見つけた 犬としあわせ

こころがどきどきするもの、見つけたとき、 それを作品にしたり、思わずなにかの形にして、人に 伝えたくなります。 見つけたとき感じた、しあわせ感覚が、ひとしずくでも 誰かに伝わったら、ダブルでハッピーです。

2018/10/29

アメリカとサウジの関係

◇トランプはサウジの殺害の隠蔽を誘導する、そしてアメリカの関係の“重大な転機”をなにも指摘しない
RT 16 Oct, 2018

米国議会の上級議員たちはアメリカのサウジアラビアとの関係の徹底的な見なおしを要求している。だが、サウジの支配者を責任から逃れさせるトランプの恩恵は、戦略的同盟がアメリカの政権の財界の実力者グループにとってあまりに重要すぎることを示す。

アメリカの上院議員22人は、ジャーナリスト、ジャマル・カショギの殺害に関してサウジアラビアに対し経済制裁を発動させることができるGlobal Magnitsky Act(外国政権の汚職の犠牲者のための正義についての法、通称マグニツキー法)に訴えた。トルコのサウジ領事館での10月2日の殺人といわれているものはワシントンの数十年来のリヤドとの同盟の“転換点”であると言っている。

共和党の元上院議員ボブ・グラハムはサウジの結びつきは“不実”でアメリカにとって有害だとCNNのクリスティアン・アマンプールに話した。彼が釈明を求めた、ほぼ3000人のアメリカ国民が殺害された2001年の911テロ事件のサウジ国家の共謀について特に言及した。

ジャマル・カショギの失踪と殺人についてサウジアラビアを罰するために、そして「経済上の恐喝に降伏しない」ために、アメリカはマグニツキー法を用いなければならないとグラハムは言った。後半部分は1100億ドルに値するサウジアラビアへの武器販売をキャンセルしたがらなかったというトランプ大統領への暗黙の論及だった。

2012年に承認され法律となった最初のマグニツキー法は人権侵害といわれているものに関してロシアを制裁で罰するために立案された。2016年に同様にアメリカ当局の支配の下に残りの世界を置くまでに拡大された。それがロシアを標的にすることは実際の人権侵害を映しだすことではなく論争の的となる政治的武器として問題にされてきた。それでもアメリカ議会によって人権の侵害者とみなされるどのような外国政府または個人に対しても法律には国際的適用があった。

サウジアラビアと行方不明ジャーナリスト、ジャマル・カショギの場合、マグニツキー・タイプの制裁に値する明確な事件であるようだ。

しかしながら、隠蔽は簡単でないかもしれない。結局はジャマル・カショギの誘拐と殺害ということになる情報に関してトルコやアメリカの情報部から出てくるより多くの証拠がある。アメリカでの彼のメディアと政策主流派のコネのため、すべての問題が簡単に払いのけられないと期待されかねない。また、トランプの政敵やメディアの対抗勢力が彼の大統領任期を攻撃する次の手段としてこの問題を利用する。たとえこの場合でも、まず間違いなく、当然そうだ。

それでもやはり、これがアメリカ・サウジ同盟の“転換点”であることは疑わしい。カショギには実際にワシントンに強力な擁護者がいる、そしてイエメンの恐ろしい戦争に関してはサウジの行いを軽蔑する議員の中に増大する動きがある。

しかし、たとえばトランプによる隠蔽の試みはアメリカと石油資源に富んだ王国との間に根深くて冒すことのできない戦略的結束があることを示しており、元大統領フランクリン・D・ルーズベルトが1945年にサウジ国家創設者のアブドゥル・アジズ・アル・サウド国王と歴史的協定を結んだ時までずっと遡る。

同盟は単にアメリカに石油を供給するだけの範囲を超えており、実際、石油の供給は重要さで減退していた。石油取引、アメリカの武器のかなりの年間購入、世界中のCIAの人目につかない作戦にサウジが資金供給すること、そして地政学に基づく戦略上重要な中東全域でのアメリカ帝国主義の力の突出のために、全世界にわたる交換通貨としてドルを維持するという極めて重大な利権がそれには含まれる。

もちろん、人権についての物言いになんであれ実体があるならば、カショギ殺害や他にもたくさんに関して、アメリカはサウジアラビアに制裁の措置を講じるべきである。だが、トランプの見苦しいサウジ隠蔽の偏向が暗に示すようにアメリカ・サウジの関係は変わりそうもない。それはアメリカの支配勢力にとって神聖で冒してはならない、そしてたとえどんな犯罪が犯されていても、サウジの専制は力が弱るにはあまりに重要すぎる。

あなたの友人は興味があると思いますか?この記事を伝えてください!

https://www.rt.com/op-ed/441435-saudi-us-sanctions-murder/

2018/10/25

納得していない!

◇トランプがM.B.S.(Mohammed bin Salman:サルマン皇太子)は知らない、潔白であると宣言している時、サウジアラビアがアメリカに1億ドルを送金する

それに対し、トルコ当局はジャーナリスト、ジャマル・カショギの殺人といわれているもののもっとすごみのある厳然たる詳細を明るみに出した。

ヴァニティ・フェア by Bess Levin October 17, 2018

夏の間、防衛に関して他の国々が十分なカネをしぶしぶ支払っていないことについて定期的にぼやくドナルド・トランプにとっての大当たり、IS(Islamic State)から解放されるシリアの地域を安定させるアメリカの活動と引き換えにサウジアラビア政府はトランプ政権に1億ドルを約束した。しかし、誓約にもかかわらず、シリア政策に関係するある当局者はそのカネが実際にアメリカの銀行預金口座に望み通りに現れるとしても、いつかは不確かだとニューヨークタイムズ紙に話した。だが、うまくいけば、まさしく火曜日にそれは遂行された、同じ日、10月2日にトルコの王国領事館に入って二度と再び目にされていないサウジ人ジャーナリスト、反体制の人、ジャマル・カショギの運命について何らかの答えを得るためにマイク・ポンペイオ国務長官がリヤドに降り立った。一部の人びとはふたつの出来事に関連があるとの考えを簡単に片づけておしまいにした。「特定の目的を持つ資金の移動は手続きに長くかかり、他のイベントまたは国務長官の訪問とは無関係である」とISと戦闘する連合軍のアメリカ使節Brett McGurkはタイムズ紙に話した。しかし、他の人びとはそれほど納得していない!

「このタイミングは偶然の一致ではありません」と火曜日、シリア政策に取り組んでいるアメリカの当局者がタイムズ紙に語った。「きっと、サウジ人は、カショギ事件を隠蔽するにあたりトランプの協力がサウジの君主にとって重要であることをトランプに知ってもらいたいのだろう」とオクラホマ大学のヨシュア・ランディス教授はワシントンポスト紙に推測した。「アメリカに対する多額の財政的な約束はこの協力を条件としたものだろう。」偶然にもトランプが王国の擁護に進み出たと同じ日にその1億ドルはアメリカの預金口座に達した、そしてわたしたちがここで経験しているのはまさしく大統領が「全面的に無実」と考えるブレット・カバノーに起こったこと、「有罪が証明されるまでは無実」のもうひとつのケースとAP通信は伝える。トランプはまた、何も知らないとサルマン皇太子は主張する、そして自分の従兄弟を刑務所に入れて監禁した男の言葉を信用できないとしたら、一体誰を信用できるのか?とツイッター支持者に告げた。

大統領がサウジの友人の擁護に積極的に乗り出す折りしも、ジャーナリストに実はなにが起こったかについてぞっとするほど恐ろしい絵を丁寧に説明するさらなる証拠が明らかになる。トルコ当局は彼ら独自の調査を行っており、調査結果(発見物)はトランプの楽観的な語り部分とかなり異なるようだ。

https://www.vanityfair.com/news/2018/10/saudi-arabia-wires-us-dollar100-million-as-trump-proclaims-mbs-innocent

2018/10/21

王子はイノセントのままか

◇カショギ失踪の容疑者が自動車事故で死ぬ
Sputnik 18.10.2018
アンカラ:ジャーナリストのジャマル・カショギ失踪に関与を疑われるサウジアラビア人男性が自動車事故で死んだとトルコ系列Yeni Safakが木曜報じた。
後に行方不明と報じられたジャーナリストがサウジ領事館に入ったとき、イスタンブールのサウジ領事館内にいたMeshal Saad M. Albostaniがリヤドで交通事故死したとYeni Safakは報じた。しかしながら事故の詳細をまったく提供しなかった。
その時に領事館にいた15人の容疑者のひとり、Albostaniは伝えられるところではカショギが領事館に入ったと同じ10月2日にトルコを出国した。
メディアによると、領事館内でジャーナリストは殺されているのではないかとトルコ当局は疑う。トルコ警察はすでに領事館建物と総領事の自宅を捜索した。サウジアラビアは非難を拒絶、そしてカショギは10月2日に外交施設を出ており、リヤドは彼の失踪とは無関係と主張する。

https://sputniknews.com/middleeast/201810181068993040-khashoggi-suspect-accident/

△ロンドン :サウジ人ジャーナリストの失踪に対する欧米政府の冷淡な反応は高価な武器取引のためにリヤドの人権侵害を無視するほうを選択する王国の同盟国の偽善を明らかにすると、NGO組織CAAT(武器取引に反対するUKキャンペーン)のスポークスマン、アンドリュー・スミスはスプートニクに語った。

https://sputniknews.com/analysis/201810171068958509-saudi-arabia-arms-supplier-ngo-khashoggi/

◇ジャマル・カショギの殺害にかかる時間は7分

サウジ人ジャーナリストに起こったことの真相を突きとめるトルコの調査員によってもたらされる音声テープの最初の詳細をMEE(Middle East Eye)が発表
MEE by David Hearst October 16, 2018

サウジ人ジャーナリストの最後の瞬間の音声記録をすっかり聞いたトルコの情報源はジャマル・カショギが死ぬまでに7分かかったとMEEに話した。

カショギはイスタンブールのサウジ領事館の総領事の執務室から隣の書斎のテーブルの上へ無理やり連れて行かれたとトルコの情報源は言った。

次に階下の目撃者によってものすごい悲鳴が耳にされたと情報源は言った。

「領事自身は部屋から連れ出された。彼(カショギ)に尋問する試みはまったくなかった。彼らは彼を殺しにやってきた」と情報源はMEEに話した。

10月2日にサウジ領事館に入っていくのを最後に見られたカショギが今までのところまだ不明の物質を注射されたとき、悲鳴はやんだ。

サラー・ムハメド・アル・トゥバイジ(サウジ内務省保安部法医学指揮官と特定されている)は、その日早くにプライベートジェットでアンカラに到着した15名のチームのひとりだった。

トゥバイジは、カショギがまだ生きている間にテーブルの上で彼のからだを切り刻みはじめたとトルコ情報筋は言った。

殺害に7分かかったと情報筋は言った。

からだを切断しはじめたとき、トゥバイジはイヤホンをつけて音楽を聞いた。彼はチームの他のメンバーに同じようにするよう勧めた。

トゥバイジは、「この仕事をする時、わたしは音楽を聞く。君も音楽を聞くべきだ」と言っているのを録音されたと情報源はMEEに話した。

3分バージョンの音声テープがトルコの新聞Sabahに渡されたが、まだ今のところ公開されていない。

トゥバイジが骨用のこぎりを身につけていたとトルコ情報筋はニューヨークタイムズ紙に話した。彼はサウジ科学捜査(法医学)病理医特別会員の会長で、サウジ科学捜査(法医学)病理医協会のメンバーとみなされる。

2014年にロンドンに拠点を置くサウジの新聞Asharaq al-Awsatがトゥバイジに移動クリニックについてインタビューした。それはメッカ巡礼時に死亡した巡礼者の死因を特定するため検死官に7分で検死を可能にさせる。

移動クリニックは一部はトゥバイジによって設計され、おそらく「検死解剖を行うかまたは犯罪の場所で死体を調べるため病理医の介入を要求する保安措置の場合」に使われると新聞は報じた。

これらはサウジ人ジャーナリスト殺害についてわかってくる最初の詳細だ。カショギは結婚に必要な記録を回収するため、10月2日にイスタンブールのサウジ領事館に入るところを最後に目撃されていた。

現在まで、サウジ当局は領事館に到着後まもなく領事館を出たと言ってカショギの失踪におけるどのような掛かり合いも強く否定した。しかしながら、彼らは領事館のビデオカメラはその時録画されていなかったと言って、その主張を実証するどのような証拠も提示しなかった。

(トルコ当局によると、トゥバイジ医師は現地時間1日、自家用機HZSK2便でサウジアラビアの首都リヤドを出発。2日午前3時13分、トルコ・イスタンブールのアタチュルク空港に到着したとみられる。トルコ当局は到着時にトゥバイジ医師が骨用のこぎりを持っていたとも述べた。この自家用機は航空会社スカイ・プライム・アビエーション・サービシズ所有で、同社は昨年、反汚職運動の一環でサウジ政府に差し押さえられたと言われる。
トゥバイジ医師は在イスタンブールのサウジ総領事館から0.5キロ西に位置するホテル・モーベンピック・イスタンブールに滞在し、2日午後10時54分に到着時と同じHZSK2便でイスタンブール・アタチュルク空港を出発した。同便はアラブ首長国連邦(UAE)のドバイを経由し、3日夜にリヤドに到着した。)

火曜日、ワシントンポスト紙の発行人、CEOのフレッド・ライアンはカショギの失踪について「最大限の偽りのない説明となる事実」を要求した。

「サウジ政府はもはや黙ったままでいることはできない、また、わたしたちの政府やその他がもっと激しく真実をせき立てることが最も重要」とライアンは声明で述べた。「わたしたちが最大限の説明と最大限の説明責任を受け取るまで、サウジ政府と業務平常通りのはずがない。」

国連人権高等弁務官はまた、カショギの失踪に掛かり合うかもしれない当局者(職員)の外交特権(法的免除)は取り上げられるよう要求した。

失踪問題の重大性のため、通常外交官に与えられる外交特権(法的免除)は「ただちに撤回されるべきです」とミシェル・バチェレ国連人権高等弁務官は述べた。

https://www.middleeasteye.net/news/exclusive-khashoggi-829291552

(ミシェル・バチェレ国連人権高等弁務官は16日火曜、声明を発表し、「カショギ氏の失踪問題が重大事であることから、1963年のウィーン領事条約に定められているサウジアラビアの在外外交使節やその職員らに対する訴追免除などの外交特権は取り消されるべきだ」としました。
バチェレ氏はまた、トルコとサウジアラビアに対し、殺害された可能性があるカショギ氏の失踪に関するすべての情報の開示を求めました。)
http://parstoday.com/ja/news/world-i48799

2018/10/16

シングルマザーのコミューン

◇一緒に同居を始めたシングルマザーたち:「それは結婚のようでした、ただしもっとまし」
夫婦関係がこわれたあと、ジャネット・ホガース(Janet Hoggarth)と他のふたりの母親はいっしょになって「コミューン」を創ることにした

ガーディアン紙 29 Sep 2018

ジャネット・ホガースは1年間子育てをする離婚した片親、5歳と3歳と1歳の子の母親で、彼女はもがいていた:「アドレナリンを使い尽くしていて永遠に終わらないことで打撃をうけていた。悲嘆と元のところに戻されることで苦闘していた。わたしは半減期を生きていた」と彼女は回想する。

次に友人のヴィッキーに電話した。ヴィッキーの夫婦関係もこわれていた、そして生後10カ月の娘と売りに出された家と彼女には経済的に割くことができない家賃をあとに残される。当座の措置としてジャネットはヴィッキーと娘のデイジーを彼女の予備の寝室に引っ越すよう勧めた。

その後まもなく、ジャネットは赤ちゃんグループの一連の会合から見覚えがあった女性、ニコラに出会った、彼女はサウスロンドンの近くに住んでいた。ふたりはチャットして電話番号を交換し、コーヒーでも飲みましょとなった。ニコラが週末がいいと言ったとき、彼女もまた最近離婚したシングルマザーであるとジャネットは正しく結論を導き出した。

また、目論むというよりほんの偶然に女性たちはアメリカで“mommune”と呼ばれる新しい家庭の構成を思いつく。そして次の2年間、3人のシングルマザーと6人の子どもたちは生活を共にした。ヴィッキーは予備の寝室で生活し、ニコラは週末居住者で毎日泊まりに来る客だ。「わたしたちは家族でした」とジャネットは言う。「わたしたちは一緒にスーパーへ行き、一緒に料理して一緒に食べ、育児を分担しました。わたしたちの親は知り合いになりました。」子どもたちは「片親が同じ兄弟分のようになった」と彼女は付け加える。

7年続ける現在、「ママ・ハウスがわたしを救ってくれた」とジャネットは言う。「壮大な計画ではなかった、それはほんの実用的な解決のように見えました。わたしたちは、とてもうちひしがれた気分をすぐにやめました。」

ジャネットにとって、彼女が経験していたことを理解する人たちと一緒に暮らすことの影響は甚大だった。11年間連れ添ったあと、ジャネットと夫が別れたとき、彼女の社会生活は夫婦関係と共に消えた。カップルがどんなに一生懸命に接近する手段を共有し、敵味方につくことをやめるよう説得しようとも、状況は気まずかった。「たとえなにかに行ったとしても、友人たちはいつもパートナーと一緒でした、そしてわたしはひとりで子どもといた。元夫が新しいパートナーと一緒にいるのを誰かが見たとしても、彼らはわたしにはとても言えないと感じました。」

共同で使う家では、「説明を必要とすることなく残りの全員がどんなことを経験しているかわたしたちみんながわかっていた。わたしたちは苦悩を共有した。もしかするとわたしたちはすごく頭にきてたかもね」とジャネットは言う。「誰かにこの気持ちを表明することができないときはいつでも次には常に人の面前でまさに過去のことを思い出させていた。」

ヴィッキーにとって日常的なおとなの交わりと会話は彼女の感情の興奮状態のみならずまた全く予想外に彼女の家族という解釈を変容させたと彼女は言う。「ひどく急に、まるでわたしたちが異なる家族構成を築いているかのように感じました」と彼女は言う。「それは分け合い、互いを支えることに基づきます。それが実際、家族を作ることです。目標感がありました。まるで大きな欠落があるように、わたしたちがこの時にまるで他の誰かを必要とするように感じなかった。」

少なくとも週に一晩と週末ごとに家で子どもたちと一緒のニコラにとって、家にいることはほっとした気持ちと楽しみのよりどころでもあった。「ジャネットにばったり会ってわたしたちがどんなに互いをそっくり再現するかが見えるまで、わたしが知る離婚した人はわたしだけでした」と彼女は言う。「子どもたちが変と感じるのを止めるのにわたしたちがしっかり落ちついていることがとても重要でした。他の人も同じ苦境にあることを知ることも重要でした。そしてわたしたちはただぶらぶら過ごしたり、お茶を飲んだり、公園に出かけたり、普通の家族のやってることができました。」

ジャネット、ヴィッキー、ニコラ(無人の家に戻るのを避けるため、彼女の子どもたちが不在の時ジャネットの息子の二段ベッドで眠った)は家事の日常業務に落ちついた。「それは結婚のようでした、ただしもっとまし。わたしたちにはいわば目に見えない当番がありました。わたしたちは毎晩ちゃんとしたディナーを互いのために料理した。わたしたちには役割があった。」ジャネットは事務処理をした。ヴィッキーはパンを焼いた。ニコラは日曜のディナーを作り、パーティーの後片付けをしたと彼女は言う。

彼女たちは互いを同居者以上とみなしたので、つまらない学生のハウススタイルの口論はなかったとジャネットは言う。「わたしたちは全員とてもきちんとしていてきちょうめんだが、また肩の力を抜いてくつろいでもいる。だから、たとえちょっとした混乱が存在したとしてもきちんと片づけた。離婚と同じくらいひどいことを終えてきているとき、その種のことは何でもないように見えます。」

大人たちはこの家庭の取り決めを選択したとはいえ、もちろん、子どもたちは選んでいなかった。子どもたちを偶然会わせることは面倒な原動力を引き起こしかねなかった。

「子どもたちがプラス思考の経験をしたのを確信することは最高でした。しかも、わたしたちは子どもにとってうそのない心からの家庭を作らなければならなかった」とジャネットは言う。「でも、まさに互いを支え合うことが実のところわたしたちによりましな親であるための感情的な余地をもたらしてくれました。」

大量の戸外の散歩、「リッチモンドの川でボートを漕ぐかまたはハイドパークに行くこと、わたしたち自身では機会を見いだせなかったほどよい昼間の外出」があっていつかは子どもたちがきずなを築いた。取り決めが終わって7年後、このきずなは強いままだ。「うそのない心からの強さがあったので、常に遊びのデートの相手の友愛以上でした、でも混合家族の強制はありません。子どもたちは突然、兄弟分になる必要はありませんでした」とジャネットは述べる。

大人と同様に子どもたちは経験を共有する仲間がまわりにいることから得をした。「特に年長の女の子たちはどのように感じたかについてたくさん話をしました。」

論争点の潜在的原因、しつけに注意が向けられた。「わたしたちは同じ育児のやり方ではありませんでした。ヴィッキーが一番ゆるかった、でもわたしたちは基本について同意しました、そして必要なら誰でも休みの人に話すことで不安なく快適でした。」

全員子どもたちが父親のもとに行っていたので一週早く祝った2回目のクリマスは本物の雪に注目された。「びっくりするようなクリスマスでないこのクリスマスはたぶんこれまでで一番しあわせな日でした」とジャネットは言う。

だが、このあとまもなくしてジャネットは次の夫ニールと出会った。「たくさんあきらめなければならないと感じました。関係を必要としなかったので非常にゆっくりそれを受諾しました」と彼女は言う。

ついに家庭は自然のコースをたどった。ジャネットは婚約;ヴィッキーとデイジーはもっと場所を必要とした;ニコラは新たなキャリアを始めた。「わたしたちはみなとても複雑な気持ちを抱きました、でもそれを自分自身を繭にくるまない申し分のない機会のように感じました。」

彼女たちの人生は密接につながれるままであり女性たちは今でも毎週お互い会っている。ヴィッキーの電話は今でも電話帳に「妻」と載せたままだとジャネットは言う。「わたしたちの友情は互いを必要としたとき、そこにいることにまったく束縛を受けていた。それは関係の合計以上になりました。」

https://www.theguardian.com/lifeandstyle/2018/sep/29/it-was-like-a-marriage-only-better-the-single-mothers-who-moved-in-together?CMP=twt_gu

上の写真:ニコラ、ジャネット、ヴィッキーとその子どもたち