見つけた 犬としあわせ

こころがどきどきするもの、見つけたとき、 それを作品にしたり、思わずなにかの形にして、人に 伝えたくなります。 見つけたとき感じた、しあわせ感覚が、ひとしずくでも 誰かに伝わったら、ダブルでハッピーです。

January 13, 2015

グアンタナモ14周年

◇グアンタナモ14周年の初日、拷問に反対する2人の抗議者がディック・チェイニーの家で逮捕される
ロイター:土曜日、幾人かはオレンジ色のつなぎの囚人服を着る20人の抗議者がグアンタナモベイ刑務所の開設14周年に注意を払うためディック・チェイニーの所有地を歩き続けたあと、ヴァージニア州マクリーンのディック・チェイニー元副大統領の家で2人の抗議者が逮捕された。
抗議者には82歳の女性もいた。
http://www.reuters.com/article/2015/01/10/us-usa-guantanamo-protesters-idUSKBN0KJ0O320150110

◇グアンタナモの6人の囚人、ウルグアイへの亡命が認められる
La Jornada 07 December 2014

昨年12月7日未明、ウルグアイは6人のグアンタナモ囚人を亡命者の資格で受け入れた。6人の内訳はシリア人4人、パレスチナ人1人、チュニジア人1人で彼らはアルカイダの組織に属していると告発されていたが、一度も裁判にかけられることはなかった。

ウルグアイ外務省は元囚人の到着を認めて「これは彼らの亡命申請に基づき国際的な人道保護の取り決めに厳格に従って対応したもの」と表明した。

キューバ国内にあるアメリカのグアンタナモ海軍基地内の刑務所からの移送はアメリカの軍用機によって行われた。彼らは2002年にテロ容疑で逮捕されてから、12年後に解放された。

ウルグアイのホセ・ムヒカ大統領は今週、彼らを引き受けることについてTV番組でおおやけにその決定の正当性を話した。 「グアンタナモは刑務所ではない。あれは誘拐の場だ。なぜなら刑務所は何らかの人権のシステムのもとにあるもの。検察が存在し、裁判所の決定があり、何であれ法的な根拠というものがある。」

国務省から派遣されたクリフォード・スローンは、「私たちはウルグアイが重要な人道的措置を取ってくれたこと、またムヒカ大統領が強力な指導力で自国に戻ることができない者らに家を提供してくれたことに対して、感謝している」と語った。グアンタナモ刑務所を閉鎖するという「共通の目的に、友人と同盟者の援助は根本的なものである」と付け加えた。

解放されたのはチュニジア人のアブドル・ビン・モハメッド・アビス・オウルギ(49歳)、パレスチナ人のモハメッド・タハンマタン(35歳)、シリア人のアフメド・アドゥナン・アハジャム(37歳)、アリ・フセイン・シャーバーン(32歳)、オマール・マフマド・ファラフ(33歳)、そしてギハド・ディヤブ(43歳)。彼らはハンガーストライキを行っていて、強制的に食物を摂取させられない権利をアメリカの裁判所に対して訴えた。

アメリカのバラク・オバマ大統領は大統領に就任した際にグアンタナモ刑務所の閉鎖を約束した。彼は世界中に流された映像によって国のイメージが損なわれたと述べた。だが、議会が障害となったことや、チャック・ヘーゲル国防相の手続きの遅れによって、これを実行することはできなかった。

グアンタナモの刑務所はキューバの意思に反してアメリカが100年を超えて占領する軍事基地の中にあり、オバマの前任者、ジョージ・W・ブッシュによって2001年9月11日の攻撃の後に対テロ戦争の一環として開設された。ここには国外で逮捕された容疑者が収容されて、いかなる司法、法律にも縛られることなく、ワシントンが彼らを拘束することを許した。

元ゲリラであり元政治犯でもあるムヒカ大統領は、1月以降グアンタナモの6人の受け入れを表明してきており、彼らはウルグアイでは刑務所に入れられることはないこと、なぜなら彼らは亡命者であるから、そしてまたウルグアイに留まることを強制されないことを繰り返し約束してきた。彼らは望むときに出ていくことができ、アメリカによる2年間は留まるとの提案を受け入れることはないと表明した。ウルグアイのグアンタナモからの受け入れは南米では初めてであり、ラテンアメリカでは2番目となる。エルサルバドルが2012年に2人のウイグル人を受け入れていて、2人はその後この国を離れた。

http://ameblo.jp/guevaristajapones/entry-11965847926.html
ブログ「ラテンアメリカの政治経済」より抜粋

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