見つけた 犬としあわせ

こころがどきどきするもの見つけたとき、それを作品にしたり、思わずなにかの形にして人に伝えたくなります。 見つけたとき感じたしあわせ感覚がひとしずくでも誰かに伝わったら、ダブルでハッピーです。

2021/09/14

アフガン戦争の犠牲

 

画像はナギエブ・カハのツイートから:

9月7日、タリバンのアフガニスタンでの現場

ドローン攻撃と民間人死傷者で開始したようにアメリカはアフガニスタン占領をドローン攻撃と民間人死傷者で終焉する


米軍は、多数の犠牲者が出た26日の自爆テロを受け、再度のテロ防止のために「相当量の爆発物」を積んだクルマを無人機で空爆したと29日発表。

だが、ニューヨーク・タイムズ紙やBBC放送によると、標的となったのはアメリカに本部を置く国際NGOに勤めるアフガン人男性のクルマで、仕事から住宅街にある自宅に戻った際に爆撃された。迎えに出た子どもたちや自宅にいた親族らが巻き込まれ、死亡した28歳の甥は以前に駐留米軍の通訳などとして勤務していた。男性と甥はアメリカへの出国を希望し、ビザを取得していたという。空爆後に集まった近所の男性は「炎上した車内に子どもがいたが助けられなかった。もし大量の爆発物があったとしたら、もっと大きな爆発になっていたはずだ」と米軍の発表を疑問視し、テロ組織との関連を否定した。(東京新聞2021年9月2日)


◇アメリカが撤退しドローン攻撃が一般市民を殺し続けている時、アフガニスタンはタリバンにゆだねられる未来を直視する

デモクラシー・ナウ AUGUST 31, 2021


最後のアメリカ軍がアフガニスタンを去り、アメリカ史上最長の戦争を終わらせる時、私たちはカブールに向かい、デンマーク人のアフガン・ジャーナリスト、ナギエブ・カハ(Nagieb Khaja)と話をします。彼はかつてタリバンに誘拐され、後に報道の仕事でタリバンに従軍取材しました。彼は、7人の子供を含む10人のアフガニスタンの一般市民を殺害した日曜のアメリカのドローン攻撃を調査しています。


エイミー・グッドマン(番組の司会者):アメリカの撤退により、タリバンはアフガニスタンを完全に支配することになります。これには、過去17日間アメリカがタリバンから逃れてきた12万人以上の避難に従事したカブール国際空港も含まれます。これはアメリカ史上最大の民間空輸でした。この地を離れた最後の2人のアメリカ人は離れる直前にタリバンの司令官と話をした第82空挺師団の代理大使ロス・ウィルソンと少将クリストファー・ドナヒューでした。


今日早くにタリバンはカブール空港で記者会見を開き、アメリカの敗北を宣言しました。タリバンの支持者たちは昨夜カブールで祝い、花火を打ち上げ、夜空に曳光弾を発射しました。しかし、多くのアフガニスタン人にとってタリバンが壊滅的な人道上および経済上の危機の中で権力を取り戻すにつれ、国は深刻な不確実性の時代に入っています。


Costs of War Project(戦争の失費プロジェクト)によると、アメリカはアフガニスタンとパキスタンで2.2兆ドル以上を費やしました。ある計算では、17万人以上が戦闘で亡くなっています。


アメリカが去るわずか数時間前にカブールの一家は日曜のアメリカのドローン攻撃で殺害された10人の家族のために葬式を行いました。死者には7人もの子供が含まれます。亡くなった子供のうち5人は5歳以下でした。アメリカは現在、事件を調査しています。国防総省は、カブール空港に自爆テロ犯を連れて行くクルマを標的にしていたと主張します。しかし、殺害された人たちの親戚はアメリカのドローン攻撃に反対論をぶちます。


AIMAL AHMADI:わたしは兄と兄の3人の息子、わたしの娘、そして4人の甥を亡くしました。それは午後4時半頃に起きました。…私たちが過激派だったなら、外国の組織のために働いたりしていません。わたしは外国の組織で4年間働きました。兄は17年間働きました。そして甥のひとりは6年間ヘラートのアメリカの組織で働きました。…空爆の現場でわたしたちは遺体すら見つけることができません。正義が必要です。アメリカ軍はわたしたちの声を聞くべきです、そして二度とこれを繰り返さないでください。


エイミー・ グッドマン:ではカブールに向かいます。そこではデンマークのテレビ放送TV2のために報道をしているアフガニスタンのジャーナリスト、ナギエブ・カハが加わります。彼は日曜のアメリカのドローン攻撃について報告し、犠牲者の親戚にインタビューしました。2008年、ナギエブはタリバンに誘拐されました。後に彼はアルジャジーラのドキュメンタリーを制作している間、タリバンに従軍取材しました。彼はドキュメンタリー作品「私のアフガニスタン:Life in the Forbidden Zone」の監督です。


ナギエブ、デモクラシー・ナウへようこそ!最初にアメリカ史上最も長い戦争の終結と報じられていること、現地で起こっていることについての反応から始め、次にこのアメリカのドローン攻撃のあなたの調査について具体的に話してもらえますか?


ナギエブ・カハ(NAGIEB KHAJA):わたしを番組に呼んでくれてありがとう。


実は現場で起こっていることは過去3週間あまり変わってないんですよ。というのも、タリバンがカブールを奪取したときに多くのことが変わったからです。でも、彼らがカブールを奪取して以降、カブール空港内には西側の声、ほとんどがアメリカの声しかなかったんですよね。従って、実のところは最後の軍隊がアフガニスタンを去るのは普通のアフガン人にとってまったく大きな違いはないんです。過去3週間のように街の外ではいつものとおりに商売です。そして、空港にいた人たち、彼らは避難とひどく関係がありました、それはアフガニスタンを離れない人たちにとって問題ではありませんでした。実際、その点で、影響を生じません。


でも、歴史上それはもちろん違いを生じます。というのは、アフガニスタンで戦争を始めた、同盟国と共にアフガニスタンを侵略したのはアメリカでしたから。そしてこの場所を見捨てていくとは想像を絶することです。タリバンとアメリカ政府、そしておそらくアフガニスタン政府の残党との間の戦争を理解するのは今でも本当に難しいです。カブールの北、パンジシール渓谷には反乱軍の小さなグループがいますが、彼らを除いて、アフガニスタンに戦争がないというのは、まさしくいまこの時に本当に異常なことです。


ホアン・ゴンザレス:ナギエブ、この家族が殺害されたドローン攻撃について話してもらえますか?米軍が主張しているようにこれは事実上の軍事行動に伴う民間人が受ける人的被害だったのか、それともクルマを空爆する際の情報に完全な誤りがあったのでしょうか?


ナギエブ・カハ:わたしが知ることができたのはこの家族の話なんですね。犠牲者のひとりの兄弟と話をしました。Aimal Ahmadiです。兄のEzmaraiはエンジニアで南カリフォルニアに本拠を置く慈善団体、パサデナに本拠を置く非政府組織の国際NGOで働いていました。そして彼はこの組織で17年間働いています。そして家族にとって彼は父親のようでした。彼は他の兄弟の面倒を見ていました。そして兄弟によると、彼はアフガニスタンを離れてアメリカに行くことを可能にする特別なUS移民指定を申請していました。


その日、彼は帰宅して囲った中庭でクルマを運転していました。12歳の息子を一緒に連れていき息子にクルマを運転させました。そして多くの子供たち、中にはクルマに乗り込む子がいて、他の子たちはクルマのまわりで遊んでいました。すると突然、ドローンがクルマを爆撃し、すべてが爆裂しました。そしてクルマは燃えていました。そしてこの家族の悲劇が起こったのです。近所の人たちがやって来て救おうとしましたが不可能でした。恐ろしい肉壁の光景で、ばらばらになった人間の断片が敷地全体にありました。悪夢だったと弟は言いました。


つまり、周囲の誰もみなが殺された人たちは無実だったと言っている当面の問題ですが、2つの選択肢があるということです。選択肢の1つは、この成人の1人がIS(IS-K)のメンバー、秘密のおとりISメンバーだったことを彼らは知らなかった。もう一つは、彼らは無実だった、それが誤爆だったということです。攻撃は間違った情報に基づいていた。でも、最初の選択がたとえ本当だったとしても、このISメンバーと一緒に子供たちを殺しても見合うと評価する決定を実際にアメリカの誰かが下しているんですよ。ですから、いずれにせよ、何が起こったのかについて非常にゆるい言葉を使うことは絶対に問題を含みます。


ホアン・ゴンザレス:エリア近くのどこにも爆発物がなかったことは明らかでしょうか?言い換えれば、アメリカ政府は彼らが対応している差し迫った脅威があると思ったと主張しているからです。


ナギエブ・カハ:私は爆発物の専門家ではありません。調査する必要があります。多くのジャーナリストが調査しようとしています。わたしは燃え尽きたクルマを見ることができました。そしてアメリカ当局者は爆発物を積んでいたと言いました。でも、わたしが話をした家族や近所の人たちは1回の爆発だったと言いました、あなた方が言う数回の爆発ではなく。これはこの人たちからの証言のようなものですよ。2回爆発があったという印象は誰にもなかったと言ってました。空爆されたのは1台のクルマだった、そしてこのクルマには火がつき、クルマの周りにいた人たちや車内の人たちが死にました。


エイミー・グッドマン:ナギエブ、今日8月31日はバイデン大統領が米軍撤退の期限として設定した日です。街頭で何が起こっているか、タリバンとは誰なのか、そしてタリバンとのあなたの経験について話してもらえますか?そして彼らが言うように彼らは変わると思うか、話してもらえますか?


ナギエブ・カハ:タリバンは進展変化を遂げてきましたが、まださほどではありません。表面上それは1つの組織ですが、表面下ではさまざまな層からなります。カンダハールやヘルマンド出身のタリバン運動の南部人がいます。彼らはオールドスクール(旧派)のタリバンでたくさんいます、90年代のタリバンに最も類似している人たちなんですね。でも、彼らはそれでもやはり進展変化を遂げました。というのも、90年代のタリバンは電話を壊していました。写真を破壊し、女性にブルカの着用を強要していましたからね。ヘルマンドにも行ったばかりです。わたしは5日前にそこにいました。顔を覆うブルカなしの女性を見ましたよ。頭に巻くスカーフ、ヒジャーブだけの女性も見ました。ですから、より伝統的な南部のタリバンでさえ、変わってきています。それは確かです。


それにまた、東部のタリバンとタリバン運動の北部地方の人がいます。彼らはより実用主義的な人たちです。より現代的と言えなくもないです。彼らは女性の教育と女性の労働を認めるように南部地方の人を説得するために懸命に戦っていたことをわたしの情報源が明らかにしました。ですから、彼らの間でこれら意見の違いがありますが、人々にそのことを知らせないだけです。彼らは一つの勢力、影響力を持つ集団のように振る舞おうとしています。情報源によると、彼らは非常に大きな圧力をかけたので、今のところそれを受け入れることになっています。


それにまた、ハッカーニがいます。彼らは反逆者ですよね、でもアルカイダに触発されたテロ組織のようなものでもあります。ISがアフガニスタンに現れる前、最も極端なテロ攻撃のいくつかはハッカーニによって実行されました。そしてハッカーニはパキスタンの諜報機関であるISIとつながりがあり、彼らからも多くの影響を受けています。そして、旧派のタリバンとアフガニスタン東部出身のタリバンは、ISIを嫌っています。つまり、このすべてがあります。タリバンと呼ばれる傘のような組織があるんですが、組織の下にはさまざまな種類のタリバンがあって、話し合っている主題が何かによりけりで摩擦があります。


そして、わたしたちはどのようなアフガニスタンにしていくつもりなのか?それは本当に説得力ある質問です。なぜなら、どのようなアフガニスタンになるかについて彼らは合意していないということです。彼らがどうしたいかについて、いわば幾つかの決定を延期しました。


わたしたちがよく話し合うトピックのいくつか、アフガニスタンの進歩派とアフガニスタンの教育を受けた人々、リベラルな人々、彼らが話しているのは女性の権利、個人の自由、言論の自由、これらのことです。そしてタリバンは、たとえば女性の権利について話すとき、女性の教育について話すとき、女性の労働について話すとき、「もちろん、私たちはそれを許可しますがイスラム教の枠組みの中で」と言います。ですから、もしイスラム教がただ一つのことであるならば、この運動から何を期待することになるか分析することは容易でしょう。でも、イスラム教の枠組みとは何かについて本質的に意見が一致しない場合、何が起こるのかわたしたちにはわかりません。


ホアン・ゴンザレス:2週間かそこら、これまでタリバンが国を引き受けてきた実践について少し話してもらえますか?彼らが実際に統治し、便宜を提供するために動いている兆候はありますか?そして、あなたが言ったように明らかにアフガニスタンは変わってきています。占領期間中の予算の約75%は国際的な寄贈者からのものでした、そのため、何らかの財政的支援を継続できるようにするには国際社会と何らかの関係を築く必要があります。まさに、これまでの彼らの統治についてあなたの直感的な理解はどんなものですか?


ナギエブ・カハ:彼らはまもなく政府(内閣)を発表する予定です。彼らは特定の役職に特定の人物を選びました、彼らはまもなくそれを明らかにするつもりです。そして当面の問題は、彼らが執行部(行政の基本理念)を維持するのに本当に苦労したということです。でも、たくさんの人たちが逃げました。彼らは復讐するつもりはないというタリバンの約束を信頼しません。そのため、タリバンは多くの資源、頼みを失っています。アフガニスタンからの巨大な頭脳流出がありましたね。数週間で10万人がこの国を離れたとあなた方は言っています。もっと多くの人がこの国を去ろうとしています。ですから、彼らは本当に多くのことに苦労することになります。


そして、彼らは経済とも苦闘することになります。アフガニスタンへの資金の流れは止まっています。あなた方は今まさにその国に入る金を入れていません。人々は給料をもらっていません。たとえば、州のため、政府のために働いている人々です。ですから、アフガニスタン人にとっては非常に厳しい時期になります、また職務を果たすタリバンにとってそれは本当に大変なことになります。


でも、タリバンは協同したいという兆候を示しています。たとえば、カブールの市長を維持することです。彼らは市長を解雇しませんでした。そのまま市長として維持しました。そして、他の場所でも同じことをしました。ですが、同時にあなた方は復讐についての話も聞いています。彼らに同意しない特定の人物、または彼らに非常に批判的で声高な批評家である特定の人物を探していると聞いています。


一方で、ドーハで旧アフガニスタン政府や国際社会と交渉した指導者の一部であり、非常に実用的で柔軟な指導者、以前のタリバンから予期するよりもはるかにオープンマインドな運動の指導者がいます。そして、彼らは世俗的な人々と一緒に座って話し合い、違いがあることを認めました。彼らは女性と一緒に座って話し合いました。そして反対側には戦争しか知らないハードに戦うタリブがいます。彼らは村で育ちました。学校に行っていません。教育を受けていません。彼らは異なる意見を持つ人々と一緒にいることに慣れていません。彼らは女性と一緒にいることに慣れていません。そして、彼らはまさしく戦争によってあざやかに描写されてきています。


エイミー・グッドマン:ナギエブ、あなたは滞在しているんですか?


ナギエブ・カハ:アフガニスタンには滞在していません、わたしはコペンハーゲンに拠点を置いています。行ったり来たりしています。そして17年間アフガニスタンをニュースとして取材してきました。わたしは2004年からこの紛争を取材してきました。そして、実のところは取材をやめることにしました、というのもわたしには家族がいる、子供がいるからです。あなたはわたしの話をしましたね。わたしは誘拐を無理強いされました。アフガニスタンで2回刑務所に無理強いされました。1回はアフガニスタンの諜報機関、NDS、もう1回はタリバン、そして悪党のタリバンの集団に誘拐されました。


これだけは言えます。西側のジャーナリストは今まさにタリバンから実際に特別扱いを受けています。というのは、タリバンは今まさにPRキャンペーンをしているからです。アフガン人のジャーナリスト、彼らはわたしたちよりずっと厳しい時間を過ごしています。ですから、わたしたちのような人間にあっては、それは本当に重大です。


エイミー・グッドマン:では、ナギエブ・カハ、番組に出演してくれてほんとうにありがとうございます。彼はアフガニスタンとシリアでの戦争を取材した受賞歴のあるデンマークのアフガン・ジャーナリストでドキュメンタリー作家です。彼は現在カブールにいて、デンマークのTVチャンネルTV2のために取材をしています。


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