見つけた 犬としあわせ

ニュースのファンジン、世界のニュースのサンプリング。 一枚のCDを聴くように一枚のコラージュを眺めるようにこれを体験して欲しい。

2009/12/10

漂流する巨大な氷山





◇巨大な氷山がオーストラリアに向かって進む

ニューヨークのマンハッタン島の2倍以上(香港島の2倍以上とAFP通信、日本の川崎市とほぼ同等の面積と共同通信)の大きさの巨大氷山がオーストラリアに向かってゆっくりと漂流していると、9日水曜、科学者たちは言った。

面積140平方キロメートルの氷山は、異常な北への旅を始めるに先だって、およそ10年前に南極の棚氷から割れ目を作って分裂し、南極大陸近くに漂流してきていた。

オーストラリアの南極局によると、B17Bと命名される氷山はオーストラリアの西約1700キロの海上にあった。

「十分に完全なままの大きさでこれほど遠くまで北上してきていることで、B17Bは非常に暗示的な氷山」と、オーストラリア南極局の氷河学者ニール・ヤングは言った。彼はNASAとヨーロッパ宇宙機関によって撮影された衛星写真を用いてそのスラブを見分けた。

「あの地方で見つかった最大の氷山のひとつです。」

現行の形状で沿岸のすぐそばまで漂流することはありそうもないとヤングは言った。より暖かな水域がそれを溶かす原因となる。

「水が温まると、氷山はゆっくり割れ目を作って分裂し、結果としてそのエリアに何百もの小さな氷山が生じる」とオーストラリア南極局のウェブサイトでヤングは言った。

11月、ニュージーランドに向かって進む、推定横幅500メートル・高さ500メートルの氷山が南太平洋のマッカリーアイランド近くで見分けられた。

島で働く科学者らはその大きさにたまげた。

「私たちがアザラシ(オットセイ)に関する研究で使う双眼鏡を引き出すと、要するにそれは漂流する巨大な氷の島だった、ああ、まったく信じられない光景でした」とオーストラリアの研究者ディーン・ミラーはCNNの系列会社TVNZに語った。

オーストラリア南極局は、その氷山は南極最大のロス棚氷(Ross Ice Shelf)から分離した可能性のある大きめの氷の流出から別れた小集団の一部だったと言った。

この領域の船舶の規定行路は特に11月に忙しくはなかったが、氷山が、船舶航行警告を発するよう海に接したニュージーランドに促した。

これより3年早く、ニュージーランドのサウスアイランドの東海岸に沿って氷山が漂流したとき、別の氷山仲間がちょっとした観光ブームをもたらした。

海洋学者マイク・ウイリアムズは、氷山は「だいたい同じ起源」を持つが、潮流によって北に運ばれる前、たぶんあるものは長いこと南極の氷におおわれた海に閉じ込められていたと、ラジオニュージーランドで語った。

しかしながら彼は、大規模な氷の動きの理由として地球温暖化を引用するのに気が進まなかった。「2006年に私たちはこれは"人生に一度"のできごとだと考えたので、私たちの見解を少し変えなければならない。」

「だが、氷山がやってくる大きな棚氷の分解は、今まで通り、もっぱら30年から50年の周期で分解している。」

(CNN 9 December 2009)

◇氷河学者のニール・ヤングは、イギリスとオーストラリアの間で高速帆船が往来していた19世紀から今日まで、この海域でこれほど大きな氷山が見つかったことはなかったはずだと語る。
(AFP通信 2009年12月9日)
◇南極では温暖化が進み、棚氷が崩壊するなどの異変が相次いでいる。
(共同通信 2009年12月9日)

写真は 
・巨大氷山に気づいたNASAの衛星写真(共同通信提供)
・ニュージーランドの南西の島マッコーリーアイランドの北端で撮影されたアイスバーグ
・マッコーリーアイランドの西海岸、バウアーベイビーチでばらばらになるアイスバーグ
(CNNの記事より)

2009/12/09

Weather and Time




◇リヨンの喝采して迎えられる光の祭典(Fete des Lumieres)
写真はBBCのサイトから選んだ2点。Fete des Lumieresの公式サイトにはムーヴィーもあり、1999年から今年までのルミエールのハイライト部分を見ることができる。
(BBC 8 December 2009)
http://news.bbc.co.uk/2/hi/in_pictures/8401011.stm

△光の祭典は1348年〜1353年にペストがアルプス以北の欧州で流行した際にリヨンの人々がフルヴィエールの丘にあるノートルダム聖堂のマリア像に祈りを捧げたところ、流行がおさまったことに由来するといわれる。12月8日の夜、リヨン市内の家々の窓ぎわはろうそくのあかりで彩られ、建物や道路はイルミネーションで飾られる。
昨年は400万人あまりがこれを堪能した。

2番目の写真には「Weather and Time」とある。

2009/12/08

クジラの歌声が低音に



◇クジラは一体どんな感じなのか

今週、国際捕鯨委員会が捕鯨の将来について討議するため会合するとき、本当に討議したとして、水生動物の騒音公害は議事日程の急を要しない議題のはずだ。だが、人類の船から出る騒音は堂々とした生き物に、追跡する船隊の銛(もり)ほどの大きな脅威を与えるかもしれない。

クジラは、視界は限られても音は実質的になにひとつ妨げるもののない環境で進化した。彼らは餌を見つけるにも進路を決めたりコミュニケートするにも聴覚をあてにし、シロナガスクジラ(blue whale)の低音波周波数のような種の場合にも、海洋の全域に、数百マイルにおよび聞こえる精巧な発声法を用いて互いに信号を送る。それ以上でないにしても、クジラにとって聴覚はヒトの視覚ほどに重要だ。

過去10年、科学者たちは、船がまねく騒音がたびたび海の自然の音をかき消すのを実感してきている。特に軍用艦が使用するソナーのタイプは数百マイルにおよび聞こえる。エンジン騒音と一斉に、これらが地球の海洋全域に聞こえる水生の轟音を生み出す。それはヒトが空港やロックコンサートを連想するレベルの轟音によくなる。(アメリカ海軍が配備しようとする強力な低周波ソナーに至っては戦闘機やロケット打ち上げの際のレベルになり、騒音はヘビメタ級とされる)

クジラは一体どんな感じなのかについて、最も重要な人間の分別をもつために、あなたのコンピュータにヘッドフォンをつなぎ、目を閉じてこのザトウクジラの歌を聴くことだ。
http://www.wired.com/images_blogs/wiredscience/2009/06/humpback_whale_noise-free.mp3
これは騒音公害のない環境で録音された。そうして次の歌、こちらはニューヨーク港の沖合で録音された。
http://www.wired.com/images_blogs/wiredscience/2009/06/humpback_whale_noisy.mp3

海洋の騒音公害の影響はさらにその量を計られてきている。現象の意識は比較的新しいし、クジラの生態研究は面倒だ。だが、大騒音は大量のクジラの浜への乗り上げや、ある種に見られる従来の生息地からの逸脱に関連があるとされてきている。特にそれがクジラのコミュニケーションと文化への騒音の影響となるとき、ほんの始まりに過ぎないのかもしれない。

「騒音公害について私たちはほとんどわかっていないが、知れば知るほど怖くなる」とダルハウジー大学生物学者でクジラの発声法で世界有数の専門家のひとり、ハル・ホワイトヘッドは言った。「そして、私たちはクジラの話し方(なき声)についてほとんどわかっていないが、知れば知るほど興味深い。」

写真はシロナガスクジラ
(WIRED SCIENCE 22 June 2009)

水生の騒音は20世紀半ばと比べ12デシベル以上増えている。クジラの鳴き声の低音化現象は、異なる海洋のどのクジラの群れとも共通する(海洋ほ乳類保護団体カスカディア・リサーチ・コレクティブの調査結果)。騒音の他にも温暖化影響説があるが、基本的にはわかっていない。

2009/12/07

成田のコンコースで暮らす中国人



◇トーキョーの空港でどっちつかずの状態の中国人活動家

もしあなたがこの1カ月に国際線乗り継ぎでトーキョーを経由していたら、運次第では、全面に文字をかきなぐった手作りのTシャツを着ている中国人男性に遭遇する。彼の名前はFeng Zhenghu(馮正虎)、成田空港の国際線到着コンコース(中央ホール)に引っ越してきている中国市民だ。

旧来感覚の「転居」ではなく、米国への入国を拒否されてニューヨークのJFK空港で暮らすことにした東欧の男性の物語、映画「ターミナル」でのトム・ハンクスを暗示するものだ。

55歳のFengの場合は、日本への入国を拒否されたわけではない。むしろ、彼の本国が彼を帰国させようとしないのだ。彼は8回、中国への入国を拒否された。4回、彼は搭乗して上海に着陸したものの中国入管が彼を送り返した。あとの4回は日本の当局者らがきっと入国を拒否されると言って、彼を搭乗させなかった。

理由はいかなる時にでも告げられてきてないが、Fengは人権活動家という中国での前歴のせいではないかとうすうす感じる。結果、8回の拒否の後、失意のFengは中国が自分を帰国させるまでトーキョーの空港を離れないと決めた。

Fengは二枚のTシャツに中国語と英語で、彼は「中国入国を拒否された中国市民」ですと説明するメッセージを書いた。

彼はコンコースを上がったり下がったり動き始め、旅客を立ち止まらせては彼のシャツに目を向けさせる。携帯通信手段と携帯電話のカメラでしっかりと用意を整えた彼は、外交上の苦行の場である空港内の彼の生活についてTwitterとブログで伝えはじめた。

「27日目、お湯」と、FengはTwitterする。特にさびしい日には、「沈黙は最大の騒音」とおしゃべりする。

そして意気揚々としたおしゃべり(Twitter)では、「二食、食べられる。」

通関手続き前の到着コンコースにはレストランなどないことから、食べることは特に大難題だ。彼には通りすぎるときビスケットを渡す乗務員や旅行者の親切が頼りだ。サラダとピザを手に入れた日。狂喜のあまりFengはそれを写真に撮ってブログに投稿した。

成田空港の当局者らは数日後にはFengがあきらめるだろうと思った。政治的抗議であろうとなかろうと、日本は不可侵性(聖域)を提供してきており、空港当局者らはどんな人も温かい食事やシャワーなしにあまり長く生活できるとは考えていなかった。だが、いま、Fengが滞在2カ月目に入ることで、成田の警備部門主幹クリタ・ヨシユキは心配になっていると言う。

「私は本当にFeng氏が好きです」とクリタは言い、非公認の借用者をよほどよく知りはじめたとあって、ふたりは互いを「友だち」と呼び合う。「日本に入ってほしいのは彼の健康のせいなんです。私の願いは彼が任意に日本に入ることです。これは住む場所ではありません。実際、彼がこれを理解することを望みます。この空港で私たちはトム・ハンクスを必要としません。」

成田の警備部門はFengを日本に護送できた、だが、それよりは彼が進んでしたほうがよいとクリタは付け加える。

中国当局者らは意志を曲げる準備ができてるようには思えない。「この問題と取り組むため、中国の直接的に関連する政府機関は適切な規則と出入国法に忠実に従うつもり」だと、中国の外務省スポークスマンQin Gangは言った。

多くがFengを支援すると言う旅客たちは、同時に、中国当局をじっと待つことで彼にできることに悲観的である。「彼は来年をここで過ごしかねない」とアメリカ人旅行者リー・フォーサイスは言った。「彼は中国政府に立ち向かっている。そして立ち向かうこと、それは一大事だ。」

彼は新しい生活に慣れてきており、耐えられる限りじっと待つつもりだとFengは言う。彼の最新のTwitter投稿のひとつにこうある。「中国人の大半が私の顛末を知るようになったとき、私は母国に戻ろう。」

(CNN 6 December 2009 by Kyung Lah)