見つけた 犬としあわせ

こころがどきどきするもの、見つけたとき、 それを作品にしたり、思わずなにかの形にして、人に 伝えたくなります。 見つけたとき感じた、しあわせ感覚が、ひとしずくでも 誰かに伝わったら、ダブルでハッピーです。

September 12, 2011

日本人の決断次第



枝野さん、発送電分離について言及してました
ポリティカルコレクトで失格でも、産業界には鉢呂さんのほうがマシだったかも
拝啓、枝野経済産業大臣殿 原発ゼロのゴールまで走り続けてください 

◇テレ朝ニュースによると、枝野経済産業大臣は、「新エネルギー開発を進める。そのことで、原発がなくとも日本の国民生活や産業が十分に成り立つ。その状況を一刻も早く作る」と言っています。
点検停止中の原発については、周辺住民に理解を求めたうえで、「再稼働できる原発は再稼働する」
東電の電気料金値上げについては、徹底的なコストの見直しやリストラが行われない限り「応じない」考えを明らかにしました。
http://www.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/210913002.html
再生エネルギーの普及に不可欠な「全量固定価格買い取り制度」が来年7月に導入される
だが、地域電力を牛耳る電力会社がこれを買い取るかどうかは非常に怪しい
実際、北電は、もうこれ以上は買い取らないと発表していて、買い取らなくてもよいことになっていると、抜け道のあることを示唆する

◇再生可能エネルギーで発電した電力を電力会社に割高な価格で一定期間買い取らせる全量固定価格買い取り制度(フィード・イン・タリフ)が対象とするのは、太陽光、風力、水力、地熱、バイオマス(生物資源)の5つある。それぞれの買い取り価格・期間がどうなるのかが今後の焦点になる。

固定価格買い取り制度が来年7月に始まる見通しとなり、早くも市場は活気を帯びている。筆頭はメガソーラー(大規模太陽光発電所)で、ソフトバンク、国際航業グループ、大和ハウス工業などが名乗りを上げる。

制度の枠組みを定めた再生可能エネルギー特別措置法案の国会提出当時は、太陽光とそれ以外で分けて太陽光以外は一律で設定する想定だったが、発電設備の設置形態や規模を勘案してよりきめ細かく決めることになりそうだ。発電コストに応じて最適な買い取り価格を割り出す。

買い取り価格を決めるさじ加減によって発電事業者の採算性が左右される。赤字になるところが多いと普及拡大は望みにくくなる。電力会社の負担は結果的に電気代の値上げという形で企業や消費者に跳ね返るからだ。ドイツは、発電容量が1000キロワットを超えるメガソーラーについても区分を設けて買い取り価格を変えているという。

早ければ年内にも国会の同意を得た第三者機関を立ち上げ、議論を始める見込み。電気代に上乗せする賦課金(サーチャージ)は、電炉やソーダ工業のような電力を多く消費する企業などは減免するとみられる。

買い取り制度を導入しても課題は残る。出力が不安定な再生可能エネルギーによる電力を電力会社が実際にどれだけ受け入れるかは不透明だ。エネルギー需給の安定策を検討する政府は規制・制度改革をリストアップしているが、どこまで実現するかは予断を許さない。

導入量をどこまで拡大できるかは今後の制度設計にかかっている。

(引用元:日経エコロジー 2011年10月号)
http://eco.nikkeibp.co.jp/article/report/20110906/108286/
写真は国際航業グループが宮崎県で運営するメガソーラー施設

◇シュレーダー独前首相:脱原発へ政治主導の重要性強調

福島第1原発事故から半年を迎えたのを機に、ドイツで2002年に「脱原発」を法制化したゲアハルト・シュレーダー前首相(67)がベルリンで毎日新聞の単独会見に応じ、「日本は技術的に(原発と)違うエネルギー政策ができる状況だ」と述べ、日本でも脱原発は可能だとの認識を示した。その上で、ドイツで脱原発を決めた際、「原発こそがビジネスモデルと信じていた電力業界の反発はすごかったが、業界幹部と納得するまで何度も議論した」と振り返り、政治主導の重要性を強調した。

シュレーダー前首相が属する社会民主党は98年、環境政党・緑の党と連立政権を樹立。2002年に「2020年ごろまでの原発全廃」を盛り込んだ脱原発法を成立させた。メルケル現政権は昨年、この路線を「保留」にしたが、福島事故を受けて早期の脱原発に回帰。全原発17基の22年までの停止を決め、議会も承認した。

http://mainichi.jp/select/world/news/20110913k0000m030175000c.html

◇シュレーダー独前首相:「脱原発は日本国民の決断次第だ」

ドイツのシュレーダー前首相は毎日新聞との会見で、何度も「決断」を口にし、脱原発に抵抗する電力業界を説得した経緯を説いた。官僚や側近任せではない、自らが政治決断した自負がある。

脱原発を選択した理由について、国内では「使用済み核燃料の最終処分場が決まらない状況」があり、国外では「86年の旧ソ連・チェルノブイリ原発事故」のような放射能汚染への懸念があったと指摘し、「このような状況を長期にわたり社会に強制できなかった」と振り返った。

戦後、国土が東西に分断されたドイツは米ソの中距離核ミサイルがにらみ合う冷戦の最前線で、市民も「核の脅威」は身近にあった。反核を訴える学生・市民運動は、環境政党などの政治勢力とも結び付き、世論形成に一定の役割を果たした。

だが、60年代にドイツで原発が運転を開始してからシュレーダー政権が登場するまで40年近く、脱原発は「絵に描いた餅」だった。

前首相が会見で「日本は技術的に(原発とは)違うエネルギー政策が可能」と述べた理由は、日本特有の環境だ。世界トップ級の太陽光発電技術を持ち、ドイツよりも日照時間が長く、風力も「極めて大きな潜在力」(日本の環境省)がある。

前首相は「安全への哲学は日本国民の決断次第だ」と語った。

(引用元:毎日新聞 2011年9月13日)

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