見つけた 犬としあわせ

こころがどきどきするもの、見つけたとき、 それを作品にしたり、思わずなにかの形にして、人に 伝えたくなります。 見つけたとき感じた、しあわせ感覚が、ひとしずくでも 誰かに伝わったら、ダブルでハッピーです。

July 31, 2016

もうけっこうだ

◇なぜイギリス人はヨーロッパにノーと言ったか
ICH 26 June 2016 by John Pilger

EU離脱のイギリス人による過半数票は露骨な民主主義の行為だった。多数の普通の人々が、大政党の自分よりすぐれていらっしゃる方々、実業界や銀行業を営むグループやメディアのリーダーによってむきだしの侮りでいじめられ、おどしつけられ、簡単に片づけられるのを拒否したのだ。

これは主に、“残留”キャンペーンを擁護する人の全くの傲慢や英国の社会的にまさしく市民生活が寸断することにより立腹させられ、がっくりさせられる人々による票だった。1945年の歴史的改革の最後のとりで、国民健康保険は保守党と労働党が支える私人に属する人々によってくつがえされたため命がけで格闘している。

オズボーン財務相や英国の旧体制とヨーロッパの銀行業を営むマフィア双方の権化が、もし人々が間違った向きに投票したならば公共事業から300億ポンドを削減するとおどしたとき、前もって警告が起こった、それは衝撃的な規模での恐喝だった。

移民は、右翼の大衆向き政治家によるのみならず、下っ端ではなくてトップの腐敗の兆しや人種差別を助長し育てる彼ら自身の由緒ある伝統を利用する労働党の政治家による完ぺきな冷笑的なことばを用いるキャンペーンに利用され食い物にされた。最初はイラク、現在はシリアと、何百万もの難民が中東を逃れてきた理由は、侵略と英米仏やEU、NATOの帝国の意図的暴力だ。その前はユーゴスラビアの故意の破壊がある。その前はパレスチナを盗んだこととイスラエルの不当な要求、詐欺があった。

ソラトピー(日よけ帽)はなくなって久しいかもしれないが、流血は決して止まらなかった。植民地の実用性の程度いかんによる19世紀の国や民族の侮りは、金持ちのためのよこしまな社会主義と貧者のための資本主義を用いて近代の“グローバリゼーション”の最重要項目となる:資本家階級のための自由と労働者階級に対する自由の拒否;不実な政治家と政治化する公務員。

このすべてが今はヨーロッパに帰ってきた、そしてトニー・ブレアの同種類のものを富ませ、数百万人を貧乏にして無力化する。6月23日、イギリス人はもうけっこうだと言った。

“ヨーロッパの理念”の最も有力な宣伝者は極右ではなくて首都圏ロンドンがイギリスのたまらないほど寡頭政治的な階級だった。その先導するメンバーは自分たちのことを21世紀の時代思潮のリベラルで正しい知識のある教養ある民衆指導者とみなす、まさに“クール”とみなす。実はなにかというと、彼らは飽くなき大量消費嗜好と彼ら自身の優越という旧式の生来の傾向を有するブルジョアジーだ。彼らの家の新聞ガーディアン紙で、“ネオリベラリズム”として知られる社会的不公平と憎しみに燃えた過激主義の源、まさにEUを心から非民主的とみなす連中を彼らは毎日毎日さも満足そうに眺めた。

この過激主義のねらいは、法人階級によって恩義を受け類別され管理される大多数と永久不変のワーキングプアで三分の二の社会を確保する永久不変の資本主義神権政治をインストールすることだ。今日イギリスでは、貧しい子どもの63%が家族のひとりが働いている家庭で育つ。彼らにとって割り込みは閉じられている。イギリス第2の都市マンチェスターの60万人以上の住民が「極度の貧困の影響を経験」して160万人が窮乏に陥っていると調査が報じる。

統制されるブルジョア根性のメディア、とりわけ名門大学(オックスフォードとケンブリッジ)が支配力をふるうBBCでは、この社会的大災害のほとんどなにも事実と認められない。国民投票キャンペーンの間、まるでイギリスが今にも敵対する傾向のアイスランドの北のどこかに引っぱっていかれようとしているかのように、“ヨーロッパ離脱”について使い古したヒステリーに立ち入る余地がある洞察に満ちた分析はほとんどなかった。

投票の翌朝、BBCラジオの記者は親しい同窓の友としてスタジオに政治家を迎え入れた。「さて」と彼は面汚しのブレア主義(Blairism)立案者のピーター・マンデルソン卿に言った。「この人たちは、なぜこれほどひどくそれを望むのか?」と。“この人たち”とはイギリスの大多数のことだ。

この頃はそう言う人はほとんどないとはいえ、裕福な戦争犯罪人トニー・ブレアはマンデルソン“欧州連合”階級のヒーローのままだ。ガーディアン紙はかつてブレアを「神秘主義的」で強欲な戦争という彼の“プロジェクト”に忠実だったと説明した。投票日翌日、コラムニストのマーティン・ケトルは大衆による民主主義の誤用にブレヒト流の解釈を提供した。一面記事に「おいおい、もちろん、イギリスにとって国民投票は不適当であるというのに我々は同意できる」と見出しで言った。この“我々”というのは説明されていなかったが、“この人たち”がわかるようにわかる。「国民投票は政治にさほど正当性を授与しない」とケトルは書いた。「… 国民投票の判断は冷酷であって当然だ。二度と起こらない。」

ケトルが待ち焦がれるいわば冷酷のようなものは現在エアブラシで描かれるギリシャで見つけ出される。ギリシャでは国民投票があって結果は無視された。イギリスの労働党のようにアテネの急進左派連合政府(Syriza)の指導者らはポストモダニズムのごまかしと政治的裏切りの中で仕込まれる裕福な大いに特権のある教育ある中産階級の申し子だ。ギリシャの人々は、彼らの国から元気を絞り取っていたブリュッセルの打算的な現状と“もっと対等な関係”に努めるよう政府に要求するため勇敢に国民投票を用いた。英国民が裏切られてきたように、彼らは裏切られた。

金曜日、労働党のジェレミー・コービン党首は“EU残留”キャンペーンの僚友、立ち去ったキャメロンに敬意を表すかどうかBBCに尋ねられた。コービンはしつこくキャメロンの気高さを称賛して、ゲイの結婚に対する彼の支持と血の日曜日の死者のアイルランド人家族への謝罪について特に言及した。彼はキャメロンが分裂を生じさせたこと、彼の残忍な緊縮政策、公共医療を保護することでの彼のウソについてなにも言わなかった。彼はまたキャメロン政権の戦争をあおるやつらに気づかせもしなかった:リビアへのイギリス特殊部隊の急派やサウジアラビアへのイギリス爆撃狙撃手の急派、とりわけ第三次世界大戦を招くこと。

国民投票の週、私の知る限りではイギリスの政治家とジャーナリストは誰も1941年6月22日ナチスドイツのソ連侵攻75周年を記念するサンクトペテルブルグでのウラジミール・プーチンのスピーチに言及しなかった。ソ連の2700万の人命とドイツ全軍の大多数が犠牲となるソ連勝利は第二次世界大戦に勝った。

現在のNATO軍の逆上した増強をプーチンは第三帝国(ヒットラー治下のドイツ)のバルバロッサ(1941年ヒットラーのソ連侵攻作戦)作戦のロシアの西の境界に対しての戦争マテリアルになぞらえた。NATOのポーランドでの軍事演習はナチ侵攻以来最大だった;アナコンダ作戦はおそらく核兵器でのロシア攻撃をシミュレーションした。国民投票の前夜、NATOの売国奴事務局長イエンス・ストルテンベルグは、EU離脱に投票したならば“平和と安全”を危険にさらしていることになるとイギリス人に警告した。彼やキャメロン、オズボーン、コービン、オバマを無視した数百万人とイングランド銀行を支配する男は、ヨーロッパの本当の平和と民主主義のためにまさしく一撃を食らわすかもしれない。

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