見つけた 犬としあわせ

こころがどきどきするもの、見つけたとき、 それを作品にしたり、思わずなにかの形にして、人に 伝えたくなります。 見つけたとき感じた、しあわせ感覚が、ひとしずくでも 誰かに伝わったら、ダブルでハッピーです。

July 04, 2007

ガザに踏みとどまる記者の解放


7月4日、パレスチナ自治区のガザにおいてイスラム系武装勢力に拉致されていたBBC(英国放送協会)のアラン・ジョンストン記者45歳が解放され、記者本人や英国政府のみならず、解放を訴えてきたアラブ世界をも含む支援者らは一斉に安堵した。
◇開口一番「事態を報道できなかったこと」への悔しさを語る
パレスチナ原理主義組織ハマスの仲介で、「アーミーオブイスラム(イスラム軍)」を名乗るパレスチナのイスラム系武装勢力から解放されたジョンストン記者は、ハマス幹部らとの共同記者会見に疲れた表情ながらも、極めて落ち着いた態度で臨んだ。
ジョンストン氏は3月12日に現地のBBC事務所から帰宅する途上で「イスラム軍」に銃を突きつけられ、拉致された。パレスチナ自治区では過去にも欧米人が拉致される事件はあったが、同氏の拘束期間は4ヶ月と異例の長さに及んだ。
解放にあたりジョンストン記者は開口一番、ハマスとPLO( パレスチナ解放機構)最大派閥ファタハのガザ地区での戦闘と、ハマスによる6月15日のガザ地区制圧について報道できなかったことが悔しいと述べた。
同氏は「拘束されていた(武装勢力の)潜伏先で、周囲の街路での戦闘の音などが聞こえ、極度に混乱したできごとが進行中であることが分かるのに、それに関する報道ができなかったことは、さらなる悪夢となった」と解放後、BBCの電話インタビューに語った。「知ることができたのは、なにか大きなことが起こっているということだけだった。私がガザに駐在を開始して以来、最大のニュースだということは分かったのに、独房に横たわっているだけで一言も言葉を発することができなかった」
◇ガザ地区に留まり報道を続けた同記者を中東社会も評価
ジョンストン記者は2004年4月から3年間の予定でガザ地区へ駐在していた。同地区の治安情勢の悪化から、欧米メディアの記者の大半は引き上げたが、独身で子どももいない同記者はガザ地区に留まり、現地の状況を報道し続けた。同氏の拘束事件に関して、英国政府からの解放要求だけでなく、中東で対立関係にある諸国や派閥などが同じく解放を訴えて一致団結したのは、欧米記者のほとんどが引き上げるなか、ラジオやテレビ、インターネットを通じて、現地の状況を伝えてきたジョンストン氏の報道が、中東社会でも評価された結果だった。

ジョンストン記者は1962年にタンザニアのリンディで生まれる。英国北部エジンバラの共学私立校ダラー・アカデミーを卒業後にダンディー大学で英語学と政治学を専攻、さらにカーディフ大学の大学院でジャーナリズムを研究した。
1991年にラジオ局のBBCワールド・サービスに入社後、1993年から95年までウズベキスタンに駐在した。さらに1997年から98年にかけてはタリバン政権下のアフガニスタン首都カブールで駐在員として取材活動に携わった。その後は、BBCワールドサービスの本部スタジオで看板番組「ワールド・トゥディ」の制作に携わってきた経験を持つ。
2005年のイスラエルの一方的な占領地からの撤退、2006年パレスチナ総選挙でのハマスの勝利、同年のガザ地区へのイスラエル軍の侵入、過去数ヶ月にわたるハマスとファタハの戦闘などを取材したのは、すべてジョンストン記者だった。

ジャーナリスト保護委員会(本部ニューヨーク)によると、ガザでは2004年以降、ジョンストン氏を含めて15人のジャーナリストが拉致された。同氏以外は全員が短期間に無事解放されているが、犯人が逮捕されたケースはないという。
(CNN 04 July 2007 )

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