見つけた 犬としあわせ

ニュースのファンジン、世界のニュースのサンプリング。 一枚のCDを聴くように一枚のコラージュを眺めるようにこれを体験して欲しい。

2022/09/30

ビヨークのチベット、チベット

この記事は当初、2008年3月に投稿したものです。本日、Bloggerの基準から外れているため未公開になったと表示されていることに気づきました。一部、北京オリンピックのポスターの画像とリンク先の掲載がない記事2本を削除し、再検閲を求めたところ、このように公開されました。基準の解釈がよくわかりません。はっきりしているのはリンク先を付けるのを忘れたことです。


上海コンサートのアンコール曲のなかでビヨークが「チベット、チベット」と歌ったことが中国当局からいろいろ言われました。さすがビヨーク!ぶれずにアーティストができることをやっています!

中国当局から出ているコメントを読むと、会場のファンからも「ブーイング」みたいに聞こえますが、YouTube で見ると、決してそんなことはありません。彼女も扇動しているというよりは、抑揚をつけて「チベット、チベット」と歌っているだけで、「Raise your flag!(主張の声を大きく)」と何度かチャントして「シェーシェ(サンキュー)」で終えています。会場のファンの反応は?というと、日本の会場でもそうですが、何が起きているかよく理解できないためでしょうか、全体としてはただ盛り上がっている感じでした。
アンコールで歌った曲「Declare Independence」はもともと、デンマーク自治領であるグリーンランドやフェロー諸島の独立支援のために書かれた曲です。ちなみに2月の日本公演ではこの曲で「チベット」の部分は「コソヴォ」と歌いました。
それでも、もちろん中国政府は猛烈な反応ですし、ファンも怒っているとニュースには出ます。その場のファンというよりも、その後のネットで怒りが広まったとありますが、どこまでが人々の本当の反応なのかはわかりません。
以下は、この騒ぎにすぐに反応したビヨークのコメントと、ニュースからーー。

◇bjork.com news 04 March 2008
声明:「私は政治家ではありません。終始一貫してミュージシャンで、人間の感情の全域を表現しようと精いっぱいやってみるのが私の義務と感じるようなミュージシャンだということに重きを置いてもらいたい。独立を宣言することに対する強い衝動(駆りたてる力)はそのひとつにすぎませんが、私たちみんなが一生に何度となく感じる重要な感情です。これは個人的なことを意図して書かれた歌ですが、実際には私をすごく喜ばせる、抑圧された国家の闘争という広い意味に解釈されてきています。独立のための闘争で、すべての個人と国家にグッドラックを祈りたい。
正義を! warmth, bjork. 」

◇2008年3月7日、世界中で熱狂的なファンを持つアイスランドの歌姫ビヨークが中国公演のステージ上で「チベット独立」を叫んだ事件で、事態を重く見た中国文化部は彼女に対し法的措置をとると発表した。
今月2日に上海市で行われたコンサートで、ビヨークはステージ上で中国当局から許可を得ていない曲「Declare Independence(独立宣言)」を歌い始め、突然「チベット!チベット!」と叫んだという。これには中国の聴衆も驚き、事件はまたたく間に内外に報道された。
中国文化部スポークスマンは、政府は国際的文化交流活動を積極的に奨励しているが、国内で活動する海外のアーティストや団体は国家の「営業性演出管理条例」を遵守しなければならないと強調。この規定に違反して個人的な芸術活動を政治利用し、中国人民の感情を傷つけるアーティストは歓迎しないと強い不満の意を表明。ビヨークには法的措置をとると述べたうえで、今後中国を訪れる海外のアーティストや団体の芸術活動について、より厳しいチェックを行うことを明らかにした。
(Record China 2008年3月10日)

◇ビヨークがチベット独立を支援するのは今回が初めてではない。1996年に米サンフランシスコで行われた「フリー・チベット」コンサートにも出演している。(AFP 2008年3月7日)

◇「人権団体は視力に問題あり」 中国、批判に猛反発
中国外務省の秦剛副報道局長は11日の定例記者会見で、中国政府を批判する報告書を発表した国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチ(本部ニューヨーク)について「人権をウオッチするとしているが、視力に問題がある」とあからさまに非難した。
秦副局長は、同団体について「白内障」「重度の弱視」などと侮辱的な言葉を繰り返し「メガネを換えてほしい」と指摘。「視力に問題ある人が見たものについての結論が信用できるか」などと発言した。
ヒューマン・ライツ・ウオッチは北京五輪の関連施設などを建設する出稼ぎ労働者が搾取されている状況を批判する報告書を発表している。
(共同通信 2008年3月11日)

◇中国、オリンピック開催国にふさわしくない 米公聴会 
ワシントン発:米国の「中国に関する議会・政府委員会」が27日に開いた「北京五輪の中国での人権と法の統治に対する影響」と題する公聴会で、米国議会上下両院議員たちが中国政府の人権弾圧の事例を次々に指摘し、五輪開催国にふさわしくないという批判が続出した。
同委員会の委員長のサンダー・レビン下院議員(民主党)は「中国政府は国内の人権擁護促進への誓約を前提条件の一つにしてオリンピック開催国になったが、人権弾圧は依然、続いており、この数週間でも当局は人権への懸念をオリンピックとからめて述べただけの活動家たち数人を拘束した」と指摘して、中国政府への抗議の姿勢を明確にした。
クリス・スミス下院議員(共和党)は「中国には言論、報道、集会の各自由がない」と前置きして、「中国政府のそうした人権侵害の性格と規模を考えると、オリンピックが中国の首都で開かれるというのは恥辱だ」という抗議の意を表明した。
バイロン・ドーガン上院議員(民主党)も「中国当局は従来の人権抑圧に加えて、2008年の北京オリンピックの開催を利用して自国政府の人権弾圧の実態を広く内外に知らせようとした中国人活動家たちをすでに逮捕し始めた」と非難した。
同議員はさらに「中国政府は自国民に自由な発言の権利、労働者の権利、政府批判の権利などを認めておらず、その状態はオリンピックの精神に違反する」と述べ、中国人政治犯のうちの主要人物7名の実名をあげ、その釈放を要求した。
(サンケイ新聞 2008年2月28日)

◇14日付の英タイムズ紙は、夏の北京五輪の際に、北京の大気汚染が改善されていない場合、英選手が競技中に、専用マスクを着用することを英国オリンピック委員会(BOA)が検討していると報じた。
英国選手が着用する可能性のあるマスクは、大学研究者らが五輪に向け競技用に設計。汚染物質を吸収できるフィルターを使ったマウスピースが備えられているというが、詳細は明らかにされていない。
女子マラソンの世界記録保持者ポーラ・ラドクリフ選手(英国)らが1月、南アフリカでテストしたという。
(共同通信 2008年2月15日)

世界保健機関の報告書によると、大気汚染による死亡者数は年間300万人。これは交通事故死(年間100万人)の3倍にあたる。医学誌「ランセット」が2000年に発表した調査結果は、フランス、オーストリア、スイスの大気汚染による死亡者数は3か国合計で年間4万人を超えている。このうち、クルマの排気ガスが原因で死亡した人の割合は半数近くにのぼる。
アメリカの交通事故死は年間4万人強、大気汚染による死亡者は7万人を数える。7万人というのは乳ガンと前立腺ガンの合計死亡者数に匹敵する。大気汚染は、先進国および発展途上国の都市部に住む数10億人の健康を脅している。
(地球白書のワールドウオッチインスティテュートより)

写真は、今回のツアーでのビヨーク

非常に奇妙な国葬

 


27日のサンケイ新聞

4ページのクラウドファンディング署名広告と、27日の東京新聞

オーストラリア国営放送の安倍の国葬報道:

非常に奇妙な国葬。岸田の判断は最悪、訪日する海外首脳は誤った情報を与えられている可能性があり、トルドー首相が民主的プロセスを経てない国葬より自国の災害対策を優先したのは正しい。オーストラリア首脳の訪日は何も得るものはないだろう…



◇エドワード・スノーデンにロシア市民権が授与される

ニューヨークタイムズ紙 Sept.26, 2022


26日月曜、ロシアのウラジミール・V・プーチン大統領はエドワード・J・スノーデンにロシア市民権を正式に授与した。スノーデンは、大量の監視ノウハウを報道機関に明らかにしたあと、世界で最も有名な亡命者になったNSAアメリカ国家安全保障局およびCIAの元局員だ。


スノーデン氏は2020年にロシア市民権を申請していると述べ、この決断を家族に国境を越えるすばらしい自由を与えるための実際的な手段だと説明した。


彼の要請は月曜付の大統領令でプーチン氏によって正式に認められ、クレムリンによって発表された。39歳のスノーデン氏は大統領令で市民権を認められた数十人の外国人の中にまじる。


2013年、大量の高度に機密扱いされたNSA文書をガーディアン紙とワシントンポスト紙に託した後、スノーデン氏はエクアドルに亡命を求めるつもりだった、そして香港を出発し、南米に到着する予定だった。だが、アメリカ当局が彼に接触しようと務めるとき、彼はモスクワのシェレメーチエヴォ国際空港のトランジットゾーンで乗り継ぎ中に取り残されることになった。

40日後、トランジットゾーンを離れることを許され、それ以来9年の間、彼はロシアに留まってきている。


2013年にアメリカから逃れた後、彼はスパイ行為法(Espionage Act)違反で起訴された。それはトータルで数十年ものあいだ収監される可能性があった。スノーデン氏はモスクワにいる間、ロシアの諜報機関に協力しておらず、いつかアメリカに戻ることを望んでいると語った。


ロシア国営通信社RIA Novostiによると、スノーデン氏の弁護士Anatoly Kucherenaは、スノーデン氏はウクライナ戦争でロシア軍を強化するために先週プーチン氏が宣言した「部分的動員」の対象にはならないと述べた。ロシア軍務の経験がまったくないため、スノーデン氏は徴兵の対象外だと言った。


弁護士はスノーデン氏の妻もまた市民権を申請すると述べたとRIA Novostiは報じた。


2020年にロシアで永住権を取得した後、彼と妻は「アメリカ人のままであり、わたしたちが愛するアメリカのあらゆる価値観で息子を育てる、それには自分の意見をはっきり言う自由も入る」とスノーデン氏はTwitterに書いた。


「そして合衆国に戻れる日が待ち遠しい、まさに家族全員が再会できる」と彼は付け加えた。


https://www.nytimes.com/2022/09/26/world/europe/edward-snowden-russia-citizenship.html?smid=url-share


◇プーチン、アメリカの内部告発者エドワード・スノーデンにロシア市民権を付与

2013年に極秘ファイルをリークした後、NSA元諜報請負業者はロシアで安全な避難所を与えられた

ガーディアン紙 26 Sep 2022


アメリカ諜報機関の元請負業者、39歳のスノーデンは、ガーディアン紙が公表した極秘ファイルをリークした後、アメリカでの起訴を逃れるためロシアで暮らしてきている。彼がリークしたファイルはアメリカ国家安全保障局が遂行した大規模な国内および国際的な監視活動を明らかにした。


2020年にスノーデンは、パンデミックと国境閉鎖の時代に生まれてくる息子から引き離されないために、彼と当時妊娠中の妻はロシア市民権を申請していると述べた。


「両親と何年も切り離されたあと、妻とわたしは息子たちから切り離されることを望んでいない」と、プーチンが市民権を付与した72人の外国生まれの個人リストに名前があった月曜日にスノーデンは述べた。「2年の待機期間とほぼ10年近くの亡命のあと、わずかながらの安定がわたしの家族には重要です。家族と、わたしたちすべてのために、プライバシーを求めて祈ります。」


スノーデンに市民権を付与するとのプーチンの大統領令はすぐに、内部告発者は全国的な動員キャンペーンの一環としてウクライナで戦うためにまもなくロシア軍に徴兵されるとのソーシャルメディア上の警句につながった。


ロシア国営放送局RTの編集長Margarita Simonyanは、彼女のテレグラム・チャンネルに「スノーデンは動員される?」と書いた。スノーデンのロシア人弁護士Anatoly Kucherenaは国営通信社Ria Novostiに、依頼人は以前にロシアの軍隊で軍務に就いたことがないため、徴兵できないと語った。


内部告発者はロシアで暮らす間、ほとんど人目につかないよう心がけて、時折、モスクワの家族の写真を投稿している。彼は2019年に、もし公正な裁判が保証されるなら、喜んでアメリカに戻ると言っている。


以前にクレムリンの人権記録を批判したスノーデンは、ロシアのウクライナ侵略について公の場でコメントしていない。戦争より先に彼はロシアが戦争を始めるのではないかと疑い、繰り返しことばに表した、そして戦闘を「せきたてる」とメディアを非難した。


https://www.theguardian.com/us-news/2022/sep/26/putin-grants-russian-citizenship-to-us-whistleblower-edward-snowden?utm_term=Autofeed&CMP=twt_b-gdnnews&utm_medium=Social&utm_source=Twitter#Echobox=1664210267

2022/09/25

ベルベット革命

 


ルー・リードが、チェコのヴァーツラフ・ハヴェル大統領と、今年3月に死去したマデリン・オルブライト元国務長官(チェコ移民)をニューヨークのビートの溜まり場だったライブハウス、Knitting Factoryに連れて行ったそうです!これって、hugeすごいと思いませんか



ヴァーツラフ・ハヴェル大統領とルー・リード


◇ルー・リードがいたから、私は大統領になった


ホワイトハウスがわたしのために晩餐会を開いてくれるのであれば、ぜひとも、友人のルー・リードも招いてホワイトハウスで彼の演奏を聴きたい…


そんなリクエストをアメリカの大統領にした人がいた。1989年から92年までチェコスロバキア大統領、93年から2003年までチェコ共和国初代大統領、そして劇作家でもあるヴァーツラフ・ハヴェルだ。


アメリカの当時の大統領はスキャンダル渦中のビル・クリントン。彼はハヴェルのリクエストを快諾。1998年9月、ホワイトハウスで催されたハヴェル大統領のための晩餐会でルー・リードの演奏が実現することになった。


1998年9月17日のワシントンポスト紙(記事のタイトルInternational Velvet)によると:

「昨晩、ホワイトハウスはスキャンダル(ホワイトハウスの実習生モニカ・ルインスキーとの大統領の不倫問題)以外のすごいことですばらしい時を過ごした。わたしたちは本物のロックンロールスター、ルー・リードと本物のロックンロールミュージックについて話している。クリントン夫妻はいつも通り元気で申し分ない。ファーストレディは招待客に大声で挨拶している。夫妻はたくさんの励ましの言葉を聞いた、とはいえ、両方のクリントンを抱きしめたのはスティービー・ワンダーだけだった。」


「劇作家から政治家になったハヴェルを称える晩餐会はたくさんの劇的な気晴らしを提供した。配役には、行政官やスタッフに加えて、女優ミア・ファロー、陽気なヘンリー・キッシンジャー、作家カート・ヴォネガット、モデルのPaulina Porizkovaやチェスの名人Lubomir Kavalekが含まれていた。」


「共産主義支配に反対する1989年のビロード革命で中心的な役割を果たしたこの反体制の人は、今年初めにチェコ大統領として二期目5年の任期を決めている。61歳のハヴェルはNATO加盟を獲得するためや他の安全保障問題で自国の取り組みの最前線に立っている。だが、これらの努力は健康状態の悪化によって妨げられてきた。彼は1996年後半に肺がんの手術を受けて以来、何度か入院、生命を脅かす肺炎から回復し、医師と看護師を伴っての今回のワシントン訪問となる。」


「彼の答として、ハヴェルは両国間の関係について語り、友人のマデリン・オルブライト国務長官をあげた、彼女は旧チェコスロバキアで生まれた。“ヨーロッパ問題について彼女のすぐれた感覚により、彼女はとりわけヨーロッパ大陸で非常に必要とされているアメリカの存在の引き受けになってくれている”と彼は述べた。その後、ハヴェルはクリントンに向き直り、彼にチェコ共和国の最高位の勲章であるホワイトライオン勲章を贈った。」


「しかしながら、本当に格別の喜びを与えるものはエンターテイメントだった。30年来のファンであるハヴェルの特別のリクエストでヴェルヴェット・アンダーグラウンドの創設メンバーであるルー・リードは招かれた。ハヴェルはチェコ国民とベルベット革命に影響を与えたと考えてルー・リードを評価している。昨夜、非常に壮大なイーストルーム(ホワイトハウス複合施設の建物である行政棟のイベントおよびレセプションルーム、行政棟で最大の部屋)の片隅でルー・リードは彼のいつもの不遜でぶっきらぶうなスタイルでヴェルヴェットの傑作のヒット曲を演奏した。35分のパフォーマンスの間、ゴア副大統領を除いて、聴衆は集中していたがトーンを落としているように思えた、ゴア副大統領の椅子は絶えず揺れていた。」


「最後に、笑顔のクリントン大統領が、“わたしがたったいま愉しんだようにあなたが愉しんでくれたなら、ハヴェル大統領をさすがと認めるべきです”と言った。」


「ルー・リードは威厳のある周囲の状態に動じなかった。“ぼくらはただのミュージシャンですから、たくさんの場所で演奏します”と彼は普通でない会場について言うと、彼のバンドはもうひとつの“ニューヨークのバンド”にすぎないと、からかうように注を付けた。

街は違えど同じいつものギグ。」


https://www.washingtonpost.com/wp-srv/style/daily/reedhavel0917.htm


△劇作家ハヴェルは、まだルー・リードがヴェルヴェット・アンダーグラウンドとして活動していた頃にアメリカに行き、彼らの音源をチェコに持ち帰った。ヴェルヴェットに影響されたバンドPlastic People of the Universeの活動が政府によって弾圧されると、言論の自由、信教の自由、集会・結社の自由、法の平等を求めてハヴェルたちが抗議、Charta 77(憲章77)を発表する。仲間の投獄や弾圧にもかかわらず、ハヴェルたちの活動は続き、ついに1989年にビロード革命となった。


△音楽と宗教を解放した「憲章77」

「憲章77」の運動そのものは警察の力によって封じ込められたが、社会の中のエネルギーを二つの分野で解放した。音楽と宗教だ。ジャズ、フォーク、ロックなどの音楽は社会的閉塞感のなかで爆発的な人気が高まっていたが、当局はそこに危険な破壊的エネルギーを嗅ぎとり、人気バンドのコンサートを禁止した。公認の音楽家協会の一部門であった「ジャズ部会」も演奏が禁止されたが活動を続けたため、86年にバンドリーダーのカレル=スルプ以下が有罪となった。これらの動きは民衆の反発を強めるだけだった。宗教面でも牧師たちの中に「憲章77」に共鳴して人権運動に加わるものが現れ、「地下教会」で伝道が続いた。(木戸蓊『激動の東欧史』1990 中公新書)


ハヴェルたちの思想的背景になったのが、ルー・リードの音楽だった。

「それが、1970年代を通して徐々に吹き出した反乱の火種に火をつけ、1980年代に燃え上がる、そしてビロード革命(Velvet Revolution)の輝かしい花火に至る。」(エコノミスト誌)

http://www.economist.com/blogs/easternapproaches/2013/10/lou-reed-and-v-clav-havel


大統領になったハヴェルは、チェコを訪れたルー・リードのインタビューを受け、その夜、ルーはプライベートライブを行う。その対話については、「ニューヨーク・ストーリー ルー・リード詩集」(河出書房新社)に収められている。

音楽的な背景をもった静かな革命/ヴァーツラフ・ハベル/ルー・リード


ルー・リードのインタビューに応えてハヴェルが語り出す。

「私たちのこの革命は他のすべての面とは別に音楽的な面をもっています。特に音楽的な背景を持つ革命」であると。

ハヴェル大統領はルー・リードに今夜クラブで演奏するのか?と尋ねる。 

ルーはその夜クラブに向かう。すでにチェコのバンドが演奏している。 

「わたしは突然、曲に聞き覚えがあることに気づいた。彼らはヴェルヴェット・アンダーグラウンドの歌を演奏していた。」

「一夜漬けの練習でできるものではなかった。」

「編曲、強調されたライン、間の取り方、まるで時間を遡って自分自身の演奏を聞きに戻ったような感じだった。」

そしてルーはプレイして、彼らとのセッションを堪能する。

演奏が終わると、大勢の人たちがルーのもとにやってくる。

「私の曲を演奏して刑務所に入っていた者もいた。刑務所に入っていた時、自分を勇気づけ慰めるために私の歌詞を暗唱していたと大勢が言った。なかには、私が15年前に書いたエッセイの中の一行“誰もが音楽のために死ぬべきだ”を覚えている者もいた。それは私にはとてつもない夢で、私の最も遠大な期待をはるかに越えるものだった。」


◇ヴェルヴェット・アンダーグラウンドからベルベット革命(Velvet Revolution)へ

2013年10月27日に75歳で亡くなったミュージシャン、ルーリードは共産主義の打倒に貢献した

エコノミスト誌 Oct 30th 2013

https://www.economist.com/eastern-approaches/2013/10/30/from-velvet-underground-to-velvet-revolution