抗議デモの背景を伝えず、「怒る黒人」という偏見を助長させるとして批判が殺到した。
「首を押さえつけられ、死に至った黒人男性を自分の息子、父親、もしくは兄弟と重ねて見ることができないのであれば、なぜBlack Lives Matterが起きているのか説明する動画は作るべきではありません。」
NHKのニュース番組「これでわかった!世界のいま」が公式Twitterアカウントに投稿したアニメーション動画について、アフリカ系アメリカ人の作家バイエ・マクニールさん(@BayeMcneil)はそう語る。
動画をめぐっては、黒人を差別的に描き、アメリカの人種差別に触れずに抗議デモの背景を説明しているとして批判が殺到した。 NHKは「配慮が欠け、不快な思いをされた方にお詫びいたします」と謝罪したが、マクニールさんは「ただ謝罪をしただけで、問題の本質には向き合っていないと感じた」と指摘する。動画が浮き彫りにした問題とは何なのか。
どんな動画で、何が問題だったのか
問題のアニメ動画はNHKが毎週日曜日に放送している番組「これでわかった!世界のいま」の公式Twitterが6月7日に投稿した。
白いタンクトップを着た筋肉質の黒人男性や、怒りをあらわにする黒人の人々が登場し、「黒人の怒りが噴き出していること」について、「背景には黒人と白人の貧富の格差がある」と説明する内容だ。
動画には、主に以下の2つの点で批判が巻き起こった。
①抗議デモの背景には、奴隷制度時代から続く白人優越主義や、白人による黒人への暴力の問題があるにも関わらず、「経済的な格差」という側面のみに焦点を当てている
②「怒れる黒人」という偏見を助長するような描き方など、黒人をステレオタイプ的かつ差別的に描いている
“『攻撃的な黒人』という偏見を助長させる”
NHKが9日に発表した声明によると、動画は同日放送の「拡大する抗議デモアメリカでいま何が」の中で放映したもので、番組内では、全米で広がる「Black Lives Matter(黒人の命は大切だ、黒人の命を守れ)」抗議デモの発端であるジョージ・フロイドさんの事件などを説明したという。
しかし、Twitterに投稿された動画では、「#抗議デモ」というハッシュタグをつけているにも関わらず、事件に一切触れず、経済的な問題が抗議の原因となっていると説明していた。
ニューヨークのブルックリンに生まれ育ち、2004年に来日したアフリカ系アメリカ人のマクニールさんは、「最も重要な問題を不正確に表現している」と指摘する。
「白人至上主義と白人による暴力の犠牲者としてではなく、その対照的なイメージである、『怒っていて、攻撃的で、恐ろしい黒人』という偏見を助長させる描き方をしています。」
動画では、抗議活動を行う黒人男性が火を持ったり、店のガラスが破壊された写真を黒人女性が持ったりしているシーンもあった。こうした描写は、抗議をする「黒人が暴徒化している」というイメージを助長したり、強調させかねない。
今回のデモには、黒人だけではなく、白人なども参加している。
一部の抗議者による破壊行為や略奪など起きているが、警察が平和的なデモ参加者に催涙ガスやゴム弾を発射したり、殴打したりする暴力行為を駆使していることも大きな問題となっている。
“黒人に対して誤った偏見があると、問題を見誤ってしまう”
NHKは批判を受け、問題の動画を削除した。声明では、以下のように謝罪している。
視聴者からこのアニメーションについて、問題の実態を正確に表していないなどというご批判をいただき、掲載を取りやめました。掲載にあたっての配慮が欠け、不快な思いをされた方にお詫びいたします。
NHKでは、人権を尊重し、取材や制作のあらゆる過程で細心の注意を払うよう取り組んでまいります。
しかし、マクニールさんは、「謝罪をしただけで、問題の本質には向き合っていないと感じた」と語る。
「配慮が欠け、不快な思いをされた方にお詫びいたします」という定型的な言葉だけではなく、動画が問題視された理由や背景などを明確にし、説明すべきだという。
「番組の制作者はこの問題を伝えようとしていたと思うのですが、それを伝える時にも、偏見や差別に基づいている場合があります。白人至上主義が問題の根底にあり、原因は『黒人の怒り』ではありません。黒人の怒りは白人至上主義に対する反応であり、それは適切なものです。黒人に対して誤った偏見があると、そこを見誤ってしまいます」
同じアカウントに投稿された別のツイートでは、「白人警察官には黒人に対する漠然とした恐怖心があって、今回の抗議デモの発端となったような事件がなくならないとも言われているんだヨーソロー」とも説明。偏見や差別を助長するとの批判が相次いでいる。
今回のBlack Lives Matter抗議デモは、日本でも広く報道されている。SNSでも日本に住む多くの人がブラック・コミュニティーに連帯を示し、日本国内でもデモが開かれている。
「Black Lives Matterについて報道したり伝えたりするときは、黒人の命を、あなたのパートナーや子どもなど、大切な人と同じように考えてほしい」とマクニールさんは訴える。
「首を押さえつけられ、死に至った黒人男性を、自分の息子、父親、もしくは兄弟と重ねて見ることができないのであれば、Black Lives Matterについて説明する動画は作るべきではありません。関わるべきではないのです。それは、黒人の命をその他の人間の命とは別だと考え、『黒人の命も同等に大切である』ということを軽視することになるからです。」
◇NHKの黒人の描き方がまるで話にならない訳
人種描写がステレオタイプ以前の問題
東洋経済オンライン 2020年6月13日
by LA在住の映画ジャーナリスト猿渡由紀
「問題の動画」はどういう内容だったか
第1にダメなのは、これが世界のニュースを解説するために作られているにもかかわらず、最低限語らなければいけない部分を語っていないことだ。そもそも、この抗議デモが起きた原因がまったく的外れである。
動画は、「俺たちが怒るその背景には、俺たち黒人と白人の貧富の格差があるんだ!」というセリフで始まる。そこにはご丁寧に「黒人と白人の貧富の格差」というテロップも出ている。
次に、そこへ来て新型コロナの流行があり、黒人がその影響を大きく受けたと説明される。そして「こんな怒りがあちこちで吹き出したんだ」と黒人男性が語る。1分20秒の動画はそれでおしまいだ。
もちろん、これらの要素は今回のことと関係はある。しかし、抗議デモの発端となったのは、ミネアポリスでジョージ・フロイドという名の黒人男性が白人警察によって殺された事件である。
フロイド氏は警察に対してまったく抵抗していないにもかかわらず、日中、周囲の一般人やセキュリティビデオが見守る中で無残にも殺されてしまったのだ。しかも、警察は当初、これらの警官を起訴することに躊躇を見せた。それもまた人々の不満を募らせたのである。
今回のように罪のない黒人が殺害される事件は過去にも数多くあった。1992年のLA暴動の発端となったロドニー・キング事件もそのひとつ。当時、キング氏に暴力をふるった警官は無罪となっている。映画『フルートベール駅で』でも描かれた2008年大晦日から新年にかけての夜、オークランドでオスカー・グラント氏が殺された事件でも同様だ。
殺害まではいかなくとも無実の黒人が根拠なく容疑をかけられることはしょっちゅうある。そのせいで黒人の多くはたとえ何も悪いことをしていなくても、警察による暴力を恐れている。
つまり、今回の暴動はフロイド氏の件だけについて起こったものではない。警察が持つ人種偏見と黒人の命を尊重しない態度について「もうたくさん!堪忍袋の尾が切れた!」という思いによって起きたのである。
だから、この動画の中に「警察の暴力」という言葉が出てこないのは、NHKが事件のことをまったく把握していない証拠だ。
立て続けに起きる「黒人差別」
フロイド氏の事件の直前、ほかの人種差別事件がふたつ起こったことにも触れておきたい。ひとつは、ジョージア州でジョギング中の黒人男性アマド・オーブリー氏が射殺された事件。これは2月に起きた事件だが、先月になって白人によるヘイトクライムだったことがわかっている。
二つ目は、ニューヨークのセントラルパークで犬の散歩をしていた白人女性に黒人男性が「ルールどおりに犬は鎖に繋いでください」と注意したところ、白人女性が警察に電話をしたという事件。この一部始終はビデオ録画されており、白人女性は世間から大バッシングを受けたうえ、仕事もクビになった。
だから、このデモは何をおいてもまず「黒人差別」についてのものなのだ。昔からある差別は、収入面や教育面、健康保険などの面でも格差を生み出し、それが新型コロナの感染率や失業率にもつながっている。
まずはこの動画に肝心の部分が抜けていることを指摘したが、次に、なぜNHKの動画が差別を助長するのかに触れたい。
ひとつは、動画のバックグラウンドにある略奪、暴動と思しき描写だ。抗議デモが始まってすぐの頃、ショップやレストランで略奪や放火といった犯罪行為が起きたのは事実である。筆者の近所もひどい被害に遭った。しかし、抗議デモに参加する人の大多数は略奪を行わず、平和的な抗議デモを行っている。一方で略奪を行う人々は、警察が手薄になるチャンスを狙ってやっているだけの便乗犯であり、抗議デモに参加はしていない。
ニューヨークのクオモ州知事にしろ、LAのガーセッティ市長にしろ、そこをしつこいほど強調している。これをごっちゃにしてしまうと平等を主張する人たちが悪者になってしまうからだ。トランプの場合、恣意的にデモの参加者と便乗犯を混同しているが、NHKの動画は無意識のうちにそれをやっている。
NHKの「ステレオタイプ」な人種描写
そしてもうひとつは、言うまでもなく、ステレオタイプな人種描写だ。これはいつだって絶対にやってはいけないこと。それをわざわざ人種のステレオタイプを崩そうというこの時期にやるとは、無神経、無知にもほどがある。
しかも、なんと日本の公共放送であるNHKがやったというのだから、理解の範囲を超える。このアニメを制作するだけの時間があったのなら、何が正しいのか、知識のある人に聞くくらいの暇はあったのではないか。
そもそもアニメにする必要はなかったのだ。いや、アニメでやってはいけなかった。すでに山のようにあるはずのニュース映像を使ってやればいい。映像ならば嘘をつかないし、不必要な誇張はしなくてすむ。
最後にもうひとつ、今回の件について、アジア人である私たちの立ち位置を意識しておこうと提案したい。私たちに必要なのは、黒人の話を聞き、黒人を支持することだ。
もちろん、人種差別は黒人だけに対してではない。アジア人も、コロナでずいぶん差別を受けた。だが、それはそれ。今は「Black Lives Matter」を語るときである。日本のメディアもとくに慎重な態度と配慮をもって、この問題に挑んでほしいと思う。