見つけた 犬としあわせ

ニュースのファンジン、世界のニュースのサンプリング。 一枚のCDを聴くように一枚のコラージュを眺めるようにこれを体験して欲しい。

2007/05/12

慢性硬膜下血腫という病気


わが家には9年前に脳卒中をわずらい、左片麻痺状態のおじいちゃんがいます。
からだは不自由でも頭はしゃんとしており、「毎日がリハビリ」だと言って一日おきのヘルパーさんの介助つきお散歩も暑くても寒くても欠かさずに、歩けることを愉しみにしているおじいちゃんです。
気圧の変化とかでたまに歩行が不調になることはあっても、大きな崩れもなく、大きな変調もなく、週3日のデイサービスでは自分専用のテーブルもちゃっかり用意してもらってひとり勝手に切り絵をやり、あとの3日をヘルパーさんとのおしゃべりも弾み、午後にはリクエストに応えたおいしい夕食も作ってもらって、それなりに楽しく過ごしていました。
もし高齢のおじいちゃが家族にいて、そのおじいちゃんが脳梗塞や脳卒中の経験者で、飲んべえだったなら、そしてある日突然こういう症状が出たなら、陽気のせいだとか高齢だからそういうこともあるよとかのんきなことを言ってないで、至急、総合病院の脳神経外科に行き、CTスキャンを撮ってもらってください。
うちのおじいちゃんは、ある日突然、歩行困難になり、ぷらぷらでまったく機能してない悪い方の脚(左側)は、機能してなくても補足靴で固定して、歩くときにはそれなりに持ち上がって付いてきていたのが、ほとんど持ち上がらずに、よいほうの脚の機能も引っぱって、車いすでしか移動ができなくなった。
そうこうするうちに、朝5時には朝食、夜9時には就寝という規則正しい毎日の生活パターンが狂い出し、夜中過ぎにも寝室でうろうろしてるから、「どうしたの?もう夜中すぎてるよ」と聞くと、「まだ寝る時間じゃないから」と答える始末。もっとすごいのは、袖や頭を通すところがわからなくなり、服が自分では着れなくなったこと。どこをどう通したのか、拘束着みたいなことになっていて、そのまま車いすに平然と座っているのを見つけたときには度肝を抜いた。ジャケットの襟が下になって裾が襟の側になって着ていたこともあった。
おじいちゃんにしても、変なことはわかっているけど、何度やりなおしてもこういうことになっちゃうのであきらめたというか、途中で忘れちゃうみたいなのだ。
おもわず、お笑いでもやってくれてるのかと思って笑っちゃうこともあった、もともとユーモアのセンスはあるおじいちゃんだったから。
ヘルパーさんも、どうしたのかしら?とは思っても、もしかして冗談言ってる?と、はじめの頃はどうとらえていいか迷ったそうなのだ。尿失禁という症状もあった。頭をドアにぶつけたり見当が狂うということもあった。カレンダーはまだ4月なのに5月の13日の日付に病院へ行くと書いてある。今日は何日?と聞いてみると、2月のカレンダーを開き、2月13日だ、と答える。
そう、まさに痴呆症の症状だ。突如やってくる進行性の痴呆症かと思った。
やばいなー、やばいぞ、これは。どうする?おじいちゃんもそうだろうが、周囲もパニックっぽくなった。痴呆症はこうやって来るものなのか?困ったなー困ったぞ!
かかりつけの医師は、「この陽気だからねーしかたないよ。」「頭もおかしくなるよ」とぶつぶつ、こういう手があると言って、血行が良くなるクスリを処方した。それでもあんまりおかしいから、CTは撮っておいた方がいいのでは?ということにして紹介状を書いてもらった。
陽気のせいでも高齢のせいでもなく、この悪さを引き起こしている事態が右脳のなかで進行していた。これは「慢性硬膜下血腫」というちゃんとした病気だ。
原因は1〜2ヶ月前に頭部をぶつけたことによる外傷、二重の袋に包まれた血腫が脳を圧迫して、歩行困難やまるで痴呆症の症状を引き起こしていたのだ。
高齢者の男性に多く、高齢者の場合にはうちのおじいちゃんのような症状になるが、若い人だと頭痛や吐き気になるそうだ。
自然に治ることはまずない病気で、頭を5センチほど切開してドリルで穴をあけ、ドレインで血腫をすべて吸い出す手術をすることになる。即入院で翌朝手術となった。1時間20分ほどの手術になり、血腫が思ったより多くて全部を取り出せず、ドレインを付けたまま一昼夜自然に流れ出てくるのを待つことになった。
翌朝もまだまだ出てくるので、ドレインの位置をずらしてもう一日待つことに。この間、おじいちゃんの顔はまんまるお月さんのように腫れ上がっていた。目も開けられないほどだった。(そういえばだいじなことなのだが、様子がおかしくなったとき、顔がむくんでいた。)
でも翌日には全部とれて、傷口を縫っておしまい。顔も以前のうちのおじいちゃんの顔に戻っている。頭の方も戻ったよ。右脳をおそうじしてもらったので前より少しだけよくなっているかもね。(いまのところ前と変わりない。)
この病気は10万人に一人か二人の割合で起きてるそうだよ、でも増え続ける傾向にあると脳神経外科のオフィシャルサイトにはあった。
また再発もある。10%のリスクある人にうちのおじいちゃんは入る。すでに脳が萎縮しているし、出血しやすいし、血行をよくするクスリを飲んでいる。
もう酒はやめよう。転倒しても頭をぶつけたことをほとんどの人が憶えてないそうだ。うちのじいちゃんはよくベッドからだるまさんのように転がり落ちていたからね。酒を飲んでうとうといい気持ちになってベッドの上でお座りしていると、腕も脚も左側が利かないから、そのままコロリンとベッドの下まで落ちちゃうんだ。
まあ、とにかく、痴呆症とかではなくてよかった。
病名がわかったとき「すべては病気だったんだよ、よかったね、治るんだから」
まだ頭のおかしいおじいちゃんにこう言って家族は喜んだ。

上の写真は、先日京都に行った際のものです。二条城の北側の駐車場の脇道で見つけた「大泥棒」というかりんとうみたいなお菓子のお店、なつかしい「みかん水」を飲みました。これ、おいしいよ!

2007/05/10

リバーベンドがバグダッドを去る



バグダッドから発進するブログ「Baghdad Burning」の作者、二十代の女性と言われるリバーベンドの一家が、いよいよバグダッドから脱出するそうなんです。とりあえず出国する先はシリアかヨルダンしかないということで、国境で追い返されることも十分ある、命がけの賭けであるのと、通過したその先の国でいったいなにをするというのか?捨て去っていくもののあまりの大きさに不公平、理不尽と感じる、そのすべてを飲み込んでしまう時を迎えているということなんです。

隔離のための万里の長城(リバーベンドの日記 26 April 2007)
現行のイラク政府がアメリカ人の支援とガイダンスでもって建設している壁は、隔離のための万里の長城である。壁が崩壊する前のベルリンや現在のパレスチナのように、今こそアメリカにとっては物理的に分割して征服する時になった。このようにして彼らは「シーア派地区」からスンニ派を、「スンニ派地区」からシーア派を追い出し続けることができるというわけだ。
戦争を支持するイラク人たちは、彼らの宗教的に偏向した派閥政党がこのスンニ・シーアの抗争を煽っているということを信じようとしない。今のこの状況が戦争と占領によって起こされた直接の結果であることを彼らは認めようとしない。安全な場所に身を置く彼らは外国のメディアに向かってイラクの歴史について饒舌に語り、スンニとシーアがいつも争いあってきたかのようにまことしやかに説明しているけれど、私にはそれが許せない。祖国を捨てて何十年もたつ一握りの国外居住者がイラクに実際に住んでいる人々よりずっとよくわかっているふりをしていることに私は我慢がならない。
戦争の前の、どこにだって住むことができたバグダッドのことを私は憶えている。隣人の宗派がなんであるかなんて知らなかったし、そんなことを誰も気にしなかった。でも、私たちの生命は現在そんなつまらないことのために振り回されている。私たちの生存は、尋問で止めたり、夜中に家捜ししたりする、覆面の男たちのグループによって、宗派を隠したり、はっきりさせたりすることで、決まってしまうのだ。

ちなみにイラク政治の専門家、東京外語大大学院教授 酒井啓子さんによると、今のイラクは革命後の恐怖政治だということ。そしてまた「シーア派vsスンニ派」報道はあまりにも単純すぎる。「アメリカにしても国際社会にしても、イラクで混乱してるのは宗派対立だと思ってきたでしょ。でも今はどちらかというと、革命政権の中の派閥抗争、つまりシーア派内部の対立が一番問題になっているんです。今の革命政権はシーア派だけど、シーア派だという以上にむしろイスラーム主義を掲げる勢力です。」(SIGHT リベラルに世界を読む SPRING 2007の記事より抜粋)

上の写真は、今日あたり退陣を発表するはずのイギリスのトニー・ブレア首相です。3年前のまだまだ勢いのある頃のブレアと、ボノとのツーショットです。
1997〜2001年のノリに乗った前進期にはすばらしいアーティストたちがダウニング街を訪れていました。すごい!ですね。
Sting
Elton John
Bono
David Bowie
Bob Geldof
Mick Hucknall
Lord Attenborough
Joan Collins
Dame Judi Dench
Cilla Black
John Birt
Sir Richard Branson
Delia Smith
Stephen Fry
Kevin Keegan
Source: Downing Street list of guests at Chequers between 1997 and 2001

2007/05/08

キャプテンハリバートンはいつ退場するの


世界銀行のウォルフォウィッツ総裁が交際相手の女性職員を昇進や昇給で厚遇したとされる問題で、世銀の特別調査委員会は5月7日、総裁が世銀の倫理規定に違反したとの報告書をまとめた。複数の米メディアが報じた。
総裁は「規定に違反していない」と主張し、辞任を拒む姿勢を強調してきたが、調査委の報告書で一段と厳しい立場に立たされそうだ。世銀理事会は、報告書を踏まえ、週内にも総裁への処分を決定する見通し。
一方、世銀は同日、総裁側近のケルムズ上級顧問が辞意を表明し来週中に辞任すると発表した。同顧問は総裁が米国防副長官だった時代から仕え総裁とともに世銀入りしたが、「側近政治」との批判が強まっていた。(毎日新聞より)
ここまできても、ポール・ウォルフォウィッツは世界銀行総裁の職を辞する必要はないとブッシュ大統領は擁護する。
アメリカの戦争を主導してきたネオコングループの中心的存在のポール・ウォルフォウィッツが辞任を要求されている。2005年3月、国防副長官だったウォルフォウィッツは世界銀行総裁へ転出。その彼に恋人優遇スキャンダルが持ち上がったのは今年4月上旬のことだった。総裁就任にともなって恋人がアメリカ国務省へ出向、その際に世界銀行の規定を上回る昇給があったと報道され、辞任を要求する声が高まったのだ。アメリカ政府は彼の支持を表明しているものの、イギリスやドイツなどはアメリカに同調していない。
渦中の女性、シャハ・リザは、2001年あたりから世界銀行で中東・北アフリカ地域の広報を担当。ウォルフォウィッツは妻と30年以上も別居していることからリザとの交際は容認されていた模様。実際、総裁就任の際にウォルフォウィッツがふたりの関係を公表しても大きな問題にはならなかった。規則に従ってリザが国務省へ出向させられただけのことだった。だが今回は規則に反した昇給が指摘され、スキャンダルに発展した。つまり2005年の昇給で彼女の年収は約4割増え、コンディ・ライス国務長官の18万ドルを上回る19万3590ドルになったというのである。
だが問題はこれだけでない。リザと軍需産業との関係が浮上してきたのだ。有力軍需企業SAICによると、国防総省政策担当次官オフィスが2003年、同社に対してリザを雇うように指示してきた。この会社で彼女は働いていたと政府監視団体GAP(政府説明責任プロジェクト)も主張しているのだが、ダグラス・フェイス政策担当次官はこの件に関して「記憶にない」と言う。ちなみに、当時の国防副長官はウォルフォウィッツ。ペンタゴン側は問題ないとしているが、疑惑を招くできごとだったことに間違いはない。
その頃、リザはイラクを視察、アメリカ軍による軍事侵攻後のイラク再建について世界銀行の幹部に報告している。このため、アメリカ政府は「イラク復興」に世界銀行の資金を利用しようと計画していたのではないかとの憶測も生まれている。
今年4月中旬、リザの出向先に注目が集まる。彼女はエリザベス・チェイニーの下で働いた。エリザベス・チェイニーとは、ディック・チェイニー副大統領、つまりイラクへの軍事侵攻で最も利益を得たといわれる軍需企業ハリーバートンのCEO(最高経営責任者)だった人物の娘なのだ。そしてエリザベスの上司はC・デイビッド・ウェルチ中東問題担当次官補だった。
エリザベスは「未来基金」なる政府系の組織を本格的に始動させようとしていて、中東地域に「民主主義」を広げるため、草の根組織を育てることを目的としているんだそうだ。アメリカ政府が言うところの「民主化」や「民主主義」がどういうことを意味するか、あるいはどういう世界をもたらすかは、その他の世界には痛いほどよくわかっている。(いい加減にしろ、こりごりだ!)
4月14日付ワシントン・ポスト紙によると、基金のオフィスで実際に働いているのはリザだけなんだそうだ。今年から彼女は正式に基金の仕事を始めているが、まだ世界銀行から給与をもらっているとも報道されている。
ウォルフォウィッツは親イスラエル派であるが、もうひとり、辞任を要求されている人物にイスラエルのオルメルト首相がいる。彼の方は今回なんとか首をつないだようである。
上の写真は、久々のWard Suttonの作品でーす。キャプテンハリバートンだい。金儲けには長けているかもしれないが、どう見てもマヌケ。
 
 

2007/05/06

Save the Dugong



辺野古は、沖縄の美しい海でも、派手さのない反対側にある海です。
一昨年、沖縄に来ているのに、体を張ってここに米軍基地は作るな!とがんばってる地元の人びとを激励しに行かないのは失礼だと思い、ナビを頼りに向かったのですが、土地に不慣れなので莫大な占有率の米軍基地に阻まれて辺野古の湾に下りていくことができませんでした。なので山の上の方から眺めるだけになりました。そのときは目立った活動はなかったようでした。しばらくニュースにならないな、と思っていたら、「重大な局面を迎えている」とのメールが今朝、飛び込んできました。

絶滅危惧種ジュゴンの棲む沖縄本島北部、辺野古/大浦湾の沿岸に、巨大な米軍基地を建設する計画。その計画が今、重大な局面を迎えています。
那覇防衛施設局は、基地建設に向けて「環境アセス」の手続きを開始しようとしており、また契約コンサルタント各社はすでに「事前調査」に着手しています。
私たちは、適切な環境アセスが行われれば、辺野古/大浦湾の豊かで貴重な自然環境に米軍基地が建設されることは不可能であると確信しています。
しかし今回の事前調査や環境アセスが、基地建設を進めるための道具としてむしろ使われていくのではないかと、私たちは深い懸念を持っています。
国際社会に恥じない事前調査と環境アセスを、那覇防衛施設局と契約コンサルタント各社に実施させるため、私たちの署名運動へご協力下さい。
ジュゴン保護キャンペーンセンター/市民アセスなご
ジュゴンを守るための環境アセスを!
petition at
http://www.thepetitionsite.com/takeaction/511549172.

絶滅のおそれのある海の哺乳類ジュゴン。現在、沖縄の海に残る、国内最後の個体群を保護するため、さまざまな活動が行なわれています。WWFジャパンではジュゴンの写真パネルを作成しています。ここのウエブサイトでジュゴンの写真を見ることができます。
上のペティションは3000人の署名を目標にしています。どうか、ご協力を!

上の写真は、最近のうちの犬たちです。サンバを連れて訓練中のヴァーモスのところへ遊びに行った際のもので、暑くてバテ気味の2匹はちょっとした木陰でだらだらモード、たまに会うだけなのに、なかよし、なんです。クリックすると大画面で見ることができます。