰か問われると、彼女は何度かサダム・フセインだと言い出した。彼女の息子がイラクで戦おうとした敵が誰であるか明らかにしてくださいと頼まれると、思い出せないで無視した。

言い違いは誰でも政治家の人生の苦労の種である:大統領選挙戦に従事するバラク・オバマに尋ねると、57州を遊説してそのことを無視するにまかされるのはめったにないと言った。同様に、仮にペイリンが共和党指名の本格的な候補者だとすれば、韓国(サウスコリア)と北朝鮮(ノースコリア)を混同するのは、ノースカロライナとサウスカロライナをごっちゃにするよりまだましだ、重大な早めの大統領予備選挙がサウスカロライナで行われる。

北朝鮮のちょんぼは別として、質問に対するペイリンの答えまるまるが外交政策の決まり文句だった:韓国を助けて中国に働きかける。全然一匹狼の独立したものでない、そしてほとんど確実にホワイトハウスがとっくにしていることだ。

(UKガーディアン紙 24 November 2010)
http://www.guardian.co.uk/world/richard-adams-blog/2010/nov/24/sarah-palin-north-korea-allies

△写真はちょんぼのサラ・ペイリン



写真:イタリアのピサの斜塔近くで、政府の教育予算削減に抗議してデモを行う学生。約30人の学生が斜塔に乱入し、「大学改革に反対!」と訴える垂れ幕をぶら下げた。この騒ぎで観光客は退去を迫られた。
(AFP=時事 2010年11月25日)

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