見つけた 犬としあわせ

こころがどきどきするもの、見つけたとき、 それを作品にしたり、思わずなにかの形にして、人に 伝えたくなります。 見つけたとき感じた、しあわせ感覚が、ひとしずくでも 誰かに伝わったら、ダブルでハッピーです。

April 03, 2014

ウクライナのネオナチ

◇アメリカはウクライナのネオナチを支援しているのか?
ウクライナのあからさまのナチやファシストの抗議者とアメリカの厄介な結びつきを暴露
ICH 25 February 2014 by Max Blumenthal

ウクライナの首都キエフでヨーロッパ広場(Euromaidan)の抗議者が最高潮に達したとき、むきだしのファシズムとネオナチ過激主義の誇示は無視するにはあまりにどぎつくなった。ウクライナの機動隊と戦うため、デモ参加者がダウンタウンの広場をいっぱいにして、汚職で傷つく親ロシアのヤヌコビッチ大統領の追放を要求して以来、彼らの国の民族の純血を守ると誓う極右のストリートファイターで占められてきている。白人至上主義者のバナーと同盟した旗がキエフの占領される市庁舎内に掛けられてデモ参加者が倒されたレーニンの記念碑にナチSS隊や白人パワーのシンボルを高く掲げた。ヤヌコビッチがヘリコプターで宮殿のような私有地から逃げたあと、ヨーロッパ広場の抗議者は、第二次世界大戦の間にドイツ占領と戦って亡くなったウクライナ人の記念碑を破壊した。ジーク・ハイルの敬礼とナチWolfsangel のシンボルが、広場でますますよくある現場になってきている。そしてネオナチ軍勢がキエフ内外で”自治権のある地帯”を確立してきている。

反ファシスト・ウクライナ連盟というアナーキストグループがヨーロッパ広場のデモに加わろうとしたが、広場をうろつくネオナチのギャングから暴力と呪いの脅威を避けるのは難しいとわかった。そのメンバーのひとりは、「彼らはアナーキストをユダヤ人、黒人、コミュニストのようなものと呼んだ」と言った。「コミュニストはひとりもいなかった、それはただの侮辱だった。」

「ナチを含め、ここにはたくさんの民族主義者がいる」と反ファシストは続けた。「彼らはウクライナのそこらじゅうから来た、そして彼らが抗議者の30%ほどを構成する。」

抗議を支持する”3大”政党のひとつは、ウルトラ民族主義者のスボボダ(Svoboda)で、その指導者のOleh Tyahnybokは、”モスクワのユダヤ人マフィア”からの国の解放を要求してきている。スボボダが前例のない37議席を有するウクライナ議会で、Tyahnybokの副官Yuriy Mykhalchyshynはヨゼフ・ゲッペルズを引用するのを好む。Per Anders Rudlingによると、ヨーロッパのネオファシズムを導く学問的専門家、自称”ソーシャリスト・ナショナリスト”のMykhalchyshynが、スボボダの公務上の陣営とライトセクターのようなネオナチ民兵とを結合させる主要なものだ。

ライトセクターは、スキンヘッドスタイルの装いや苦行者のようなライフスタイル、ストリートの暴力に夢中になっていることで特定される自称”自律的民族主義者”の影のシンジケートだ。今月、暴動鎮圧用盾とこん棒で武装するグループの幹部らがヨーロッパ広場の戦いの最前線を受け持っている、そして”ウクライナはなによりまさる!”のチャント、彼ら固有のテーマソングで支配的空気を満たす。

スボボダのあからさまの親ナチ政治力学は、ジョン・マケインにTyahnybokと一緒にヨーロッパ広場の集会で演説することを思いとどまらせなかった、また2月にビクトリア・ヌーランド国務次官補がスボボダの指導者とのフレンドリーな会談を享受するのを止めなかった。反ユダヤ主義の非難をしきりにかわしたがって、スボボダの指導者は最近イスラエルのウクライナ大使を接待した。「我々の愛国的感情も尊重するようにイスラエル人には求めたい」とTyahnybokは述べた。「おそらく、イスラエル議会の各党は民族主義者だ。天の助けで、我々もこのままほうっておいてくれ。」

2013年12月5日、アメリカ・ウクライナ財団会議でヌーランド国務次官補は、民主主義のスキルと制度をウクライナに築くためにアメリカは50億ドルを投資してきたと得意そうに話した。もっとも彼女はどんな詳細も提供しなかったけれど。

「ヨーロッパ広場運動はすべての自由な民主主義にとって第一歩である主義と価値を表すようになっています」とヌーランドは宣言した。

2週間後、ウクライナ民族主義者の親ファシスト組織(OUN-B)を率いる第二次世界大戦時代のナチ協力者、Stepan Banderaに敬意を表して1万5000人のスボボダのメンバーがLvivの都市でトーチライト式典を開いた。Bandera後、選任されたスボボダの役人が空港の名を変えるキャンペーンを行って、平和通り(Peace Street)の名をホロコーストに直接参加したOUN-B派のNachtigall Battalionの名に首尾よく変えるせいで、Lvivはウクライナのネオファシスト活動の中核になっている。「平和は、ソヴィエトのステレオタイプからの残存物」とスボボダの副官は説明した。

右翼コネクション 

生き残る多くのOUN-Bメンバーが、時たまCIAに助けられて、西ヨーロッパとアメリカに逃げた。そこで彼らは右翼分子と共に静かに政治同盟を案出した。「理解しなければならない、我々は地下組織だ。静かに影響の情勢を見通すことに何年も費やしてきた」と、1988年の著書『Old Nazis, New Right, and the Republican Party.』でアメリカにおけるグループの復活を詳細に記述したジャーナリストRuss Bellantに、あるメンバーが語った。

Bellantによれば、ワシントンで”完全なるOUN-Bフロント”からなる上部組織、アメリカ・ウクライナ議会委員会(UCCA)の旗じるしのもとにOUN-B は再編成した。1980年代半ばには、レーガン政権は食い込むUCCAメンバーで蜂の巣状になる。グループの議長Lev Dobrianskyはバハマ大使としてつとめ、彼の娘ポーラは国家安全保障会議の一員だ。Lvivで7000人のユダヤ人の大虐殺を監督したBandera主義者のリーダーStetskoをレーガンは1983年に個人的にホワイトハウスに迎え入れた。「あなたの苦闘は私たちの苦闘」とレーガンは元ナチ協力者に伝えた。「あなたの夢は私たちの夢」と。

1985年にナチ戦争犯罪者を捕らえて起訴するために司法省が強力な粛正運動に着手したとき、UCCAはぱっと機敏に動いて発議権を停止するよう議会に働きかけた。「1970年代後期にそれらの疑義が進行中になって以降、連邦のナチ戦犯容疑者の捜査に反対することでもUCCAは主要な役割を演じてきている」とBellantは書いた。「かなりのUCCAメンバーには気をもむ多くの理由がある、1930年代に始まった理由が。」

今でもワシントンで影響力のある積極的なロビー活動勢力のUCCAは、Bandera主義者の民族主義に対する敬意を放棄しているようには見えない。Banderaの死の50周年にあたる2009年、今日のウクライナに影響を与え続ける彼は、”彼の支持者にとって力と正しさの象徴”だとグループは宣言した。1年後、Lvivとベラルーシでユダヤ人を虐殺したNachtigall大隊のOUN-B司令官、Roman Shukhevychの死の60周年をグループは祝った、そして彼を、”名誉と正しさのために戦ったヒーロー”と呼んだ。

2010年のウクライナに戻って、当時のビクトル・ユーシェンコ大統領は、”ウクライナ全国民のヒーロー”との敬称をBanderaに与えた。そしてOUN-Bのファシズムを無菌化した反ロシア同国人の物語をでっち上げる彼の努力の頂点をマークする。(ユーシェンコの妻、Katherine Chumachenkoは、右翼のヘリテージ財団の元スタッフで元レーガン政権の職員だった。)”ヨーロッパの価値”に対する侮辱であると欧州議会がユーシェンコの宣言を非難したとき、UCCA系列のウクライナ世界議会は憤りで反応し、”第二次世界大戦の間、ウクライナの歴史を書き換えるもう一つの企て”と、EUを責めた。ウェブサイトでUCCAは、Banderaのナチとのコラボに関する歴史記述を「ソヴィエトのプロパガンダ」と退けた。

ヤヌコヴィッチの終焉のあとで、UCCAはヨーロッパ広場の抗議を支持して全米の都市で集会を組織するのを助けた。数百人のデモ参加者がシカゴのダウンタウンを行進したとき、誇らしく赤と黒のUPAとOUN-Bのバナーを掲げる者がいる一方、幾人かはウクライナの国旗を振った。”アメリカはウクライナを支える!”と、彼らは繰り返しチャントした。

http://www.informationclearinghouse.info/article37752.htm
△写真は、”我々はBandera主義者!”
自律的民族主義者の政治的プロパガンダ、知覚でつかんだ敵を襲うことを称賛する。
http://www.academia.edu/2481420/_The_Return_of_the_Ukrainian_Far_Right_The_Case_of_VO_Svoboda_in_Ruth_Wodak_and_John_E._Richardson_eds._Analyzing_Fascist_Discourse_European_Fascism_in_Talk_and_Text_London_and_New_York_Routledge_2013_228-255

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