見つけた 犬としあわせ

こころがどきどきするもの、見つけたとき、 それを作品にしたり、思わずなにかの形にして、人に 伝えたくなります。 見つけたとき感じた、しあわせ感覚が、ひとしずくでも 誰かに伝わったら、ダブルでハッピーです。

August 31, 2007

go fuck yourself !


最近ケーブルTVで、ベルリン国際映画祭で監督賞を受賞し、アカデミー賞にもノミネートされた2004年の作品「イノセントボイス 12歳の戦場(Voces Inocentes )」を見た。
無名の俳優オスカー・トレスが、内戦で血なまぐさいエルサルバドルの村での少年時代の体験をつづった脚本を、メキシコ出身のルイス・マンドーキ監督が映画化したものだ。メキシコの映画会社で製作されたのは、内戦時の政府軍側が今も政権を握っており、エルサルバドルでは製作も正式な公開や販売も認められなかったという背景がある。
エルサルバドルの内戦には政府軍側にアメリカ政府の資金が大量に流れた。資金ばかりか、ヴェトナム経験者の手荒な軍人らが手ほどきした、ひどい拷問・殺人・レイプで悪名を馳せる「死の部隊」の存在がある。政府軍に参加するな!と人々にミサで呼びかけた直後に暗殺されたロメロ大司教のことも頭に浮かぶ。オリバー・ストーン監督の映画「エルサルバドル」にはこのロメロ暗殺にふれる場面がある。
脚本を書いたオスカー・トレスは祖国に家族や友人たちを残してアメリカに渡ってしまった自分にずっと罪悪感を感じていたという。
最近見た、クロアチアの戦争でひどい拷問とレイプを経験した女性を扱う映画「あなたには言える秘密のこと(この邦題はなんとも甘ったるい)」でも言っているが、生存者には肉体の傷手にまさるこころの傷手でも、生き残ったことを恥じる気持ちが一番の重荷だということ。この映画の犠牲者は優勢だったセルビア人の民族浄化とかの犠牲者ではない。同じ民族のクロアチア人兵士らによって拉致され、ホテルに監禁されてレイプやひどい拷問を受けた。国連がやってきたから解放されると思ったら違った、彼らもまた耳元で「すまない、すまない」と何度もささやきながらこれを行った。つまり、どういう戦争であれ、戦争という情況が人間をモンスターに変えてしまうということだ。

◇エルサルバドルは1969年サッカーワールドカップ予選の試合判定をきっかけにホンジュラスと「サッカー戦争」を起こしたことでよく知られる。この中米5カ国中で最も小さな国は、地主が小作人を支配する社会体制で、多くが外国、特にホンジュラスへ出稼ぎに出る。だが「サッカー戦争」を契機にホンジュラスはエルサルバドル労働者の受け入れを拒否。国内は混乱に陥り、ゲリラ活動が頻発する。1979年ニカラグアでサンディニスタ革命が起こると国内のゲリラ各派が触発され、1980年統一ゲリラ組織「FMLN ファラブンド・マルティ民族解放戦線」を結成。ソ連、ニカラグアの支援で勢力を拡大する。これに危機感を持ったアメリカ政府はエルサルバドル政府に軍事支援を開始。国内は10年におよび内戦状態となる。1992年国連の仲介で停戦に至るまでに7万5000人が死亡。特に政府軍が小作人を標的に行った2度の大虐殺はメディアに取り上げられ世界中から非難の声があがった。和平後ゲリラ組織は解体され政党となるが、依然として国内情勢は不安定のままだ。

◇エルサルバドル:1980〜1994
人権、ただしワシントン流 by ウィリアム・ブルム
エルサルバドルは、1960年代まで、中米で最も裕福であると言われたが、14家族と言われる大富豪が全国土の60%を所有し、政治・経済・社会を支配する状況が続き、貧富の差は極端だった。1970年代には、農民組合や共同組合、労働組合などの草の根の組織が発達するが、これに対し、米国の支援を受けた「死の部隊」が虐殺と過酷な弾圧を加えてきた。こうした状況下、カーター米大統領にエルサルバドル独裁政権への軍事援助を行わないよう要請したオスカル・ロメロ大司教が1980年暗殺され、これを機に、すでに活動していた反政府ゲリラの武装闘争が拡大して内戦に突入する。
1980年代には、「司祭を殺して愛国者になれ」というスローガンのもと、民衆組織に参加した多くの人々とともに、カトリック教会関係者が標的とされた。1980年代の政府軍と反政府ゲリラの内戦で、人口500万人の国で死者7万人、国内外の難民は10万人に達した。1992年、両者は和平に合意。1994年には議会・大統領選挙が行われ、「死の部隊」と関連を持っていたARENA(民族主義共和同盟)が政権党となる。以来、大統領はARENAから出ている。元ゲリラの対立政党FMLNもかなりの議席を占める。現在も、経済改革・農地改革は進まず、貧しい人々は貧しいままで、人権侵害も極めて悪い状況にある。

◇自由の名のもとに犯される犯罪
ZNet 14 October 2004 by マーク・エングラー
ディック・チェイニーのエルサルバドル
2004年10月5日、チェイニーvs.エドワーズの論争でチェイニー副大統領が多数の歪曲を行なったのを私たちは承知している。けれどもチェイニーが1980年代のエルサルバドルの内戦をメチャクチャねじ曲げたことには、あまり多くの注目が注がれなかった。チェイニーがエルサルバドルの内戦を現在のアフガニスタンの困難に類するものと述べたとき、ラテンアメリカ問題の研究者はひどくショックを受けた。
「20年前、エルサルバドルが同様の状況にあった」とチェイニーは言う。「ゲリラが国の約3分の1を支配し、7万5000人が死んだ そして自由選挙を行なった 議会を代表して私は選挙監視員としてそこにいた テロリストたちが投票所にやってきて発砲したが、彼らがいなくなると有権者はすぐに戻ってきて並び、投票権の拒否など受け入れなかった そして今日、エルサルバドルは自由選挙のおかげではるかによい状況にある これはアフガニスタンにもあてはまる そしてイラクにもあてはまる」
7万5000人の人々はゲリラによって殺されたのではなく、チェイニーが支持したエルサルバドル政府とその手先である準軍事組織「死の部隊」によって殺されたという、極めて重要な関連事実を副大統領は省いた。次に重要な関連事実として、チェイニーが言及した1984年の選挙は、イカサマ選挙というので広く行き渡っていた。純粋な反対派候補の多くが殺されており、また、米国は結果を操作するのに1000万ドルをつぎ込んでいた。これが「民主主義輸出」のモデルであると言うのは、ネオコンたちがわれわれの前に何を準備しているかについて、極めて多くを語っている。
実際のところ、エルサルバドルが今日はるかによい状況にあるとすれば、それは政府に反対する運動が続いているからだ。1992年の和平協定の一環として設置された国連真実委員会は、レーガン一派が当時強固に否定し、忘れ去ってしまいたがっている事実を明確にしている。同委員会は、人権侵害の5%ほどはFMLNであるが、90%はエルサルバドル軍が行なったとしている(残りの5%は実行者が不明)。
この報告が公開された際、ニューヨークタイムズは次のように述べている:
「国連真実委員会は、レーガン政権が曖昧にしようとした真実をはっきりと示した。自由の名のもとで、エルサルバドル軍によって恐ろしい犯罪が行われたことである。報告では、1989年に6人のイエズス会士を殺すよう命じたのが元エルサルバドル国防相であったことを確認した。また、4人の米国人修道女殺害を隠蔽しようとした者の一人は別の国防相だったとも述べている。右派の政治家でジェシー・ホルムズ米上院議員の英雄でもあるロベルト・ダビッソンがロメロ大司教暗殺を命じたことも明らかにしている。」
ニューヨーク・タイムズのコラムニスト、アンソニー・ルイスはこう結論する:「米国は、殺人者たちが支配するエルサルバドル政府を支持するのに60億ドルをつぎ込んだ。われわれ米国がこれら殺人者に武器を与え、兵士たちを訓練し、その犯罪を隠蔽したのである。」
2004年のブッシュの対抗馬ジョン・ケリーは、「トンキン湾決議を振り返ってみると、カンボジアにいた兵士たち、遺体を数えた歴史、ベトナムの歴史の誤った解釈を振り返ってみると、そしていま中米の闘争を私たちがどのように解釈しているかを知り、CIAの関与を検討し、港に米国が機雷を設置したこと、コントラに資金を提供したことを考えてみると、私たちの歴史においてカンボジア・ベトナムに関与した時期と、現在中米に介入している時期との間には、直接の避けがたい並行関係が認められる。」と言っている。
ネオコンが言葉の意味をねじ曲げ続けても、並行関係は続いている。チェイニーが米国の中米介入の記録を例としてあげたことから、今後も長く「自由の名のもとの犯罪」を私たちアメリカが犯し続けることが確実にわかる。

チョムスキーが確かこんなことを言っていました。アメリカの目的は民主主義の実現などではなく、アメリカに都合のいい政府の実現だ。国民にとってよい政府はアメリカにとって都合が悪い政府。そういう政府をアメリカはたたく。中米の政策はまさにそうだった。ニカラグアのサンディニスタ政権は大多数の国民の支持を得て民主的プロセスを経てできたにもかかわらず、これはアメリカの言う民主主義ではなかった。国民に平等な政策が功を奏してきたと見るや、米国がたたきつぶした。

写真は、議会で相手に「クソったれ!」と言ったチェイニーの風刺マンガ 彼はよくクソったれ!と声を上げるようです。銃もよくブッぱなすようですし。

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