見つけた 犬としあわせ

こころがどきどきするもの、見つけたとき、 それを作品にしたり、思わずなにかの形にして、人に 伝えたくなります。 見つけたとき感じた、しあわせ感覚が、ひとしずくでも 誰かに伝わったら、ダブルでハッピーです。

October 01, 2008

ミッキー・ロークが還ってきた




ウェブ版LA Times のTHE ENVELOPE(エンターテイメント)では早くも本年度映画のオスカー予測をしている。USAトゥデイやエンタメウィークリーなど7人の選者によるゴールドダービーでは、全員が主演男優賞に「レスラー」のミッキー・ロークをあげている。他に6人が、「ミルク(ハーヴェイ・ミルク)」のショーン・ペンと「Frost/Nixon」のフランク・ランジェラをあげた。
今年ベネチア国際映画祭は、独立系の小さな映画、ダーレン・アロノフスキー監督の「レスラー」を最高賞の金獅子賞に選んだ。以下、LA Times からーー。

◇ミッキー・ロークのキャリアは過去20年間の驚くべき変容を経験してきている。
彼は将来有望な若いボクサーから時代の反逆児映画スター(忘れられない「ランブルフィッシュ」のバイクボーイ)へと進み、ダメなプロボクサーからハリウッドの過去の人へと進んだ。
そしてまだその変容は終わってない。ミッキー・ロークは「レスラー」で立ち直っている、生涯の役割、盛りを過ぎたレスラー、ランディ<牡羊座>ロビンソンで元気になっている。
ベネチア映画祭での最高の演技の名誉とトロント映画祭でのべたぼめを含め、目下のロークは彼のキャリア最高のレヴューに浴していい気持ちでいる。オスカーのうわさが、すでに耳を聾するばかりだ。
「これはあらゆる意味で本当にひどくつらい断腸の思いのパフォーマンスを有する映画のためである。そして私が断腸の思いと言うときはいつでもミッキー・ロークを意味します」とベネチア映画祭の審査委員長ヴィム・ヴェンダーズは宣言した。
ヴァラエティ誌のトッド・マッカーシーはロークの「ただちに偶像視される銀幕の名演技のなかに位置を占める、人を駆りたて、ユーモラスで、深く心を動かされるポートレート」について書く。
だが、人目を引く変容をこうむることだけが彼のキャリアではない。脚光を浴びるのに戻されて、メディアの関心や世間の詮索、ミッキー・ロークの顔はいったいどうした?の疑問に目を留めさせている。
だが、俳優になる前にアマチュアボクサーだったロークが、1991年に俳優業をやめてフルタイムでリングに立ち寄りプロのボクサーになったのを、多くが思い出さないかもしれない。タイトルを一度も手にしないまま1994年にリングを去ったとはいえ、そのスポーツでのきずあとがロークに残された。彼は顔をしたたかなぐることに耐えてきたので、骨折した頬の骨、裂けた舌、つぶれた鼻が残った。肋骨、指関節、つま先が折れたのは言うまでもなくだ。
過去10年以上ロークは数回手術をしたようだ。ボクシングのダメージを修復するための手術、その修復を治療する手術、ひょっとしたら純粋に見かけ上の手術と。結果はちっとも自然でない。「オレはある種の医者のところに行った。万事違って見せるだろうと信じた。」と認める言葉を彼はSalon.comで引用している。
ハリウッドシーンに突然現れたとき、ロークは圧倒的にハンサムだった。
「1941」で映画デビュー、「ダイナー」「ランブルフィッシュ」「ポープ・オブ・グリニッジヴィレッジ」の後をうけ、「白いドレスの女」でセックスシンボルとして全米で注目される。彼の最もハレンチな役は、後に奇妙にもロークのことを「人間灰皿」と呼ぶことになるキム・ベイジンガーとの「ナインハーフ(1986)」だった。彼はまた「エンジェルハート」でも身を落とし、1987年の「バーフライ」では酔いどれ詩人チャールズ・ブコウスキーをなんとか愛らしい人物にしてみせた。
皮肉にも1989年の映画「ジョニーハンサム」では、まるでオリジナルのミッキー・ロークみたいなハンサム男に整形で変えられるおぞましい顔をした男を演じるため、俳優は厚いメークをした。今日、彼の人生はどうやら逆に演じられるその映画のようじゃないか。
俳優業から去ったときの彼のようにはまったく見えない1994年にロークは俳優業に戻った。彼はあれこれちょい役を演じた。だが、「レスラー」前の最も忘れられない役柄はロバート・ロドリゲスの2005年の映画「シンシティ」だった。マーヴを演じるため、ロークの顔は黄金のハートを持つグラフィックノベルのへぼボクサーに似せるラテックスのグロテスクな層で厚く塗られた。
ラテックスなしで、それはまさしく「レスラー」のなかでも異彩を放つものだ。
(Los Angeles Times by Elizabeth Snead)

最初の写真は、1994年仲良しのトゥーパック・シャクールと、短いプロボクシングの割りあて仕事の後、ミッキー・ロークは俳優業に戻っていた。彼は80年代の最もカリスマ的で有望な俳優のひとりと考えられていた。
2枚目の写真は、1990年代半ばニューヨークのジョニー・デップのバースデーパーティで 、当時デップはケイト・モスと付き合っていて、ミッキー・ロークは仲違いしたガールフレンドのカレル・オーティスとよりを戻そうとしていた。どちらも気まぐれな関係は続かない運命だった。ありがたいことに、ロークのほんの二次的なバンバン(強打のスリル)も続かない運命だった。
最後の写真は、トロント映画祭で「レスラー」で娘役を演じる共演者のエヴァン・レイチェル・ウッドとカメラの前でなれ合って見せる。ウッドはまだマリリン・マンソンと付き合っている。ベネチア映画祭でミッキー・ロークは羨望の主演男優賞を勝ち得た。すっかり進歩して元気になったミッキー・ローク。久しく待望されている。
(WireImage.com)

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