見つけた 犬としあわせ

ニュースのファンジン、世界のニュースのサンプリング。 一枚のCDを聴くように一枚のコラージュを眺めるようにこれを体験して欲しい。

2008/04/11

あの人たちがなにをした?


◇米国の占領に反対するミリオンマンマーチをサドル師が解除
最高司令官ペトレイアスの議会証言の前夜、シーア派聖職者ムクタダ・サドル師は米軍によるバグダッド陥落から5年目にねらいをつける4月10日の百万人デモ行進を取り消していると述べた。代表者のサラ・オバイディ師が読み上げる声明で、サドルは米軍とイラク軍が抗議者らに断固たる措置をとるのを懸念した、と述べた。

サラ・オバイディ師:「占領に反対するデモをしたい大切なイラク人たちに、彼らへの気づかいと流血なしにすませたい私の心配から、彼らのデモ行進を延期せよと呼びかける。」

サドルが取り消す前、信奉者らが大会に参加するのを妨害しようとイラク部隊が何十箇所もの検問所に配備していた。サドルはまた、彼のグループの軍事行動の6カ月凍結をやめるとの脅しをふたたび始めた。つい最近の米軍とイラク軍の攻撃まで、イラクの方々の衝突の低下(急降下)で凍結は信じられていた。バグダッドでのシーア派戦闘員と米・イラク部隊との衝突は続く。日曜(4月6日)以降、イラク全域で戦闘員数十人と米軍部隊12人が殺されてきている。イラク人の一般市民に対する米軍の攻撃もまた増加の傾向にある。米軍戦闘機が中心地区に爆弾を投下した月曜(4月7日)サドルシティで数え切れない数の一般市民が殺された。一般市民たちが爆撃の現場に集まってきた後にまた米軍が攻撃したと目撃者は言った。

目撃者:「戦闘機がこの地区を攻撃したとき、私は祈りのためにZain al-A'abideenモスクに向かっていた。攻撃の現場に人々が集まったとき、戦闘機がまた彼らに爆弾を投下した。たくさんの犠牲者がいた。あの人たちがいったいなにをした?」

写真は、イラクで行う軍事行動すべてに直接命令を下す立場にあるペトレイアス最高司令官。彼は「ネオコンに飼われている」とかで、イラクの反米戦闘行為の「影にイランあり」とのネオコンのイラン攻撃のシナリオの水先案内人と言われます。それをわかっているロンドンが、イラン攻撃に持って行きたいチェイニーがこう言っている、とマスコミに先にリークしたとかーー。

2008/04/10

大規模なメディア操作のひとつ


◇写真が語る、これは大規模なメディア操作では?
なるほど、占領は始まっているーー2003年4月10日のNYC IndyMediaより

4月6日:イラク国民会議(INC)の創設者、アハマド・チャラビがペンタゴンによってイラク南部の都市ナシーリアに着陸する。「イラク解放軍」という彼の700人の戦闘員といっしょにチャラビは、ばかでかい4機の軍用輸送機C17で空輸された。新しいイラク政府を率いることでチャラビとINCはワシントンのお気に入りだ。写真はナシーリアに到着するチャラビとイラク解放軍の民兵仲間を撮ったものである。

4月9日:ファルダス広場にあるサダム・フセインの像を米軍部隊が引き倒したとき、「最も忘れられない戦争のイメージ」のひとつが作られた。妙な話だが、チャラビの民兵仲間のひとりにものすごく似ている男が写真に撮られる。彼は海兵隊を歓迎するためファルダス広場に近づく。サダム・フセイン像がでんぐり返って崩れ落ちたとき、いったい何人のアメリカびいきのイラク解放軍のメンバーがファルダス広場とその周辺にいたのだろ?

この像が破壊される一連の出来事に接近したヴィデオが大規模な蜂起の証拠として世界中で放送される。さらに、他より先に撮ったロイターの写真がファルダス広場のロングショットを示す。広場に人通りはなく、アメリカ海兵隊、国際報道機関、ほんの少数のイラク人のためにとっておかれる。広場にいるのはせいぜい200人だ。広場の海兵隊が立ち入り禁止にして戦車でガードする。米軍の装甲車がサダムの像を土台から引き抜くのに使われた。イベント全体はベルリンの壁崩壊と同等と認められているものの、ロングショットの写真をちらっと見ても、なにかもっとTVカメラ用に仕立てられた入念に構成されるメディアのなりゆきに類似したものを明らかにする。
(NYC IndyMedia 10 April 2003)

フセインの像が倒されるイベントに接近したカメラからの映像を見ているぶんにはイラク人の大衆が「解放されたと喜ぶ」記念すべき一幕に見えてもしかたなかった。でも、こうやって遠景で全体をながめてみると、ごく一部の、しつらえられたイベントであることがわかる。封鎖されて海兵隊と戦車で守られた広場で、米軍の輸送機でイベント用に運ばれてきたアメリカ人びいきの解放軍と名乗る民兵仲間が歓迎のお祭り騒ぎを演じている。
ちょうど5年前の今日(4月10日)の写真ですが、なんかイラク占領の全貌が見えるようで、思わず紹介したくなりました。
写真はクリックすると拡大版でご覧になれますのでぜひ見てください。

▲参考までに:チャラビ議長はイラクの富豪一家の出身だが、家族は1958年の革命で没落して亡命。チャラビは米国の大学を卒業後ヨルダンで銀行を経営しながらイラク帰還の機会をねらう。そして1992年、CIAの秘密資金を得てイラク国民会議を結成、亡命者グループのなかでも最も米政権に接近して影響力を拡大する。彼は現ブッシュ政権の中枢を占めるネオコングループと結びついて、98年2月ネオコンらが当時のクリントン政権に対して「イラクの体制変革」を求める公開書簡を出すきっかけを作った。
一方、米議会もチャラビ議長らの働きかけで98年10月「イラク解放法」を可決。イラク国民会議など亡命者グループのフセイン打倒運動に対して年間約1億ドルを支援することを決めた。それから1年後の2001年1月、ブッシュ政権が発足すると、ラムズフェルド、ウオルフォビッツなどネオコングループが、国防長官はじめ政権の要職に就いて「イラクの体制変革」を基本方針に据えた。

2008/04/08

世界中の市民が見ている



聖火リレーが途中バスに避難してバスで行くしかない事態になったり、トーチが何度も消されるなんてこと、これまであったかしらね。

◇8月に開かれる北京五輪の聖火リレーが7日、仏パリで行われたが、チベット騒乱での中国政府の対応に対する抗議活動が相次ぎ、途中で打ち切られる異例の事態となった。
中国当局は、抗議活動家が五輪準備期間を、チベットでの人権全般に対する中国のこれまでの対応を糾弾したり、中国の外交政策を批判するために利用しようとしているのは「恥ずべきこと」と非難。その上で、世界各地を回る聖火リレーに変更はないとしている。
パリでの聖火リレーは、出発地のエッフェル塔をスタートした直後からトラブルに見舞われ、抗議者が聖火ランナーを取り囲む厳重な警備を突破しようとするたびに繰り返し中断された。
数千人のデモ参加者を前に、聖火は幾度かバスの中にかくまわれたほか、少なくとも2度、消すことを余儀なくされた。新華社は中国当局者の話として、安全上の理由から消火したとしている。
仏内務省の発表によると、警察は今回のデモで18人の身柄を拘束した。
聖火は9日、米サンフランシスコに到着する。当地では7日、チベットを支援する活動家3人が名所ゴールデンゲート・ブリッジに登り、抗議の垂れ幕を掲げた。
(ロイター通信 2008年4月7日)

◇前日のロンドンから抗議運動の「火種」は海を渡っていた。多数の市民が沿道に集結。手には「チベットに自由を」などと書かれたプラカード、チベットの旗、消火器、水鉄砲…聖火を奪ったり消そうとする市民も続出した。
主催者側は、聖火を守るため、一時的に聖火トーチの火を消し、伴走するバスの中へトーチを移す緊急措置を取り、リレーは何度も中断した。
エッフェル塔には5つの手錠を組み合わせ、五輪マークを表現した黒い旗がなびいた。近くで抗議行動に参加した活動家(32)は「世界中の市民が中国での出来事を注視しているのだと、中国政府に伝えたい」と語った。
パリは、3月にギリシャで行われた聖火採火式にメンバーが乱入した国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団」の拠点。今回の抗議行動も予告し、拘束された5人のうち2人が同記者団のメンバーだった。
治安当局は警官ら約3000人を動員。厳戒態勢を敷いた。聖火の周りでは、警察の車両やオートバイ、ローラースケートの警官らが何重にもなって警戒した。
聖火はセーヌ川沿いにあるエッフェル塔を出発。元五輪メダリストら80人の聖火ランナーは、凱旋門や目抜き通りのシャンゼリゼを含む約28キロのコースをリレーした。
中国への抗議は世界に広がっている。9日には米サンフランシスコでもチベット人組織や市民団体が抗議活動を予定。17日にはインドでもチベット人らが大規模なデモ計画を立てている。
(デイリースポーツ2008年4月8日)

写真は、サンフランシスコのゴールデンゲートブリッジのケーブルに登り、垂れ幕をくくりつける中国の人権侵害に抗議する活動家たち(ロサンジェルスタイムズ 07 April 2008)
写真はクリックすると拡大版で見ることができます。