The Ghost Writer
◇カリフォルニアの検察官による合衆国に引渡せとの要請を拒むよう求めるスイス当局への個人的訴えをロマン・ポランスキーが公表してきている。
「もはや黙ったままではいられない」と、日曜、ポランスキーは友人のフランス人哲学者バーナード・アンリ・レヴィが運営するウェブサイトの投稿で言った。
ポランスキーに対するセックス訴訟事件を却下するよう求める犠牲者(46歳)の嘆願書をカリフォルニア控訴裁判所判事ピーター・エスピノーサが拒んだ10日後に、オスカー受賞監督の手紙が出てきた。
「どのような仲介者もなしに私自身の言葉であなた方に向けて直接話しかけるために沈黙を破ることに決めました」と彼は書いた。
「ピアニスト」や「ローズマリーの赤ちゃん」の監督、ポランスキーは、引渡し(送還)要請は売名につとめている検察官によって政治的に誘導され、すでに彼は服役してきているので不公平だと主張した。
1977年、彼は13歳の少女との背徳な性交渉を持ったことで罪を認めたが、判決を下される前にヨーロッパに逃げた。米国の逃亡者令状に基づいて昨年9月にスイスで逮捕されて以降、彼は国際間の逃亡犯罪人引渡し闘争の対象になってきている。
12月初めにスイス当局は、合衆国への「引渡しまで」、450万ドルの保釈金で監督を刑務所から釈放した。
「私たちみなにあるように、私にもドラマと喜びの分担がありました、そして私の運命を哀れんでくれるようあなた方に請おうとしているのではありません。」とポランスキーは書いた。「私はただ他の人のように公平に扱ってくれと頼んでいるだけです。」
彼の有罪答弁と引き換えに得られると予想した短い刑期に判事が同調しないかもしれないと知った後、ポランスキーは国外逃亡した。
最近のドキュメンタリー映画「ロマン・ポランスキー:Wanted and Desired」は、もしポランスキーを刑務所に送らなかったら世間のイメージが傷つくのを心配した検察官とメディアに取り憑かれた判事とのあいだの1977年の裏工作取引を描写した。
ドキュメンタリー映画が「攻撃されてきたと感じてスイスから私の引渡しを要請すると決めた、ロサンジェルス当局の憤りを招いた」から、彼の訴訟事件が「30年以上のまどろみからよび起こされた」とポランスキーは言った。
「この訴訟事件を扱っている、私の引渡しを要請してきた新しい地方検事は、自分の選挙運動をしていて、メディアの注目を必要としている!」と彼は書いた。
ロサンジェルス郡地区検事のスティーヴ・クーリーは現在、カリフォルニア検事総長の候補者だ。
33年前にカリフォルニアのチノ刑務所で全部の刑に服してきているとポランスキーは書いた。
「あの期間が私の刑期の全体にあてはまることになっていた」と彼は言った。「私が刑務所を出るまでには判事が考えを変えていて、チノで服役した期間は刑期全体を満たしていないと主張した、そして私が合衆国を出たのを正当化するのがこの方向転換だ。」
1977年に彼の訴訟事件を担当していた退職した検察官によって2月宣誓して差し出された封印された証言を、彼は証拠として挙げた。
チノでの45日間の監禁は単にポランスキーが心理学者によって評価されたにすぎないと検察官らは主張した。
「引渡しの根拠がないこと、そして私が家族と再会し当然平和を見いだせること、そして故国で自由に生きられることをスイスが事実として受け入れるとの有望な見込みをあなた方の前途に感じさせたらと願う、事実はそんなもの」とポランスキーは書いた。
彼の最新映画「The Ghost Writer」に関するポストプロダクション(フィルム撮り後上映までの制作)はポランスキーがスイスの獄中にある間に終えた。
逮捕前フランスに住んでいたポランスキーは、スイスのクシュタートの彼の田舎家で自宅軟禁状態にある。
刑務所に戻ることで彼のルールに則った反対論拠を法廷が認めることができる前に、ポランスキーは合衆国に戻らなくてはならないと、1月、ロサンジェルスの判事が裁定した。
地区検事代理デイヴィッド・ワルグレンはその時、「被告は逃亡者」と言った。「未解決の令状に屈することで、彼、犯罪者がこの法廷の法律の認める権限を認めるまで、児童レイプ犯の逃亡者...には、この法廷に要請するどのような能力または権限も与えられるべきでない。」
週末までずっと、ロサンジェルス郡地区検察局はただちに批評に手が届かなかった。
(CNN 3 May 2010 by CNN Correspondent Alan Duke)
△上の画像はポランスキーの新作「The Ghost Writer」のポスター
YouTubeで予告編みてください
ぞくぞくもの!です
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