見つけた 犬としあわせ

ニュースのファンジン、世界のニュースのサンプリング。 一枚のCDを聴くように一枚のコラージュを眺めるようにこれを体験して欲しい。

2013/02/09

アンディとビルの会話


昨年のフランス版エル誌を整理していて
見つけた

アンディ、あなたが言った!
これはパズルです
アンディ・ウォーホルとウィリアム・バロウズの会話
昨年10月、フランス語版が出たことで
フィガロ紙やエル誌で紹介される

日本語版は別タイトルで翻訳されているとのことだ

■セックス、ドラッグ、ロックンロール  
Point.fr 25 October 2012
その本"Cnversations"で、ジャーナリストのビクター・ボクリス(Victor Bockris)は、ウォーホルとバロウズの間で交わされた4つの非公式夕食会を伝える。魅力的。
この本は夢が叶った。ウォーホルとウィリアム・S・バロウズ、ポップアートとビートジェネレーションの3エンジェルクリエイター、アメリカの二人の巨人、そして世界で最も暗い世紀の教皇。
写真は未発表のアンソロジー。そしてミック・ジャガー、ルー・リード、デイヴィッド・ボウイが、ウォーホルやバロウズの友人たちと一緒に食事をする機会はますます希少になってきた。

会話から発見!

バロウズ:このエッセイで言うところ、革命の英雄として私はストーンズのことを話している 引用に値する文化、革命は終わったとあなたは理解する、私たちは勝った でも、誰が "私たち"であると正確に理解するか?
ボクリス:あなたは新しい言語のリリースと言います、重要なメッセージはさらに他の芸術形式、ポップミュージックに向かっていると?
バロウズ:イエス、これはほとんどの人が影響されるものの一つ。それは何百万という人に影響を与える。この本は数十万部だが、ポップミュージックは、あっという間に何百万もの人々に影響を与える。
ウォーホル:完全に異なる何かをするのに、本は難しい。
ミック・ジャガー:ボクにとってはTVや映画がはるかに効果的だ。
ウォーホル:別の言語に翻訳されたあなたの曲を聞いたことがあります。それは同じまま?
ミック・ジャガー:いや、変わってる。
ボクリス:ミック、あなたのところにはまだシナリオが殺到してる?
ミック・ジャガー:うん。でも、それほど多くない。だいぶ落ちてる。
ボクリス:将来のビル(バロウズ)は俳優になることです。
ウォーホル:彼はミック·ジャガーとのストーリーで自分の役割を果たしたい。ウィリアム・バロウズ。
バロウズ:ちょっと待ってくれ。それはあなただと思う。私は医者や米中央情報局(CIA)を再現することができる。私はミック・ジャガーを解釈する方法がわからない。

http://www.lepoint.fr/culture/coups-de-coeur/sexe-drogue-et-rock-and-roll-25-10-2012-1521054_792.php

ジャスト キッズ




あこがれのニューヨークパンクの女王、パティ・スミスは66歳!

ロバート・メイプルソープと出会って別れるまでの20年を綴った自叙伝『ジャスト・キッズ』、80年代から07年までの詩を集めた『無垢の予兆』と、活発な活動が眼を惹くパティ・スミスが1月来日した。ウィリアム・バロウズとの交友はジェラシーを感じさせるほど神秘的でリスペクトを持って語り継がれる。

以下は、仙台、広島公演を含むライヴツアー中にTBS「報道特集」のキャスター金平茂紀によってインタビューされた会話の一部。
これが掲載されたウェブページへのアクセス数は一番にランキング。全文は「ダイスの眼」でお読みください。

今回の日本ツアーは仙台からスタートするそうですが、仙台を選んだ理由は?
「東日本大震災の被災者のためにライヴをしたいと思ったの、それに人があまり足を向けない場所を訪れたいと思ったから。被災した皆さんに会って学校や子供たちのために集めたお金を寄付したいと思っている。」

私たちは、あの震災を3.11と呼んでいます。アメリカの人々が同時多発テロを9.11と呼んでいるのと同じです。ニューヨークの方々は東日本大震災についてどのような思いを抱いているのでしょうか?
「ニューヨークの人々も震災のことをとても気にかけている。こうした災害が起きた時は、国際社会全体で問題の解決に取り組むべきだと思う。これは日本だけでなく地球規模の問題。一つの災害から教訓を学び、協力しながら克服するべきです。いかにひどい震災だったか、そして今も苦しんでいる人がいることや震災の後遺症がいかに深刻なものかみなよく理解している。」

あなたのニューアルバム『バンガ』には"フジサン"という歌が収録されています。富士山に日本の復興を願う気持ちを込めたと伺っていますが、日本人にどのようなメッセージを伝えたいのでしょうか?特に被災して今も苦しんでいる人たちには何を伝えたいですか?
「原発の危険性を日本人だけでなく世界中の人々に伝えたい。原発がどこに建設されているのか、災害が起きた時、除染作業がいかに困難で人々にどんな影響を与えるかをしっかり理解してもらいたい。それに自然を敬い、大切にする気持ちを忘れないで欲しいと思う。私たち人間の暮らしが川や海や大気を汚染し、動物や植物など様々な生物の命を奪っていることを自覚して欲しいの。私たちに与えられた美しい地球を破壊している。だから、日本での震災はひとつの教訓です。自然災害は人々の命を奪い、家を奪うだけでなく、土壌を汚染し、そこで育てた穀物をだめにしてしまう。家畜も処分しなければならない。そうしたことを伝えたくて、私は”フジサン”という歌を作りました。富士山に、その麓で暮らす人々を見守って欲しいとの願いを込めた。そして人々には、自然保護への意識を高めて欲しいとの願いを込めた。いつか、自然からしっぺ返しをもらわないようにね。自然は、今回のように時として私たちに猛威をふるうことがあるので。」

福島第一原発での事故は、原子力エネルギー開発史上、最も深刻な事故となりました。しかし、原子力発電の技術はもともとアメリカから運び込まれたものです。
「ええ、分かってます。私が生まれる前、アメリカは広島と長崎に原爆を落とした。アメリカが日本に対して行ったことの中で最もひどいことだと思う。日本は被爆体験など核開発の歴史において最も辛い思いをしてきてる。震災後の原発事故で再び苦しむことになるなんて悲しいことです。私たちは新しい技術の開発に取り組む中で自然とのバランスをないがしろにし、環境を破壊してきた。その意味で、私の祖国アメリカが犯してきた罪は重いと思う。私はそのことを心から恥じている。今、環境汚染について世界中の人々が理解を深めることが求められている。中国での環境汚染は深刻です。私たちは目を覚まさなければならない。」

ソングライターとして、3月11日の震災によってどのような影響を受けましたか? 震災によって何か影響を受けましたか?
「だから、3月11日のすぐ後に”フジサン”を書いた。震災そのものについては、私自身はその場にいなかったので歌詞を書けないと思った。実際に経験していないことについて書くべきではないと思ったの。でも、何かせずにはいられず、祈りの気持ちを歌にした。”フジサン”はロックによる祈りです。富士山に日本の人々を守って欲しいと祈る歌。あの歌が私の震災に対する思いなの。」

数年前、私はワシントンDCに滞在していました。ブッシュ政権の時でしたがアメリカはイラクに対して戦争を始めました。その時、ワシントンDCでは大規模な反戦デモが起きました。
「私もデモに参加した。」
ええ、あなたはあの時、歌を歌いましたね。
「"ピープル・ハブ・ザ・パワー"」
私は、あの歌からとても刺激を受けましたし、実際、市民の力を感じました。あの時はブッシュ、今はオバマ政権ですが、今でもなお...
「私たち市民には力があると信じている。でも、人類の歴史を振り返ると、政府、軍、企業などの力があまりにも巨大で、私たちは彼らの前には無力だと思ってしまうことがあるの。今後、私たちがやるべきことは… 数千人規模のデモでは不十分。私たちは世界規模で声を上げなければならない。1万人が原発に反対するデモをしても、十分とはいえない。1千万人規模のデモが必要です。」
「世界は今、大きな危険にさらされている。気候変動、水質汚染、大気汚染、ガンに冒される子供たちの増加、それらはすべて事実。そうした状況を変えるには世界中の人々が手をたずさえて解決に取り組むべきだし、多くの犠牲も受け入れる覚悟が必要だ。特に物質面ではその必要がある。たとえば私が『ジャスト・キッズ』の中で描いたのは、貧しくて、ほとんど何も持っていないけれど、仕事への高い意識を持っている若者の姿。アーティストをめざし世の中を変えたいと思っている。今、私たちに求められているのは新たな革命よ。技術革新、ネット革命などはすでに実現したけど、もっとシンプルに生きるための革命が必要なの。私たちの身の回りには素晴らしいものがあふれているけど、本当に必要なのは何なのかを考え直すことが今求められているの。」
「高い技術ではなく、きれいな水、きれいな空気、安全な食べ物、自由、創造力、病から身を守る術が必要なの。そうしたことをもっと多くの人々が理解するようになる。億万長者になったり、有名になっても、大気汚染などにより癌などの病気におかされたら何の意味もない。今こそ基本に戻るべき、自然に返るべきです。そんな思いを込めて”フジサン”を書いたの。富士山は自然が創りあげたとても清らかで美しい山だから。」

原発については、いかがですか?
「人々の間で認識は高まってきていると思うけど、もっと急がなければならない。もう一つの問題だが、チェルノブイリで原発事故が起きた時、ロシアはそれを隠ぺいした。政府が事実を隠したことが原因で土壌汚染が拡がり、多くの人がガンに冒された。政府は国民への情報提供を怠った。日本は今、ユニークな立場にいる。原発事故で何が起きたのか真実を明らかにすれば、土壌汚染や子供や女性にどのような影響を与えたかなどを公表すれば、日本は原発について変革をリードしていくことができる。現時点では原発事故の実態について知っているのは日本だけです。私たちには何が起きたのか正確には分からない。私たちはお互いに対し正直であるべきです。これは日本だけでなく、世界のすべての人に関わる問題なの。」

世界中でストライキを行うべきです。世界中の人が「もうやめよう」と一緒に声を上げることを私は期待しているのですが、実際はどうでしょう?
「私の祖国アメリカではブッシュ大統領が再選された。イタリアでベルルスコーニ首相が再選されたり、保守勢力が支持されるのはなぜか?みんな怖いからです。経済への影響を心配している。経済はいまや世界を動かすうえで中心となる原動力となった。でも、信条に関わることでも創造的でもなく、物質的な豊かさをもたらすだけです。物しか残らない。」
「私がこの『ジャスト・キッズ』という小さな物語を書いたのは、若い人たちに生き方を見直してもらいたいと願っているから。犠牲を伴うこともあるでしょう。でも、その犠牲と見返りに大きなごほうびがあるはずです。マスクをしなくても自由に空気を吸うことできる。このままでは常にマスクをしないといけない時代が来てしまいます。そんな生活、誰も望んではいない。きれいな空気を吸う生活を誰もが望んでいるはずです。神様が私たちに与えてくれた恵みは、パソコンではなく、新鮮な空気です。神様が私たちに与えてくれた恵みはクルマではなく、きれいな水です。」

2013/02/06

長距離革命家



長距離革命家 ムミア・アブ・ジャマール

新作ドキュメンタリー「Long Distance Revolutionary : A Journey with Mumia Abu-Jamal(長距離革命家:ムミア・アブ・ジャマールとの旅)」は、ペンシルベニアの死刑囚監房で30年余り過ごしながら、ジャーナリスト、ライター、そして知識人として活動したムミアの生涯と功績を記録している。


◇ムミア・アブ・ジャマール 死刑の可能性消える 仮出所なしの終身刑
NT Times 7 December 2011

7日、フィラデルフィアの検察官は、30年前に警官殺しで有罪判決を受けた死刑囚ムミア・アブ・ジャマールの処刑執行への試みを断念すると発表した。ムミアの無実を主張する訴訟事件は国際的な注目を浴びてきた。

フィラデルフィア地方検事セス・ウィリアムズは、ムミア・アブ・ジャマールは仮出所の可能性なしに残りの生涯を獄中で過ごすことになると語った。

記者会見でウィリアムズ検事は、いまもアブ・ジャマールの有罪を信じており、死刑執行が行われるべきだと思う、「判決は適切だった。この被告にとって順当なものだった」とし、この決定を「大変に難しい決断だった」と述べた。

今年4月、米連邦控訴裁判所(第3巡回法廷)は、1982年のアブ・ジャマールの裁判の時に陪審員に与えられた指示が誤解を招く恐れがあったことを理由に、82年の死刑判決を失効させ、死刑か終身刑かの量刑判断のみをやり直す審理を命じていた。その後10月に下級審でフィラデルフィアの検事たちが求めていた控訴請求を米最高裁判が却下したため、下級審の検事が新たな陪審員を選び、改めて死刑求刑を行わない限り、自動的に終身刑が決まる事態になっていた。

ウィリアムズ検事は、控訴裁判所の裁定、および長年にわたってアブ・ジャマールの生命を救ってきたその他の裁定を考慮して、死刑の追究を断念したと述べた。彼は殺害された警官ダニエル・フォークナーの未亡人と話し合った後に、決断をくだした。

ウィリアムズ検事やその他の市の高官と共に記者会見に出席したフォークナーの未亡人は、裁判が長引きすぎたため、アブ・ジャマールの処刑をあきらめた、裁判は家族の健康に大きな打撃を与えたと述べた。

ムミア・アブ・ジャマールは黒人で、フォークナーは白人。アブ・ジャマールは、1981年12月に警官のフォークナーが一方通行の道を逆方向に車を走らせていたアブ・ジャマールの弟の車を停めたあと、フォークナーを射殺したとして有罪判決を受けていた。1995年8月と1999年12月の少なくとも2回、処刑執行日が決定されたが、実行されなかった。

30年にわたる法廷とニュースメディアでの闘いで、事件は、レイシズムに基づいた誤った裁判という見方と、ありきたりの警官殺しに人種問題が介入し処刑を邪魔しているという見方に分かれた。

元ブラックパンサー党のメンバーでラジオ記者だったムミア・アブ・ジャマールは、長年死刑囚監房で過ごしながら、死刑執行停止を求める「ムミアを自由に」運動の中心人物として、支持者たちにとって説得力をもつ発言を展開してきた。

アブ・ジャマールは本を執筆し、インタビューを受け、弁護のための資金集めを行い、資金集めのイベントでは彼のために有名ミュージシャンたちが演奏を行って、判決への抗議は世界各国に広がった。

アフリカンアメリカン・フォーカスブログより
http://aafocusblog.blogspot.jp/2011/12/blog-post_07.html

2月1日、番組デモクラシーナウ!に電話で参加したムミアのインタビュー記事は、メールマガジンNews Fanzine で配信中。まもなく、右リンクページで読めるようになります。
原文はこちらから↓