見つけた 犬としあわせ

こころがどきどきするもの、見つけたとき、 それを作品にしたり、思わずなにかの形にして、人に 伝えたくなります。 見つけたとき感じた、しあわせ感覚が、ひとしずくでも 誰かに伝わったら、ダブルでハッピーです。

September 02, 2009

値踏みされる戦争ジャーナリスト



◇アフガニスタン戦争を報道するジャーナリストをプロファイル(心理・行動の特徴を分析)して値踏みするためペンタゴンはレンドングループを雇う

戦争を報道するジャーナリストの表面に出ない横顔を取り出すため民間会社を雇っているのをアフガニスタンの米軍が認めてきています。軍と150万ドルで契約するワシントンに本社を置くPR企業、レンドングループによってジャーナリストたちがふるいにかけられているのを、今週、陸軍の新聞スター&ストライプスが暴いて以降、ペンタゴンはずっと防戦状態です。ジャーナリストたちが彼らの報道を「ポジティヴ(肯定的)」「ニュートラル(どっちつかず)」「ネガティブ(否定的)」に分類する分類図で値踏みされたのを新聞が入手する文書が明らかにします。

◇移民のチャンプ:セサール・チャベスと季節労働者を支援したテッド・ケネディについて語る

労働組合のリーダー、セサール・チャベスと国中の季節労働者への故エドワード・ケネディの長い間の弁護についてホアン・ゴンザレスが論じます。
「カリフォルニアの(海面下の砂漠の中の谷)インペリアルヴァレーからテキサスのリオグランデヴァレーまで、ワシントンのりんご園からフロリダのサトウキビ畑まで、公にされない隠れた移住者の手がいまもアメリカ人の食べ物を摘んでいるところではことごとく、テッド・ケネディがいなくてまったくさびしいことだろう」とホアン・ゴンザレスはニューヨークデイリーニューズ紙に書きます。
(ホアン・ゴンザレスはデモクラシーナウ!の司会者のひとりでニューヨークデイリーニューズ紙のコラムニスト)

◇2万人がケネディ上院議員に敬意を表す

木曜、ボストンのジョン・F・ケネディ大統領図書館の国旗に包まれた棺内に彼の遺体が永遠の眠りに横たわるとき、2万人以上の哀悼者が故エドワード・ケネディ上院議員に最後の敬意を表すため並びました。真夜中現在、まだ中に入るため6000人が並んでいたと警察は報じました。群衆に配慮して図書館は午前2時まで開いていました。
ケネディ上院議員の甥、ロバート・ケネディ・ジュニア:「彼が労働者、貧しい人々、わが国の理想主義的ビジョンを気づかったこと、そして多くの人びとがその気づかいを信じたことを反映します。私の一族すべてにとって非常に感動がほとばしるものです。」
哀悼者にはジェシー・ジャクソン師がいます。
ジェシー・ジャクソン師:「彼が逝ってしまったのを私たちは嘆き悲しみ、彼の人生を讃えます。テッド・ケネディのリスクの高い尽力の記録のために彼への恩は忘れません。法律で定められたジム・クロウ(人種隔離政策)を終わらせるため彼が1964年の公民権法に賛成票を投じたとき、それは抑圧的力の領域でした。そのせいで、彼の兄弟たちは殺されました、キング師は殺され、メドガー・エヴァーズは殺されました。彼が投票権法に票を投じたとき彼はアメリカの政界を変えました。多くがバケツで海水をくみ出そうとするとき、彼は運河を建設しました。彼は進路を変えたのです。」
ケネディ上院議員の葬儀は明日ボストンで行われます。彼はアーリントン国立墓地の兄の墓の隣に埋葬されます。

◇グアンタナモに拘留でモハメド・ジャワドが米国政府を訴える

アフガニスタンでは、モハメド・ジャワドの家族が6年以上ものあいだグアンタナモに彼らの子どもを監禁していたことでアメリカ政府を訴える考えを発表してきています。今週はじめに釈放された後、彼は拷問されて米兵に手榴弾を投げたと自白するように脅されたとジャワドは言いました。拘留されたとき、わずか12歳だったとジャワドは言います。

◇アフガンの医療クリニックを爆撃したとアメリカは非難される

負傷したタリバン指導者が報じられるところでは治療を求めたとかのアフガニスタン東部の医療クリニックを武装ヘリコプターを使って攻撃したためアフガンの議員が米軍を公然と非難してきています。「病院を破壊せずに彼を捕まえるため使う別の方法とか戦術があったに違いない。」とアフガンの議員カリド・ファロキは言いました。部隊は発砲された後クリニックに発射しただけで、なかに一般市民がいないのを保証していたと米軍は言いました。アムネスティインターナショナルはNATO軍にこの攻撃の調査に乗り出すようしつこく促しました。

◇南米サミットは米コンロビア軍事協定に焦点をあてる

コロンビアの7つの軍事基地を使用するとのオバマ政権の決定が今日、アルゼンチンの南米大統領の首脳会議できびしい精査を受けることが予想されます。基地がもしかすると隣国への突然の軍事侵入に使われるとの恐れを南米の幾つかの国が表明してきています。木曜、米コロンビアの取り決めに抗議するため抗議者らがサミットを前に集まりました。
ホルヘ・アクーニャ:「すべての社会的組織と共に、私たちはこの平和とコロンビアの軍事基地組込み拒絶のための行進を支持する。そしてボリビア大統領エヴォ・モラレスによるラテンアメリカの人びとは団結せよとの呼びかけを支持するとき、私たちは人びとに参加できるよう期待して耳を傾けられる価値感を求める。」

◇国務省の職員がホンジュラスへの支援を打ち切るよう薦める

もうひとつラテンアメリカからのニュースで、1億5000万ドルほどのホンジュラスへの資金供給をオバマ政権に打ち切らせる処置で、ホンジュラスのマヌエル・セラヤ大統領の追放は「軍事クーデター」と公式に宣言されることをアメリカ国務省の職員が薦めます。
ヒラリー・クリントン国務長官はまだ事を決定してきていません。正式に選ばれた政府のトップが軍事クーデターまたは命令によって追放されるいずれの国の政府に対してもアメリカの法律は援助を禁じます。一方、米州機構の事務総長はセラヤがホンジュラスに戻るのを許すとのクーデター政権による提案をはねつけてきています。民主的に選ばれたセラヤが大統領の地位を要求する権利を引き渡しさえすれば、計画に従ってホンジュラスの暫定大統領ロベルト・ミチェレッティは辞職してセラヤの帰国を受け入れると持ちかけたのです。

◇カーター:イスラエルのすべての入植地は取り払われるべきだ

ジミー・カーター元大統領と南アフリカのデズモンド・ツツ大司教がヨルダン川西岸にあるイスラエル分離壁の建設現場を訪れて地域のイスラエル入植地を非難しました。カーターとツツはどちらも、イスラエルとパレスチナ人に再び和平会談をはじめさせようと圧力をかける世界の元指導者たちの組織The Eldersの一員です。
ジミー・カーター:「東エルサレムを含め、パレスチナ全土におけるすべての入植地の建設と拡大を止めることがいま非常に重要だが、それはただの第一段階。最後にはすべてのイスラエル入植地がパレスチナから一掃されることにならなければなりません。そしてイスラエルとの和平で私たちが並んで立っているこの地を独立国家であると認めるのが究極のゴールです。」
デズモンド・ツツは個人的体験をメディアと共有しました。
デズモンド・ツツ:「あなた方は銃身から身を守る真の防護手段を得ていません。彼らは銃身で私たちを抑圧しようとしました。結局は、すべての人の人権が認められて尊重されたとき防護手段が手に入ったと気づくのです。」

◇共和党の候補者がオバマ狩りでジョークを言う

アイダホの共和党州知事候補者がオバマ大統領を追跡する許可(鑑札)を買うと言ったとき、単なるジョークを言ってただけだと主張しています。火曜、ツインホールズでの集会で観衆のひとりが「オバマ(の所在が追跡できるようにした)タグ」について可能性を叫んだとき、レックス・ラメルは追跡できる狩猟用のタグについて論じていた。「オバマ・タグだって?それを買おうじゃないか。」とラメルは応じた。ジョークを言っていたのだから、謝罪する理由が見あたらないとラメルは言う。一方、「グレートホワイトホープ(白人の期待の星)」を見つけるため、いままさに共和党員は苦闘している。」と言ったため、カンサスの共和党下院議員リン・ジェンキンスは非難を浴びてきています。彼女のコメントはオバマ大統領にチャレンジできる誰かに関してのものではなかったとジェンキンスは主張します。フレーズ「グレートホワイトホープ」はジャック・ジョンソンという黒人ボクサーがヘビー級タイトルを獲得した20世紀はじめに慣用語に加わったと広く考えられています。彼を負かすことができる「グレートホワイトホープ」とやらをなんとか見つけようとすることで、多くの白人がジョンソンの成就に反応を示しました。
(ウィキペディア:当時、黒人はタイトル戦以外の舞台でならば白人と対戦することができたが、アメリカにおいてヘビー級チャンピオンという座は大変な栄誉であり、黒人がそれを競い合うに値するなどとはまったく考えられていなかった。だが、ジョンソンは1907年に前チャンピオンのボブ・フィッシモンズと対戦する機会を得て、2ラウンドでフィッシモンズをノックアウトした。そして1908年12月26日にようやく世界ヘビー級のタイトルを手に入れた。ジョンソンがバーンズに勝利してからというもの、白人の間では人種的な憎悪の念が広まり、ジャック・ロンドンのような社会主義者でさえ、ジョンソン(類人猿とまで戯画化された)からベルトを奪取し、それを本来保持すべき「優生種」の白人の元へもたらす「グレートホワイトホープ」(白人の期待の星)の到来を切望した。)

◇シンディー・シーハンがオバマの戦争ポリシーに抗議する

オバマ大統領が休暇を過ごす家の近くで抗議を主導するため、反戦活動家シンディ・シーハンがマーサーズヴィンヤードに到着しました。テキサス、クロフォードのブッシュ大統領の家の外で大きな抗議行動を主導した4年前、シーハンは国際的なメディアの見だしで大きく取り上げられました。木曜、シーハンはアフガニスタンでの戦争拡大でオバマを非難しました。
シンディ・シーハン:「この国の外交政策で私がみなす唯一の変化はいっそう悪い変化です。部隊はイラクから離れるとオバマは彼の行動の基点を約束したのに、これまでひとつの部隊も離れません。彼は、アフガニスタンとパキスタンにもっと部隊を送ると言いました、そして不幸にもその約束は守られます。」

(デモクラシーナウ!2009年8月28日ヘッドライン)
写真はテッドとボビー・ケネディ、1967年

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