見つけた 犬としあわせ

こころがどきどきするもの、見つけたとき、 それを作品にしたり、思わずなにかの形にして、人に 伝えたくなります。 見つけたとき感じた、しあわせ感覚が、ひとしずくでも 誰かに伝わったら、ダブルでハッピーです。

May 18, 2008

ハンガーストライカー



◇映画「Hunger」は力づよくアイルランドに目をやる
カンヌ映画祭でイギリス映画「Hunger」は肯定的な論評が見えてくる。
「ハンガー」でボビー・サンズを演じるマイケル・ファスベンダーは、医療によって調整される突貫工事の急激な減量を続けた。ターナー賞を受賞するアーティストのスティーヴ・マックィーンが監督する映画は、IRAのハンガーストライカー、ボビー・サンズの生涯の最後の6週間にきびしい目を通す。(ターナー賞は現代美術界で最も重要な賞のひとつといわれ、秋の授賞式はTV中継され、翌日の新聞で受賞者が大々的に報道されるなど、英国の国民的行事となっている)
1981年、サンズは政治犯という特別な身分を要求するために始めた行動で、6週間食べずに通した。
IRAの囚人たちは、犯罪者ではなく、政治犯として扱ってもらいたかった。
要求は、マーガレット・サッチャー首相によって短い懺悔を言い渡された。サッチャーは「政治上の殺人、政治上の爆弾投下、政治上の暴力などというものはありません。」と言った。
「犯罪的な(けしからぬ)殺人、犯罪的な爆弾投下、犯罪的な暴力があるだけです。」
66日間食べずに通した後、サンズは27歳で北アイルランドのメイズ刑務所で死んだ。
北アイルランド当局の簡潔な声明には「メイズの囚人、ロバート・サンズ氏が本日午前1時17分に死亡」と書いてある。
家族に付き添われる彼は、医療スタッフによって死亡が宣言されるまで、48時間コーマ状態のままだった。
・苦闘
2ヶ月のあいだ新聞やニュースの定時放送で優位を占めた彼の記事は、ウエストロンドンに住む11歳の少年の心にしっかりと残った。
その少年は1999年にターナー賞を受賞することになるマックィーンだった。
そのアーティストで映画作家は、アイルランド共和国の囚人の苦闘の身の上話は一度も忘れたことがないと述べる。
「その下部に番号がついたTVに出た画像がこのボビー・サンズと呼ばれる男だった」と彼は回想する。
いまマックィーンはこの伝記を木曜夜にカンヌ国際映画祭の「ある視点」でプレミア上映された彼の初の主要映画にしている。
ある10分間の連続ショットの撮影は、撮影初日に北アイルランドで撮影されたもので、完ぺきにする試みで俳優マイケル・ファスベンダーとリーアム・カニングハムを使った。
マックィーンはこの二人のキーとなる登場人物の相互作用を、同時代の伝説のジミー・コナーとジョン・マッケンローのウインブルドンでの決勝の試合になぞらえる。
・動揺
「観客はどちらに同調するかわからずに、誰が優位に立つことになるかまたは不利な立場になるかわからずに座らされる。」
「ある意味では、彼らは登場人物と同じくらい会話にかかわり合うことになる。」
映画が結論に達するに従い、観客の体験はどんどん動揺することになる。
飢えでそこなわれ、傷でおおわれた、サンズの骸骨の姿は、最近の記憶のなかで最も挑戦的でむずかしいショットだ。
ファスベンダーはそのシーンを撮るために、医療によって調整される突貫工事の急激な減量を続けた。
「体重がもとに戻り始めた後、ボクの医師は、ボクが激やせ中に受付係が彼のところにやってきてボクが本物の病気ではないのか?ガンかなにかで死ぬのでは、と言ったのを教えてくれた」とファスベンダーは回想する。
「それを聞いたとき、ちょっとうれしかったから、変だったよ。」
それほど重くサンズと仲間のハンガーストライカーの身の上話に集中することで、映画はパルチザン(一味の者)だとの言いがかりに直面しそうだ。
とはいえ、マックィーンはそれが「彼の核心ではない」と言う、そして政治的な武器として彼らの肉体を酷使する人々の「ジレンマ」に彼は興味があると付け加える。
・緊張
「映画監督として、人がやりたいのは、その種の問題を持ち出すこと」だと彼は言う。
「私がおもしろいと興味を持つ普遍的対象は、聞き入れてもらうために、食べない人たち。」
ファスベンダーは、アブグレイブやグアンタナモベイにサンズの顛末に匹敵する現代のものがあることに同意する。
同時に、政治的武器として肉体を使うという考えは、中東やロンドンやニューヨークでの破壊的結果に使われてきている。
だが、彼は、映画が北アイルランドの古い緊張を復活させないことを願う。
「当座はすばらしい雰囲気がある」と、母親が北アイルランド東部の州のラーンという海岸の町出身の俳優は言う。
「あの敵対(争い)と面倒ごとの年月のすべてを修繕するのは、実際には旅の途中だ。」
そのような重大な主題に取り組むことが多くの初監督をひるませるのを証明してきているというのに、マックィーンは挑戦を楽しんだ。
「やってることで微塵も神経質にならないのは、時にはすばらしい、恐れがないからだ」と彼は言う。
(BBCエンターテイメントニュース 16 May 2008 by Razia Iqbal)

◇第61回カンヌ国際映画祭で15日、「ある視点」部門に出品されたスティーヴ・マックィーン監督の作品「Hunger」がプレミア上映された。
IRAの活動家ボビー・サンズが主人公の伝記映画。北アイルランドのメイズ刑務所で、サンズら活動家は政治犯としての権利の復帰を目指してハンガーストライキを実行し、サンズはその66日後に死亡する。映画は、看守たちの過酷な暴力、そしてサンズの身体がやせ衰えていく様子も刻々と描く。
英国内では「テロリストの殉死を賞賛する映画」との批判が相次いでいるが、監督は「サンズを英雄とか殉教者扱いしているわけではない」と語る。「大人のとりすまされた世界で何が起こっていたかを人々に思い起こしてほしいと思って、この映画を作った。サンズの行動がいいか悪いか、わたしにはわからない。映画は、よい決定だろうが悪い決定だろうが何かを決定する人々、そしてその結果を描いている。」
その一方で、1981年に閉鎖されたメイズ刑務所で起きたことと、キューバのグアンタナモベイ米軍基地収容所、イラクの旧アブグレイブ刑務所で起こったことには共通点があると監督は言う。
サンズは、北アイルランドの英国からの分離・アイルランドへの併合を求めるIRAの武装闘争に参加し、銃器所持の罪で逮捕・収監された。サンズらは獄中、政治犯としての権利を剥奪されたことに抗議して、衣服の洗濯の拒否、房内の壁に糞尿を塗りたくる「ダーティープロテスト」など、様々な抗議活動を展開。
「どんな場合でも、人は何か手元にあるものを使うものだ。この場合は、身体であり、糞尿であり、とにかく使えるものはそういうものに限られていた」とマックィーン監督。
だが、当時の首相、マーガレット・サッチャーが要求をのまないと知るや、今度はハンストに突入する。このニュースが報じられると、世界中で同情論が起こるとともにサンズの人気は高まり、英下院議員に選出されるほどだった。だが、やがて帰らぬ人となる。ハンストでサンズを含む10人が死亡したことを受け、IRAはテロ活動を活発化させた。
1996年にサンズの自伝映画「Some Mother's Son」がカンヌで上映された際も、賛否両論を呼んだ。
マックィーン監督は、戦争画家としても知られ、1999年には現代美術アーティストに贈られるターナー賞を受賞している。最近では、イラク戦争で戦死した兵士の顔をプリントした切手のシリーズを製作して物議をかもした。
(AFP通信Rory Mulholland 2008年5月16日)

写真は、映画「Hunger」のワンシーンと監督、カンヌのオフィシャルサイトより

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