見つけた 犬としあわせ

ニュースのファンジン、世界のニュースのサンプリング。 一枚のCDを聴くように一枚のコラージュを眺めるようにこれを体験して欲しい。

2015/04/11

悪意に満ちた報復の拘留

10 April 2015 
親愛なるヴァーモス、 
2015年4月2日午前1時半、イスラエル占領軍はラマッラーの自宅から52歳のパレスチナ人フェミニスト議員法学者、Khalida Jarrarを拘束しました。彼女は、ヨルダン川西岸のOfer強制収容所で4時間におよび尋問されたあと、イスラエルのHaSharon刑務所に移送されました。 
長い間イスラエル占領についてずばずばものを言う批評家であり、パレスチナ人の人権を求める闘争の指導者であったKhalida Jarrarは、6カ月の”行政上の拘留”を言い渡されました。これは起訴や裁判なしに拘束されるということで、彼女の拘留が無制限に長期化されかねないことを意味します。この宣告の明らかに不当な処置と違法性に加えて、健康状態の難局のために彼女の拘留には広く行きわたった懸念があります。彼女は一連の発作と高血圧を患っていて、両方の健康状態から医薬品とモニタリングを必要とします。 
Khalida Jarrarは、すでにイスラエルの嫌がらせの対象でした、そして今月の彼女の逮捕は、パレスチナの最近の国際刑事裁判所(ICC)加盟に照らして、パレスチナ人の人権に対する彼女の事実上の弁護によるものと広く考えられています。彼女はパレスチナの人権組織Addameer(パレスチナ人囚人の権利を弁護する)の役員会の副会長で2006年にパレスチナの上院(立法府)に選ばれました。最近のハーアレツ紙の論説は、「悪意に満ちた報復の行政上の拘留」でJarrarは刑を持って処されたと主張しました。 
また、彼女の事情は、アムネスティ・インターナショナルや他の人権団体によっても取り上げられています。 
下記の一つまたは複数を行動することで、どうかKhalida Jarrarを支えてください。 
ACTIONS:
1)2分あるなら、Samidounのウェブサイトに行って、ネタニヤフ首相とEfroni准将に手紙を送付できます。
2)5分あるなら、Khalida Jarrarに手紙やポストカードが書けます。イスラエル当局はたいていパレスチナ人の囚人にメールへのアクセスを与えないとはいえ、あなたの手紙はKhalidaの看守どもに世界が見ていることを知らせます。(アメリカからイスラエルへの国際郵便の料金は1ドル15セント)
3)長期関与の一部として、パレスチナ人の権利を支持してBDS(ボイコット、剥奪、制裁運動)に加わってください。また、コードピンクのわくわくする効果的なボイコットキャンペーンも、どうかじっくり見てください。 
あなたの支援に感謝します。
CODEPINKのパレスチナ連帯チーム 
http://www.codepink.org/justice_for_palestine
http://samidoun.net/khalidajarrar/

2015/04/10

無抵抗を畏れた

◇47年前の今日、マーチン・ルーサー・キングJr.はアメリカ政府によって暗殺された、結果的にアメリカの陪審をはなはだしく無視することに

http://www.ratical.org/ratville/JFK/Unspeakable/MLKconExp.html

◇メンフィスで暴かれるマーチン・ルーサー・キング陰謀
Probe Magazine  Spring 2000  by Jim Douglass

キングの家族一同対Loyd Jowersと”他の無名の陰謀共犯者”の不当な人殺し訴訟に関して、1999年12月8日メンフィス陪審の評決によると、マーチン・ルーサー・キングJr.博士は自国の政府の手先が含まれた陰謀によって暗殺された。1968年4月4日、メンフィスのロレインモーテルでのキング殺害からほぼ32年、法廷は暗殺に対する責任の範囲を、前のスケープゴート、ジェームズ・アール・レイを超えてアメリカ合衆国政府にまで広げた。

法廷関係者は別としてこの歴史に残る3週間半の裁判の初めから終わりまで傍聴したのがメンフィスTVの記者Wendell Stacyと私だけという事実を私はほとんど信じられない。新聞雑誌的な無視のせいで、この私たちの国の他のほとんど誰も、事態がどう進んだか知りもしない。裁判2週目、ほとんど空の傍聴人の前で決定的な証言があった後、幾日か裁判を傍聴していたリスボンの日刊紙Publicoのアメリカ特派員Barbara Reisが私に向かってこう言った。「アメリカのなにもかもことごとくが世紀の裁判。O.J.シンプソンの裁判は世紀の裁判だった。クリントンの裁判は世紀の裁判だった。でも、これは世紀の裁判なのに、いったい誰がここにいるの?」

法廷で私が経験して知ったのは、キングの家族とその弁護士調査員William F. Pepperや証人の勇気からの示唆から、政府の慎重に織り込まれたキング博士殺害シナリオの驚愕までにおよぶ。アメリカの情報機関がマーチン・ルーサー・キングJr.の殺害を計画した重大さが、1968年春に起こる権力に対する抗議で脅威を与えるもの、キングに属する非暴力について雄弁に語る。

キングの家族一同によって申し立てられる告訴では、”キング対Jowersと他の無名の陰謀共犯者(Loyd Jowersが唯一名指しで呼ばれる被告人)”は、彼らの主たる関心ではなかった。むしろ法廷で明らかになった本当の被告人は、メンフィスのバー&グリルの元オーナー、Jowersの陰に隠れて立つ圧倒的な影響、匿名の陰謀共犯者だった。結果において、キングの家族一同と弁護士Pepperは、計画すること、下請けに出すこと、そして暗殺を隠蔽することで、アメリカの情報機関、特にFBIと軍情報部を告発していた。米国内の法廷でそれが立証されることに対して、そのような告発はほとんど克服できない妨害を約束する。司法上、それはたまらなくいやなものだ。

キング訴訟事件では多くの資格を得た人たちが評決に帰されていた。それは刑事法廷ではなく、証言の規範が刑事法廷よりずっと低い民事法廷が役割を担った。(たとえば、原告は録音テープやヴィデオテープで用意された宣誓証言でない証言を使った。)さらに、原告キングの家族と被告Jowersが、定刻より早く、証拠の多くについて認めた。

だが、これらの観測報告(判断)は全然、的を得ていない。政府の”絶対的な免責特権”のためにアメリカの刑事法廷の被告席にアメリカの情報機関を着かせる見込みはない。そのような処置は連邦政府による認可を必要とし、まさか連邦政府が自らを告発はしまい。民事法廷の同時発生、歴史観念のある独立裁判官、そして勇敢な家族と弁護士のおかげで、言語に絶する真実にとって気高い飛躍的な進歩がメンフィスで生じた。少なくとも数人(そして願わくばその数人を通じてもっと多くの人)が、キングの殉死の陰に隠れる勢力について知るのを可能にし、私たち皆が私たちの政府を通じてそれについて話す責任を感じるのを可能にした。結局は、黒人6名、白人6名の12人の陪審員が、誰もが聞くのをいとわない、有罪と述べた。

私たちはまた、その真実に手段を提供するとして、いかがわしい人物、Loyd Jowersに謝意を表することもできる。
Loyd Jowers:
審理3日後、73歳の虚弱なJowersが病気になったとき、Swearengen判事は彼に退出を許し彼なしで済ませた。Jowersが証言しなかったので、弁護士Lewis Garrisonを介して、もしも召喚されたなら憲法修正第5条を申し立てると言った。彼の分別は遅すぎた。1993年、彼は弁護士の助言に抗してTVに出演し、秘密をおおっぴらに出した。暗殺におけるJowersの役割を打ち明けることについて、ジェームズ・アール・レイの弁護士ながらもWilliam Pepperのはかどりがきっかけで、JowersはTV番組プライムタイムの生出演でサム・ドナルドソンに彼の顛末を話した。キングの殺害を手伝うよう頼まれ、策略にはおびき寄せるためのおとり(レイ)がいると教えられたと彼は言った。彼はまた、警察が「その夜そこにいない」と教えられた。

△1999年、妻のコレッタを含めるキング博士の家族が起こしていた裁判の評決でコレッタはこう語っている。
法廷の判決書:マーチン・ルーサー・キングの暗殺でアメリカ政府機関が罪を認められる
コレッタ・スコット・キング:「真実を明らかにするために私たちにできることをしました。さて私たちは、最も広域の考えうる聴衆に、この訴訟事件の思いがけない新事実を伝えることをメディアの一員としてあなた方に迫ります、また選ばれし当局者、そして他の有力者に、彼らにできることをするように要求します。」1999年12月9日、キング家族一同の記者会見
(マーチンの暗殺でアメリカ政府が罪を認めた家族一同の民事裁判についてキングセンターより:)

△上の画像は映画「セルマ」から

2015/04/05

祝賀ムードのテヘラン

「イランの大統領、ハッサン・ロウハニには、オバマよりもっと多くのアメリカの大学の博士号を持つ閣僚がいる」(The Atlanticの記事)
http://www.theatlantic.com/international/archive/2013/12/the-case-for-giving-irans-scholar-diplomats-a-chance/282010/

◇イラン核協議:テヘランとオンラインで祝う
BBC  3 April 2015

世界の強国とイランが、何年もの力を失わせる制裁を終える包括的核協定のための政治的枠組みに同意したと発表した後、イラン人がお祝いしている。

ニューヨークタイムズ紙のThomas Erdbrinkによると、木曜夜、行き詰まった交渉の進展の詳細がわかってきはじめたとき、首都はめったにないほど静かだった。

1979年のイラン革命以降はじめてと思われることとして、アメリカの大統領による演説を生放送する国営テレビに多くのイラン人が釘付けにされたためと彼は考えた。

ジャーナリストのPedram Alvandiは、”(TVの)オバマとの自撮り”を選んだ。

真夜中過ぎ、人々がお祝いするために大通りに外出し始めた。

人々が繰り返し賛美し、歌って踊って拍手し、国旗を振り、クルマのクラクションを鳴らすのを、ヴィデオが見せる。

ソーシャルメディア・ネットワーク禁止は、オンラインの数百の投稿を抑制しなかった。

金曜の朝、イランのザリフ外相と連れの交渉者らは、最終ラウンドの核協議が行われたローザンヌからテヘランに急いで戻ったあと、群衆によって歓迎された。

ソーシャルメディアの合意に対する反応は見たところ主として肯定的とはいえ、イランはもっと上手を行ってもよかったとあるユーザーは主張した。@RezaKhonsaは、「制裁の解除はけっこうだが、結局、合意は我々の利益の不利に終わった」と書いた。

「イラン人だけが失敗を勝利として祝う」とブロガーのReza Parchizadehは(ペルシャ語で)書いた。

その間、イランの保守派は、おおっぴらに反対を表明した。

政治的枠組みを、ロシアに対してイランが多くの北方領土を失うのを容認したTurkmenchay1828条約になぞらえるハッシュタグ"#Lausanne_chay" を使った人もあった。

Google+のユーザー、SeyedMahdiは(ペルシャ語で)「核現場Fordoの遠心分離機が強化ウラニウムに代わりポップコーンを生産することで合意した」と書き、政治的枠組みをばかにした。

これまでのところ、ツイッターにイランの最高指導者、アヤトラ・アリ・ハメネイによる反応はまったくなかった。ハメネイ師は国のあらゆる問題で最終的な決定権限を持つ。

http://www.bbc.com/news/world-middle-east-32174201

△イランの核開発を抑制する基本合意は成立したものの、米政府高官らは交渉期限の6月30日までに最終合意が成立するかどうかは不透明だとしている。イランと主要国の主な隔たりは実務面と実施の日程的な面の双方に残っている上、米議会がオバマ政権の合意した内容を拒否する法案を成立させる可能性もある。
基本合意成立後、オバマ大統領はイランと何らかの合意に達することが中東で再び戦争が起こることを回避する最良の道と考えていると述べた。しかし、大統領はこの外交交渉が失敗した場合は軍事的選択肢が残っているとの認識を示した。

(参考:ウォールストリートジャーナル)

△イランのロウハニ大統領は3日、主要6カ国との「枠組み合意」を「歴史に残る日」と前向きに評価し、ウラン濃縮継続の「権利」などを欧米側に認めさせた成果を強調した。国民に協議の前進をアピールすると共に、欧米との過度な接近を警戒し、交渉での安易な妥協を許さない強硬派に理解を促したものとみられる。

「戦うのか、降参するのか、という考えもあるが、協力という道もある」。大統領はこうも述べた。米国を敵とみなす強硬派に対し、勝ち負けではなく、対話で解決を見いだす姿勢を伝えた形だ。

しかし、ウラン濃縮などの核開発に厳しい制限を受けることになる合意について、早くも国内から反発の声が出ている。強硬派有力紙ケイハンのホセイン・ シャリアトマダリ編集長は「くらをつけた馬を明け渡し、代わりに壊れた手綱を手にした」と皮肉り、交渉結果を批判。代表的保守派のアフマド・タバコリ弁護士は2日、最終合意には保守派が大勢を占める国会の承認が必要だと記した手紙を大統領に送り、安易な妥協は認められないとクギを刺した。

ザリフ外相は合意後の記者会見で「(最高指導者)ハメネイ師に交渉への支援を感謝する」と述べた。合意内容に懐疑的な国内世論をハメネイ師の威を借りて抑える狙いがあったとみられるが、ハメネイ師自身は枠組み合意について沈黙を守っている。

(毎日新聞 2015年4月4日)