ガウディの世界
わたしは1976年に初めてこれに触れ、ガウディの世界を体験する
完成までにまだ100年はかかると言われたガウディのサグラダファミリア聖堂を訪れたときのことである
そして次にバルセロナを訪れることになる十年後の1986年に再びここに来た
まさか聖堂を支える内部がこれほど植物的で宇宙的な構造であろうとは夢にも想像できなかった
ガウディは1926年に亡くなった。
その10年後にスペイン内戦が勃発、サグラダファミリア聖堂も襲撃された。司祭は殺害され、ガウディの仕事場は焼き払われた。
ばらばらになった模型の断片や破片が集められ、後世の建築家たちが聖堂の建設を引き継いでいく。
9代目の主任建築家ジョルディ・ファウリはこのように伝えている。
「ガウディは完ぺきな手がかりを残した。
型はわずかしか残らなくても、ガウディはシステムを残してくれた。」
回転しているような柱の形は自然の木の形を再現しただけでなく、十分な強度も備え、ばらばらに見える柱の直径や高さなども規則的な比率があった。
コンピュータのない時代にガウディは自然の美と幾何学を組み合わせたシステムを生み出した。
「ガウディは天才であると同時に努力の人だった。将来の技術が建設を促進するとわかっていた。」
「ガウディは将来の人々を信じていた」と。
(2023年6月19日東京新聞『ガウディが見た世界』より)
東京国立近代美術館で現在開催されている『ガウディとサグラダファミリア展』で初めて展示される模型は貴重なものであるとファウリは言っている。
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